37.ホルコット村 1
うまく伝わるように、話しが出来ているかは分からないけれど、開墾している村の人達と茶色い子達が協力しあって、土を耕していたあの光景の事を、ラリーさんとノアに話していた。
ラリーさんは特にとても興味津々で、質問を挟みながら、熱心に聞いてくれていた。詳しい質問には、なにも答えられなかったけれど、たとえ見えなくて、その光景を想像するだけでも、なんて尊いんだと感じ入っている様子だった。
もっと詳しく教えてあげたくて、小さい子達の動きを思い出しながら話していると、突然、前のオルンさん達が乗った荷馬車が浮かび上がった。前の二人の驚く声も聞こえる。私達の乗っている荷馬車もガクンと揺れたかと思うと、浮かび上がっていた。荷馬車の屋根の上には、いつの間にかアビーさんが座っていた。
「おばあ様、そこは座る所じゃありませんよ。中の席に座ってください。前の二人には、浮かせる前にちゃんと声をかけましたか?ビックリしてますよ。」
「抜かりはない。ちゃんと浮かせると伝えたのだ。先まで見に行ってきての。他の馬車も通っておらぬゆえ、問題ない。」
アビーさんがラリーさんを見ながら、先に言われそうな事を言ったようだった。オルンさん達は、浮かせると言われても、驚いただろうなと思った。
「アビー、いつも使える手ではないぞ。今回は隠密行動が鍵になる。考えたんだが、先に雲を完成させた方がいいかもしれん。ホルコット村に着いたら、綿があるか聞いてみる。」
「なぜ綿なぞが必要なのじゃ。妾は、あの雲を使うのだ。あれを作る。」
また二人が、魔法の難しい話を始めた。結局ラリーさんの案の綿も使って安定させて増やすの方法になるみたいだった。大人の話しはいつ聞いても難しいけれど、ふわふわの雲に乗れるのが、早まりそうなので楽しみだ。
「おばあ様、もうそろそろ降ろした方がいいんじゃないですか。空から村に入ったら、驚かれますよ。」
アビーさんが2台の荷馬車をまっすぐ縦に並ばせてから、地面に着地させた。もうすぐホルコット村に着くようだった。辺りに低い木が多いなと思って見ていたら、どうやらそれは果実の木で、村の近くでも栽培しているようだった。収穫がしやすそうに、綺麗にまっすぐに整備されてあって、景観がとても美しい。
村は木の柵で囲まれてあって、入り口はアーチ型の飾りがついていた。外から覗くかぎりでは、こじんまりとした村に見えた。アーチ型の門をくぐると、そこにはたくさんの村人が待ち構えていた。村人みんなに笑顔で拍手されながら出迎えられると、なんだかもの凄く恥ずかしい。
門や建物のあちこちに布の横断幕が掛けられていて、なにか文字がでかでかと書いてある。後で、なんと書いてあるのかノアに教えてもらおうと思った。そして、頑張って文字を覚えて、自分で読めるようになろうと決意する。
私達が戸惑いながら荷馬車から降りると、先頭にいた子供たちがお花を持って走り寄ってきて、何かのセレモニーが始まりそうな様子だった。見るとグランさんが村人の先頭に立って、ニコニコとしていた。心配になって、まだ荷馬車の屋根の上から降りてこないアビーさんを見ると、案の定不機嫌な顔をしていた。
どうしようか迷っていると、ラリーさんがスッと前にでて、子供たちの一人からお花を受け取ると、朗々と話し始めた。
「やあやあ、これは、ホルコット村の皆さんの心からの歓迎に感謝に申し上げる。しかし、わしらは大した事はしておらんのでな。どうか、先に言っていたように、簡素に送り出してもらえるとありがたいんだが。」
それで、村人のみなさんがそれぞれ戸惑いつつも、思い思いの感謝の言葉を述べてから、早々に積み荷の作業に移っていった。ラリーさんが、流れるように仕切っている。村人のみなさんが、それぞれ贈り物をのせてもらおうと詰めかけていた。感謝の気持ちをどうしても伝えたいとゆう強い想いを感じた。
人波をさけて少しだけ離れた所から、積み荷が終わるのを待っていると、グランさんに話しかけられた。家にある地図を渡したいと言うので、ノアと一緒にグランさんの家に取りに行くことになった。
グランさんの家に向かいながら、ホルコット村の中心部を歩いて進んでいると、村の家々のいろんな所に、布や横断幕が掛けてあって、それぞれに色々と文字が書いてある。ノアにこっそり教えてもらうと、ありがとうや、歓迎や、感謝のような言葉が、それぞれにたくさん書いてあるらしかった。
そして至る所に、台や机が置いてあって花が飾られていた。果物や食べ物や飲み物も雑然と置かれていて、まるでお祭りの前か後みたいだなと思った。
「村でお祭りがあったんですか。」
