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41.ホルコット村 5

 二人が白い雲から降り立つと、ラリーさんが雲をギュッとして、ポケットの中にしまった。今後は袋を作ってから、待ち運ぶと言っていた。物珍しさに集まっていた村人のみなさんは、なぜかすぐに自分たちの席に戻って行ってしまった。


 アビーさんとラリーさんが合流してしばらくすると、宴の広場の離れた席から歓声が上がった。どうやら宴開始の合図があったらしく、賑やかさが一段と増して、すべてのテーブルにどんどん食べ物や飲み物が運ばれていく。


 さっきまでと違って、運ぶ係の人が何人もいるようで、テーブルの上の空いたスペースは許されない仕組みのようだった。宴の席のどのテーブルにも食べ物や飲み物が溢れている。そして宴とゆうのはじっと座っているものじゃないらしくて、みんなそれぞれ違う席に移動したり、好きに動き回って楽しんでいるようだった。


「やあやあ、宴を楽しんでますかな。肉は足りてますか?」


 目の前の席に、グランさんとオルンさんとピートさんが移動してきて座った。グランさんとオルンさんは頭に派手な花輪をつけていた。周りを見ると、同じような花輪の年配の人が何人もいる。


「わしはこの茶色いソースを絡めた麺が美味いと思う。香ばしい香りもいい。」


「そのソースはうちの村で作っているんです。お気に召したなら、ソースの樽を荷物に加えましょう。」


ラリーさんは気に入って、麺をおかわりしていたので喜んでいる。ソースやタレの話しでオルンさんとラリーさんが盛り上がって、ノアは地図を広げてグランさんとなにか難しい話を始めた。私もちゃんと聞こうとしていると、ピートさんに話しかけられた。


「エミリア、大変なことになったぞ。姉ちゃん達にえらく気に入られたみたいじゃないか。」


「大変なことってなに?ピートさんのお姉さんって、クレアさんのこと?」


「姉ちゃん達は可愛い物に目がないんだ。えらいことになってるぞ。姉ちゃん達がエミリアの服を大量に積んでたぞ。なにか聞いてるか?」


「え?ううん。なにも。服って、なんのこと?」


「知らないか……。まあ、部屋ってのは広いって言ってたからな……。とにかく、あいつらには気をつけろ。圧とゆうか、熱とゆうか、話しが通じん事になってる。迷惑なら箪笥ごと返したらいいから。じゃ、また明日。」


 ピートさんがそれだけ言うと、私の質問も聞かずに行ってしまった。後ろ姿が妙にやつれて見えて背中を見つめていると、横に座っているノアが話しかけてきた。


「エミリア、もう食べないの?」


「あ、うん。もうお腹いっぱいで、今日はずっとなにか食べ続けてる気がするし……。」


「エミリアはもう、宴は終わりか?ならば次は妾と大浴場じゃ。」


 そう言うが早いか、気づくとアビーさんに抱えられて空のはるか上空にいた。地上の宴の席では、ノアがなにか言っているけれど、遠すぎて聞こえなかった。お姫様抱っこされて、ホルコット村を見下ろす。


「……アビーさん、重たくないですか?」


「羽のようじゃ。……さて、大浴場じゃな。」


 そのまま大浴場に向かうようだった。アビーさんは、私の言った事を全部叶えようとしてくれている。宴も、温泉も。たぶん、アビーさんは人がたくさん集まっている所は好きじゃないんだと思う。空の上で風を感じながら、宴の席で静かだったアビーさんのことを思った。


「たしか、一番大きな煙突と言っておったな。……ああ、あれか。」


 見下ろすと、長い一番大きな煙突の上にクロが止まっていた。他のカラス達もそれぞれ煙突や、建物の上に止まっている。


「……アビーさん、……ありがとう。」


「なんじゃ?まだ大浴場に入っておらぬぞ。……なぜ泣いておる。」


 胸があったかくて、こんな時は、なんと言えばいいんだろう。私の望みをなんでも叶えてくれるこの優しい人に、私はいつか何か、お返しできる日がくるんだろうか。


 アビーさんが空の上で、私を膝の上に座らせると小さい子供にするみたいに、頭を優しく撫でてくれる。私は涙が止まらなくて、アビーさんにしがみついてただ、ありがとうを繰り返した。


「礼などいらぬ。そなたは、妾のかわいい娘じゃ。妾の大事な家族なのだ。」


 アビーさんがそう言いながら、やさしくやさしく頭を撫でてくれるので、私はそのまま泣き疲れて眠ってしまったようだった。


 誰かの話し声にふと目覚めると、ふわふわした白い雲の上に横になっていた。体の半分は雲に埋まっている。ふわふわのもふもふに、うっとり包まれていると、また小声で話す声が聞こえた。


