33.それぞれの話し合い
小屋を出て羊たちの所に歩いて行く間に、ピートさんは何回も眠そうに欠伸を繰り返していた。
「昨日、遅くまで起きてたの?」
「いや、遅くはないよ。夜明け前に村に着くように、いつもより早く起きただけだ。」
それは、やっぱり私達の為なんだろうなと思った。有り難いような、申し訳ないような、なんとも言えない気持ちになる。可愛い羊たちがたくさんいる、柵で囲った場所に着いても、ぼんやりとそんな事を考えていた。
「アビーさんの事、誤解されないかな……。堅苦しいのが嫌いって言ってたから、それだけだと思うんだけど。」
「うん、まあ、エミリアは気にしなくてもいいんじゃねえか。大人たちの話しだ。俺達には関係ないよ。」
「そう、だね……。」
「それより、あいつどうしたの?なんか元気なくね?」
さっきからずっと、羊たちがいる柵にもたれて、ぼんやりしているノアを指さして、ピートさんが小声で聞いてきた。
「うん……。まあ、ちょっと練習が上手くいかなくて。そのうち、出来るようになると思うんだけど。」
「ふ~ん、あいつでも上手くいかない事があるのか。」
何の練習とは言わず、なんとなくぼやかして説明する。ほんとに、練習していれば上手くなるだろうし、真面目で努力家なノアの事だから、いつか好きなように魔法が使えるようになるだろうし、なんとか元気を取り戻してほしい。ノアに寄り添うように羊の柵に近づくと、子羊が一匹柵越しに近づいてきた。
「あ、この子、迷子になってた羊ちゃんじゃない?わあ、少し見ない間に大きくなった気がする。ね、可愛いね。」
「そうかも、エミリアに懐いているみたいだ。可愛いね。」
柵越しに撫でてみると、ふわふわ感が増している気がする。座り込んでなでなで撫でていると、喜んでますます密着してきていた。連れて帰りたいぐらい、とても可愛い。ピートさんが羊を確認して、そいつ甘えただよな~と言っていた。
「ピートさんは羊飼いになるの?」
「いや、俺は羊飼いにはならねえよ。そもそもこんだけの羊じゃ、商売にはならない。これはじいちゃんの道楽だからな。俺はじいちゃんの怪我が治るまでの間だけ、ここに居るだけだ。ま、家より、こっちの方が気楽でいいけど。」
ピートさんは、上に姉が四人もいて、下にも妹が二人いて、家が女の人ばかりで大変らしい。そんな話しを面白く話してくれる。姉妹が沢山いて、大家族で、少し羨ましい。
「だから、ノア。女の扱いで困ったら俺に言え。あと、幻想は早めに捨てといた方がいいぞ。いいか。女の機嫌はな、なによりも優先されるもんなんだ。憶えておかないと、大変なめにあうぞ。」
大変なめって、なんだろう?ノアを見ると、心底どうでもいいとゆう顔をして、ピートさんを見ている。
「どうでもいい。僕にはエミリアがいる。だからまったく関係がない。」
「いいか。そうゆう態度では大変な事になる。悪い事は言わない。女の子には全員にいい顔しとけ。それが平和のもとなんだ。」
「まったく必要ない。」
二人の意見がまったくかみ合っていないけれど、ピートさんがノアの為に、なにか助言をしてくれているのは分かる。つまり女の子には優しくしなさいとゆう事だと思う。たぶん。
「みんなに優しくするのは、良いことだよね。」
なにげに良いことを言って、締めくくれたと思う。人には親切にした方が良いし、ピートさんはもちろん親切で良い人だと思う。ピートさんにニコッと笑いかけると、なにか微妙な顔をされてしまった。
「ま、機嫌とかそおゆうの、関係ない女の子もいるみたいだけど、しかし、あれだぞ、ノアのばあさんだって、なんか機嫌悪かったから、飛んで行ったんだろ?だから機嫌は大事なんだって。なんか気分を害したんだろ。ノアのばあちゃんは、なんか偉い人なんだろ?知らない奴が、気安く話しかけたから、怒ったのかもしれん。」
「偉いって、どおゆうこと?」
「どおって……、なんか貴族的な?知らんけど。」
「貴族?って?ノアなにか知ってる?アビーさんって偉い人なの?」
「そんな話しは聞いた事ないよ。別に偉くない。普通だよ。ピートの勘違いだ。」
「いや、絶対違うだろ。だってしゃべり方とか、絶対……、まあ、知らないなら、まあ、……いいや。」
