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165.どうにかしたい

 本とは本当に素晴らしい物だと思う。とくに絵がついた本はどれも本当に素敵で、うっとりと見とれたり、楽しい気分にしてくれたりする。私がまだ字を全部読めないから余計にそう思うのかもしれないけれど、本の絵は、とても自由で、楽しい。


 美味しそうな絵も、可愛い絵も、美しい絵も、剽軽な絵も、実物みたいに見える精密な絵も、実物よりも省略したり崩したように描いた絵も、綺麗な色使いも、色がなくても、どれもそれぞれの良さがあって、一つも同じものがなくて、それが、とても強く心を打つ。


 どの本も、どの絵の本も、みんな一冊ごとに違う人が描いていて、ここにあるたくさんの本たちには、それぞれの作者がいて、本は、我が子を生み出すように大切に作られている。だから、この本の一冊は人の命のように大切な宝物なのだと、ジョアンナ先生が言っていた。


「そうです。先程も申しましたとおり、どの本も、その本の一冊も宝物なのです。それも、とても繊細な宝物だと言えますでしょう。なにしろ紙ですから、ええ、表紙であっても紙ですからね。そのように爪を立てるように持ちますと、傷がつくのです。そして傷ついた本は、もう元には戻りません。お分かりですよね。ええそうです。本は繊細に扱いませんと、どんどん、どんどん傷は増えていきますよね。ですから、大切な宝物を扱うように気をつけていただきたいのです」


 この部屋の外の廊下から、ジョアンナ先生の声が聞こえていた。本の整理のために扉をすべて開けたままにしてあるので、ジョアンナ先生がとても熱心に、本の整頓の仕方について騎士の人達に指導している様子や、本を持って行き来する騎士さん達の慌ただしさもよく伝わってきていた。図書棟の本はとてもたくさんあって、この教授棟の1階のいくつかの部屋に分けて本を収めていくそうで、ジョアンナ先生自身も忙しく本を持って部屋と部屋を行き来しながら本の整理をしているので、廊下からは頻繁にジョアンナ先生の声が響いてきていた。


「ここに勝手にこの本を置いたのはどなたです?本の大きさを揃えていないのはどうゆうつもりでございましょう?始めにお話ししましたが、もちろん大切なのは分類だけではないのです。本の並びの美しさも、とても重要なのです。本を探している方、読まれる予定の方が手に取りやすい配置がありまして、ひいてはそれは、本の為でもあるのですよ。大切な本達が埋もれてしまわない並べ方がとても重要なのです」


 私達三人はここに到着した始めから、とても難しそうな本の整頓のお手伝いは諦めることにして、比較的片付いていたこの部屋の、隅の方に置いてあった机にみんなで固まって座って本を読んでいた。私もディアさんと一緒に綺麗な本を眺めて過ごしていた。ディアさんが色々な本を気に入って、喜んでくれていると私も嬉しい。けれど、私はふと時折物思いに耽ってしまって、なかなか本に集中できないでいた。ぼんやり考え事をしていると、隣に座っていたノアが読んでいた本をパタンと閉じて、ゆっくりと席から立ちあがった。


「あ、ノア、止めとけよ。ああゆうのは関わらない方がいいんだよ。俺は姉ちゃん達で思い知ってるから教えてるんだぞ。人のこだわりってのは、好きにさせておく方がみんな平穏でいられるんだ。下手に割って入ったらとばっちりを食うぞ」


「いや、違うよ。もうすぐ昼休憩だから、ジョアンナ先生に教えてあげようと思って。馬車は用意してあるけど、場所が遠くなってしまったから、一旦家に戻るなら早めに学校を出ないといけないだろうからね。勝手に場所を変えてしまったのは僕だから、お昼までに間に合わないのは申し訳ないよ」


「いや、昼休憩ってそうゆう感じのもんじゃねえと思うぞ?……まあ、何でもいいんだけど。それより、いつも思うけどノアの腹時計は正確だよな。俺もメシの頃はだいたい分かるけど、ノアの正確さには負けるな。はははは」


「……腹時計。そんな物は持ってないけど、誰だって今の正確な時刻ぐらいは分かるでしょ。他のことに集中して気づいてないだけだと思うよ。僕、ちょっとジョアンナ先生に知らせてくるよ」


