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167.教授の話し

 肌が粟立つような感覚と、自分の動悸を感じながら、たぶんこの感じが、一触即発とかそうゆう類のものなのかもしれないなと考えていると、ラリーさんが大げさにふう~っと息をはいた。


「わしは話し合いが好きなんだ。話しや意見を聞くと、真実が見えてくる時がある。そして、事実に即して判断を下すと、後悔をしないですむ」


 ラリーさんがそう言ったあとも、アビーさんは黙っていて、部屋はシンと静まりかえっていた。ただ私には、アビーさんの周りのギュウッとなっているものがゆっくりと解けていって、霧散していく様子がよく分かった。


「そなたの、話し合い好きは、よく知っておる。まったく、困ったものじゃ」


「さすがアビー、お前さんは本当に聡く、優しい魔女だな」


 ラリーさんはウキウキと嬉しそうに笑いながら、アビーさんの所まで歩いてくる。そしてノアとピートさんが同時に、呼吸をするのを今思い出したように息を吐き出していた。


「して、罪深きそなたの名は。妾の前で、総てを詳らかにせよ」


 アビーさんはまだ許していないぞとゆうような顔をして、ポルガ教授を睨んでいた。ノアとピートさんは位置を変えて、ポルガ教授とアビーさんから少し離れた。


「まあまあ、アビー、長い話になるかもしれんよ。ご老人にあのような姿勢は辛かろう。なにか、座るものでも……」


 ラリーさんが言い終わる前に、アビーさんが手をフイッとすると、あちこちからボキッ、ボキンッと音がして、私達の周りに飛んできた金属の塊がゴンッ、ガンッと床に置かれていった。数えてみると、一応人数分はあるけれど、たぶんこれは、ポルガ教授が触ってはいけないと言っていた繊細な機械なんだろうなと思うと、なんとなく椅子として座るのが憚られた。


 ラリーさんを見ると、何とも言えないような顔をしていたけれど、なにも言わずに静かにその塊に座ったので、みんなもそれに続いて、全員が自分の近くにあるその金属の塊に腰掛けた。そうして、全員がポルガ教授に注目するなか、落ち着いたよく通る声でポルガ教授が話し始めた。


「私の名は、グリニウス・ポルガ。この王都で、この教授棟で、もう何年も、色々な研究をしたり、本や図鑑を書いたりして暮らしています。ですが、私の元の名前は、グリニウス・コル・カタラクト・テルメドゥス。私は、一介のアルカイレイアの民でした。はじめから、私の話しをすべて、まず始めからお話しします」


 ポルガ教授は、アビーさんの祖国の、魔法の国の人だった。私は驚いたけれど、他のみんなはとくに驚いた様子もなく、静かに聞き入っていた。


「私は、王の結界の門のほど近く、深い森に囲まれた、最果てのように静かな森の中で生まれました。一族のなかでも優秀だと評判だった長老の祖父が私が作ってくれたのに、私はとても、いや、とんでもなく魔力が少なく、ほんの微力な魔力しかもたず、一族の恥さらし、面汚し、その存在をまるで無いものとして、育ちました。いえ、恨んでなどおりませんよ。魔力の多さは重要な優劣の証、ただ私がなんの役にも立てない、劣った魔法使いだとゆうだけのこと。ですが、私の魔力は少なくとも、魔法使いたるもの魔術を扱い、たとえ微力であろうとも、すべてを統べる、美しくも尊い結界を御守りになる我らが王に一筋でも報いるべく、私は、努力を重ねました。なんとか入学を許していただき学校に通い、一生懸命に魔術を学びました。誰よりも努力をしようと、そう、決めて……、ですが、私は、証を賜ることが出来ませんでした。それは、当たり前のことでした。私は、私の魔術は、微量すぎました」


 ポルガ教授はとても淡々と話していた。意図していたのかもしれないけれど、なにも悲しくなさそうに話していた。けれど、アビーさんは悲しそうな表情をしていた。あんまり辛そうなので、隣にいるラリーさんがそっと背中をさすっていた。


「100年、200年、いや、もっと、でしょうか……、私はただ美しい結界を見上げて暮らしておりました。なんのお役にも立てない自分を不甲斐なく思っていましたが、ただずっといつまでも素晴らしく美しい結界を見つめていると、心が洗われていくように感じました。そして時に何度も、その美しさに感嘆の涙が零れました。学校で魔術を学んだ私には、その緻密さ、正確さ、強大さ、どれ一つとっても、まるで次元の違う、あまりの荘厳さに言葉もなく、私は、ただただ我らが王に敬服し、いつの日にか、わが身のすべてを擲ってでもお仕えしたいものと、ただそう願っておりました。今も、その強い気持ちに、何の迷いもございません。もっとも、そのように当然の当たり前のこと、すべての魔女、魔法使いがそう願っておりましょう。……ですが、私は、ある日、これを見つけてしまったのです」