「だから、戻ってくるのが遅いんです。僕はエミリアと約束しているんですよ。眠る時と起きる時は一緒にいるんです。……違います。僕はおばあ様が、一緒になって寝ていた事を言っているんです。エミリアが寝てしまったら、降りてくれば良かったんですよ。なぜ一緒になって空の上で……」


 起き上がると、ノアが小声でアビーさんに怒っていた。ふわふわした雲の上で、ノアとアビーさんと私がいて、もうすぐ夜が明けようとしていた。だんだんと空が明るくなって、朝日がさし込もうとしている。


「……おはよう。ノア。アビーさん。」


「ああ、おはよう。エミリア、起こしちゃった?うるさかった?まだ朝には早いよ。まだ寝ていた方がいいよ。」


 ううんと首を振って、見渡すと宴の広場の上に雲が浮かんでいた。まだたくさんの人が食べたり飲んだりしていて、その中の一際騒がしい集団の中にラリーさんがいた。宴が一晩中続くものだとは知らなかった。みんな寝ていないのに、すごく元気そうだった。


「エミリア、起きたなら大浴場に行くか?朝に風呂に入ることを、朝風呂と言うらしい。それもまた乙だとオルンが言っておった。」


「行きます。もう目が覚めました!朝風呂に行きます。ノアも一緒に行こう?」


 それでラリーさんに朝風呂に行ってくると言って、三人で大浴場に向かった。楽しみにしていた大浴場は、とても広くて、大小さまざまな大きさの湯舟があって、少しずつ温かさが変えてあるようだった。どの湯舟もお湯がサラサラとしていて、微かにお花のような良い香りがした。


 アビーさんは一番大きな深めの湯舟が気に入って、泳ぎ、とゆうのを教えてくれた。これを覚えていたら、水辺に落ちてしまっても溺れないで済むらしいのだけれど、バサッと水面から両手をあげて浮かび上がるのが、どうしても難しくて、何回挑戦しても出来なかった。アビーさんが笑い転げながら、溺れているようにしか見えないと言うので、足が着かない所では、危ないので泳がないでおこうと決める。


 屋内の大浴場にも、高い所にたくさんの窓があって、朝日が輝いてさし込んできていた。アビーさんとふたりで最後に、ぬるめの湯舟にゆっくり浸かって、美しい朝の光景を眺めた。


「アビーさん、一緒に大浴場に入ってくれて、ありがとうございます。私の我儘を全部叶えてくれて、ありがとう。」


「……そなたは礼を言うのが、好きじゃなあ。昨日妾にさんざん礼を言ったのを忘れたのか?」


「憶えていますよ。でも何回でも、お礼を言いたいんです。嬉しくて。」


 アビーさんがならば良いと言って笑うので、また嬉しくなって微笑んだ。ふたりで楽しくて面白くて笑いながら大浴場を出ると、もうノアが外で待っていた。男の人用の大浴場も広くて、いい湯加減で、ゆっくりお湯に浸かったと言っていた。


 そしてラリーさんを三人で迎えに行ってから、村の入口付近に停めてある荷馬車の所に向かうと、すでに何人もの人が集まっていた。グランさんやオルンさんや、お年寄りの集団の中に、若い女性陣の団体が賑やかに集まっている。その中にピートさんもいて、もしかしたら全員が家族なのかなと思うぐらい仲良さげに抱き合ったり、しばしの別れをしているようだった。


「ああ、もう朝風呂は終わりましたか。どうでした?うちの大浴場は。」


 グランさんが普通の服を着て頭になにも付けていなくて、手に持った籠を荷馬車に積みながら聞いてくれる。


「はい。とてもいい湯加減でした。あんなに大きな広いお風呂に初めて入りました。ホルコット村はとてもいい所ですね。」


 グランさんと話していると、後ろからオルンさんに話しかけられた。もう出発が近い。思わずオルンさんの顔を見つめてしまう。思えばオルンさんにはとてもお世話になって、しばらく会えないと思うと、胸が締め付けられるように、つらい。


「エミリア。わしは、どうしても、お前さんのことを、実の娘のように思ってしまうようなんじゃ。わしには娘が何人もおるが……、どうか、この老いぼれの事を忘れず、たまにでもいい、顔を見せに来ておくれ。……困った事があったら、いつでも帰っておいで。辛い旅などしなくても、いいんじゃから。」


 とうとう二人で泣いてしまって、オルンさんと抱き合って別れを惜しんだ。ここで、オルンさんの側にずっといたいと、なぜか強く思ってしまって、ぎゅうぎゅうに締め付けられても、ずっと抱きついて離れられなかった。


「いや、今生の別れじゃね~し。いい加減離れろ。じいちゃん、エミリアがそろそろ潰れるぞ?エミリアはじいちゃんの家には、毎日でも行けんだろ?二人とも、泣きすぎだろ。」


