39.ホルコット村 3
「はじめまして。ピートの姉のクレアです。うちの愚弟がお世話になっています。お礼にと言っては何ですが、ぜひ家に招待したいの。ぜひ。」
有無を言わさぬように、ズイッと更に前に出てきたので、思わず一歩後ろに下がってしまった。ノアが警戒したような顔をして、繋いでいる手を少し引っ張った。
「お断りします。僕たちは、お祭りの準備をしている様子を見て回りたいので。」
クレアさんが斜めから見下すようにノアを見ると、フッと鼻で笑う。あ、確かに表情がピートさんに似ているかもと思った。
「男の子にはね、分からないでしょうけど、フッ、今日は祭りなの。特別なのよ。つまり!女の子はおめかしするのよ!花を飾るの!みんなおしゃれして花を飾るのよ!私達が、この可愛い!可愛い×2エミリアさんを、もっと特別仕様に可愛くしてさしあげるのよ。女のおしゃれを邪魔する男なんて、消え失せなさい!……ね?エミリアさん、その編み込みもとっても可愛いのだけど、私達がもっと、もっと!可愛くしてさしあげます!さあ、行きましょう。さあ!」
さあさあ、とずいずい近づいてきて、とうとう手を握って連れて行こうとした時、呆気にとられていたノアがハッと我に返ったように、私の手をとって握った。
「僕とエミリアが離れる事はない!この可愛い編み込みをしたのは、僕だ!花を飾るなら、僕が飾る!」
「は?この美麗な編み込みをあなたが?……え?」
クレアさんや、周りの女の人達が、同じように首を傾げて、理解できないとゆう顔をしている。ノアの説明が足りなかったのかもしれないので、私から話すことにした。
「あの、三つ編みとか、編み込みの、髪の毛をこう、くるくるっと結んでくれるのは、いつもノアがしてくれているんです。自分では難しくて。それに、ノアと離れると、迷子になったり、転けちゃったりしたら困るので、……あの?」
なぜかクレアさんを含めた女性陣がうっとりと私を見つめて、動かなくなってしまった。私の話し、聞いて、くれてるよね?
「はあ~、可愛いわ。声もいいわ。なにもかも可愛いわ。可愛いは正義だわ。尊いわ。いつまでも見ていたいわ。ね、そうでしょ?」
クレアさんと周りの女の人達が、なにかうんうん言いながら、頷きあって話している。楽しそうにキャアキャア言い合っている。
「……それじゃ、僕たちはもう行くので。さようなら。」
ノアが繋いでいる手をひいて、くるりと踵を返そうとしたその時、クレアさんがガシッとノアの肩を掴んで、とても低い声を出した。
「待ちな。少年。行かせないわよ。……聞けば、あなたのおしゃれは、編み込みと三つ編みだけなのかしら?片腹痛いわ!おめかし舐めんじゃないわよ!祭りなのよ!アップに決まってんでしょうが!アップに後れ毛なのよ!うなじ見せんだよ!それともなに?アップに後れ毛で花を飾ったエミリアさんを、あんたは見たくないって言うの?」
「……見たい。……すごく。」
わなわな震えるノアに、勝ち誇った微笑みのクレアさんが、初めからそう言いなさいとフッと鼻で笑った。丸く収まった女性陣の団体と、私とノアがぞろぞろとクレアさんの家に向かう。クレアさんのお家は美容室とゆうお店をしていて、髪の毛を切ったり、お化粧をしたり、なにか顔にクリームを山盛り塗ったりする所のようだった。
女の人で混雑したお店の中を通り抜けて、色とりどりの綺麗なお花がたくさん植えてある中庭をぬけて、渡り廊下で繋がっている広い部屋に入ると、そこは鏡がたくさん置いてあって、きれいな色の洋服や、りぼんやレースや髪飾りやお花や、可愛いものがたくさん置いてあった。ここは着替える為の部屋だと言っていた。着替える為だけに部屋があるなんて、すごいと思う。
「ちょっとお~、ノア少年。ここは男子禁制なのよ。今日だけよ。分かってるわね?店の客用なんだから、ありがたく思いなさい。」
「あの、ありがとうございます。」
「いいの!エミリアさんはいいのよ!それより、この絵姿の本を見てくれる?どんな髪形が好みかしら?どれが好き?」
渡されたとても分厚い本を膝に置いて、開いてみると女の人の首から上の絵がたくさん載っていた。髪に飾りをたくさん付けていたり、複雑に編み込んでいたり、珍しい物では上に高く巻き上げていたり、首から上だけの絵でも、綺麗なので怖くはないけれど、たくさんありすぎて見ているだけで疲れてしまう。もうこの中のどれでもいい気がしてきた。横から見ているノアは熱心に見入っている。
