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38.ホルコット村 2

 私達が急いで駆け足で戻ると、一種異様な光景が広がっていた。アビーさんはもう荷台の屋根に寝転がっていて、ラリーさんは御者の席に座っているけれど、数人の村人の男性に跪かれていて、宥めながら話を聞いているようだった。その周りを村人のみなさんが一定の距離を空けて、固唾を呑んで取り囲んでいた。


 村人の皆さんの、感謝を伝えたいとゆう気持ちはひしひしと伝わるのだけど、一見するだけでも、アビーさんがイライラしているのが伝わってくる。たぶん今、ラリーさんが少しでも面倒そうにでもしたら、アビーさんが荷馬車を浮かせて、そのまま飛んで行ってしまうだろうと思われた。


 想像していたよりも、一触即発な雰囲気になっていた。思わず足が止まって、冷や汗が背中をつたっていく。感謝してる人と、大袈裟にしたくない人なだけなのに、なぜこんなに、こんがらがってしまうのか。私はついさっき、お互いが丸く収まる方法がないか考えていた筈なのに、悪い結果にしかならないだろうと思われる光景に、なにも出来そうになくて、足がすくんでしまう。


「おじい様、おばあ様、お待たせしましたか?」


 ノアの声を聞いた途端にアビーさんが跳ね起きて、荷馬車の上に足を組んで座ると、不機嫌そうな顔をノアに向けて言い放った。


「遅いぞ、ノアよ。すぐ出発じゃ。」


 アビーさんが、私とノアが荷馬車に乗り込むのも待ちきれないとゆう様子で、手をフイッとしようとしたその時、ノアが手を繋いで片手を前にだした。


「待ってください。おばあ様。馬とゆう動物を知っていますか。」


「……馬?……ラリー、知っておるか?」


「馬か?たしか、馬車を引くのが、馬じゃなかったか。大きな奴だろう。」


「そうです。それが馬です。その馬は、ロバよりよほど早く走るそうです。大きな荷馬車は、馬が引くそうです。知っていますか?」


「……ロバより早く?」


 アビーさんがピクッと反応した。周りを取り囲んでいる村人のみなさんは、何事が行われているのか、アビーさんとノアの顔を交互に見ながら見守っている。


「なにしろ、早馬、とゆうのもいるくらいなので、とても早く走る動物なのでしょう。名前にわざわざ、早い、がつくなんて、余程の事です。早い馬、なんですから。」


「……はや、うま……。早い馬。」


 アビーさんが一瞬なにか迷ったように、ラリーさんを見た。それでも、今荷馬車が囲まれている様子が目についたのか、困ったような顔になって、ノアを見た。


「しかし、もう準備は整っておる。今からでは……。」


「おじい様、おばあ様、これは、僕のただの我儘なんですが、僕は、もう少し大きな、馬が引いた荷馬車に乗りたいと思います。」


 ノアがハッキリと言い切ると、アビーさんとラリーさんが驚いたようにノアを見てから、二人で顔を見合わすと、アビーさんが屋根から降りて、ラリーさんの横に座った。


「幸いなことに、このホルコット村には馬がいるそうです。村人の皆さんに少しの間、お借りしてはどうでしょう。お二人で時間が掛かるのは分かりますが、偶然にも今日このホルコット村で、お祭りがあるらしくて、準備が始まっているのを見ました。僕とエミリアは、まったく退屈する事なく過ごす事ができます。子供はみなお祭りが好きですから。ね、エミリア、どう思う?」


 ノアが私の顔を見つめて、繋いでいる手をキュッと握った。ノアの言いたい事が分かった。私の望みを聞かせてほしい。そう言われているようだった。ここにいる全員の視線が私に集まっているのを感じる。緊張に震えそうになると、今度はノアが両手で私の手を握って、励ましてくれているのが分かった。私は片手を胸の前で握ってから決意して、話し出す。


「わ、私は、き、今日のお祭りを、村のみなさんと楽しみたいですし、お祭りの宴にアビーさんとラリーさんと一緒にいたいですし、私の、我儘ですけど、私、私は、このホルコット村にある大浴場とゆう温泉に、アビーさんと入りたいです!」


 頑張って大きな声で、言い切った。そおっと目を開けると、周りのいろんな人が身悶えていた。ノアは座り込んでいるし、見るとアビーさんは胸を押さえて、なにか言っていた。


「な、なんとゆう可愛らしさ!なんと愛いのじゃ!なんじゃ、あの潤んだ瞳は!ラリー、あれは、今のはなんじゃ?なにが起こったのだ?」


「うむ。これは、美少女のおねだり、とゆうやつではないか?ほれ、あのように、目を見開いて見てしまうものらしい。目を奪われて、抗いがたいのだ。」


「なんと!妾、あの姿のエミリアに抗うことなど、到底できそうにない!美少女のおねだりとは、最強ではないか?!」


 アビーさんとラリーさんが、すごくゴソゴソ話しているし、まだなんだか、みんなに注目されているし、居た堪れなくなってノアを見ると、なんだかプルプル震えているし、こおゆう時に大丈夫かと、触っちゃったら、どこかに瞬間で移動しちゃうと困るし、どうしようか困っていると、横からオルンさんとグランさんが現れた。


