28.お礼を言いに 2
「この耄碌じじいめが!妾は呪いなど!そのような危なげな魔術なぞ、使っておらぬ!言いがかりじゃ!井戸の水の事など、知らぬ!」
立ち上がって、声を荒げるアビーさんを、ラリーさんが宥めに立ち上がる。オルンさんは、驚いて、困惑の表情を浮かべている。
「アビー、落ち着け。わしは呪いをかけておらん事を知っている。お前さんは、決して呪いをかけるような、そんな魔女ではない。アビー、わしを見ろ。」
殺気だったアビーさんが、ラリーさんを見た。見つめ合った二人が、近づいて、手を取り合った。ラリーさんを見ながら、アビーさんが荒い呼吸を整えている。ラリーさんがアビーさんと見つめ合ったまま、話し出した。
「オルンと言ったかな。お前さんの話しには誤解が含まれておる。ここに居る、稀代の天才魔法使い、世に並ぶ者がない、この偉大な大魔法使いはな、心優しく、心清らかで、呪いなどと、そのような恐ろしい魔法など、決して使わぬ良い魔女なのだ。」
アビーさんは、もうすっかり呼吸が正常に戻って、今度は口を真一文字に結んで、感動したウルウルした目でラリーさんを見つめている。
「分かっておる、分かっておる。アビー、何も言わなくてもいいんだ。安心しろ、わしはもう、いい解決方法を見つけたぞ。お前さんほど、優しい魔女はおらん。呪いなどと言われても、ホルト村を気の毒に思っているのだろう。調べに行くなら、わしも一緒だ。わしとお前さんが離れて居る事など決してない。そうだろう?」
「……ラリー。」
なぜかいつの間にか、甘い雰囲気で見つめ合っている。本当に仲の良い夫婦だと思う。お互いを信頼して、信じあってる姿になんだか感動してしまう。
「……それで、ホルト村には今から行くんですか?絨毯ですか?」
二人の世界で見つめ合っていたアビーさんとラリーさんが、ノアの言葉に同時にハッと我に返った。
「いや、そなたらはここで待っておれ。妾とラリーの二人で行ってくる。子供がスラム街などに行くものではない。」
「……僕は行きます。少なくとも、ポルゲスとゆう宿屋は潰しておかないといけないので。」
ノアがなにか、物騒な事を言っている。ポルゲスって、たしか私が居たところ?
「いや、ノアとエミリアはここに残っていてくれ。その宿屋の事は、わしに任せてほしい。アビゲイル殿、ライウルフ殿、どうか、わしも一緒に連れて行ってほしい。決して邪魔はしない。わしは真実を知りたい。アビゲイル殿には、嫌な話しを聞かせてしまって、悪い事をした。申し訳ない。すまなかった。この通り、許してほしい。」
オルンさんが改めて、二人に頭を下げた。アビーさんが困ったような顔をして、ラリーさんを見た。
「頭を上げてくれ。わしらは謝罪を受け入れよう。なあ、アビー。」
「……アビーに、ラリーじゃ。妾は堅苦しいのは好かぬ。」
プイッとそっぽを向いたアビーさんをなぜか、とても可愛いと思った。頭の中で、ツンデレとゆう言葉が浮かんだ。ツン?デレ?
「では、アビー殿、ラリー殿、わしも一緒に行くが、頑丈な方の杖を取って来るので、ちょっと待ってくれんか。足を怪我した時に使っていた物ををしまってあるんだ。ホルト村までは、しばらく歩かねばならん。」
「いらぬ。絨毯で行く。」
と言って、アビーさんが小屋の扉にフィッとして開けた。扉の外には、ピートさんが立っていた。
「あ!俺、俺も一緒に行く!」
扉の外で話しを聞いていたとゆう、ピートさんが小屋の中に入ってきた。
「俺も、じいちゃんと一緒にホルト村に行く!俺も本当の事が知りたい!」
「……ピート、いつから……。」
「俺、青い絨毯が飛んでいくのが見えて……。追いかけてきた。」
ピートさんは、青い絨毯に私達が乗っているのが見えて、牧草地帯から羊たちを連れて戻ってきたらしい。早めに戻ってきて機嫌の悪い羊たちを宥めてから、急いで小屋に戻ってきて、話しの大半を聞いていた。
「連れては行けぬ。ここで待て。連れて行くのはオルンだけじゃ。早う絨毯に乗らぬか。置いて行くぞ。」
「ええ~?俺も乗りたい!でも、箒に乗るんじゃないのか?魔法の杖は?」
「うるっさい!なんじゃ、杖や箒やら、訳が分からぬ!なぜ、箒になど乗らねばならぬ!あれは棒であろうが!そなたらは棒に座るのか?!」
「え?でも、絵本で……??」