 ノアが部屋から出ていく背中を見送っていると、ピートさんも立ち上がって、私とディアさんが机いっぱいに広げたままにしている本を片付け始めた。


「なあ、俺達も昼休憩になったらここの食堂に行ってみようぜ。俺は学校の全部の食堂を制覇するつもりだったけど、教授棟の中にも食堂があるなんて盲点だったからな。どんな料理が出てくるのか楽しみだ」


「ちょっとお~!まだその本は私が見てるでしょ~。それに、そっちの本もまだ最後まで見てないんだからね」


「お、ワリいな」


 ピートさんがディアさんの為に本のページを捲ってあげていると、ノアが私達の所に戻ってきた。手には新しく何冊かの本も持ってきていて、机の上に積み重ねた。


「本の分類って、思っていたよりも大変なことだったんだね。さっき、本棚を怖がっている騎士がいたよ。だけど、あっちの部屋は随分整然と本が並べてあって、たしかに綺麗になっていたよ。読む人が手に取りやすい配置があるんだって。本を同じところに戻すことが重要らしいから、ピートも気をつけた方がいいよ」


「ああ、へえ~。それは面倒くさそうだけど、まあ、気をつけるか」


 私達がまた席についてそれぞれの本を読んで過ごしていると、しばらくして、遠くの方で学校の鐘の音が鳴っているのが聞こえてきた。


「よっしゃ!メシだな!?食堂はどこだ?」


「ここの厨房は地下なんだけど、食堂は上の階なんだよね。僕は先にポルガ教授に昼休憩のことを知らせてくるよ。あの人も集中すると食事を忘れる人なんだよね」


「それは、やっかいな感じの大人だな~。それなら俺達も一緒に行こうぜ。ここでしばらく世話になるなら、親睦を深めないとな。一緒にメシでも食って話してたら、そのうち仲良くなれんだろ」


「そんなに単純明快かしらねえ。エミリアはどうする?別々に行動する?まだ、どうするのか決めてないんでしょ?」


「どうするって、なんだよ?一緒にメシ食ったらだめなのか?」


「あ、いえ、だめじゃないですよ。私も一緒に行きますよ。一緒にごはんを食べますよ」


 私はどう思ったらいいのか、どう考えたらいいのかが分からなくて、まったく結論が出ていなかったけれど、一緒にごはんを食べて仲良くなることは良いことだと思った。それに、今、ものすごく良いことを思い付いた。


「そうだ。一緒にごはんを食べて仲良くなったら、お話を聞きましょう。私、とっても良いことを思い付きましたよ。分からないことがあったら、聞いたらいいと思います」


「エミリアは、なにを当たり前のことを言ってるんだ?分からないことを聞くなんて、そんなの全然当たり前のことだぞ。分からないことがあったら、なんでも聞けよ?知ってるやつに聞いたり、教えてもらうことは、恥ずかしいことじゃないんだぞ?」


「そうですよね。いま気がつきました。ピートさん、ありがとう」


「え?いや、俺はなんにも。……いいから、さっさとポルガ教授の所に行こうぜ」


 私は唐突に、もうほとんど問題は解決した気持ちになった。分からないことは、ポルガ教授に話しを聞いたら分かるはずだから、それなら善は急げと、私は意気揚々とノアとピートさんの後をついていく。


 私がなんだか不思議な、憂鬱な気分になってしまっていたのは、初めて会った人に話しを聞きづらかったからなのかもしれない。たしか、人見知りとか、そうゆう言葉もあった気もするし、そんな感じの事だったのかもしれない。原因が分かってスッキリした私は、俄然張り切って塔の長い階段をどんどん上っていく。


 塔の階段はずいぶん長く先まで続いているようで、ぐるぐる渦を巻いているような造りなので行き先は見えないけれど、階段を上っていると時々現れる細い窓からの景色が、見るたびに地面から遠くなっていて、それがなんだか面白くて、私は次の窓が楽しみになっていた。


「……エミリアは割と体力があるよな。足は疲れてないのか?」


「足ですか?疲れていませんよ?どうしてですか?」


「そうか、なら、いいんだ。しっかし、高い塔だなあ。あの教授、足が悪いんじゃないのか?よくこんな高い所まで上れんな?」


「ポルガ教授が作ったあの車輪がついた道具は、階段も上れるんだよ。あの台って、階段では尺取り虫みたいな動きをして面白いんだ。ポルガ教授が自分で作ったんだよ。教授の研究室には、たくさん便利な道具があって、見ているだけでも楽しいと思うよ」


