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40.ホルコット村 4

「ここにおったか。カラスに……、クロに探させたが、家の中にいたとは。ここは誰の家じゃ。ん?エミリアはなにやら、恰好が変わっておるな。また可愛くなっておる。髪を上げると、少し大人っぽくなったではないか。良く似合っておる。」


 ザッと音がしたと思ったら、中庭にアビーさんが降り立っていた。脇にクロが控えている。日の当たる花が咲き乱れた中庭のなかで見るアビーさんは、なにも着飾っていないのに、とても美しく見えて、改めてもの凄い美魔女だなと思った。


「おばあ様、ここはピートの家のようです。こちらにいるのが、ピートのお姉さんです。」


 振り返ってノアを見ると、前髪を上げて固めていて、服も着替え場所を使わなかったのに、もうお祭り用の服に着替え終わっていた。顔がよく見えて、いつもより格好良く見えた。紹介されたクレアさんが前に出て、膝を折って挨拶する。他の女性のみなさんも、それにならっている。


「お初にお目に掛かります。クレアと申します。愚弟のピートがいつもお世話になっております。本日は我が家にお出でくださり、恐悦至極に存じます。」


「よい。妾からも礼を言う。エミリアとノアが世話になったようじゃ。したが、妾はノアと用があるゆえ、そなたらは退室せよ。持て成しはいらぬ。」


 アビーさんの言葉に、女性陣のみなさんが静かに頭をさげて、ススス……と音も無く部屋から出て行った。クレアさんの家なのに、退室、とか言って良かったのかなとちょっと心配になる。去って行くみなさんを見るとアビーさんを見て、小声でキャーキャー言っているので、少し安心した。


「おばあ様、もう馬車は終わったんですか?早くないですか?」


「ふふふ、ノアよ、馬とは、なにかと思えば、ペガではないか。羽のないペガじゃ。そのようなもの観察せずとも、ふふ、安心せよ。おまけも付けておいたのじゃ。良き荷馬車に仕上がった。妾はこれから、新酒の試飲会、とゆうのに呼ばれておってな、ラリーが先に行っておる。妾もそなたとの約束を終えたら、向かうのじゃ。早う用意せぬか、クロ。」


 スィーと部屋の中に入ってきたクロとカラスが、ソファーの前のテーブルの上に、地図と巻いた布をポトッと落とした。アビーさんの言うおまけ、がとても気になったけれど、今からノアの魔法の練習が始まるので、黙っていることにした。


「どれぐらいの大きさの布と言っておった?」


「これくらいですかね。持ち運ぶので、小さい方がいいと思います。」


 ノアが手でこれくらいと大きさを示した。アビーさんが手をフィッとすると、くるくる巻かれた布が空中で広がって、スパッと同じ大きさに切られてバサバサっとノアの手の中に落ちてきた。ノアが不安そうに布を見つめている。


「……おばあ様、僕はまだ、火も水も出せていません。この地図を、僕が写せるでしょうか。もしかしたら、自分の手で写して書いた方が早いかもしれません……。」


「ふ~ん。ま、やってみればよい。」


 アビーさんは、まったくなにも心配していなさそうだった。もしかしたら、ノアがちゃんと魔法を使えるとゆう根拠や自信があるのかもしれない。大きな地図を空中に浮かべて、アビーさんが地図を見ながらノアに問いかける。


「そなた、この地図をどれぐらい憶えておるのだ?すべてか、それとも一部か。」


「それは、すべて憶えていますけど……。」


「ならば、その地図をその布に写せ。やってみよ。」


 いつも通りのザックリした説明に、思わずノアの顔を覗き込んでしまう。また火や水の時のように、なにも起こらなくても、ノアに自分の事を情けなく思ってほしくない。ノアと手を繋いで、ドキドキしながらその時を待った。


「はあ~。もう少し詳しく説明してほしいものです。写す、写すか……。」


 ノアが片手で布を持ってから、空中の地図を見た。そして目を瞑って、森と道に、と小声でなにか呟いている。そして私の顔を見てから手を離すと、両手で布を広げて持った。私は邪魔にならない様に、ノアの肩に手をおいた。


