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163.教授棟について

 大きくて広い馬車の中で、メイベルさんが大きな欠伸をした。昨夜はみんなで遅くまで賑やかに話し合っていたけれど、メイベルさんはそんな日にも寝る前の勉強を欠かさなかった。そして、もちろん朝も早くからまた勉強をしていた。


「おい、ちゃんと寝てんのか?勉強ばっかしてても、体を壊したら何にもならないんだぞ。さっきから欠伸ばっかしてるぞ。」


「ふわあ~あ、いいでしょ、馬車の中なんだから欠伸ぐらいしても。外ではやらないわよ。」


 メイベルさんは立て続けに欠伸をしていて、とても眠そうだった。睡眠が足りていないのがよく分かって、私も心配になる。ピートさんも顔をしかめていた。


「そうゆうことじゃねえよ。……メイさんとおじさんに告げ口しておくからな。」


「あ、ずるい。やめてよ。ピートのいじわる。」


 それから、ピートさんとメイベルさんが賑やかに話し合いを始めた。二人が話し合っているうちに、メイベルさんはカッと目が覚めて元気になったような気がした。


「フンッ。それにしても!私はどこで馬車を降りたらいいわけ?まさか教授棟まで一緒に行く訳じゃないんでしょう?」


 大きく鼻を鳴らしたメイベルさんが、ピートさんが話している途中でノアの方を向いて話しかけた。カーテンの隙間から外を覗いていたノアが、持っていたカーテンを離してメイベルさんに向き直ると、ニコッと微笑んでから話し始めた。


「学校に入る前に降りてもらう予定だよ。なるべく学校の近くで、人けの無い所に停まってもらうように言ってある。だから、どこでかは僕も知らないんだ。たぶん毎日降りる場所は変わるんじゃないかな。なるべく目立たない方がいいよね?」


「当たり前でしょ。馬車で登校なんて、どんだけお大尽よ。ほんっとに!ピートのせいよ!ピートが騎士とケンカなんてするから、こんなことになったんだからね!まったく!どうしてたった一日でこんなに状況を変えられるのかしら!?ちゃんと反省してるんでしょうね!」


「俺のせいかよ!?俺はケンカなんかしてねえ!ケンカってのはな、対等のもんがやるもんなんだよ。俺の方が数段、いや、何倍も強かったんだぞ。俺は初めっから、しっかり手加減してたんだから、あんなのはケンカじゃねえんだよ。だから状況が変わったのは俺のせいじゃねえ。ノアが過保護なだけだろ。」


「言い訳!そんなの言い訳よ。ピートは売られたケンカを断りもせずに、いちいち買っちゃったんでしょ。初めっから相手にしなきゃよかったのよ。ちゃんと反省して、断る術を学びなさいよ。」


「なにい~!それは聞き捨てならないぞ。売られたケンカを全部買うのはメイベルだろう?俺はメイベルが大人しく引き下がる姿なんて、これっぽっちも想像ができないぞ。」


「なあんですってえ~~!!」


「ああ、うるさい。メイベル、さっきから馬車が速度を落としてる。そろそろ停まるだろうから、馬車を降りる準備をしておいた方がいいよ。」


 それから、メイベルさんは一旦脱いでいたマントを慌ただしく羽織って、足下に置いていた鞄を膝の上にのせて持った。そうしているうちに馬車はもうほとんど動かなくなって、完全に止まると、御者の人が馬車の扉を開けてくれた。そして、メイベルさんの手を持って降りるのを手伝ってくれる。


「それじゃ、行ってくる。エミリア、今日からお昼は一緒じゃないかもしれないけど、帰りはなるべく一緒に帰るからね。またあとでね。」


 メイベルさんは元気よく手を振ってから、小走りで馬車から離れていった。時々振り返ってまた手を振ってくれるので、私達はその後ろ姿をしばらく見送っていた。嬉しそうに登校していくメイベルさんを見ているだけで、私も嬉しい気持ちになってくる。