「アビー殿、ラリー殿、ホルコット村には、がっしりとした立派な馬が、何頭もおります。新しい馬車の準備ができるで、この村に滞在されてはどうでしょう。村の者は皆、みなさんへの協力を惜しみません。今日は祭りの準備をしていましてな、宴も開かれるのです。祭りは皆で楽しむものです。良かったら、参加しませんか。子供たちも喜びます。」


 周りを取り囲む村人のみなさんが、うんうん頷きながら、グランさんの話しを聞いている。中にはもげそうな勢いで首を振っている人が何人もいた。


「……しかし、それでは、あまりに村人に迷惑がかかるのでは……、いかん、エミリア、その潤んだ瞳で、妾を見てはならん。……ラリー!」


「ああ、うん。そうじゃな、うん。なあ、アビー、わしらは良き祖父母であらねばならんぞ。良き祖父母とは、孫たちの我儘をきいてやるものだ。可愛い孫の頼みだ、馬車に作り直してやろう。荷馬車は完成しておるのでな。これを使えば大きな荷馬車など、そう時間は掛からん。アビーが馬を観察する時間を入れても、すぐに出来上がるだろう。村人の皆さん方は、祭りの準備で忙しいだろうが、ここにわしらが滞在して、祭りに参加しても迷惑ではないかね。」


 村人から一斉に歓びの歓声が上がった。口々にあちこちから、もちろんや、良かったと喜びの声があがる。改めて、グランさんから滞在の感謝と、祭りの参加への招待が伝えられて、村人は急いで一斉に祭りの準備に向かっていく。村人みんなの嬉しそうな活気ある雰囲気に思わず嬉しくなってくる。同時にこれからお祭りが始まるワクワクが止まらない。


「エミリア、おばあ様達に、お礼を言いに行こうか。」


 振り返ると、ノアがもう立ち上がっていて、手を差し出してくれていた。もう触っても大丈夫そうで、安心する。ノアの手をとって、アビーさんとラリーさんがいる荷馬車の所まで歩いて行く。近づいて行くと、オルンさんと村人の男性たちで馬の議論になっていた。誰の馬が一番早く立派かと白熱の論戦のようだった。


「いいや!それも分かるが、一番早いのはやはり、バスンの黒毛じゃ。あの黒毛の親も知っとるが、立派な足だけじゃない。筋肉の質がいいんじゃ。」


「バスンのとこの黒毛もいいが、俺んとこの赤毛は長く走るぞ。軽いが滑らかによく走る。馬車には長く走れる馬が一番だろう。」


 ラリーさんも一緒に、馬の話し合いに加わって、うんうん聞いていた。アビーさんは暇そうに御者の席に座っている。


「アビーさん、ラリーさんも、私達のおねがいを聞いてくれて、ありがとうございます。お祭りに参加できるのが、とっても嬉しいです。」


「おばあ様、馬車のこと、ありがとうございます。」


「ふたりとも、良いのだ。妾、可愛い孫の頼みはなんでも聞く良き祖母なのだ。うんと早い馬車を作ってやるゆえ、楽しみにしておれ。」


 アビーさんが、嬉しそうにニコッと笑ったけれど、私は少し不安になる。アビーさんのうんと早いと言う早さは、どれぐらい速いのかと心配になる。


「おばあ様、常識の範囲ですよ。ちゃんとおじい様にも確認してくださいね。あと、この紙の地図なんですけど、大きすぎるので、持ち歩けるように、このくらいの布に写せませんか?」


「ああ、簡単じゃ。貸して……、いや、これはいい教材になるのではないか?馬車が終わったら、そなたに教えてやろう。自分で作るが良い。楽しみにしておれ。」


「アビー、ここで話しておっても決まりそうにない。馬を見に行くのでな、荷馬車ごと行こう。……ああ、ノアにエミリア、村人の邪魔にならんように、見て回るんだぞ。」


 荷馬車と村の男性陣の団体が、ぞろぞろとまだ話し合いながら移動して行く。そのゆっくり遠ざかっていく姿を見送ってから、ノアとホルコット村を見て回ろうと、意気揚々と振り返って一歩踏み出そうとしたその時、今度は女性陣の団体に取り囲まれていた。


 なぜかみんな目がランランと輝いていて、興奮しているようだった。押し寄せてくるようなその勢いに、後ずさりそうになったその時、一番真ん中に立って、髪の毛に綺麗にお花を飾っている背の高い女の人が、一歩前に出て、私とノアにニッコリと笑いかけてから、話しはじめた。


「とっても可愛い、良いおねだりを見せてもらったわ。ありがとう。」

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