 しばらくそのまま待っていると、布に黒いシミのような物があらわれた。その黒いシミは線になってゆっくり、ゆっくり広がっていって、やがて黒い鮮明な地図になった。実物と違って色は付いていないけれど、本物の地図とそっくりな正確な地図だった。


「やった!見て!ノア!そっくり!すごい!成功だね!」


「ほお~。上手いもんじゃないか。細かい所までしっかり写せておる。成功じゃな。」


 ノアも布に地図が写せたことに驚いているようだった。嬉しいけれど、納得がいっていない様な顔をしている。


「おばあ様、なぜ色が付いていないのでしょう?」


「ん?それは、そなたがそうしたのであろう?色を付けたければ、そうすればよい。慣れればパッと写せるじゃろう。妾はラリーの所に行ってくる。二人とも、宴で会おうぞ!」


 来た時と同じ、上機嫌でアビーさんがまた中庭から飛んで行った。ノアはしばらく布を眺めて、まだ納得がいかない顔をしている。色が付いていなくても、綺麗に魔法で地図が写せたなんて凄い事だと思う。完璧に写せていなくても、この地図はこれからすごく役に立つだろうし、すっごくノアを褒めてあげたい。


「ノア、魔法で地図が写せたよ。すごいことだよ。この地図はこれから絶対に役に立つし、便利になったよ。これで、グランさんに大事な地図が返せるから、私、本当に嬉しい。ありがとう。ノア。」


 そう言って思わず手をギュッと握ると、やっとノアが嬉しそうな顔になって喜んでくれた。照れたように顔を赤くしてモジモジしている。


「そ、そう?それなら、良かった。今度はもうちょっと練習して、色も付けてみるね。……じゃあ、グランさんの所に、地図を返しに行こうか。」


 私がたくさんの布切れと、着替える前の服を持って、ノアも服と大きな地図を持って部屋を出ようとすると、クレアさんが部屋に入って来た。荷物を馬車に届けておいてくれると言うので、地図を返し終わったら、そのままお祭りを見て回ることにする。中庭とお店をぬけて外に出ると、村の雰囲気が様変わりしていた。


 花や、飾りや横断幕が一層派手に飾ってあって、そこら中に露店や屋台のようなお店が出ている。香ばしい美味しそうな香りがそこら中からしていて、飲み物や食べ物が、どのお店でも選べるようになっているようだった。いろんな色の飲み物がたくさん置いてあるし、串にさしたお肉や果物や、お菓子のようなものまで、見た事もない食べ物ばかりで、見ているだけでもワクワクする。


「うわあ~!お祭りってすごいんだね~、わあ~。」


 キョロキョロしながら、グランさんの家に向かって歩き出すと、飲み物をたくさん置いてあるテーブルにいるお兄さんに声をかけられた。


「ちょっとちょっと、二人ともまだなにも食べてないのかい?ジュースをあげるから持っていきな。」


「あの、私達、いまお金を持っていなくて、また後で来ます。」


「なに言ってんだ?村の祭りで金なんてとる訳ないだろ?なんだ?ホルコット村の祭りは初めてか?だったら中心の広場に行った方がいいぞ。そろそろ演奏が始まる頃だから、急いだ方がいい。踊りも始まっちまう。あと夜には宴会もあるから、露店で食べるのは、程ほどにな。これ、持ってけ。」


 親切なお兄さんがノアと私にジュースをくれた。お祭りって、想像していたよりも凄そうだった。ただで食べて飲んで、演奏して踊るんだ。ワクワクが止まらない!ノアと駆け足でグランさんの家に向かう。早く地図を返して、お祭りをいっぱい見て回るんだ!


