25.可愛い宝石瓶と好きな味
大カラスに急き立てられて、急いで家の中に入ると、シンと静まり返っていた。ノアのご両親や、アビーさんとラリーさんが家の中に居るはずなのに、とても広い家なので、二人の物音が聞こえてくる事はない。その静けさに思い出してしまう。ノアはここに、ずっと、ひとりで……。切なくて、思わずホールの上の方を見上げた。
「エミリア!エミリア!晩ごはんにしよう!僕が!全部、作るから!ね?お昼に食べた、黄色い麺だよ!とても簡単なんだよ。でもとても美味しいから、エミリアに食べさせてあげたかったんだ!早く、早く。」
ノアが珍しく急かせていて、とても張り切っている。そういえば、食べさせたいと言っていた。私はなんとか調子を合わせて、元気な足取りで食堂に急いだ。
「クリーーーーミイーーーー!!」
ノアが慣れた手つきで、ささっと作ってくれた黄色い少し太めの麺は、想像もできない程、濃厚で美味しかった。
「とっても、美味しい!!お肉の塩気もいいね!」
「でしょ、でしょ!美味しいよね?ああ!幸せだ!!僕は生涯、エミリアに美味しいものを作ると約束するよ。」
なんだか、ノアが大袈裟な事を言うけれど、今度は指先にチュッとしなかった。よかった。やっぱり、約束するごとにする訳じゃないのかも。
「ノアは、お昼に食べたのと一緒で良かったの?」
「僕はエミリアと一緒に食べるなら、なんでもいいよ。」
ああ、ひとりで食べてたもんね……、って思い出して泣いちゃうから、やめて。それから、しばらくアビーさんかラリーさんが来ないかなと、食後のお茶を飲んで、お喋りしながら待ってみたけれど、誰も来なかった。どうやら本当に、好きな時に食事する習慣のようだった。ノアとふたりで自分たちの部屋に戻って、ベッドに入って眠る直前になって、突然ノアがガバッと起き上がった。
「……どうしたの?」
「……そうか!……ちょっと、僕、本の部屋に行ってくる。調べたい事があるんだ。すぐ戻るから、エミリアは先に寝ててくれる?」
そう言うと、急いで走って部屋を出て行ってしまった。その後ろ姿を、最近どこかで見た気がして、考えているうちに微睡んで眠たくなってきた。ああ、そうか、ラリーさんが急いで地下に向かう姿か……。やっぱり家族って似るんだなと納得しているうちに、いつの間にか眠りに落ちていった。
夢の中で、深い深い森の中、美しい湖のほとり、綺麗な水が湧き出ている様をみていた。この場所は来たことがある。前にも、夢の中でこの湖の水を眺めていた。また同じ夢をみているんだと思ったその時、水面が急にゆらゆら波打って、透明な水が不自然な形を作って、上にビヨーンと高く伸びた。
声も出せずに驚いて見上げていると、その伸びた水が、みるみる形を変えて、人の手のような形になっていく。指が一本一本徐々に……、さすがに気持ち悪くなって、「ぎゃーーーーー!!!」と叫んだら、目が覚めた。
パチッと目があいて、まだドキドキしている胸に手をあてた。悪夢だ。怖い。恐ろしい夢をみた。伸びた透明な手が気持ち悪くて……。起き上がると、寝汗をかいていたのが、サアーと乾いていった。まだ鼓動は早いけれど、夢から覚めて、現実の部屋の中を見渡すと、少し落ち着いた。
部屋の中に、ノアがいなかった。目覚めるとすぐ近くに顔があるのは、ビクッとなって驚くけれど、今日はなんだか、近くにノアの顔がないのを寂しく感じてしまう。ベッドに腰掛けて、少しの間待ってみたけれど、戻ってこない。もしかしたら、もう朝ごはんの用意を手伝っているのかもしれないと、食堂に行ってみる事にした。
ひとりの足音が響くのを聞きながら、広いホールを横切って歩いた。中心の木を横目に通り過ぎて食堂に向かう。そこに、ノアがいた。
「ノア。」
名前を呼んで、ノアに近づいていった。厨房の端の作業台でなにか作っている。振り返ったノアが上機嫌で話し出した。
「あ、おはよう。エミリア。朝ごはんがもうすぐできるよ。実は昨日気づいたんだけど、本の部屋には、料理の本がたくさんあるんだ。父上は本当に料理が好きなんだね。色々な種類がたくさんあって、大さじとかカップとか、今まで結び付かなかったから、気づかなかったんだけど、料理方法とかが書いてある本がいっぱいあるんだよ。すっごく面白くて。早く、エミリアに、いろいろ、……どうしたの?」
ノアが嬉しそうに話しているんだけど、私はなんだか、たまらなくなって、思わずノアの服の端をつかんだ。
「エミリア?……なにかあった?」
ノアが顔を覗き込んでくる。俯いて口をかたく閉じていたけれど、顔を上げて
ちゃんと言うことにした。
「これからは、眠る時と、起きる時は、一緒にいて。」
みるみるノアの顔、とゆうか全身が赤くなって、
「……破壊力……!!」
と言って、ほんとにグシャッと、腰が砕けたように倒れ込んだ。途端にアワアワしてしまう。破壊ってなに?私、なにか壊しちゃった?なに壊したの?なになに?