何気なく聞くと、グランさんがなぜか恥ずかしそうに、しばらく逡巡した後に、迷いながらも話してくれた。
「……お恥ずかしい。実は歓迎の宴を用意していたのです。私達皆にとって、ホルト村は、とても……、いや、言葉では、言い尽くせません。……是非とも、感謝の気持ちを示したいと思う者が多く……、しかし、無理強いするものではありません。……かえってご迷惑になるなら、本末転倒だ。」
たぶん、さっきなにか始まろうとしていた流れにのると、お祭りのような宴会が始まる所だったようだ。もし、アビーさんが村の人の歓待を受けてくれるなら、みんながとても喜んでくれるのにと思ってしまう。アビーさんは、なにか堅苦しいだけではなく、注目されるのも嫌っているように思えた。
みんなが丸く収まる良い方法がないかと考えながら、歩いた。いつの間にかノアと手を繋いでいた。ぼんやり考え事をしている間に転けそうになったのかもしれない。
グランさんの家に着いて、家の中に入るとすぐに立派な額に入って、壁に掛けられた大きな地図が目に入った。それは昔商人から買い取った、オルトラン地方を中心とした王都までの街道が載っている地図だと、オルンさんが説明してくれた。
「これが、役に立つと思います。この地図を持って行ってください。」
そう言って、おもむろに掛かっている地図を額ごと降ろしてしまった。もの凄く慌てて、咄嗟に声がでない。これは、村長さんの所に置いてある貴重な物なのでは?立派な額に入っているし、色も付いていて、綺麗だし、お高い感じの物なのではと、久しぶりに、アワワワワとなってしまう。
「ホルコット村は、ここですか。このたくさんある印はなんですか?」
ノアが冷静に外されてしまった地図を見ながら聞くと、グランさんは嬉しそうに相好を崩しながら話してくれる。
「そうです。そこがホルコット村です。……そして、ここがホルト村です。……あと、その印は温泉ですね。池と間違わないように印がしてあるんでしょうな。この辺は随分温泉が多いでしょう。源泉を引いているので、うちの村でも温泉にはいれますよ。この辺の者はみな温泉が好きでね。露店もありますが、屋内の入浴施設も、良いもんです。色々な種類がありましてな、とくに大浴場はみなの憩いの場なのです。……貸し切りにして、ぜひ入ってもらいたいと思っていたのですが……」
「大きなお風呂……!」
思わず声が出ていた。いろんな種類の大きなお風呂……、なぜだろう、もの凄く胸がときめく。それは……、それはホントに入ってみたい。でも、今日は出発の朝だし、そんな我儘は言えない。なにより、アビーさんは早く出発したがっている。ノアと一瞬、目が合った気がしたけれど、すぐにグランさんと話し始めた。
「温泉があるとゆう事は、この辺には火山があるんですか?」
「火山?……山、ですか?近くにはないと思いますよ。あっ!火をふくあれかっ!ないない!そんな危なげな物は近くにはないです。この通り、森や林はどこにでもありますよ。」
ノアが火山もないのに、温泉がたくさんあるのか……と呟いた。なぜ山と温泉が関係しているのか分からないけれど、ノアが熱心に火山とゆうのがないか地図を凝視している。隅々まで細かく見て、顎に手をあてて考え込みながら、載ってないだけかもしれないし……と呟いた。
「遅くならないうちに、この地図を持っていきましょう。今すぐ用意します。」
と言いながら、グランさんが額から大事そうに地図を外して丸めて留めると、大きな袋にいれて、すぐ脇においてあった、大きめの茶色い封筒も袋に入れた。
「この袋の中に、ホルコット村の印を押した身分証が封筒に入れてあります。必要になったら、好きに名前を書いて使ってください。多めに入れてありいますが、決してなくさない様にしてください。」
グランさんは私達が困らないように、なにからなにまで用意してくれている。
地図も絶対貴重な物だし、身分証とゆうのも、たぶん貴重な物なんだろうと思う。ものすごく気が引ける。ほんとに貰っていいのかな?思わずノアを見ると、目が合ったノアは、なにか意味ありげにニコッと微笑んだ。
「この村で、ロバより早く走る動物はいますか?」
「ロバより早いのは、馬でしょうな。郵便などは早馬が来る時もありますが、うちの村には早馬はいません。ふつうの馬なら何頭もおりますよ。」
「馬が荷馬車を引くことはありますか。」
「それは、もったいないので……、まあ、大きな馬車や、商人の大きな荷馬車なら、まあ、あるでしょうな。……さあさあ、、急ぎましょう。ずいぶん遅くなりました。」
思ったよりも話し込んで長居してしまった。慌ただしくグランさんの家を出て、駆け足で村の入口付近に停めてある、荷馬車の所まで急いだ。