173.愛しのドールハウス
みんなで夜のおやつを満喫していると、ラリーさんが勢いよく大荷物を抱えて戻ってきた。ラリーさんは両手に抱えた何か、家やお城や建物の模型のような物をたくさん積み上げて持っていた。それを私達がいる絨毯の上にそっと降ろすと、ニコニコほくほく顔で絨毯の上にドサッと座った。
「待たせたな。ちと待たせてしまったかもしれんが、良い物を見つけて来たんだ。これがあれば、すぐにでも引っ越しが出来るぞ。改良するだけなんで簡単だからな。お、美味そうな菓子じゃないか。わしにも茶を一杯淹れてくれんか。いや~、いいものが見つかったもんだ。実に有意義なひと時だった。実に楽しい」
「あの、ラリー殿?その模型が何か?ずいぶん古い物を引っ張り出してきたようですが、それらは、私が随分前に依頼を受けて作った物ですが、その中の大半は完成させていませんよ。なにしろ、そのほとんどが耐震構造を理解してもらう為に後から色々と作ってみた物で、その中の塔……、ああ、これが一番重要な物だったのですが、これもまだ途中で……。残念ですが、天を衝くほどの高さは要らないそうで、結局は原理もあまり理解してもらえなかった物なのです。あの時は私も非常に意欲的になったものですが、これらは、結局は徒労に終わってしまった物達なのですよ」
「なるほど、たしかに枠組みだけの物もたくさんありましたが、いやしかし、これはとても良い物ですな。頑丈な造りが実に良い。特にこの可愛らしい塔などは、もっと大きく伸ばしていけば実に楽しい代物になるでしょう。この下の方と上の方で違う試みがなされておる所が実に面白い、色々な新しい試みには、なんとも心が躍ります」
「そ!!そうなのです!同じ物を組み合わせているのではないのです。なにしろ!素材からして違うのですから!まだ可能性を探っていた段階だったのですが、非常に重要な試みだったのです!お!お分かりいただけるとは、なんと!そ、それでは、こちらの骨組みもご覧になりましたか?梁の役割はご存じですね?私はこの筋交いにも工夫を施しておりまして、ぜひにもご意見を賜りたいものです!」
ラリーさんとポルガ教授は、とても興奮しながらなにか熱心に話し込んでいた。二人は私達がお茶を飲んでいる間もずっと話していて、そのうちに固い握手を交わし合っていたり、笑いながら話し合っていたと思っていたら、抱き合って肩をぽんぽんし合っていたり、とにかく、たまにそちらを見るたびに仲良くなっていた。
「あ~、すみません。おじい様、ああ、ええ、ポルガ教授も、二人のお話しの邪魔をして、大変申し訳ないのですが、夜も更けましたし、先に引っ越しを済ませたいので、よろしいですか?おじい様には今から引っ越しの準備をしてもらって、その間にポルガ教授には、手紙を書いていただきたいんです。明日の朝一番に事務棟に届くように手配しておきますから、ええと、少しだけ、急ぎましょうか」
ニコッと微笑んだノアは有無を言わせない雰囲気を醸し出していて、ここにいる全員がなぜかブルッと震えてから、それぞれがテキパキと動き出した。ピートさんも空になったお皿を重ねたり、後片付けを始めていた。私も何かを手伝おうと思ったけれど、ピートさんがすべて先に手早く片付けているので、私が手にできる物がなかった。
見渡すと隅の方の机がある一角で、ノアがポルガ教授に何か詳しく教えながら紙に何か書いてもらっていて、その近くではラリーさんが工具箱を広げて、この教授棟にそっくりな塔を作っていた。作りかけの建物の模型のような形だった物が長く上に伸びていて、どんどん出来上がっていく様子を近くで見ようと歩き出すと、私の体がフワッと浮いて、ぐんぐん空中に上がっていった。見上げるとアビーさんが面白そうに微笑んでいて、私の体は最終的にちょこんとアビーさんの膝の上に収まった。
「アビーさん、私、あのラリーさんが作っている物を見に行こうとしていたんですよ。本物の塔みたいで凄そうだから、近くで見ようと思っていたんですよ」
「分かっておる。あれは、ほれあのように、細々した部品を散らばらせて作るのじゃ。近くに行って踏み潰しでもしたら足に怪我をするのでな、近づかぬがよい。あれは出来上がってからじっくり見ればよい」
「私は、作っている途中も見てみたかったんですよ。どうしてあんなに次々に出来上がっていくんでしょう?小さいのに本物の建物みたいで凄いですよね」
「ふむ。なれば少しこのまま下りて行くとするか。もう少しラリーの側までいってやろう。しばし待つがよい」
アビーさんはそう言って、周りに散らばらしてある魔法の灯を集め始めた。やわらかで明るい魔法の灯は、ろうそくの火のように揺れていて、丸くてほわほわしていて、とても可愛かった。私が思わず手を伸ばすと、アビーさんがそのうちの一つを私の手のひらに乗せてくれた。アビーさんの灯は、ほんわかと温かくて、その温もりがまるで生きているように愛らしくて、ほうっと感嘆のため息がでる。
