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36.ふだんの、変わらない朝

 微かな振動で目が覚めた。そしてすぐにまた、ここは夢の中だと気がついた。

長い、細長い部屋で、壁際に備え付けたようにズラッと並んでいる椅子に、私は、ひとりでポツンと座っていた。


 細長い部屋の壁のほとんどが、ずっと端の方まで窓になっていて、外の景色が開けて見えるのだけど、なぜか私の視界はぼやけていて、ハッキリと鮮明に見る事ができない。


 ふと思い立って椅子から立ち上がると、揺れてはいるけれど、歩けない程ではなかった。窓に近づいて、ひんやりして硬いツルツルした窓に触れて、ぼやけて見える視界に目を凝らしながら、窓に顔をくっつける様にして見てみると、景色が動いて、流れているようだった。


 目が回りそうなほど、とてもとても速い。もうちょっと、速度を落としてくれるように、アビーさんにお願いしなければ、と思った瞬間にパチッと目が開いて、夢から覚めたことに気がついた。


 目が覚めると珍しく私の方が先に起きたようで、隣でノアが眠っていた。その整った寝顔をぼんやりと眺めてから、また上を向いて柔らかな布団にくるまる。ノアが起きていないとゆう事は、まだ朝ではないのかもしれない。ぬくぬくとふわふわの布団に包まれていると、とても心地がいい。


 そうしているうちに、さっきの夢のことをなんとなく考えていた。とくに怖い夢でもなかった。ただ不思議な夢だった。知らない部屋、知らない景色、それだけ。そういえば、水の手の形が気持ち悪かっただけで、あの夢も怖い夢では無いのかもしれないと思った。


 ぼんやりそんな事を考えていたら、隣で寝ているノアがモゾモゾと動き出した。あ、起きたのかもと思った時に、おでこにチュッと口づけされた。「え?」と思わず声がでた。ノアも驚いたように、「あれ?もう起きてたの?」と言った。


 んん?もしかして毎朝、起きたらおでこにチュッてしてるの?まさか、ね?朝からなんだかドキドキして恥ずかしい。ノアはもういつもと変わらない様子で、


「もう起きる?」


と言って、ベッド脇のテーブルに置いてあるブラシを取りに行く。起き上がって、髪を梳いてもらっている間にも、おでこの事を思い出してしまって、顔が赤くなってくる。なんとなく、気まずい……。やっぱり聞いてみようとした時、


「今日は怖い夢をみなかった?ずいぶん早く目が覚めたの?」


「あ、ううん。ついさっき……、えっと、怖い夢はみてないよ。不思議な夢、それで、」


 私は、ついさっき考えていた事をノアに話した。細長い部屋の夢や、水の手の不思議な夢の話しを誰かに話していると、しっかり思い出せる感覚を、それもまた不思議だなと思った。


「さて、そろそろ朝ごはんを食べに行こうか。今日はとうとう、出発の日だ。」


 話している間にすっかり髪の毛は可愛く結ばれていて、身支度は整っていた。食堂でいつも通り、みんなで朝ごはんを食べてから、もう一度アンドレさんに、みんなで行ってきますと言いに行った。


 まるで示し合わせたかのように、特別なことではない、いつもと変わらない、またすぐに帰って来るとゆう風に、みんなで一緒に、このご神木の木の家を出た。


オルンさんの小屋に着くと、すっかりもう準備万端とゆう様子で、二人が待っていた。


「みなさん、ピートのことを、よろしくお願いします。……ピートも体に気をつけるんだよ。無茶はせんように。しっかり食べて、みなさんの言うことを聞いて、」


「分かった、分かってるよ。じいちゃん、まだ出発じゃないだろ?じいちゃんも村まで行くだろ?」


 荷馬車は2台あった。1台はロバが引いて、1台はロバがいるはずの所に、なにも繋いでいなかった。


「アビーさん、私達の荷馬車は、なんの動物が引くんですか?」


「ふふふ。エミリアよ。よく聞いてくれた。そこが一番苦労したのだ。妾は、変化の魔術がどうも苦手でな。しかし、ラリーが定着させる事にしてな、それで万事解決なのじゃ。」


 さっぱり言ってる事が分からないので、ラリーさんを見ると、ハハッと笑って話してくれた。


「アビーは心優しい魔女でな、ロバにずっと重い荷馬車を引かせるのは嫌だと言うので、荷馬車の方に、変化とゆうか、幻術とゆうのか、魔術をくっつけての。それ、ほれ、カラスよ~い。」


