27.お礼を言いに 1
激しく泣きながら、なにかを必死で謝っているオルンさんに、なんと声を掛けたらいいのか分からなくて、とにかく地面に蹲っているのを助け起こそうと近づこうとした時、
「なんじゃ、この老人は、なにを泣いておる?なにか、取り込み中のようだ。妾達は帰ろう。」
アビーさんは完全に引いていた。温度差が酷い。関わり合いになりたく無さそうに、逃げようとするアビーさんのローブを咄嗟に掴んで止める。
「だめですよ。ちゃんと話しを聞かないと!帰っちゃだめです。」
「……ええ~~?」
心底嫌そうな、面倒臭そうな顔をして、アビーさんがまた一歩後ろに下がった。私は、今度はアビーさんの手をしっかり握ると、オルンさんの傍らに移動しているノアを見た。目が合うと、ノアが一つ頷いてからしゃがみ込んだ。怯えたようにブルブル震えているオルンさんの背中に手を置いて、宥めている。顔を上げたオルンさんは、涙と砂で顔がぐしゃぐしゃになっていて、嗚咽を上げて謝り続けている。
「オルンさん、オルンさん、とにかく起き上がってください。なにがあったんですか?大丈夫ですか?」
アビーさんと手を繋いだまま、オルンさんに一歩近づく。なんとなく、根拠はないけれど、原因はアビーさんなんだろうなとは思う。アビーさんはまったくそう思ってなさそうで、嫌そうに顔をしかめている。……温度差が凄い。
初めて私に会った時に驚かれたのは、同じ赤い髪の色をアビーさんと見間違えて、人違いしたから、なのかもしれないと思った。
このままでは話しにならないので、アビーさんとラリーさんに、小屋の中で待っていてもらう事にした。ノアと一緒にオルンさんを介抱するように起き上がらせて、ノアが地面に落ちて砂だらけになったシーツを持って、私とオルンさんが手を繋いで、小屋の裏にある洗濯場に歩いて行った。
ノアがシーツをまだ水が張ってあった盥に入れて、小さな井戸から水を汲むと、そこにあった桶に水を入れて、オルンさんに差し出した。慣れた様にテキパキと手際よく動くノアを見ていると、ついこの間、初めてづくしで戸惑ったと言っていた事が信じられない程だった。手と顔を洗って、服についた砂を払う頃には、オルンさんも大分落ち着いてきたようだった。
「オルンさん、大丈夫ですか。お話し出来そうですか?今日の所は、アビーさん達に帰ってもらいますか?」
「……アビーさんと言うのか……。」
「名前は、アビゲイルさんと言うそうですよ。旦那さんはラリーさんです。あ、でもそれは愛称なのかは……」
「おじい様の名前は、ライウルフだったと思うよ。」
「へえ、かっこいい名前だね~。……それで、お二人とも、そんなに怖い人達じゃないですよ。ノアのおじいさんとおばあさんで、とても優しくて良い人達です。」
オルンさんが、名前も知らないのに、どうしてそこまで怖がっているのかは分からないけれど、誤解があるなら解けてほしい。私には、みんな優しくて良い人達にしか思えない。
「二人とも、ありがとう。わしはすべての真実を、今から話してくる。」
なにかを決意するようにそう言って、三人一緒に、オルンさんの小屋の中に入った。それぞれが緊張した面持ちで小屋の中に入ると、信じられないほど、明るく眩しかった。
「ま、眩しい……!」
「おばあ様、何かしましたね。戻してください。他人の家はいじっちゃだめです。」
「しかし、ノアよ、この小屋は暗すぎる。気が滅入るではないか。」
「それなら、もう少し明るさを押さえてください。元に戻すなら、ここに居る間だけは、明るくしてもいいので。」
「……少しか、そなたは細かい事ばかり言うのじゃ。暗いよりは良かろうに。」
そう文句を言いつつも、ゆっくり手をスイーとして、眩しくないくらいまで、明るさを落としてくれた。目をチカチカさせたオルンさんをテーブルの所まで手を繋いで連れて行って、全員でテーブルに着いた。椅子が足りなかったので、ノアが髪を切った時に座った椅子を持ってきた。全員が席に着いたのを確認すると、オルンさんが咳払いをしてから、話し出した。
「わしの名前は、オルン・フラウトと言う。……ホルト村の村長だった、クラム・フラウトの末の息子です。」
オルンさんがとうとう白状したと言うように話すと、重い沈黙が続いた。あまりに長い、長い沈黙に耐えかねて、私達三人がアビーさんを見ると、……ええ?私?といった顔をしたアビーさんが、少し考え込んだ後に口をひらいた。
「……へえ~。」
違う。その返事は絶対、違うと思う。堪り兼ねたように、今度はラリーさんが口を挟んだ。
「ホルト村と言えば、あれじゃな、アビーが結界を張ったの。たしかその時の村長が、クラムと言う男じゃなかったかね。では、お前さんは村長の息子か。久しいな。わしらは、会った事はあったかな?」
「わしは、あの話し合いの場には居なかった。まだ若かったわしらは皆、同席を認められんかった。しかし、わしは離れた場所から、覗いておった。都会の噂に聞く、魔女がどんなものか、村人みんなが興味津々じゃった。」