 冷静にツッコミをいれるピートさんが、アグアグ泣きはらしているオルンさんと私を引き離そうとする。そうだ、忘れていたけど、オルンさんの家には笑った顔の石像を置いているから、一瞬で行けるんだった。でも、しばらく会えないかもしれないしとオルンさんと一緒にピートさんに抗議すると、


「いやいや、その感じで今日にも戻って顔合わしたら、逆に気まずいだろ?ノアのばあちゃんはエミリアに甘いんだから、すぐ会えるようにすんだろ?」


「確かに、エミリアがそんなに泣いていたら、おばあ様は今日にも転移石を設置するんじゃないかな?そこら中に置いていったら、迷惑になるから、そろそろオルンさんから離れた方がいい。」


 ノアの言葉に、そこら中に石像を乱立させて置いて行くアビーさんが想像出来てしまって、慌ててオルンさんから離れた。


「オルンさん、今日じゃないかもしれませんけど、たまにオルンさんの所に帰ってきますね。私もオルンさんに会えないのは寂しいので、なるべく頻繁に来ます。」


「そうか、そうか。楽しみにしているよ。いつでも待っているからな。ピートも言った事を忘れんように。みなさんの迷惑にならんように。体に気を付けてな。」


 オルンさんとまた別れを惜しんでいると、クレアさんと女性の団体のみなさんがいつの間にか近くにいて、話しかけてくれた。


「エミリアさん、オルンじいさんの所に頻繁に帰ってくるなら、ぜひ、ホルコット村にも顔をだしてくださいね。私達はみんな、エミリアさんがとっても大好きなのです。」


 そう言って一枚の紙を渡してくれた。見ると、見たこともない程キラキラした派手な服を着た、赤い髪の可愛らしい女の子の絵だった。


「こ、これは?なんですか?」


「この服は間に合いませんでしたの。……残念ですわ。ですが、我々は必ず完成させますわ。必ず、戻ってきてくださいね。」


 ニコッと笑うクレアさんの周りの女性陣も、うんうん頷きながら満足そうにしている。ちょっと言ってる意味がよく分からなくて、ピートさんを見ると、顔を背けられてしまった。ノアに聞こうとすると、クレアさんがノアに話しかけて、熱心に服や髪の毛の話しが始まってしまった。


 ピートさんが先に馬車に乗って待ってようと言うので、馬車の正面の御者の席に向かう。前回の荷馬車よりも一回り大きく立派になって、全員が乗り込んでもまだ余裕がありそうだった。荷台にはあまり荷物が積んでいなくて、今度は行商がほとんど終わってしまった荷馬車を装うと言っていた。荷物があまりないから、悪い盗賊の人はあまり狙わないらしい。


 広い御者の席に座ると、もうすでにカラスが止まっているのか、大きな黒い馬と言う動物が二頭も荷馬車に繋がって見えた。そのうちの一頭は、明らかに大きすぎて、もう一頭の馬より優に3倍は大きい。


「あ!クロ!お前さんはバランスがおかしくなるから、そこに止まるなと言っただろうが!他のカラスに止まらせんか!お前さんはそこに止まるな。」


 ラリーさんがクロを追い出そうと、シッシッと手で払いのけようとしているけれど、クロは完全に無視している。アビーさん以外の意見は絶対聞かないような気がした。


「クロ。そこに止まりたいなら、クロが止まる時は一人の方がいいよ。ホントになんか、変な感じだよ。クロだけなら、そんなに目立たないかもしれないけど、並んじゃうとなんだか、もう一人の子が気の毒な感じになるよ。」


 クロがフンッと鼻を鳴らして、もう一頭の馬だったカラスを追い出した。今はどうしても、クロがそこに止まりたい気分らしい。


「いや、一頭でもなんか大きすぎんだけど、まあ、いいや、なんでも。」


 ピートさんが呆れていると、ノアがたくさんの紙の束を持って、小走りで前の席に来た。


「エミリア、これを置いてきたらもう出発するから、僕の席も空けておいてね。すぐ戻るから。……クロか?ちょと大きすぎないかな?……怪しまれないといいけど。」


 ノアが荷物を置きに行って、いよいよ出発の時が近づいてくる。アビーさんは部屋で寝ているそうで、出てこないらしい。ホルコット村の皆さんともしばらくのお別れで、なんだか寂しく思う。また、すぐに会えるのかもしれないけれど。


「さあ、そろそろ出発だ。」


 ノアが御者の席に戻ってきて、ラリーさんが後ろの席に座ると、クロ、……大きな馬がゆっくりと歩き出して、とうとうホルコット村を出発することになった。


 ゆっくりゆっくり遠ざかりながら、みんなが手をふって見送ってくれる。いろんな人がありがとうや、またすぐに帰っておいでと、いろいろな声をかけてくれる。私は一抹の寂しさを胸に閉じ込めて、みんなに向かって、元気いっぱいに行ってきます。と手をふった。とうとう私達の旅がいま、始まろうとしていた。

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