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30.お礼を言いに 4

 玄関先の開けた場所に出していた焼肉セットをすべて片付けて、使い終わったお皿も、残った食材も、すべて綺麗にして、すっかり乾いた洗濯物を取り込んでも、アビーさんは降りてこなかった。


 みんなが小屋の中に入って、協力して後片付けをしながらも、ラリーさんは時折チラチラと、開けたままにしてある玄関から、アビーさんの様子を見ていた。けれど、ずっと青い絨毯は浮いたままだった。


 日が沈み始めて、夕暮れ時になっても、アビーさんは降りてこない。ラリーさんは、もうさっきからずっと玄関先に佇んで、声を掛けようか、もうしばらく待ってみようか、迷っているようだった。オルンさんやピートさんまで、気になるようで、チラチラ見ていた。私はラリーさんの横に行って、話しかけた。


「そろそろ、アビーさんに声を掛けてみましょうか?」


「……う~ん。そうだなあ、もうちょっと、う~ん。」


 もう一度、アビーさんの方を見ると、今度は絨毯の上で座って、夕日を眺めていた。その背中がなんだか、すごく悲しんでいるように見えた。そんなアビーさんを見たことがないので、どうしたらいいのかラリーさんを見ると、その背中を静かに見つめていた。


「……魔女は、嘘が嫌いでな。人族の言う嫌いとゆう言葉では、足らん気もするが……、人はなぜ、嘘などつくんだろうな。心が、とても、傷つくだろうに。」


 ラリーさんは、アビーさんが自分の意志で、降りて来てくれるのを待っているようだった。とても心配しているけれど、声を掛けるのをためらっている。


「ラリーさん、私、アビーさんにお話してきます。起きたら、お話しようと思っていたんです。ちょっと、行ってきます。」


 そう宣言して、玄関から出て、元気を振り絞って、ずんずんアビーさんに近づいて行く。もしアビーさんが泣いていても、絶対に私は泣かないで、なぐさめてあげるんだと強く決意する。


「アビーさん、起きたんですね。お腹空いてないですか。焼肉を少し残していますよ。食べませんか?美味しいですよ。」


「……いらぬ。」


 上空にいるし、絨毯の上だし、どんな表情をしているのかは、分からないけれど、声にいつもの元気がない。


「アビーさん、私さっき、空にゴオーって火がでた時に感じたんです。なにか、悪いのが一緒に居なくなりましたね。これからは、ホルト村が元に戻っていきますね。良かったですね。また、井戸に水が湧いてくるし、そしたらまた村の人が住めるようになりますよ。アビーさんのおかげですよ。」


「……妾の魔術が、利用されておった。妾があの村に魔術を施さねば、あの村は、あのような事には、ならなかったであろう。」


「そうだったんですね。アビーさんが良い事をしたのに、悪い事をした人がいるんですね。許せませんね。アビーさん、その悪い事をした人を見つけて、懲らしめに行きましょう。これから、旅に出るんですから、私も探すのを手伝いますよ。」


「……探しに?」


「そうですよ。アビーさん、ちゃんと怒りに行かないと!だって、アビーさんのせいにされたんですよ。文句を言わないと、許せません!」


「……怒りに?」


「そうです。悪い事をしたなら、怒られないといけません。私もちゃんと怒ります。だって、アビーさんが悲しい思いをしたんですから。私はアビーさんの味方なんです。ラリーさんも、ノアも、みんなそうですよね。アビーさんが悲しいと、みんな一緒に悲しいです。」


「……そうか。」


「そうです。だから、ちゃんとごはんを食べて、元気をだして、また明日にそなえましょう。そして、なんと、ここには最高の温泉があるんですよ。一緒に温泉に入りましょう。同性の人は一緒に温泉に入ってもいいんですよ。」


「……温泉、とは?」


「ごはんを食べたら、入りましょうね。さあ、早く降りて来てください。そういえば、オルンさんに、まだちゃんとお礼を言ってません。クッキーも渡してませんね。みんなで一緒に食べましょう。」


「……妾からも、礼を言わねばならん。」


 そう言って、やっとアビーさんが降りてきた。着地した絨毯はアビーさんがフイッとすると、くるくる丸まって、小屋の壁にもたれる様に立った。小屋の中に入ると、みんながアビーさんを待ち構えていた。オルンさんが焼肉のお肉や野菜もタレにつけて焼いていて、ピートさんが温かいお茶をいれていた。ラリーさんとノアが、アビーさんをテーブルの席に案内して座らせる。それぞれみんなが、アビーさんを労わっているのが伝わってきた。


「アビー殿、ホルト村を救ってくれて、ありがとう。わしの親父が、嘘をついた事を改めて、謝罪させてほしい。本当に申し訳なかった。すまない。」


 オルンさんが、深く頭を下げた。横にいるピートさんも一緒になって、ペコッと頭を下げる。心からの謝罪の気持ちが、側にいる私にも伝わってくる。


「……もうよい。頭を上げよ。妾は呪いなどかけておらぬが、妾の魔術が利用されたのだ。妾に罪が無いとは、言えぬであろう。そなたらの村に迷惑をかけたようだ。すまぬ。」


「そんなことは……」


 オルンさんがたぶん、アビーさんのせいじゃないですよと言う前に、辺りがまた、ギュッとなった。……え?


