19.みんなで美味しい朝ごはん
「いやいや、まず部屋を先に作った方がいいのではないか?」
「夫婦なのだから、部屋は一緒の方が良いのでは?それより魔力が籠ってるのなら、先にこの家が使えるようにした方がいいんじゃないか。」
「アンドレが部屋を作ってやったのであろうな。であれば、設計図がいるな。ラリーの物とも別になる。」
「アンドレの設計図を探してみるか。それからだな……いずれにしても、時間がかかる。」
「時間か。まどろっこしいが仕方がない。設計図が出来たらバッと全部作る。そうなると先に……、おお!やっと来たか。ささ、座るがよい。皆で朝食だ!」
食堂に入るとアビーさんが座り、ラリーさんが動き回って朝食の準備をしながら、お喋りしていた。朝の挨拶も早々に、良い香りが漂うテーブルに近づいた。
「これは妾の好物でな。これこのパンに肉も野菜も、好きなものを入れるのだ。そしてこのまま手で食べるのだ。便利であろう。あ、先に手を洗わねばラリーが怒るぞ。汚れてなどいないと言っても無駄なのだ。儀式だそうでな。」
「儀式と言う程でもないが、二人ともこっちに来なさい。ここで手を洗うのだ。手はいつも洗うのだよ。特に食事を作る前に、後に、食べる前、後、もな。汚れていると思った時も、思っていない時もだ。」
「待て待て、それでは四六時中、手を洗う事になるではないか。この上なく面倒臭い。何のために魔術を施していると思っておる。この家の中で汚れる訳もなかろう。」
「この家の魔術は素晴らしい。しかし習慣なのだ。この家の外にいる時にも、忘れないようにしないといかん。だから儀式のように洗うのだよ。もちろんこの家では、いつも綺麗な手でおれるがね。」
たしかにこの家に入った途端に、汚れはどこかにいってしまう。けれど、私は魔法使いじゃないから、それに慣れてしまうと外に出た時に困る。ラリーさんの言う通りに、習慣にしようと心に決める。いつも綺麗な方がいいと思う。ノアと二人で順番に手を洗ってから、椅子に座った。
テーブルの上いっぱいに、所狭しと何種類ものお肉や魚、いろいろな色の野菜や豆類や果物、何種類ものソース、温かいスープに、飲み物まで、何種類も選べるようになっている。
「今日はなにかのお祝いですか。すごいご馳走ですよね。」
「まあ、たしかに少々作りすぎたが、アビーが腹が減ったと言うし、皆でめしを食えるのが嬉しくてな。どんどん好きなだけ食べておくれ。そのソースは辛くて、そっちのは甘いぞ。この袋みたいなパンの中に好きなだけ詰め込むんだ。」
美味しそうなお肉や野菜をたくさん詰めて、見よう見まねで白っぽいソースをかけてから、パクッとかじりついた。薄いパン生地の中に細かく切った野菜の食感がザクザクとして、柔らかく煮込まれお肉からは、噛む度に肉汁が口の中に広がる。白いソースは少し酸味があって、濃くのあるまったりとした味は、初めて食べる味だけれど、とても美味しい。永遠にモグモグしていたい。
「とっても美味しいです。この白いソースも凄く美味しいですね。初めて食べました。」
「うむうむ。そうであろう。その白いのに、この茶色いのを混ぜても美味いのだ。こっちの赤いのを混ぜてもいい。」
「おじい様、この白いソースの作り方を教えてくださいね。エミリアが凄く気に入ったみたいなので。」
「よいよい。なんでも教えてやろう。次からは料理をする前に声をかけるようにしよう。」
上機嫌に笑いながら、大きな口をあけてパンにかじりついた。とても嬉しそうだった。もしかしたら、そうやってアンドレさんにも、料理を教えたのかも知れない、楽しいから、料理を作るのが好きになったのかもしれないなと思った。
「アビーさんの好物とゆうことは、これはアビーさんのお国の食べ物ですか?」
「いや、妾の国では、手で直接口にする食事は無かったな。不便な事よ。」
「なるほど。そういえば手で食べられるのは、便利ですね。」