「アビーさんは堅苦しいのが、嫌いなんだよ。だから、怒ったとかじゃないと思うよ。」
「そっか……。まあ、怒ってないなら、なんでもいいや。話し合いも、そのうち纏まんだろ。」
「話し合いって、なにを話すの?」
「ん?ああ、お礼を色々貰ってもらうだろ?あとはたぶん断られなかったら、俺が途中まで一緒に旅する事になる。たぶんオルケルンぐらいまでじゃねえかなあ。」
「え?どうして?」
「ん~、まあ、俺から言ったんだ。なんか色々大変そうだし、危なっかしいんだよなあ。人探しすんなら、村やら町やら、いちいち泊まるだろうし。さすがに王都までは行かんけど、オルケルンぐらいまでなら、親戚もいるしな。」
「ピートは別に来なくてもいい。」
「おう。言ってくれんな。俺の社交能力侮んなよ。見ず知らずの人間から、情報を聞き出すのは、けっこう大変なんだぞ。探してるってバレたら、追ってる奴が逃げんだろ。」
「別に来なくても……」
「なるほど!そうだね!オルンさんが、目立たない事が大事って言ってたのは、そうゆう事なんだね!ノア、大変。私達だけじゃ、怪しまれるよ、たぶん。ピートさんに、社交ってゆうのを教えてもらわなきゃ。ピートさん、よろしくお願いします。」
「まあまあ、任せなさい。俺は日ごろ姉ちゃん達に鍛えられてるからな。人付き合いは一日にしてならず、だ。」
ピートさんが得意げに鼻を鳴らすと、ノアはますます不機嫌になっていく。これから一緒に旅に出るかもしれないのに、前途多難な気がした。思わず癒されたくて、羊たちを眺めた。ついでに言うと小さい子達もご機嫌でふわふわしている。川の近くにいた子達と違って、変な動きもしていない。
そういえば、あれはなんだったんだろう。あのまま、川に近づいていけば良かったんだろうか。そう考えて、ミョーンと伸びた手に川に引きずり込まれる想像が出来てしまって、ブルルと震えた。
「エミリア?大丈夫?寒い?いったん小屋に戻ってみようか?おじい様がもう来てるかもしれない。」
「大丈夫。寒くないよ。でもラリーさんが来る頃なら、小屋に戻ろうか。アビーさんも戻ってくるかもしれないし。」
もふもふとした羊さん達にお別れをして、緑豊かな、なだらかな丘を登って、オルンさんの小屋に向かう。ピートさんは道楽と言っていたけれど、可愛い羊たちと、こんなにのどかな場所で静かに暮らせたら、楽しいだろうなと思った。しかも温泉付き。それはそれは、最高に幸せに暮らせる気がする。
小屋の近くに戻ってくると、なにか嗅いだことのある、良い香りがしてきていた。オルンさんの小屋に戻ると、なぜか昨日よりも大規模な焼肉会場が出来上がっていた。広場の至る所に、網をのせた台が置いてある。何人もの人がそこら中でお肉や野菜を焼いていて、とても賑やかな様子にビックリする。
「ああ、戻って来ましたか。弟から焼肉の話しを聞いてね。昨日はタレを一種類しか用意していなかったそうで、それでは焼肉ではありませんからね。この甘口と辛口のタレもないと、焼肉ではありません。さあさあ、次々に焼けてきますよ!どんどん食べてくださいよ。」
大規模な焼肉大会の会場では、みんなが楽しそうに飲んでは食べている。グランさんもさっきより打ち解けた雰囲気になっていた。小屋の方を見ると、オルンさんとラリーさんが焼肉を食べながら、談笑していた。三人で人をかき分けて、ラリーさん達に近づいて行く。
「ああ、戻ったか。羊たちの様子はどうじゃった?退屈しておらなんだか?驚いただろう。兄貴が突然、焼肉をすると言いだしてね。まったくグランの焼肉好きにも困ったもんだ。急遽決まったんで、椅子が足らん。向こうは地面に座る事になるから、子供たちはここで座って食べなさい。」
話し合いがどうなったのか気になったけれど、言われるままに座って焼肉を食べる準備をした。タレは必ず三種類食べ比べる約束をさせられる。それから途中でラリーさんがアビーさんを呼んで、渋々現れたアビーさんも一緒に、みんなで焼肉を食べられたのが嬉しかった。
初めは嫌がっていたアビーさんも、みんなの打ち解けた雰囲気が気に入ったのか、機嫌がすっかり良くなって、あっちこっちの網にまわって、もりもり食べていた。みんなで賑やかにお外で食べる焼肉は、本当に美味しくて楽しい食べ物だと思った。