 ポルガ教授がそこで言葉をきって、服の首の所をゴソゴソして、首から提げた紐を引っ張り出していた。シャランと音が鳴って現れたのは、小さな2つのギザギザした丸いゼンマイだった。


「川の中に光っていたこのゼンマイを拾った、その瞬間から、私はまるで、まったく、変わってしまいました。これは、これは!何だ!?この、素晴らしい物は!?毎日、毎日他にも同じ物が落ちていないかを探しました。この素晴らしい、形、色、硬さ、匂い、もっと、もっと欲しい、知りたい、これが何なのか知りたくて、知りたくて、あの時の私は、それは夢中でした。そして、私はやがて思い至ったのです。これは他国の道具であると。学校では、祖国以外のことも、少しは学びました。海のことは言うまでもありません。ですが、他の、たとえば、その、あの頃は随分と蔑んだ書かれようをされていましたが、魔法を持たない国もあるのだと。あの頃の私には、魔法も持たない国や、人が居ることなど想像も出来ませんでしたが、ですが確かに、私の手の中に、この素晴らしいゼンマイがあるのです。知りたくて知りたくて、私は気も狂わんばかりでした。何に使うのか、どのようにして使うのか。その頃の私は、そのことばかりを思って過ごしておりました」


 ポルガ教授はそこまで話すと、はじめてアビーさんと目線を合わせて、まっすぐにアビーさんの顔を見た。その瞳には、心からの尊敬の念が込められていた。それから、悲しそうに少し微笑むと、また目線を落として、ぽつりぽつりと話してくれる。


「しばらく、そんな風に過ごしていたある日、私はとある噂を耳にしました。近く、結界の門に我らが王がいらっしゃると、その頃の私には分かりませんでしたが、がいこう、と言っていたと思います。恥ずかしながら、私は結界の門が開くことさえ知りませんでした。王が外交の為に、結界の門にいらっしゃる。その地に住む魔女や魔法使いは、それは熱心に入念に王をお迎えする準備をしていました。私も胸が張り裂けんばかりに高鳴っておりましたが、一族からは、同席を許されませんでした。私のような者が、ほんの少しでも我らが王の御目を汚すなど、あっていいことではありません。ですが、私は、どうしても、この美しい結界をお作りになって守っておられる我らが王を、ほんの少しでもこの目で見てみたかったのです。遠くからでも、声は届かなくとも、我らが王に日頃の感謝をお伝えしたいと、私は、森の結界の門近くの草葉に密かに隠れておりました」


 突然ん黙り込んだポルガ教授は、手を口に当てて動かなくなった。目が真っ赤になって、感激の涙を堪えているのを、また話しだした声が震えていたので気がついた。


「我らが王は、伝承の通りに、赤い髪をしておられました。豊かな長い赤い髪は、溢れ出る豊富な魔力に波打っておられて、なんとゆう、なんとゆう堂々たる立派なお姿。我らアルカイレイアの総ての民を統べる我らが誇り。総ては我らが王の御為に。皆が恋い慕い、ミランダ様の御名前を呼ぶ大歓声がいつまでも、いつまでも聞こえておりました。そして、我らが王は、黄金の魔術をお使いになり、結界の門をお開けになりました。私は、その高貴な香りにひれ伏し、黄金の魔術を拝むことが出来た感激に打ち震えておりました。……そして、その時、私は、初めて目にしたのです。その、小さき人々を……、あ、失礼、私はそれまで、ドワーフ族の方々にお会いしたことはありませんでした。ですから、大変、驚きました。そして、夢中になって見ているうちに、私は、見てしまったのです。後方の小さきドワーフが手にしている、小さな、道具を!!」


 ポルガ教授がそう叫んで、ワッと両手で顔を覆って、ぶるぶると震えていた。顔から手をどけて、頭をふっても、まだ少し震えていた。


「……分かりません。今思い出してみても、私にも分からないのです。私は、夢中になってそのドワーフの持つ小さな道具に手を伸ばしたと、思います。それが何か知りたくて、道具とは、何かと、それは、どうやって使う物なのだと。……本当に、分からないのですが、私は気がつけば、王の結界の外に出てしまっていたのです。いや、その時には、結界の外に居ることにも気がつきませんでした。私は、なにか大きな物たちの中にいました。とてつもなく大きな物に囲まれていて、辺りが明るくなったり暗くなったりしました。そしてたえず地面は安定せず動いていました。後になって思えばなのですが、私は、小さくなっていたのでしょう。豆粒のように小さく、なっていたに違いありません。私には変化の魔術など高度な魔術は使えませんし、どうしてだか、小さく小さくなって、どうやらドワーフ族の荷物の中に紛れ込んでしまったようでした。そうしてある日、総ての物がゴロゴロと転がり、私も右に左に、縦横無尽に転がって、痛くて苦しくて、いつの間にか気を失ってしまいました」