「……きれい。これは、アビーさんの魔法で作ったんですよね。とっても、綺麗です」
「いや、妾はあつめただけじゃ。妾が一から作ったわけではない。下に行くならこの数は要らぬのでな、いくつか先に消してゆくが、気に入ったのならば、それはしばらく残しておいてやろう」
アビーさんが手をフイッとしながら魔法の灯を集めて、いくつかをシュワッと消していった。溶けるように無くなっていく可愛い明かりを見ていると、なんだか名残惜しい気持ちになった。そして、消さずに残したいくつかの魔法の灯を引き連れて、私とアビーさんはゆっくりと地面に近づいていった。
「お、これは明るいな。手元が見やすくなったぞ。ありがとう、アビー」
「よい。エミリアがその工程も見たいそうじゃ。ラリーの作る小さき物に興味があるようでな」
「そうか。しかし、それはしまったな。これはもう出来上がってしまう。エミリア、わしはこういった物を趣味で幾つも作っておるのでな。わしの作品達を後で見せてやろう。家具も手作りしておってな、小さいが本物の家のように飾ってあるのだ。それにほんのお遊びだが、部屋だけを作った物もあるんだ」
「それは凄く楽しみです。なんだか想像するだけでもワクワクします」
「そうかそうか。実は人族の商人達が一番欲しがるのがこういった物なんだ。ドールハウスと言ったか、愛好者が多いらしくてな。専門の職人もおるらしい。法外とも思える高値をつけてくるので、商人には簡単な物しか売らんようにしておるが、後でわしの技術の粋を集めた自慢の数々を存分に見せてあげよう」
「おじい様、それは僕も興味がありますし、見てみたいですけど、もう夜も遅いですからね。それは明日にしてくださいよ」
「ラリー殿!それは、私もぜひ見てみたいものです。どうか私にもその作品の数々を見せてください」
「じゃあ俺も、その高いやつを見てみたい。師匠、法外な高値ってどれぐらいなんだよ。商人が高値で買い取るなんてよっぽどじゃねえのか」
「うむ。わしも金のことには詳しくないんだが、物の値段として、この手の平の中に収まるような家が、人族が住まう家よりも高い値がつくとゆうのが、わしはどうにも納得がいかんのでな、今はあまり欲しがられても売らんようにしておる」
「は!?家より?どんな家?家って言ってもピンキリだろ?そんな小さいのが……、え?いくらで!?」
「ラリー殿、先程家具もと仰いましたね。とゆうことは、このような一棟の建物の部屋までを丸ごと再現しているとゆう事ですか?まさか、全部、ですかね?本物の家のようにとは、まさか、なんと!」
「ちょっと、みんな落ち着いて。先に引っ越しを済ませてしまわないと。そのドールハウスの事はまた明日にして。もう遅いんだから。夜になったらちゃんと眠らないと、病気になってしまうんだから」
ノアが慌てて、にわかに騒がしくなったピートさんとポルガ教授を宥めていた。けれど興奮した二人は、工具箱の片付けを始めたラリーさんを囲んで質問攻めにしていた。
「うるさい!そなたらはノアの言うように、早う引っ越しの用意をせぬか!それにポルガよ、そなたは妾の兄上に会わせることにする。よって今宵よりしばらく、我らと行動を共にせよ」
「……え?えええ!?」
ポルガ教授はもの凄く驚いた顔をして、みんなを一喝したアビーさんを見上げていた。あんまりにも驚きすぎて、言葉がなにも出てこないようだった。
「我らは事情があって、これから一度祖国に戻ることになっておる。そなたはすこぶる健康体のようじゃが、妾の兄上は魔術に大層詳しいのでな、一応視てもらうがよい。この後のそなたの予定もあろうが、今は我らの都合を優先させよ。……学校の、都合等もあろうが、学びたい者は存分に学べなくてはならぬ。おそらく、今のそなたには可能であろう」
「え?あの?……いえ、御意にございます。王の、あ、いえ、私は、アビゲイル様のご指示に総て従います。アビゲイル様が仰るように、ただ今より行動を共にさせていただきます。……みなさんにも、お世話になります。私のような者がいてはお邪魔かもしれませんんが、しばらくの間ご一緒させていただきます。どうぞ、よろしくお願い致します」
ポルガ教授はそう言ってから、私たちみんなに頭を下げていた。私には急展開すぎて何が何やら分からなかったけれど、ポルガ教授はどうやら、私達としばらく一緒に居ることになるらしかった。たぶんなんだけど、今からソフィアさんを探しに行くのを延期して、私達と一緒に旅に出るとか、そうゆう感じの話になったんだと思う。
「お?おお、よろしくな。けど、学校がどうとか何の話だ?王都の学校の話だよな?俺達の学校のことだったら、別に気にしなくてもいいんだぞ。勉強とか、俺的には全然。師匠達が帰ってきたんだし、俺はいつでも、明日からでも、魔法の国に旅立つことになっても、なにも問題ねえよ」