「ほうほう。そうだったか。それでお前さんは、なにをそんなに脅えておるのだ。わしらが、何か、したかね。」
ラリーさんがオルンさんを見つめた。ビクッとなった、オルンさんが涙を耐える様に、目を瞑った。
「……申し訳なかった……。わしらは……、わしの親父は、嘘をついたのだ……、知らなかった……、こんな事に、なるとは……、こんな……」
とうとう涙を流して、手で口を覆って、声を堪えながら泣き出してしまった。
「……嘘、とは?」
初めてアビーさんが反応した。なにか、周りのなにかが、ギュッとなる感覚がした。
「アビー、最後まで聞こうじゃないか。嘘とは、なんの事なのだ。話してくれんか。」
深く何度も深呼吸して腰に下げてあった、タオルで乱暴に顔を拭くと、オルンさんが、初めから説明するように話してくれた。ホルト村は元もと、自然豊かな田舎の小さな村で、近隣のサント村と、コラト村の村人と一緒に、領主様の治める広大な果樹園で作業をしたり、それぞれの村の畑では農作物を育てて暮らしていた。
その中でも、ホルト村は領主様の治めるこのオルトラン地方の端の端に位置していて、ご神木が鎮座する神聖な森に近く、水も豊かで作物もよく育ち、田舎ながらも皆、のどかに平和に暮らしていた。
オルンさんが、まだずっと若い時、ホルト村に定期的に来る商人から、都会の話しが伝わってきた。領主様のいるオルケルンの町よりも、もっとずっと遠い王様の住む、エルドランの都には、魔女が住んでいる。
便利な道具や、不思議な魔法を使う魔法使いの話は、子供達にも大人気の都会の話だった。商人は、町でよく売れていると言う、魔女や魔法使いが載った絵本や、本をたくさん持ってきてくれた。村人は誰もが喜んで何冊も買っていた。
本には、魔法の杖で魔法を使う魔女の話しや、箒に乗って空を飛ぶ魔女の話しが、わくわくするような楽しい絵がついて載っていた。娯楽の少ない田舎の村人みんなが、商人が来る日を待ちわびていた。
そんなある時、突然、空から真っ赤な髪の色をして、黒い長い服を着た美しい魔女が、ホルト村に降り立った。魔女は美しい金髪の女性の絵姿を描いた紙を持って、その女性の親を探していた。あとで聞いて回ったが、村人の誰もその女性を知らなかった。
村長であるクラムさんが、家に魔女を招いて話し合いが行われた。その時点でも、誰も詳しい話は知らなかった。ただ話し合いが終わると、魔女は村の為に、「結界」を張ってくれた。その代わりに、ご神木の森には近づいてはいけない事になった。元もと神聖な森は深すぎて、わざわざ森に入る者が居なかったから、なんの問題も無かった。
結界を張った効果はすぐに現れた。手入れをしなくても作物が害虫や、害獣に荒らされる事が無くなった。村人みんなが喜んだ。絵本のような、便利で不思議な魔女の魔法だと。小さな田舎の村は俄かに賑わった。「結界」を目当てに観光しに来る者が増えて、たくさんの宿屋や露店が出来た。なんと都から錬金術師とゆう偉い人達までが視察に来る程だった。
しかし、何年かすると異変が現れた。村の井戸が次々と枯れて行く。ホルト村の井戸だけが、次々と……。そうなって、初めてクラムさんは領主様の所に相談をしに行った。助けてほしいと。そこでどの様な話し合いが行われたのかは誰にも分からない。
結果として、領主様はホルト村の西の果樹園により近い場所に、ホルコット村を新たに作った。ほとんどの村人は、そこに移り住んだ。しかし村長のクラムさんはホルト村に残った。その頃には、村人の間で真しやかに囁かれるようになっていた、魔女の呪いだと。
クラムさんは、だんだんスラムのように荒れていくホルト村を憂いて、領主様の居る町に何度も足を運んだ。そこでエルドランの都で聞いたとゆう恐ろしい魔女の噂を知らされる事になる。王族の一人が嘘をついた事に怒り狂った魔女が、宮殿の一つを爆破して消し去ったと。一瞬にして瓦礫と化した城には、幸いにも人災は無かったものの、大変な被害が出たと。……魔女に嘘をついては、いけなかった。
クラムさんは、自分がついた嘘の話しを、誰にもしなかった。魔女を騙した事も、森の事も。しかし、自分の息子達には、懺悔をするように亡くなる直前になって、話してくれた。自分のせいで、自分の嘘のせいで、あんなにものどかで平和だったホルト村が、まるでスラム街のように如何わしい荒くれ者達が集まる村になってしまった。
長男はホルコット村の村長になっていた。けれど、次男三男、末っ子のオルンさんには、何処か好きな所に行って、暮らしてほしいと涙を流した。ホルト村に残らないでほしい。自分だけが、最後までホルト村と共に滅びる覚悟だと、ひとりここに残る、最後の我儘を許してほしいと、息子達に頭を下げた。
長い長い話が終わると、オルンさんは沈痛な面持ちで、頭を下げた。嘘をついて、申し訳無かった。出来る事なら、ホルト村の呪いを解いてほしいと、涙をながして謝った。