 ポルガ教授は自分の手のひらをジッと見つめていた。黙って見つめ続けていて、そして、私達が居ることも忘れていたようで、途中でハッと我に返ると、また話し始めた。


「目覚めた時には、私は布団の中にいました。ですが、現実ではないような、とても不思議な感覚だったのです。私は、私の感覚では、何百年も眠り続けていたような、もう目が覚めないとどこかで思っていたような気がするのに、私は、荷物で敷き詰められた狭い部屋の片隅で、毛布に包まれていました。目が覚めた私は、とても消耗していて起き上がることもできず、声も出ず、何がなにやら分かりませんでしたが、またすぐに眠ってしまったようでした。そうして、誰かに呼びかけられたような気がしてまた目を開けると、顔のすぐ前に、愛らしい少女がおりました。少女は私が目を覚ましたことをとても喜んでくれて、私に水を飲ませてくれたり、甲斐甲斐しく親切に、私の世話をしてくれました。……少女は、人族でした。その少女の名は、ソフィア・ポルガ。彼女が、私の半身であることはすぐに分かりました。彼女の総てが特別で、私の総ては彼女のものだからです。ですが私はとても弱っていて、その頃はまだ、動くことも話すことも出来ませんでした。ただ私ははじめて、ほんわりと胸が温かくなるような幸せを感じていたのです」


 私はポルガ教授の波乱万丈な話しを集中して聞いていたけれど、そこでふうと吐息をついた。それはポルガ教授がはじめて、フッと幸せそうな微笑みを浮かべたから、私も安心したのかもしれなかった。


「彼女の親族全員が商人でした。私は気がつけば、人族の商隊の荷馬車の一角に荷物と一緒に運ばれているようでした。商人の商いの途中で見つけられた私は、生きている行き倒れとして運ばれていたのです。商人は商品や物を仕入れて売り買いし、運び、また売ります。つまり、私も商品になってしまうと、彼女と離ればなれになってしまうことに、私は早い段階で気がつきました。体が動くようになると、私はまず学びました。その頃は祖国のことや、道具のことを考えている暇はありませんでした。彼女の側にいるためには、私は有用な人物でなければいけませんでした。商人に必要不可欠な金額の計算は、まったく難しくありませんでした。それどころか、文字を覚えてしまうと、大抵のことは至極単純なものでした。あらゆる場所で文字を読み、学び、私は、次第に賢い人物であると認識されていきました。ですが、私が特別優秀だった訳ではありません。何の事はありません。実は人族の方々は、一度で覚えるとゆうことが苦手なだけなのです。人族の多くの方々はたとえば、一冊の本の内容をすべて覚える場合、何度も読み、何度も書かなければ覚えられない性質のようでした。まあ、人種の違いは色々とあって当たり前でしょう。そうして、私は商隊に認められ、そこで働くようになりました。そして、私はソフィアの望む人族による結婚とゆう制度を認めてもらう為に、彼女の父親と話し合いました。彼は優秀な商人でした。自分の大勢の子供の中でもソフィアは特別だと言いました。私もそれは同感です。彼女は特別で素晴らしい人ですから。特別な娘の婿は特別であらねばならず、優秀な学校を出ていて、高収入な給金を貰っている人物でないと認められない、とゆうことでしたので、私は彼女に待っていてもらって、まずは学校に行きました。はじめは商人のツテとゆうので働かせてもらいながら学校に行きましたが、そのうちに学校に行くのにお金がかからなくなりました。それどころか、途中から好きな研究をしていたらお給金がもらえるとゆうことになりました。彼女に手紙を書いて知らせると、私達の結婚は認めてもらえることになりました。私は、私達は、間違いなく幸せでした。私は私の半身のため、ソフィアの居る場所で、彼女の望む通りに生きていくことを決めました。私はソフィア・ポルガの夫、グリニウス・ポルガ。もう、それ以外の何者でもありません」


 ポルガ教授が決意した目で、真っ直ぐにアビーさんを見ていた。アビーさんは、ちょっと、うんざりした顔をしていたけれど、先を促すように手をヒラヒラさせた。たぶん、ちょっとだけ、飽きてきちゃっただけだと思うんだけど、アビーさんがはあ~っとため息をついたので、ラリーさんが場を取りなすように咳払いして、ポルガ教授に話の続きを離してくれるようにお願いしていた。


「おばあ様、詳らかに……、全部話せって言ったのはおばあ様ですよ。面倒くさそうにしたらだめですよ」


 ノアが小声で注意すると、アビーさんは嫌そうな顔をしたけれど、分かっておると言っていたので、最後までちゃんと話を聞いてくれるつもりなんだとホッとした。アビーさんが欠伸をしたので、少しだけハラハラしながらみんなで、アビーさんとポルガ教授のことを見守っていた。

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