「何を、言っているんです?あなたは、ここの、学生でしょう?どう見ても、授業を終了した生徒には見えませんけど?それに……、あなたは、その……、人族、ですよね?」
「あ、大丈夫。ここの学校に本気で通うのはメイベルだから。俺は付き添いみたいなもんだし。試験とかも受けてねえし。ん?俺はたしかに人族だけど、なんか関係があんのか?」
なにかよく分からないけれど、ポルガ教授はすごく混乱しているようだった。そして、しばらく困ったような、躊躇っているような顔をしていたけれど、意を決したようにラリーさんを見て話し始めた。
「あの、ラリー殿、失礼ですが、その、こちらの、人族の、若者も、アルカイレイアにお連れするおつもりですか?その、この人族の王都で行動を共にしているだけでは、ないと?」
「ええ、そのつもりですよ。ピートはノアの無二の親友でしてな。わしも多少武術等を教えたりなぞしております。ピートの家族も……、そうだ。旅立つ前に、一度里帰りしてみるのもいいかもしれない。ピートは長らく家族に会っておらんし、元気な姿を見せに行ったら、ご家族も安心して喜んでくれるだろう」
「あ、ええ、それは、そうでしょうけど、そのう……、私が言いたいのは、いや、アビゲイル様がご一緒なら、何も、心配はいらないのでしょうが、……しかし、いや、う~ん」
「なんだよ、ポルガ。もぐもぐ言って、感じ悪いな。ハッキリ喋れよ。俺が魔法の国について行っちゃだめなのか?俺のなにが気に入らないんだよ」
「やめなさい、ピート。ポルガ殿は心配しているだけなんだ。ポルガ殿、実はわしも同じ懸念をしましてな。わしも商人から高山病などの話しを聞いたことがあるのです。ですから、対策として何か新しく作ろうと思っておりまして、つい先頃まで素材集めをしておったのです。そういえばポルガ殿は人族の半身殿と長年旅をしておられたのでしたな。ぜひにも色々と助言を窺いたいものです」
「ああ!そうでしたか。ご存じでしたか。良かった。安心しました。対策済みでしたか。それは良かったです。なにしろ息ができないそうですからね。標高もそうですが、地下も洞窟もいけませんから。たしかガスがどうとか、でしたか?なにしろ、私達が気づかないうちにフッと亡くなることもありますからね。まったく油断も出来ませんし、それは驚きますから。人族はとても繊細な体をしているので、ソフィアが随分と残念がっていたものですよ。ですが、ラリー殿のお言葉を聞いて安心しました。若者の命を無下に散らすのも可哀想に思いましたが、ラリー殿程の御方が作った装備なら、なにも心配はいらないでしょう」
「え!?息が?え?」
「ええ、ええ。大変に不便なものですよね。私共にはとても信じられませんよね。だって、それではまるで海でしょう?そうなると人族にとっては、この地の殆ど総てが海になってしまいますよね。とても信じ難いことです。ですが、なるほどと納得のいく事もあるのですよ。人族は平地に固まって集落を作りますでしょう。彼らはその限られた場所でこそ、真価を発揮するようなのです。その工夫を凝らした暮らしぶりを観察していると、なかなかに面白いものですが、実に涙ぐましい程の努力をしているものなのですよ。彼らは非常に勤勉ですし、私は彼らと行動を共にしておりますと、とてもたくさんの人族が存在していることへの理解も、随分と深まった気がしたものでしたよ。ああ、ラリー殿も多すぎると、驚かれたことがあるのではないですか?」
「え、まあ。いや、それより、息ができないとは、どうゆうことですか。それに、地下にも洞窟にもいけないとは、いったい……。わしにとっては、すべて初耳なのですが」
「……え?」
ラリーさんとポルガ教授は、お互いにしばらく不思議そうに見つめ合っていた。なにか話がかみ合っていない様子だったけれど、ラリーさんは話し合いが好きなので、そのうちに分かり合えるのだろうなと思って、私は心配にはならなかったのだけど、二人の近くに居るピートさんはもの凄く心配そうにオロオロしていて、その隣にいるノアは真剣な顔で話に聞き入っていた。
私とアビーさんはしばらく上空から話し合いを見守っていたけれど、アビーさんは途中で飽きてしまったようで、また天井近くまで昇っていった。それから、アビーさんは魔法の灯を転がしたり、くっつけたり剥がしたりして遊びながらゴロゴロしていた。
私もアビーさんのお腹の上で寝転んでコロコロ転がっていく魔法の灯を見ていると、だんだんと瞼が重くなってきて、目を閉じるとすぐにそのまま眠ってしまった。心地よい夢の中で、私はドラゴンになったアビーさんの上で眠っていた。温かい熱をたくさん集めたアビーさんはとてもぽかぽかで、夢の中でも、やっぱりアビーさんは最強なんだなと思った。