それぞれ好きなように好きなだけ、楽しくお喋りしながらの朝食は、賑やかで、美味しくて、とても楽しいひと時だった。食後にラリーさんが赤い硬い果物を手で握りつぶして、ジュースを作ってくれた。ノアと二人で真似してみたけれど、まったく潰せなかった。よっぽど力の強い人でないと作れない飲み物らしく、とても美味しかったので、自分でつくれないのは残念だった。ノアは他の方法がないか、試してみると言っていたけれど、想像もつかない。
「ところで、二人に話しがあるのだ。アビーとも話し合ったのだが、二人が通う学校の事だ。この森に近くに小さな村があるんだが、あいにくその村に、わしらは近づかん事になっておってな。どうしてもと言われれば方法はあるが……。できれば、人族の都に着くまでの、旅の途中の町々で学校を探すのは、どうであろうか。急ぐ気持ちもわかるが、旅の準備もせんといかんし、すぐには出発が出来ないのだ。」
急ぐ気持ちはまったく無いんだけれど、少し迷って、やっぱり気になったので聞いてみる事にした。
「あの、近くの村って、ホルト村の事ですよね。……どうして近づけないんですか?えっと、ここから、一番近い村ですよね。なにか、秘密ですか。」
恐るおそるになってしまったのは、話してる途中で、もしかしたらアビーさんがなにか、ボカーンって壊したのかなって思ってしまったから。
「なにも隠しておらんぞ。ただの契約なのだ。アンドレの嫁がホルト村の娘でな。嫁に貰う代償として必要だと言うんで、ホルト村に結界の魔術を施したのだ。獣や害虫が寄り付かんようにする程度の結界だが、作物を育てるのに役に立つらしい。それに、村には魔法使いを怖がる者が多いらしくてな、近づかん約束なのだ。お互いに干渉せんとゆう契約だな。」
「ええ!そうしたら、ノアのお母さまは、ホルト村の人だったんですね。あっ!それなら、ノアのおじいさんとか、おばあさんとか、親戚の人もホルト村にいるかもしれないんですね。」
嬉しくて手を叩いてしまう。私までいっきに、家族がたくさん増えた気分になった。
「いや。アンドレの嫁は天涯孤独の身の上らしくてな。親も姉弟もおらんそうだ。」
「……そうなんですか。それは、なんてゆうか。そういえば、ノアのお母さまのお名前は、なんと言うんですか。まだ聞いた事がないような気がするんですけど。」
「そういえば、僕も聞いたことない……。」
え?ノアも?なんで?と思ったけれど、寸での所で言葉を飲み込んだ。
「ん?知らん。」
「え!?なんで?」今度は飲み込めなかった。思わず大きな声がでた。
「おお。ビックリするではないか。なんでとは、ああ、名前か?アンドレの嫁は口がきけんのでな。教えてもらった事がないだけだ。アンドレは愛する奥さんと呼んでいたぞ。」
「そうそう、愛しい人とも呼んでいたな。村の者に名前を聞き忘れたのを、後で気づいたのだが、村には干渉せん約束でな。聞きには行けんが、まあさして問題でもなかろう。」
え?そうなの?名前聞かなくてもいいの?とゆうか、ノアのお父さまと恋に落ちて結婚したんだよね?それって、意思疎通できてるよね?大丈夫なのか、ちょっとドキドキするけれど、まさか、そんな訳ないし。二人の愛を疑うのは、すごく失礼な気がして考えるのを止めることにした。
「父上と母上は、目覚めるでしょうか。」
しばらく黙っていたノアが、真剣な顔で思い詰めたように話した。しばらくの沈黙の後、話し出したのはアビーさんだった。
「いつとは、分からん。ノアも知っておろうが、自室には妾の魔術だけではなく、この家にしとるご神木の聖力を利用していてな。まあ、つまり強力な回復魔術が出来上がっておってな。……だから、回復すれば、起きる筈なのだ。」
ご神木……。それは、家として利用していいんですか、アビーさん……?小心者の私には、とても聞けないんだけれど、誰か聞いてくれないかな。……罰とか当たらないのかな?……大丈夫?
