20.ノアの魔法と私
一言で、クッキーと言っても色々な種類があって、サクッと軽い食感のものや、しっとり柔らかいのから、カリッと硬いのもあるし、ジャムが挟んであったり、ナッツが練り込んであったり、他の色と味が混ざっているのや、丸い立体的なものは、真っ白い粉みたいな砂糖が掛かっている。
つまり本当にたくさん、たくさんあって、珍しくて美味しいからと言って、全部味見していると、とんでもなくお腹がいっぱいになる。そして、美味しそうなお昼ごはんが食べられなくなる。
「エミリア。ほんとに昼食は食べられない?一口も?」
「うん。ごめんね。せっかく二人で作ってくれたのに。お腹がいっぱいで、一口も食べられそうにないの。」
さっきまでアビーさんが寝ころんでいた長椅子に横になって、美味しそうな香りのする黄色い麺を見ていた。ゴロゴロしたお肉も入って、とても美味しそうだ。
「そう、残念だけど仕方がないね。とても美味しいから、また今度、作ってあげるね。簡単だから、僕ひとりでも作れるよ。」
「エミリア、気にするでないぞ。一日に何回も食べる方が忙しないのだ。食事は数日に1回で十分であろう。そも食べたい時に食べるものであろう?」
ひとりだけ食事をせずお茶を飲みながら、アビーさんがなぐさめてくれる。
「アビーよ、それは魔法族の事だろう。わしらは一日に何回も食べるし、人族もたしか、何回も食べるはずだぞ。ちゃんと一日に何回も食べないと、病気になってしまうのだ。」
「本当ですか!?おじい様。エミリアは病気になりますか?無理矢理にも今食べた方がいいのですか?」
途端にノアが焦りだした。立ち上がってしまったノアを、ラリーさんが宥めながら座らせる。
「落ち着きなさい。1、2回食事を抜いた所で病気にはならんぞ。特に腹がいっぱいの時にはな。無理に食べん方がいい。」
自分でも恥ずかしいのだけれど、お菓子の食べ過ぎで気持ち悪いだけなのに、ノアがものすごく心配するので、オルンさんにお礼を言いに行くのは、私がお昼寝してからに変更になった。ほんと予定を狂わせてごめんなさい。お菓子はこれから適量にします。
ノアと一緒に寝室に戻ってきて、少ししたら起こしてくれるように頼んだ。もしかしたら、寝過ごしてしまうかもと思って頼んだのだけれど、まぶたを閉じて少しすると、眠りにおちるより先に、スッとお腹の苦しさが無くなった。不思議な感覚だったので、ベッドの上に起き上がって、お腹に手を当てて確かめてみたけれど、満腹でも空腹でもなく、ただ食べ過ぎて気持ち悪い感覚だけが無くなっていた。
この部屋かベッドにかは分からないけれど、たしか強力な回復魔法だとアビーさんが言っていた。目を閉じただけで治るなんて、仕組みは分からないけれど、すごく便利な魔法だと思う。
「エミリア?どうしたの?お腹、痛い?」
「あ、違うの。目を閉じただけで、食べ過ぎて気持ち悪かったのが治ったみたい。不思議だよね。アビーさんの魔法って、すごく便利だよね。」
「治ったの?もう気持ち悪くない?そしたら、さっきのお昼ごはん食べられる?僕が作ってあげる。全部ひとりで作れるよ。とても美味しいよ。さ、行こう。」
私の手をとって、喜んだノアが急いでベッドから出ようとする。いつになく勢いよく引っ張られて、飛び上がる勢いでベッドからでると、そのまま浮かんだ状態のままで進んでいた。ノアは足を動かして歩いているけれど、ノアと私の足は床についていない。
「ノア、待って、浮いてる。私達、飛んでるの。」
「え?」
とノアが足下を見ると、浮いていた二人の足がストンと床に着地した。ノアと向き合う形になって、顔を見合わせた。
「……これ、やっぱりノアの魔法だよね?今飛んでたよね?」
「……だよね。浮いてた。」
「やった!アビーさんは籠ってて使えないって言ってたけど、やっぱり魔法が使えるんだよ。ノアの魔法だよ!すごい!もう一回やってみて。」