「したが、安心するがよい。ここにいるエミリアが、大事な事を気づかせてくれたのじゃ。妾の魔術をいじるなど、言語道断。許してはならぬ。妾は、必ずそのふざけた輩を見つけ出し、ぐちゃぐちゃの八つ裂きにしてくれよう。ホルト村の住人の無念は、必ず妾が晴らしてやるゆえ、しばし待つが良い。」


 アビーさんが、とても美しい笑顔で言い切った。みんなが、ゆっくりと私に視線を移す。みんなの「え?なに言ったの?」とゆう心の声が聞こえるようだ。それは私も同じ気持ちです。私、そんな物騒な感じの事、言ったかな?ぐちゃぐちゃとか八つ裂きとか、初耳だと思うんだけど、なんだか、大変な方向に行ってしまった気がする。


「あの、アビーさん?私は、ただ探して、謝罪を……」


「エミリア、なにも心配いらぬ。妾の魔術をなにやら妙な感じに歪めておったが、その術たるや、至極未熟。呪いなどと緻密な物では無い。出来損ないの根性が曲がった魔法使いの仕業に違いない。妾はそのような愚か者になど、決して負けぬ。必ず草の根分けてでも見つけ出し、完膚なきまで、叩きのめしてやるゆえ、安心して待つがよい。いや、エミリアも一緒に探すのであったな。必ず、見つけ出そうぞ!」


 アビーさんが、まるで志が同じ、同志を見るような熱い目で見つめてくる。

あうう……、誰か助けて。とても危険な方向から軌道修正ができない。もう、叩きのめすとか言ってます……。助けを求めて涙目でラリーさんを見ると、う~んと困った顔をしていた。え?ラリーさんでも?難しい感じですか?……どうしよう?


「おばあ様、エミリアに物騒な事をさせないでください。危険人物に近づくなんて、もっての外です。だめです。許しません。どうしてもなら、僕が探します。」


「おう。ノアにも、もちろん手伝ってもらうのだ。皆で協力すれば、すぐに見つかる。」


「アビー、もちろん魔術をいじった奴は許せんが、そやつの処分は見つけてから考えよう。どんな理由があるのかは、聞いてみないと分からんからな。」


 ああ!その手がありましたね?さすがラリーさん!今決めなくてもいいですよね。やっと、ホッと胸をなでおろした。私は強引に話しを変えることにした。


「そうだ!私達、クッキーを持って来たんです。オルンさんに、とてもお世話になったから、お礼を言いたくて。この間は、本当にありがとうございました。とても、助かりました。あと、髪も服も、ありがとうございます。」


「おお!そうであった。ノアとエミリアが世話になったそうな。礼を言う。言われてみれば、エミリアは何やら可愛らしい服を着ている。いつにも増して可愛いではないか。」


 アビーさんが、やっと機嫌が良さそうな嬉しそうな顔になって笑った。ノアがオルンさんに、可愛いクッキーを渡してくれた。やっと渡せて、達成感すら感じる。なぜか、ここまで長かったな……と思ってしまう。美味しそうだと笑顔で受け取ってくれたオルンさんが、その笑顔のままで固まってしまった。


「……こ、これは?」


「クッキーです。」


ハッキリとノアがクッキーと言ったのに、オルンさんは、受け取ったクッキーの瓶を恐るおそる持ち上げて見上げたり、恐々と色んな角度からしげしげと眺めた。


「これは、この入れ物は、ガラス……では、ないようだが?……まさか?」


 そこで、ハッと気がついた。そうだ!忘れてた。ダイヤだった!高いんだった。もう、魔法とか、魔法みたいな道具とかに慣れて、忘れていた。宝石箱みたいに派手じゃなくて、一見普通の可愛い瓶に見えるから、忘れていたけれど、これは鉱石だった。つまり宝石で出来た瓶だから、それは宝石だったんだ。


「あの、オルンさん、忘れてました。それは宝石で出来てました。すみません。ラリーさんがたくさん作ってくれて、便利な保存の魔法もついてますし、お礼の品なので、貰ってもらえると嬉しいんですけど、無理なら瓶だけ持って帰ります。中身は美味しいクッキーなんです。」


 オルンさんとピートさんが、なにやら、うんうん頷きあって、中身のクッキーは今からみんなで食べる事にして、宝石瓶は、私が持って帰ることになった。クッキーをお皿にのせて、焼肉の残りや、パンやチーズや温かいお茶で、みんなで簡単な夕食を食べることになった。お昼にみんな満腹に食べ過ぎていて、これぐらいの軽食がちょうど良かった。


 オルンさんが自慢の温泉の話しをしたので、食後に男女にわかれて、みんなで温泉に入ることになった。先に男性陣が温泉に入って、ラリーさんも、すっかり温泉が気に入っていたし、その後にアビーさんと一緒に温泉に入って、感激のあまりに、アビーさんが「なんじゃ、こりゃ~~~!!」と言っていた。


 あんまりにも気に入って、急遽、オルンさんに了承をとってから、ラリーさんとアビーさんで、あの笑った顔の石像を設置していた。これでいつでも温泉に浸かりにこられると喜ぶアビーさんは、もうすっかり元気そうで、長い一日だったけれど、これで良かったのだと思えた。

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