「……そう、ですか。そうしたら、やっぱり待つしかないんですね。」
「ノアよ、妾もラリーも、アンドレと嫁御を家族として愛しておる。妾は王都に居るとゆう魔法使いが優れた者であれば、訪ねてみようと思っておる。それで分からなければ……、そうだな、妾は故郷に戻れんが、行き方を教えてやろう。結界が張ってあってな。簡単には行き来できん事になっとるが、まあ、行けん事はない。」
「僕が魔法を使えるようになれば、父上と母上を治せますか?」
ノアの顔をジッと見てから、アビーさんは小さくため息をはいた。
「それは……、分からんとしか言えんな。そなたの籠った魔力を使えるように、ラリーが何か作るらしいが……、魔法族は皆魔力を持っておるが。……実は、アンドレは魔力を持っておらんのだ。そのせいか幼き頃より体が弱くてな。それゆえ生命の球を探しておる訳じゃが。まあ、それは、手がかりすら無いが。」
アビーさんは不思議そうに見ているノアの顔を確認して、一呼吸してからまた話し出した。
「驚いたであろうな。だが、事実なのだ。魔力がなくとも、アンドレは妾の愛する息子に変わりはない。もちろん、ノアよ、そなたもだ。そなたの魔力が使えなくとも、妾の大切な孫に変わりはない。魔力が使えずとも、アンドレが長く起きてこなくとも、そなたのせいでは無い。」
ラリーさんがノアの隣に来て、ノアの肩に優しく手をおいた。
「そもそも、種族が違うと子はできんがな。アビーとわしは……」
「こらこらこら!ラリー!なにを言うつもりだ!!ノアはまだ幼気な子供ではないか!純真な子供に破廉恥な事を吹き込むのであれば、妾が許さぬぞ!」
「いや!違う!誤解だ!わしはそんなつもりでは!む?なぜわしは子作りの話しなど?不思議だ!?」
「止めぬか!馬鹿者!もう話すでない!」
なぜか二人がアワアワ、バタバタしはじめた。なになに?なにかあったの?
「あの、お二人とも落ち着いてください。僕はなにも聞いてません。えっと、それで、僕は旅の目的を決めました。僕は、父上と母上が起きる方法を探し出す。そして、エミリアと混ざっている原因も見つける。そうすれば、絆も深まる。それで、出発はいつにしますか。」
いつの間にか、くるくる回りながら浮いていたアビーさんが静かに降りてきた。
「コホンッ。ラリー、どれ位かかりそうじゃ。」
「うむ。地下に籠る時間もいれんと……、そうだな、余裕をみて3日後でどうかな。馬車も新しく作ろうと思っとる。」
思っていたよりも早い出発だったし、馬車が3日で出来上がるのは驚きだったけれど、アビーさんとラリーさんだし、ノアは早く出発したそうだったし、なにも言わずにおいた。
「ふーむ。では、妾はホルト村の結界を調べに行くか……。いや、カラスに任せるか、どうするかな。」
アビーさんが腕を組んで顎に手をあてながら、空中に浮かんで足を組んでいる。すごく体が柔らかくて、器用だなと思いながら見ていたらフッと思い出した。
「あっ!カラス!カラスで思い出しました!私、オルンさんの所に、無事を知らせに行かないと。たぶんまだ心配したままだから、カラスがいっぱいで……。とてもお世話になったから、私、元気な姿を見せに行くと約束したんです。旅にでる前に、お別れも言っておきたい。」
「僕も一緒に行くよ。二人で親切にしてもらったからね。」
「そうか、世話になったのなら、妾からも礼を言わねばならぬ。しかし、村へは行けんしな。土産にするか。」
「オルンさんの家はホルト村にはありませんよ。この森の近くの山小屋に住んでいる、羊飼いのおじいさんです。」
「そうか。ならば妾も一緒に行くとしよう。ついでに結界も調べて帰る。ラリー、先に菓子を作ってくれ。それを手土産にする。」
「菓子は作るが、わしも一緒に行くぞ。そうだ、それなら絨毯にしよう。」
「うむ。それなら、皆で行けような。では、妾は菓子ができるまで、昼寝しておる。出来たら起こすがよい。」
そう言うと、また何処かから長椅子が飛んできて、アビーさんが横になった。ラリーさんがちゃんと寝室で、と言いたそうな顔をしたけれど、今度はなにも言わなかった。
「それでは、クッキーを焼くのを手伝ってくれるかな?まずは手をよく洗うんだよ。」
ノアと二人でしっかり手を洗って、はりきって色々な形や味のクッキーを作るのを、手伝っていたんだけれど、気づくと何故かまた私だけ、テーブルでお茶を飲んでいた。なぜ?いつの間に?魔法?