 グランさんの家の前に着くと、人だかりができていた。お年寄りの男性が何人も集まって、みんなお祭り用の派手な服を着て、それぞれ楽器を持っていた。


「すまんすまん。バチが見つからんで。太い方のやつがな。さあ、遅れとる。皆、急ごう。」


 お腹に太鼓のような物をくっつけて派手な衣装を着たグランさんが家から急いで出てきて、お年寄りの団体の中に紛れ込んで見失ってしまった。


「すみません。グランさん!すみません!」


「あれ?こんな所で、どうしました?お祭りはもう始まっていますよ。ああ、可愛い花が付いていますね。よく似合ってる。」


「グランさん、この地図を返しに来ました。もう写させてもらったので、お返しします。これは大事な物ですよね。どうか、またグランさんのお家に飾ってください。」


「これは、そんな、いいんですか。この地図が、また……。ありがとう。……二人とも、本当に、ありがとう。」


 グランさんが涙ぐんでしまった。周りのお年寄りも泣きそうになっていて、良かった良かったと喜んでいる。やっぱりとても貴重な物だったんだ。グランさんに返せて本当に良かったと、心から思った。


 みんなにお礼を言われている間に、急いでグランさんが家の中に地図を置きに戻る。本当に急いでいるようで、すぐにまた外に出てくると、お年寄りの集団は走りながら去って行った。演奏を聴きに来てほしいと遠ざかりながら叫んでいるのが聞こえた。


 そこからノアとふたりで、お祭りの中心に向かって飾りつけや露店を見ながら歩いて行く。中心に近づくにつれて、人もお店も増えて、どんどんわちゃわちゃした雰囲気になっていく。途中で露店のおばさんが、串にさした飴をノアと私にくれた。中に果物が入っていてテカテカと色も綺麗で、噛むと飴がカリッとして、果物は甘酸っぱくて、楽しくて美味しいお菓子だった。


 なにも持っていない人には、そこら中の屋台から声がかかるようだった。また違う露店では、輪っかを木に向かって投げる遊びがあって、ノアが全部の輪を一番得点が高い木に投げ入れて、一番豪華な花輪を貰った。私は一つも入らなかったのに、ノアがその賞品の豪華な花輪を私の首にかけてくれた。他の子供たちに羨ましがられて見られるのが、少し恥ずかしかった。


 中心の広場では、楽し気な演奏がもうすでに始まっていて、笛や太鼓やガシャガシャなる楽器や、歌っている人達もいて、そしてそこら中で老若男女たくさんの人が踊っている。手をたたいて、くるくる回って輪になって、飛び跳ねている人もいて、とても賑やかで、みんなとても楽しそうで、ノアと一緒に見よう見まねで、音楽に合わせてみんなと一緒になって踊った。


 喉が渇くと露店で飲んで、お腹が空いたら、屋台で食べて、みんながそうやって笑って、みんなで大笑いして、あっとゆう間に宴が始まる夕刻になっていた。


 中央の広場にどんどん長い机や椅子や、食べ物や飲み物やお菓子やお酒が並べられて、広場を取り囲むように露店や屋台が移動してきていた。宴とゆうのが、こんなに豪華で楽しそうなものだとは知らなかった。


 焼きたてのお肉や魚や、煮込んだ鍋や、甘そうなお菓子や、くるくるに巻いてお菓子を焼いている辺りには、美味しそうな甘い香りが漂っている。香ばしいような、甘いような色々な香りに広場一帯が包まれていて、皆が好きな食べ物や飲み物を持って、それぞれ好きな席に座っていく。


 決まりはなさそうだけど、そのほとんどが家族単位で集まって座っているようだった。親しい家族や友人が仲良く楽し気に話しながら、宴が始まるのを待ち遠しそうに待っている。


 幼い女の子が母親の膝の上に座って、愛しそうに頭を撫でられながら、楽しそうにお喋りしていた。お祭りの熱気が少し落ち着いて、家族仲良く楽しそうに座って話している様子を、しばらく見つめていた。


 ふいに空からラリーさんとアビーさんの楽し気な声が聞こえた気がして、空を見上げると白い雲に乗ったふたりが手を振りながら、こちらに近づいて来ていた。


「おお!おった、おった!お~い!雲ができたぞ~~~!」


「間に合った。間に合った!エミリアと宴に出るのじゃ。間に合ったぞ~~!」


 なぜか涙が出そうになって、私は元気いっぱいに、空に浮かんだ白いふわふわの雲に乗った二人に手を振りかえした。

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