「すみません。たくさんあって、どれでも……、この中で一番簡単なもので、おねがいします。」
「どれでも?もしかして、おまかせでいいのかしら?私達に、まかせて、くださる?」
「あ、はい。それで、おねがいします。」
周りの女の人たちから、キャーと歓声が上がる。一気にみなさんの士気が上がって、熱気がウワッと部屋の中を覆った気がした。
「そ、そう?……それじゃあ、まず、そのふわふわの、んんっ!髪に少し触れるわね。髪質を見ましょう。……ふっわふわだわ!ふわふわ!すごくやわらかいわあ!」
また周りの女の人たちからキャーと歓声が上がる。女の人が集まると、こんなに賑やかになるとは、知らなかった。それからしばらく、女性陣の白熱した議論が始まった。馬の話しをしていた男性陣の団体と似ているなと思った。
「エミリア、飲んで?あっちに飲み物と食べ物があったよ。長く掛かりそうだから、先になにか食べておいた方がいいよ。」
「ありがとう。ノアと半分ずつにしよう?……長く掛かると思う?」
「どうだろう?馬の話しは結局終わらなかったみたいだしね。……それにしても、ここには為になる本がたくさんあるよ。いろんな髪形や、美容法がこんなにあるとは知らなかった。僕はここの本を全部読んで憶えるよ。」
「少年、ここにある本をいま全部憶えるなんて、無理に決まってるでしょ。フッ。さあ、エミリアさん、だいたい方向性は決まったわ。こちらにいらして。」
それからは女の人達に囲まれて、ノアも交えて私の髪を梳いたり、編んだり、飾りを付けたりして、顔になにか色々と塗られたりしている頃には、気がつくとノアは、もの凄く早くパラパラと本を捲って次々と見ていた。クレアさんは憶えられないと言っていたけれど、ノアの真剣な顔を見ていると、全部憶えるんだろうなと、なんとなく思った。
顔も髪も綺麗にしてもらうと、クレアさんに渡されたお祭り用の服だと言う、ひらひらした服に着替えた。いつも着ている物より肌が出ているし、薄い生地で動く度にいろんな部分がふわふわして揺れる。これは確かにお祭り用で、実用的ではないし、普段着ではないのが分かった。着替え終わったので、丸くカーテンが引かれた場所から出て、待っているみんなの前に立った。
みんなに一斉に注目されているのが、ものすごく恥ずかしい。またキャーと言われてしまうかと身構えていると、しんと静まりかえっていた。改めて取り囲んでいるみなさんを見渡してみると、小刻みに震えながら、もの凄く目を見開いて見られているけれど、誰もなにも言ってくれない。
「あの、変、じゃない?」
一番前にいるノアに、恐るおそる聞いてみる。なにか、そんなに声も出ないほど、変だとか?この服はやっぱり肌が出過ぎているとか?
「……美しい……」
ノアが呟くようにそう言うと、周りの女の人達が我に返ったように、口々に声を上げた。それぞれに、似合っていると褒めてくれる。肌も出過ぎていなくて祭りでは普通と言われて、ホッとした。一番大きな鏡の前に連れていかれて見てみると、髪の毛が後れ毛とゆうのを残して、編み込んでまとめられてアップとゆう髪形になっていて、所々にお花が飾ってある。どおゆう仕組みか分からないけれど、いろんな色の花がとても綺麗だと思った。
「みなさん、とっても綺麗にお花を飾ってくれて、ありがとうございます。」
お礼を言うと、みんなそれぞれに喜んでくれて、握手を求められたりたくさん褒めてくれたり、元気がいい女性陣に囲まれていると、中庭に一羽、カラスが降り立った。大きさから言って、クロだった。
「クロ、見て、お祭り用にお花を飾ってもらったんだよ。どう?」
くるっと目の前で回ってみると、まったく興味がなさそうにグギャーと鳴いた。やっぱり可愛くカアーと鳴くのは、アビーさんにだけのようで、それもなんだか、可愛らしく思えた。一声鳴くと、すぐにまたどこかに飛んで行ってしまった。みんなの所に戻ると、今度はノアが女の人に囲まれていて、ノアは逃げようともがいていた。
「身だしなみが整っていない男は、おしゃれした可愛い女の子の隣に立つ資格はないの!さっさと観念しなさい!」
「あっ、ノアもお祭り用にしてもらうんだね。楽しみ。」
ピタッと動きが止まったノアが途端に女性陣に囲まれて見えなくなってしまった。ほんとに、なんとゆうか、みなさん元気いっぱいで、お祭りとゆうのは男女関係なくおしゃれして、お花や、食べ物や飲み物をみんなで準備して、村のみんなが一緒になって楽しむものなんだなと思った。初めて参加するお祭りが、とても楽しみになってきていた。