 ラリーさんがそこらにいるカラスに合図をおくると、カラスが一羽荷馬車の引き手に止まった。と思った瞬間にロバに変わった。


「うわあ~!ロバになった!カラスがロバに!」


「そうであろう、そうであろう。良い出来であろう。妾の変化も捨てた物でもなかろうよ。カラスを好きに止まらせておけば良いのだ。荷車は操作すれば勝手に動く仕組みなのじゃ。ちゃんとラリーがロバの速度にしたからの。ああ、ちゃんと速く走れるようにもしてあるのでな、安心するが良い。」


 いえ、速くはいいです……、とは言わないでおいた。それにしてもカラスが止まっただけで、ちゃんとロバが歩いているように見えるなんて、仕組みは分からないけれど、魔法ってほんとに便利だと思う。誰も重い荷馬車を引かなくていいようになんて、アビーさんは、本当に心優しい魔女だと思う。ラリーさんが、ノアに操作方法を教えている。ピートさんは、カラスにお願いして動かしてもらうらしい。


 ちゃんと御者の人が座る席には、操作する紐もついている。ただの飾りだけど、持っていたら操作しているようには見える。誰も座っていなくても動くので、今は座らなくてもいいのだけれど、見晴らしが良いので、ノアと私が前の席に座って、ホルコット村まで行く事にした。


 ピートさん達は私達を先導するように前の荷馬車を走らせた。トコトコ、トコトコ、ロバの速度で、ゆっくりのどかな田舎の景色を荷馬車が進んでいく。すると早くもアビーさんが悲鳴のような声をあげた。


「こ!これは!いくらなんでも、遅すぎる!このような、まさか!」


 あまりの遅さに、アビーさんが信じられないと言う様に、わなわな震えている。ラリーさんが、まあまあ、どうどうと、押さえていたけれど、とうとう坂を下りきる前には、空を飛んで行ってしまった。ラリーさんは予想していたようで、なにか対策を考えないと、と呟いた。


「今まではずっと、絨毯で旅していたんですか?」


「いいや、最近はずっと地下だったもんで、人目の事はすっかり、忘れておった。」


 ずっと地下で探し物をしていたから、鉱石がたくさんあるのかなと、なんとなく思った。アンドレさんの為に、ずっと長い間、伝説のような宝物を探し続けているふたりは、考えてみるとすごく愛情深い両親だと思う。


 あるのか、ないのかも、はっきりしていなくても、あると信じて探し続ける……。どれほどの深い想いで、深い愛情なのか、しみじみと凄いことだなと思った。


 トコトコ、トコトコ見た目がロバで、実はカラスが止まっているだけな光景をのんびりと眺めていた。まあ、これは確かに遅いと思う。気分転換に、ゆっくり進む景色に目を向けると、どこかの村人らしき人達が何人もいて、畑を耕していた。


 新しく広げる畑なのか、まだまだ雑草や草が生えていて、石を拾って投げたり、耕したりを繰り返していた。初めて見る珍しい光景だけれど、なにより目を引いたのは、茶色い小さい子達だった。


 ワラワラとたくさん集まっていて、嬉しそうに地面に潜ってはまた、楽しそうに空中にふわ~浮かび上がる。その動きは、明らかに畑を耕している村人達と連携がとれていて、まるで協力し合って、共同で作業しているようだった。初めて見るとても美しい光景に目が釘付けになって見ていると、後ろの座席に座っているラリーさんが教えてくれた。


「……開墾だな。なんとも朝から精が出ることだ。これから、荒れていたホルト村はどんどん良い村に戻っていくだろう。勤勉な農民達の姿は、なんと心が洗われる光景だろうか。荒れていたここら一帯もみんな、畑になるんだろう。凄いことだ。」


「……ほんとうに、見たこともないほど、美しい光景です……。知りませんでした、こうやって、協力しあって、いたなんて……。」


 なんと言えばいいのか、心の底から、ふるえるほど感動していた。はじめて絨毯に乗って地平を見た時のような、厳かで、尊い、圧倒的な、景色。初めて知った、そうやって、協力しあって、そうやって、繋がっていた。一緒に耕して、実がなって、食べて、手入れしたり、また耕したり、繰り返し、繰り返してそうやって、ずっと、ずっと一緒に……続いていくんだ。


「……私、この美しい光景を、ずっと忘れません。ずっと憶えていて、ずっと……忘れないでいたい。」


 畑を耕している一帯を通りすぎて、トコトコまた、のどかな景色をゆっくり眺めながら、あの心を揺さぶられるような光景の余韻に、静かに浸っていた。ゆっくりゆっくりロバの歩く速さで進む荷馬車は、まだまだホルコット村まで着きそうになかった。

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