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172.甘くてあたたかい夜のおやつ

 突然両手にギュッとした感覚があって見下ろすと、ノアがすぐ目の前にいて、私の両手を握っていた。見上げると心配そうな顔をして、私の顔を覗き込んでいた。握っている手が力強くて、とても温かくて、その熱が私まで伝わってくるように思えて、私はまたノアと繋いだ手をジッと見た。


 そうしていると、ズシンと体がもう一段重たくなって、足のつま先から頭の上まで、指先や体の隅々の輪郭までがハッキリとした形となって、私のもとに戻ってきた。


「……大丈夫?」


「うん、だいじょうぶだよ。……あれ?それより!ポルガ教授が子供になっちゃてるよね?あの、小さな男の子はポルガ教授だよね?なにがあったの?」


「ああ、うん。まあ、あの子は確かにポルガ教授なんだろうけど、この部屋の中が嵐だったし、その後はずっと眩しかったから、僕にもよく分からないんだけど、でもまあ、教授はすっかり元気そうだし、もう何も問題ないんじゃないかな」


「いやいやいやいや!!待て待て待て!ちょっと待て!エミリア、いったい何したんだよ。どうして、ぽっくりいきそうなじいさんが子供になっちまったんだ!?病気を治したんじゃないのか?違うのか?元には戻せないのか?」


 ノアを押しのけて私の目の前に来たピートさんが、私の肩をガシッと持って揺すってくるので、横からノアが力尽く止めさせていた。


「わわ、私が、何かしたんでしょうか。あううう、何を、したんでしょう?ええと、風が強くて、アビーさんが台風で、それから……、あ、波みたいな、流れの中にいたような気がします。それに良い香りがして、あっ、そうか、私、ディアさんとたくさん修行をしましたから、もっと深く潜れるようになったのかもしれませんね。元気になったらいいなと思っていたんですよ。良かったです」


「違う違う!全然違う!わけが分からん。……師匠!どう思う?いや!それより、じいさん!じゃなくて、ポルガ教授、じゃなくて、ポルガくん?なんでもいいけど!どうなんだ!?体は、なんともないのか?子供になっちゃったんだぞ?病気は治ったのか?どこか、変な……、いや、大きさ的なあれはおかしいけども!どうなんだよ!?」


「私、ですか?そうですね……、体は、みなぎるほど健康だといえますね。少々、戸惑うほどに健康体のようですが、あの、アビゲイル様、これが、いわゆる代替わり、なのでしょうか?」


 右に左に素早く顔を動かせて、忙しそうなピートさんがポルガ教授に問いかけると、ポルガ教授にもよく分からないようで、今度はアビーさんに聞いていた。


「さあ?妾は詳しく知らぬ。したが健康体になったのならば、ノアの言うように何も問題なかろう」


「それは確かにそうですね。ずいぶん体も軽くて動きやすくなりましたし、邪魔な衣服は着替えればいいだけですし、私としては何も問題ありません。エミリアさん、あらためてお礼を言わせてください。私の病を治していただき、まことに有難うございます。私はこれですぐにでも、生まれ変わったソフィアを探しに行けます。本当に、なんとお礼を言ったらよいのやら、感謝の念に堪えません。私は誠心誠意を尽くしまして、この多大なるご恩に報いるつもりです。私に何か出来る事があれば、何なりとお申し付けください。それとも、何かお望みの物などはございますか」


「いえ、私は、なにも、何もいりませんし、あの、なにも、お気になさらず」


 ポルガ教授はハキハキと話しているけれど、その容姿はとても幼くて、赤ん坊から抜け出したてのような、いわゆる幼児と言われるような小さな男の子になっていて、着ていた洋服の長い布の中に埋もれて、モゾモゾと動きながら私に丁寧にお礼を言っていた。


 その様子を見ていると、私はなんとゆうかまごまごしてしまって、見慣れないその姿に、なんだか落ち着かない気持ちになってくる。……元気、そうではあるんだけれど、なにか、やっぱり、小さくなっちゃっているし、長い服を引きずって動くのは、とても不便そうだった。


「……そうですか?望みがあるなら、気を遣わずに何でも言ってくださいね?いつでも……、ああ、そうでした、あなた方はこの教授棟を教室にする予定でしたね。今は教科書になる本を運んでいる最中でしたか。ふむ。私は明日からしばらく留守にしますけれども、出立の前に事務棟に寄って、私が居なくても教授棟が使えるように手配しておきますよ。なにしろ教授棟は、主が居ない間は立ち入り禁止になってしまうそうですからね。いやいや、なにも問題ありませんよ。この、私の研究室を教室にする訳でもないのですから、少なくとも、1階部分だけでも入室できるように話をつけておきます。ちゃんと、今まで通りに授業が行えるようにしておきますから、何も心配はいりませんよ」


「あ、それはとても助かります。ありがとうございます。ジョアンナ先生が一生懸命に本の整理をしていましたから、またお引っ越しにならなくて良かったです。ありがとうございます」