「お前さん達の言う絵本とやらは、一度見てみたいが、それよりピートよ、ノアとエミリアをここに残して行くのでな、二人の事を頼んでもかまわんか。二人を連れては行けんのだ。子供を置いて行くのは、心配なものだ。」
「分かった。二人のことは俺がドーンと面倒みてやる!任せろ!」
どうやら、私とノアはホルト村には連れて行ってはもらえないらしい。ここで、ピートさんのお世話にならないように、おとなしく待っていないといけない。オルンさんが慌ただしく、外出の用意を始めた。帽子をかぶって、鞄を掴もうとした時、開け放したままだった玄関の扉から、大カラスが、スィーと飛んで入ってきた。アビーさんの前まで行くと、足で持っていた地図を渡してから、テーブルの上に降り立った。
「でっっか!!でっかいカラスだな!おい!テーブルの上にのるな!シッシ!」
ピートさんが騒がしく大カラスを追い出そうとしているけれど、完全に無視されている。その様子が面白くて見ていると、地図を開いた音がした直後、辺りのなにかが今までになく、もの凄くギュウーとした感じがして、思わずアビーさんの方を振り返った。
「……ほう。舐めた真似をしおって、妾の魔術をいじるとは、……消し炭にしてくれる!!」
言うが早いか、アビーさんが部屋の中から飛んで行った。カラスが後に続いて、飛んでいく。
「待て!アビー!絨毯にしてくれ!わしも行く!ほれ、オルン早うせんか!」
と言って、ラリーさんがオルンさんを担ぎ上げて、外に走り出た。はるか先に飛んでいたアビーさんが、振り返って手をフイッとしていたので、たぶん遠隔で絨毯を浮かせたんだろうと思う。ギリギリの所でオルンさんを担いだラリーさんが飛び乗って、急発進で飛んで行ってしまった。
遠くの方で、オルンさんの叫び声が聞こえたような気がした。早くて高いから、落ちないように教えてあげるのを、忘れていた。可哀そうに、急にあんまり高い所に行ったら、ビックリして怖いと思う。
「……箒は、いらないんだなあ~。」
ピートさんが、三人が飛んで行った方角を見ながら、呟いた。
「さてと、お留守番になっちゃったから、どうしようか。そうだ、洗濯物を終わらせてあげよう。天気も良いし、よく乾くよね。」
三人一緒に裏の洗濯場に行って、残っているシーツをみんなで洗い直した。ピートさんが砂だらけになったシーツに驚いていた。そういえば、初めて洗濯した気がする。水に浸けながらゴシゴシ洗うのは楽しかった。気づくと、なぜか私だけ、びしょ濡れになっていた。乱暴にしたつもりはないのに、なぜ?
「おいおい、大丈夫か?とんでもなく、不器用だな!びしょ濡れじゃないか。」
「……不器用とは、どおゆう意味だ?エミリアに失礼なことを言うな。」
「いやいや、正気か?おい、どう見ても……、いや、いい。ちょっとそこで待ってろ。」
ピートさんが急いで小屋の中に戻ると、タオルと着替を持って来てくれた。
「これは、じいちゃんに言われて、家に取りに行った洋服だ。まだ何着か小屋の中に置いてある。もう着ない服だから、好きにしてくれ。風呂に入って温まったら、これに着替えてきたらいい。ノアの分もあるぞ。こっちの方が合うはずだから、着替えろ。」
オルンさんが私たちの為に、洋服を用意してくれていた。オルンさんの優しさに、ウルウルしてしまう。私達が、ちゃんとここに戻って来るのかも、分からなかったのに。
「……ありがとう。ピートさんも、家に取りに行ってくれて、ありがとう。」
「いや、俺は、そんな、ただ、言われて、あの、嫁に来る?」
「……え?」
聞き返した時には、ピートさんが目の前に居なかった。え?一瞬でどこに行ったの?目の前にいるノアに聞いてみる。
「……ピートさんは?」
「さあ?小屋の中に入ったんじゃないかな?エミリアは温泉に入っておいでよ。濡れたままだと、風邪をひくらしいから、よく温まってきてね。僕も小屋に入って、着替えてくるよ。せっかくの好意だから、ありがたく受け取ろう。」
「そうだね。ありがたいよね。オルンさんって、ほんとに優しい人だね。それに、ピートさんも。後でちゃんとお礼を言わないと。私、急いで温泉に入って来るから、着替えて待っててね。」
「ピートには僕から言っておくから、大丈夫だよ。オルンさんだけでいいよ。急がなくもいいから、ゆっくり温まってくるといいよ。」
思いがけず、まだ明るい昼間のうちから、温泉に入る事になって、贅沢で優雅な気分で温泉に浸かった。花のような香りがする、ここの温泉はやっぱり最高だなと改めて思った。