26.青い空を飛ぶ絨毯
待ち合わせの中心の木で待っていると、地下から持ってきたとゆう青い絨毯を担いで、ラリーさんが駆け足で現れた。大きなリュックも背負っていた。
「待たせたかな。よし。忘れものは無いな?クッキーは持ったかな?」
「はい!ノアが持ってます。リボンもノアが付けてくれました。」
クッキーを入れた可愛い瓶に更に、可愛いお花みたいなリボンをノアが結んでくれた。自分に欲しいぐらいの、素晴らしい出来栄えに惚れ惚れする。絶対喜ばれると思う。
「よしよし。では外に出るとしよう。アビーは外にいるはずだ。カラスと話すと言っていた。」
ラリーさんがとても大きな丸めた絨毯を肩に軽々と担いで、広いホールを先頭に立ってずんずんと、黒い玄関に向かって歩いた。外に出ると、カラスの群れがアビーさんをかこんでいた。ちょうど、アビーさんがなにか指示をだして、左側にいたカラスの群れが飛び立つ所だった。
アビーさんの一番近くにあの大きなカラスがいた。とてもうっとりとアビーさんを見上げていて、なにか言うごとにウンウン相づちを打っている。いつも尊大な態度をしている大カラスの、初めて見る従順な様子に驚いてしまう。すごく尊敬している様子が伝わってくる。鳴き声も、いつもの「ギャー」ではなく、「カアー」と聞いた事もないようなご機嫌な声で鳴いていた。
「ではそのように、良きに計らえ。行け。」
アビーさんが最後にそう言うと、カラス達が一斉に飛び立って行った。三人でアビーさんに近づいて、朝食の席に居なかったアビーさんに朝の挨拶をする。
「おお、おはよう。ラリー、地図はあったのか?」
「ああ、控えが出てきたぞ。一応写しておいたから、これを持たしても構わんよ。」
「よし。ではこれを持って行け。」
と言って、ラリーさんから受け取った地図を、大カラスに渡すと、最後に残っていた大カラスも飛び立って行った。仕事を任されて、とても張り切っている様子だった。
「青い絨毯にしたのか、狭くないか?」
「いや、すぐ近くだ。これで十分だろう。」
担いでいた絨毯を、ラリーさんが丁寧に地面に広げる。小さい子達が、下敷きにならないようにワラワラと楽しそうに逃げている様子が可愛かった。広げた青い絨毯は、青地に黒い緻密な模様が織ってあって、とても綺麗で、触ると見た目よりもふわふわとしていて手触りが良い。
「さあ。絨毯の上に乗り込むがよい。立っても座っても、どちらでもよいぞ。」
全員が絨毯の上に座って、アビーさんが手をフイッとすると、青い絨毯が危なげなくフワッと浮いた。なんとなく、そう想像していたけれど、実際に浮きあがると、わくわくが止まらない。これはもう本当に、紛う方なく空飛ぶ絨毯ですよね?なにか音楽が聞こえてきそうな程、興奮してしまう。
アビーさんが動かしているんだけれど、ゆっくり、ゆっくりと慎重に浮かび上がって、ぷかぷかと森のはるか上空に浮かんでいく。空から見下ろす魔女の森は、思いの外深い森で、これは迷い込んだら、なかなか簡単には出られない、樹海のようだと思った。その中でも一ひと際立派で大きな木が、ノアの家だった。上空から見てもご神木と言われるのが納得できる荘厳な趣だった。
どんどん、どんどん空を昇って、どこまで高く昇るのか聞こうか迷っていたら、雲の上を大幅に超えたあたりで止まった。
「アビー、もう少し降りないと、羊飼いの家を探せんぞ。」
「そうか、癖でついな。では降りるか。」
と言った途端に、グンッと急に勢いよく絨毯が降りて、体がフワッと浮いたと思った瞬間に、ギューーーーンと落ちた。
「き、あああああああああ~ああああああ!」
叫びながらぐんぐん落ちて、体が絨毯に追いついて、ボヨンと跳ねた時には、「あ」の口の形に開いたままで、声は出なかった。
「ん?エミリアよ、口を開けたままでは、舌を噛むかもしれぬから危ないぞ。」
そう言われて慌てて、んん!と口を閉じてからアビーさんを見たら、絨毯の上で横になって寝ころんで、可笑しそうに微笑んでいた。美女の微笑は迫力がある。
なにか、言おうとしていた筈なんだけど、忘れてしまった。なにか、注意的な?