「なんのなんの、お気になさらず。お礼を言うのは私の方なのですから。それぐらいのこと、造作もありませんよ。……さて、明日からの準備もありますからね、私はこれで失礼させていただき……」


「よお~し、分かった。いいか!俺はこの集団の常識担当なんだ。今からは俺の言うことを総て聞いてもらう。とりあえずポルガ教授は、明日は事務棟には行くな」


 長い衣服をかき集めていたポルガ教授の目の前まで行って、ピートさんがなんだかもの凄く威張ったような態度で仁王立ちになっていた。


「は?なぜです?あなたは、何を言っているんですか。事務棟に行かないで、どうやって手続きをすると言うんです?それは確かに、後日に手紙で指示すること等も可能でしょうが、日にちがかかりますし、私にも、旅立ちの前に受け持った授業等の変更や、諸々の手続きがあるんですよ」


「そうですよ、ピートさん、ポルガ教授は親切で、1階の教室を使えるようにしてくれると言っているんですよ。せっかく本のお引っ越しをしたんですから、今のままの方が、ジョアンナ先生も喜んでくれると思いますよ」


「よ~し、分かった。いいから、二人はとりあえず黙れ。それで、ノア?どうするつもりなんだ?俺達は何をしたらいい?夜が明ける前にさっさと終わらせないと、面倒なことになるぞ」


「分かってる。……おじい様、今晩中にこの塔の1階部分から上の荷物を全部、どこか一か所に移動させることは可能ですか。試作品も含めて、ここにある機械がどう利用されるのか分からないので、このまま置いておきたくないんです。精密な物もあるし、かなりの量なんですけど」


「うむ。それは簡単なことだ。そうだな……、今からまったく同じように塔を作ろう。なに、心配せんでもすぐに出来上がる。これくらいの、両手で持てるぐらいの大きさがいいだろう。手の中に収まるぐらい小さくすると、何処かに紛れて無くしてまっても不便だからな。よし、わしはちょっくら中の構造を見てくるから、しばらく待っていてくれ。後は頼んだぞ」


 ラリーさんは足取りも軽く、跳ねるようにして研究室から出ていった。ラリーさんは、なにか楽しい物や美味しい物を作るときみたいにご機嫌な様子だった。


「さて、僕達はお茶でも飲んで待っていましょうか。すぐに準備しますね。それとおばあ様、ポルガ教授の服を今だけでもどうにかしてくださいよ。あれでは動きにくいでしょう。エミリアが気にしてしまいます」


 アビーさんはちょっと嫌そうな顔をしたけれど、何も言わずに、ポルガ教授に向けて手をフイッとした。すると長くて大きな布みたいになっていたポルガ教授の服が、ギュルンッと一瞬で縮んでいって、今の教授の小さな体にピッタリの大きさになった。いつもながら、アビーさんの魔法は惚れ惚れするほどに凄い。


「アビーさん、凄いですね。とても便利な魔法だと思います。洋服が大きすぎなくて小さすぎなくて、ちょうどよくて、とっても素晴らしいです」


「そうか?面倒なのでな、今だけ縮めただけじゃが。よし、ポルガよ、そなたの衣類を今すぐ総て持ってこい。妾が総て縮めてやろうぞ」


「お、お、畏れ多いことにございます。王の、あ、いえ、偉大な、貴重な、高貴な魔術を、私の為になど、そのような、そのようなことはとても、そんな、あの、アビゲイル様、あ、有難う御座います。あの、私に対する、多大なお気遣いに、感謝申し上げます。ですが私の服は、私が明日から着る洋服に関しましては、どうとでもなりますので、大丈夫でございます。どうかお気になさらずに、いえいえ、あの、私は機織り機等も数種類作っておりまして、いえ、あの、ただの趣味で、構造が面白かったものですから、ついつい色々と改良などをして、幾種類も自作してしまいまして、はい、あの、すぐに、洋服などはすぐに、勝手に出来上がりますので、本当に、あの、大丈夫でございます」


 ポルガ教授は、アビーさんの魔法で服を縮めてもらう事にもの凄く恐縮していて、衣類を作る色々な機械の説明をしながらお断りしていた。どんな風に、どんな衣類が作られていくのかとゆう話しは、とても複雑そうなのに面白くて、靴下を輪っかに編んでいく機械の話しなども、ピートさんも一緒に興味深そうに聞いていた。


 ただ、服を縮めることに俄然やる気になっていたアビーさんだけは、途中からまったく関心が無くなってしまったようで、ふいっとノアがお茶の用意をしている方に行ってしまった。ピートさんのお家のお店は、手縫いや手編みで洋服や小物を作っているので、機械で作られる洋服の話しに凄く興味が湧いたようで、質問をしながら熱心に聞いていた。