「だ、だ、大丈夫?ノア?破壊って?大丈夫?」
慌てて助け起こそうとしたけれど、手で制されてしまった。
「大丈夫。ちょっと腰が砕けて……、大丈夫。ちょっと待ってくれる?僕の頭の中に、残してくるから。ふう~、これでいつでも……、ぐふうっっ。だめだ、思い出したら、……破壊力……!!」
ちょっと、なにを言ってるのか、よく分からないけれど、ゼーゼー言ってるノアが落ち着くまで、待つことにした。服の端を持っただけだから、なにも壊してないと思うんだけど、だんだん不安になってくる……。
「……怖い、夢をみちゃって。起きたらひとりだったから、怖くて……。」
そう呟くと、ノアがスチャッと立ち上がって、私の肩をガシッとつかんだ。
「もう絶対に!眠る時と起きる時は一緒にいる。必ず!約束する!」
あんまり勢いよく、ハッキリ宣言するから、なんだか私の我儘で申し訳なくなってくる。
「そう?でも、絶対じゃなくても、いいよ。なるべくでも、全然。ごめんね。怖い夢をみたぐらいで、我儘……」
「我儘じゃないよ。大丈夫。そしてら、なるべく、一緒にいようね。」
ノアが肩から手を離して、頭を撫でてくれる。あ、寝癖がついていたのかも。
「そういえば、なに作ってたの?」
ノアの肩越しに作業台を見ると、なにやら色んな物がのっていた。そのほとんどが、ドロドロしたペースト状で、深いお皿に入っている。緑や茶色や、赤っぽいのや、黄色いものまで、いろんな色が揃っている。それぞれ、変わった香りがしている。
「朝ごはんは、昨日みたいに、パンにお肉や野菜を好きに挟むことにして、サンドイッチにしようと思うんだけど、父上の本に色んなディップとか、ソースの本があってね、それがすごく面白くて、どんな味なのか、その通りに作ってみたんだ。小さくパンをきってね、少しずつ色々な味付けで食べたら楽しいかなって、この緑のソースが美味しいと思うよ。こっちの黄色いのは、ちょっと辛いかな。少しだけ付けたら美味しいよ。」
「……ノア、昨日、ちゃんと寝た?」
「ごめんね。今度からちゃんと、一緒に寝ようね。」
あ、そう言われると、なんだか恥ずかしい。一緒に寝なかったから怒って……、ないよ!私。違うんだけど、あれ?おかしいな。首を傾げていると、なにか背後でガチャガチャ騒がしい音がしてきていた。振り返ると、大きな網のような袋にたくさんの瓶を詰めて、抱え持って食堂に入ってきた、ラリーさんだった。
「お?早いな、もう起きてたか。ふたりとも、おはよう。良い朝だ。」
「おじい様、それは、なんですか?ずいぶん、たくさん……。」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれた。またわしは傑作を作ってしまったぞ。これは、保存の瓶だ!エミリアが言ってただろう?美味しくて可愛いは最高だと、なんとこの鉱石の瓶は、丈夫で、可愛い彫刻つきの保存瓶なのだ。あとはアビーと、あの箱と同じように鮮度保存の魔術をつければ、完成だ。」
ガチャガチャと網の袋からだしながら、話してくれる。キラキラ光る宝石で出来た瓶をひとつ手に取って見てみると、色とりどりの鉱石の蓋の部分に立体的な彫刻が彫ってある。丸みのある笑った顔は愛嬌があって、とても可愛い。どれもカラス達が案内してくれた時に触った、石像を思わせるような顔をしていた。
「……あの、笑った顔の石像は、ラリーさんが作ったんですね。この瓶も、とても愛嬌があって、丸っこくて可愛いですよね。」
「笑った顔の石像?……顔、ああ、転移石のことか、なかなか便利だろう?たとえ迷子になっても、帰って来られる。まあ、わしらにしか使えんがね。アンドレが幼き頃は、そこら中に置いたもんだ。あやつが……フフッ。懐かしいな。」
懐かしそうに、遠くを見る様にしていたラリーさんが、端の作業台に置いてある、たくさんのディップやソースに気がついた。
「ん?なにか作ったのか?……おお、これは、この黄色いのはアンドレが好きでよく作っていた。なんてゆう名前だったか。……そうだ、これを少し甘くしてみたり、ハーブを入れたりしてな、工夫しておった。これもまた、懐かしい……。」
「え?父上が好きな料理ですか?この黄色いソースですか?へえ……。これを、さらに工夫していたんだ……。父上は、すごいな……。」
「そうだ、腸詰肉を取ってきてやろう。これに良く合うんだ。それをパンにはさんでな。アンドレがよく食べていたのを作ってやろう。」
アンドレさんが好きだとゆう腸詰肉を挟んだ細長いパンは、素朴でシンプルで、そしてとても美味しかった。お肉がパリッとしてジュワーとなって、初めて食べる驚きの食感だった。黄色いソースは少し付けたけれど、私はラリーさんの勧めで、赤いソースをたくさん付けて食べた。酸味が爽やかでとても合うと思う。
初めて食べる味と食感に、驚いてとても美味しかったけれど、ノアはそれ以上に、感激している様子だった。初めて食べたけれど、とても好きな味だと言っていた。ノアがとても喜んでいるのが、嬉しくて、美味しくて、なんだか感動的な朝ごはんだった。
ノアがたくさん作ったディップやソースは、ラリーさんが作った宝石瓶に詰めて、いつでも食べられるように保存できる事になった。キラキラの瓶に、緑や黄色や赤色が映えて、飾ってあるだけで可愛くて素敵で、ついつい見とれてしまう。
まだまだ空の宝石瓶がたくさん余っているので、小さめの瓶にクッキーを詰めて、オルンさんへの手土産にする事にした。とても可愛いし、美味しいし、最高の贈り物になると思う。そして朝ごはんを食べたら、とうとう今度こそ、オルンさんの家に、お礼を言いに行くことになった。