「おばあ様、今、体が浮きましたよ。エミリアが落ちたら危ないので、急に降ろさないでください。これ、絨毯から離れたら落ちるんですよね。」
あ、そうそう、そおゆう感じの、落ちたら危ないとか、そおゆう……。
「落としはせぬ。落ちたら、拾うであろう?」
「拾うのであれば、それは落ちてますよ。エミリアに危ない事をしないでください。」
「むむ。そなたは問答が好きじゃなあ。口うるさいのは、アンドレにそっくりじゃな。やれやれ。」
やれやれ、どうしようもないね。とゆう仕草をしてから、アビーさんが景色を眺める。
「見てみよ。良い景色ではないか。風も良い。……羊飼いの家を探す前に、しばし飛んでゆこう。」
アビーさんの言う通りに景色を眺めると、広大な森林の向こうに、緑豊かな丘陵が広がっていた。どこまでも見渡せそうな雄大な景色に目を見張ってしまう。
外の世界は、なんて、なんて圧倒的に美しいんだろう。今まで、まったく何も知らなかった。こんなにも広い世界が広がっていたなんて。言葉にならない。しばらくの間、ただただその美しい景色に目を奪われていた。
「……アビーさん、ありがとうございます。こんなにも広くて、美しいなんて、知りませんでした。」
壮大で尊くて厳かなその景色に、胸が一杯になって、ありがたくて、なにかにお礼を言いたくて、アビーさんにお礼を言った。アビーさんは、とても嬉しそうに微笑んだ。
「良い。気に入ったのなら、いつでも乗せてやろう。妾も、空の上から眺めるのが好きなのだ。心が洗われる。」
「はい。とても洗われます。」
風は清々しく、いつまでもこのまま、空の上を飛んでいたいと思った。
「向こうに岩場が見えてきましたね。もしかしたら、あの先かもしれませんよ。あの果樹園の広がっている、反対のあたりです。」
ノアの言う通り、向こうに岩場が見えてきた。たしか岩場を抜けて、草原のような丘を越えて、子羊を届けに行った気がする。アビーさんがそちらの方に絨毯を向けて飛んでいく。そうして、だんだん大きな岩が少なくなってきた頃には、緑豊かに広がる牧草地帯に、チラホラ白いものが混ざって見えてきた。もしかしたら野生の羊なのかもしれない。とてものどかで、ずっと眺めていたくなる光景だった。
「あの向こうに見える、丘の上の小屋だと思います。そろそろ少し降りて、確認しないと。あ、急に降りないでくださいよ。ゆっくりゆっくり降りてください。」
ノアが何回も、アビーさんにゆっくり、と言っている。アビーさんが集中して、ゆっくり降りて行ってくれているけれど、絨毯が斜めになって、みんなが片方に集まってきて、速度よりも、ちょっとその方が怖い。もう私は、アビーさんの好きにしてくれても良いと思う。あとちょっとで転がり落ちそうになった時、ノアが私の手を取った。
「ここからは、僕と降りよう。もうすぐ地面だ。」
ノアと手を繋いでふわりと絨毯から降りると、小屋はもう目の前にあった。振り返ると、絨毯がスンッと着地して、アビーさんとラリーさんも降りてきた。ラリーさんがすぐに絨毯を丁寧に畳んで肩に担いだ。ノアと私はクッキーの瓶のリボンが乱れていないか確認してから、オルンさんの小屋の玄関の扉を叩いた。
「オルンさ~ん。いますか~。」
しばらく待っても返答がないので、ノアがもう一度、戸を叩こうとした。
「あ、そういえば、呼び鈴があるって、言ってなかった?戸じゃなくて、呼び鈴……、ってどれだろう。」
扉の周りに音を鳴らすような物がないか、探してみたけれど、見つからない。この地面に置いてあるバケツな訳ないし……。
「どうした?不在であったか?」
「まだ分かりません。呼び鈴が見つからなくて、前に来た時に、呼び鈴を鳴らすように言われたんですけど。」
ここに居る全員が、呼び鈴とゆう物を知らなかった。途中からアビーさんが、面倒臭いので、魔法で扉を開けるとゆうのを、みんなでワチャワチャ言いながら止めていた。すると小屋の裏の方から、杖をついて歩いて来る足音がして、オルンさんの声がした。
「エミリアか、すまんな。裏で洗濯をしておって、ちょっと待っておくれ。最後にこれを干して……」
と言いながら濡れた白いシーツを片手で持って、杖をついてオルンさんが現れた。
「いえ、お気になさら……」
言い終わる前に、オルンさんが持っているシーツを地面に落とした。見ると初めて会った時のように、驚愕の、いやそれ以上に、目を見開いてブルブル震えていた。そして膝から崩れ落ちて、地面に手と頭をつけて、号泣し始めた。
「申し訳ない!申し訳ない!許してくれ!すまなかった!わしらが……申し訳……ああ!!」
いつも穏やかな人柄のオルンさんが、土下座のような形になって、慟哭していた。