 そうして話し込んでいるうちに、やがてお茶とお菓子の甘い香りが漂ってきた。するとピートさんの興味は完全にお菓子の方に移ったそうで、みんなでノアが準備を整えてくれた絨毯の所に戻って、ラリーさんが戻ってくるまで、お茶を飲んで待つことになった。


 ノアがテキパキと次々にお菓子の用意をしてくれていて、たくさんの皿の上には数種類ずつの甘いお菓子が整然と並べられていた。クッキーやチョコや、お花みたいな可愛らしい砂糖のお菓子や、たっぷりの蜜がかかったパンも、クリームがこんもりのった焼き菓子も、どれも美味しそうで可愛くて、一気に華やいだ気分になった。


 それに、ノアが淹れてくれた温かくて甘いチョコの良い香りがする飲み物がとても濃厚で、ほうっと感嘆の吐息がもれるほどに美味しかった。それでどんどん食欲が湧いてきて、ついついあれもこれもと甘いものに手が伸びる。


「疲れた時には甘い物が一番だよね。まだまだあるからどんどん食べてね」


 ノアはとても嬉しそうにしていて、みんなの分のお茶のお代わりを用意していた。いつの間にかノアの周りには、鍋ややかんや、ラリーさんが持っているような道具が揃っていて、今は小さめのフライパンで何か香ばしい香りがする物を焼いていた。


「ポルガ教授、このジャムのクッキーも美味しいですよ。赤いのも黄色いのも、どっちも美味しいですよ。ちゃんと食べていますか?」


「え?はあ、まあ。甘い、ですよね。どれも凄く甘そうですよね。私はもう、濃厚な甘い香りだけでも十分満腹ですよ。それにしても、先程食事を終えたばかりだと思うのですが、このように頻繁な食事は必要でしょうか」


「おいちび助。これはおやつだ。食事じゃねえ。それに、子供が甘いおやつを嫌がってんじゃねえよ。おやつなんて、どんだけでも腹に入るだろうが」


「は?私は子供ではありませんが?ピート殿は何をどのように勘違いされているのやら、私には理解致しかねます。それに、おやつと食事の違いも私にはよく分かりませんけれども、何か明確な違いでもあるのでしょうか。一見しただけでも、明確な差があるようには、まったく思えませんね」


「ああ、それもな~。それって、俺が説明するんじゃないよな?あ~、その、姿ってゆうか、誰が説明するんだ?ややこしい話になんだろ?ノアだよな?それとも師匠から?どうすんだ?」


「まあまあ、そんなに急がなくても。今はエミリアがおやつを食べているんだから。まだまだ、どんどんもっとお菓子を堪能してもらおうよ。……ああ、やっぱりおじい様の言うように簡易の窯も用意しておくんだった。あれで熱々のパイを焼いたらもっと喜んでもらえたかもしれないのに。それに、直火の強いやつもやっぱり必要だったな。マシュマロを香ばしく炙ってココアに入れたらもっと美味しくできたのに。焼きたての物って、更に格別なんだよね。本当に、効率を重視していた僕が完全に間違っていたよ。おじい様が戻ってきたら最優先で作ってもらわないと」


「……イッキイキしてんなあ、おい。今は他に、何もするつもりがないんだな?俺は別に、急いじゃいないしいいんだけど、師匠は戻ってきたら一番忙しいと思うぞ?あんまり無茶言うなよ?……お?なんだこれ!?うめえ!」


「え?なんですか?ピートさん、いま美味しかったのはどれですか?このほかほかのピカピカの物ですか?」


「そうだ。出来たてで熱いから気をつけろよ。甘いイモに飴がかかってて、甘くて、ほくほくのカリカリで、めっちゃうめえぞ。しかし、エミリアはいつになくよく食うなあ。あ、全部は食うなよ。俺もまだまだ食べるんだからな」


「ちょっと、気に入ったならもっと作るからケンカしないでよ。どんどん作るから、足りないなんてことは、ないんだから。次は甘くしたのをバターで絡めようと思ってたけど、その蜜がけの方がいいんだね?それは冷めても美味しいから、そんなに気に入ったなら、もっとたくさん作っておくよ」


「そんなん、どっちも食うに決まってんだろ。あと、これもお代わり」


 ピートさんの食欲は、いつでも留まるところを知らないと思う。ラリーさんが何回でも、たくさん食べることはとても体に良いことだと褒めていたから、ピートさんがいつでもとても健康体なのは、すごく納得のいくことだと思った。それに私も、今日のおやつはもっとたくさん食べたくなって、次々に甘いお菓子をたくさん食べているから、これからとても健康になるんだろうなと思った。


 すっかり夜も更けて静かな夜なのに、私達の賑やかな夜のおやつは明るくて、とても元気な昼間みたいに楽しかった。ふと見上げると、アビーさんが空中に寝転がって、丸い火のような灯りをいくつも作って、転がせて散らばらせていた。


 アビーさんの魔法の灯りはとても優しくて、私達を包み込むように照らしていた。ほわほわと上空に漂う魔法の火は、穏やかであたたかくて、とても美しかった。

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