ノアから離れてベッドに腰掛けて、飛ぶのを見せてくれるように頼んだ。
「えっと、ちょっと待ってね。う~ん。」
足下を見ながら、腕を組んで考え込んでしまう。そのまま、何回か自分でジャンプする事を繰り返した。高めにジャンプしてもドスンと床に着地するだけだった。
「だめみたい。全然飛べる気がしないな。この前もこの部屋で、こんな事があったよね。僕が魔法を使えるんじゃなくて、この部屋の魔法かなにかじゃないかな。」
平気そうに、そう言うノアはやっぱり、残念そうだった。私はベッドから立ち上がると、なぐさめるように手を繋いだ。
「ごめんね。簡単に見せてなんて言って。……アビーさんも言ってたけど、魔法が使えても、使えなくても、ノアはノアだよ。ラリーさんがなにか作ってくれるって言ってたから、ノアもきっと魔法が使えるようになるよ。」
どんどん情けないような、悲しむ顔になっていくノアをなぐさめたくて、ギュッと抱きしめた。悲しまないで、悲しまないできっと大丈夫。大丈夫だから。肩に顔を埋めて、ノアが腰に手を回したとたんに、二人が少し浮かび上がって宙に浮いた。
「「え?」」
声が揃ったとたんに、ストンと床に足が着いた。私から少し離れて、眉間に皺を寄せながら腕を組んで考え込んでから、「んん?」と言いながら、その場でまたジャンプを繰り返した。それから、また腕を組んで顎に手をあてて考えこんだまま、無言で動かなくなった。
なんと声をかけたらいいのか、ようすを見ていると、おもむろにノアが手を伸ばして、私と手を繋いだ。ノアは何故か目を瞑ったまま、なにも言わない。そして、ゆっくりと深呼吸してから目を開けると、私にニッコリと嬉しそうに笑いかけた。
その途端に宙に浮いて、ふわふわ部屋の中を一周してから赤い扉を抜けて、浮いたまま部屋の外に出た。広いホールの真ん中の木の天辺ぐらいの高さに、足がついていないのが少し怖くて、ノアの手をギュッと握ると、安心させるように微笑んで、そのまま壁際まで戻ってくれた。階段にそって下の階までゆっくりと、ふわふわ浮かんだまま降りて行った。私は飛んでいるその感覚が不思議で、浮いている地面や周りを見ていた。ノアの顔をジッと見つめる頃には、足がゆっくりと地面について着地していた。
「……どうして?……」
「エミリア。素晴らしいよ。僕の魔法はエミリアに触れている時に、使えるみたいだ。なんて素晴らしい魔法なんだ。最高だ。」
なにかとても喜んでいるノアの声に気がついて、食堂の入口から出てきた二人に近づいて、嬉しそうに説明を始めたノアの姿が、目には映っているけれど、あまりの衝撃的な事実に、私の心の中は混乱して、その場所から動けないでいた。
どうして?どうして、ノアは私に触れていないと魔法が使えないの?それは、魔法使いとして、とても不便なことではないの?自分以外の者に触れていないと使えない魔法。どうして?もしかして、混ざっているから?そもそも、どうして、混ざっているのか……。いつから?いつから、ノアと混ざっていたんだろう?
アビーさんは、なんて言ってたっけ、古代の、古の、魔法、複雑な……。そんなの私もノアも使える筈が無い……。ノアと、ノアと初めて会ったのは……、雨……、雨が激しく降っていた、あの時、そう、あの雨の中、起きたらいろんな所が痛くて、そうだ、ノアが崖から落ちたって言っていた……、私、私はどうして助かったんだろう。もしかしたら、あの時、私、私は……
全身の血の気がスッとひいて、その場で腰が抜けた様に倒れ込んでしまった。目の前が真っ暗になる前に、驚くアビーさんとラリーさん、振り向いて驚愕の表情のノアの顔がうっすらとぼやけて見えた。……ごめん。ごめんなさい。ノア、私のせいで……。そして、意識を失った。