 私の少し先にいるノアとピートさんが、楽しそうにお喋りしながら階段を上っていく。ノアがとても楽しそうに話していて、ポルガ教授のことを好きになったことがよく分かって、私もほんわかと嬉しい気持ちになった。


 そうして、ふとまた現れた細い窓に視線を移すと、一瞬、バサッと大きな黒いカラスが横切った気がした。私は急いで窓に近づいて、窓枠にしがみついて外の景色を見渡した。私はあんなに立派な大きなカラスはクロしか知らない。もし今のがクロなら、クロが遠出しているアビーさんから離れるわけがないから、もしかしたら、もしかしたらやっとアビーさん達が……、


 私は、身を乗り出して窓から外を必死で見渡してみたけれど、屋根の上の所々にカラス達が留まっているのが見えただけで、クロはどこにもいなかった。なにか大きな黒い物が窓を横切って飛んでいった気がしたけれど、私の気のせいだったのかもしれない。そう思っても、残念な気持ちが強くて、私は何度も、はるか下に見える屋根や地面や、空を見渡してクロの姿を探してしまう。


「エミリア、どうしたの?窓の外に何かあったの?」


 振り向くと、ノアが心配そうな顔をして私の所まで階段を下りてきていた。ピートさんも階段の先の方で立ち止まって、こちらを心配そうに見下ろしている。


「……ううん。見間違い、だったみたい。行こう」


 私はまた長い階段を上っていく。みんなでまたどんどん階段を上って、通りすがりにまた時折ある窓から外の景色を眺めてみたけれど、やっぱりクロの姿は見当たらなかった。今の今までは平気だったのに、私は、アビーさんやラリーさんや、クロにも会えていないことが、急に、寂しくなってきてしまった。


 私は妙にしょんぼりした気分で、長い階段を上り続けた。なんだか、涙まで出てきてしまいそうで、私は口をギュッと結んで、黙って階段を見つめながら、ひたすらに階段を上っていった。


「ついたよ。ここがポルガ教授の研究室だよ」


 そう言ってからノアが取っ手を持って扉を開けると、私のもやもやした思考が一瞬にしてかき消えていった。扉を開けた途端に、とにかく色んな大きな音がして、そこら中で色々な機械音がしていて、ガチャガチャ、シューシュー、ガタガタ、ガチャンガチャンと、とても賑やかで、すぐ隣で誰かが話していても聞きとれないぐらいの音が、一つの扉を開けただけであふれ出していた。


「う!!うるっせ!!なんだこれ!?なんだこれ!?」


「ああ、試運転。いったん止めてくるよ」


 ノアとピートさんが声を張り上げて話していた。そうしないと相手の声が聞こえないぐらいの大音量だった。ノアが急いで部屋の中に入っていったので、私とピートさんは顔を見合わせてから、二人で恐るおそる部屋の中に入ってみることにした。


 両手で耳を押さえたピートさんが私の前を歩いて、ゆっくりと部屋の中に入っていく。右に左に忙しくキョロキョロ頭を動かして、感嘆の声を上げながら先を歩くピートさんは、さっきと同じことを言っていた。


「わあ~!!??なんだこれ!?なんだこれ!?すっげえ、でっけえ、なんだこれ?」


 部屋の中に入ると、ピートさんがどの機械のことで驚いているのかが分からないぐらい、そこら中が何かの機械だらけだった。大小様々な機械がガタンガタンと動いていたり、動いていなかったり、シューシュー音が出ていたり、とにかく騒がしくて、これが何なのか分からないけれど、私とピートさんは一緒に、呆気に取れられながら辺りを見渡していた。


 そうして所々に、ラリーさんの工房で見たことがあるようなネジやゼンマイが見えて、機械はそういった金属だらけなことに気がついて、私はまた、ツキンと胸が痛んだ。ラリーさんの笑っている顔や、アビーさんのことが思い出されて、私は騒がしい機会に囲まれながら、静かに寂しい気持ちと向き合った。


 そうしているうちに、この部屋に充満して漂っている深い、とても深い孤独にも気がついてしまって、私はやっぱり、暗く沈み込んだ心は、そのままでは良くなくて、どうにかしたいなと、ぽつんと、そう思った。

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