 そして同時に、絶対にメイベルさんの邪魔をしたくないとも思った。このまま平穏に、無事に、メイベルさんがここで学び続けられる為ならなんだってする。メイベルさんの後ろ姿を見つめ続ける私達三人は、そう、同じ気持ちで見守っている気がした。


「さて、僕達もそろそろ行こうか。多少遅れても問題ないけど、なにしろ教授棟は一番遠いし、あそこでジョアンナ先生を一人で待たせるのは可哀想だ。」


 ノアが合図すると、馬車はまたゆっくりと走り出した。私達は今日から、昨日とは違う教室で学ぶことになるらしかった。ノアの話しでは、教授棟と言うそれぞれが独立した建物が建っている一画があって、その中の丸々一つの建物全部が私達の新しい教室になるとゆう話しだった。


 そこは人の行き来が厳しく制限されていて、私達以外の他の生徒の人に会うことがないので、私は今日から、何も変装をしないで過ごす事になっていた。今は髪飾りで髪の色を変えていないし、眼鏡もかけていない。ただ、ジョアンナ先生がビックリするようなら眼鏡をかけることになるとゆうことで、私の鞄の中には眼鏡が入れてあった。


「あの本好きの先生が教授棟に来るのか?俺達を教えに?あの先生はなんてゆうか……、図書館で働きたいんじゃないのか?」


「分かってる。この後は図書館で働けるように手配してあるよ。善良な人が被害を被らないように考えていたつもりだけど、なかなか難しいものだね。今回は現状を知ることができて良かったよ。」


「全部は、な。それは、難しいんだろうな。」


 ノアとピートさんがしんみりした雰囲気になって、やがて馬車の中は静かになった。私はなんとなく外が見たくなって、閉め切っているカーテンを捲って外を覗き込んでみると、学校とはまた違った景色が広がっていた。広い敷地に点々と高い丸い塔がいくつも建っていて、道も馬車が何台も通れるぐらいに広かった。そして、どの塔の入口の扉の前にも兵士のような人が何人か立っていた。


 しばらくそのまま馬車は進んでいって、いくつもの塔を通り過ぎた頃、やっと馬車の速度が緩やかになってきた。そして馬車が完全に止まると、さっきと同じように御者の人が扉を開けて、私達に手を貸してくれながら馬車から降ろしてくれた。その手際はとても丁寧で洗練されていた。そして、御者の人は私達に一礼するとまた馬車に乗って今来た道を帰っていった。


「帰りも迎えに来てくれるから心配ないよ。さ、行こうか。」


 ノアがいる方に振り返って周りを見渡すと、一際高くて大きな塔が目の前に建っていた。見張りらしい兵士の人達の数も、他の塔よりも多いような気がした。


「でっかい塔だなあ~。何階まであるんだこれ?空の上まで突き抜けてるんじゃねえか?」


「下から見ると余計に高く見えるよね。さ、中に入ろう。」


 ノアに促されて、大きな入口の扉を兵士の人に開けてもらって塔の中に入ると、広い吹き抜けになっているホールの向こうにジョアンナ先生が立っていた。両脇に兵士の人も一緒に立っている。ジョアンナ先生は遠目に見ても落ち着かない様子に見えて、私達を見つけると、一目散に走り寄ってきた。


「ああ!ノアさん、お会いできて良かったです。詳しくはノアさんにお聞きするようにと、あのあの、ここは、教授棟ですよね。もしかして、もしかしなくても、ここは、教授棟で、それにあの、お聞きした所によると、ポルガ教授の……、まさかですけど、あの、私は、どうしたら……。」


 ジョアンナ先生はすっかり気が動転しているようだった。握りしめたハンカチで忙しく汗を拭いて、何度も言葉に詰まりながらノアに話していた。


「おはようございます、ジョアンナ先生。遅れてすみませんでした。迎えに行った者が詳しく説明できればよかったんですけど、すみません。少し事情があって、僕達の授業は今日からここで行う事になったんです。場所が遠くなってしまったので、送り迎えの馬車がつくそうです。あ、もちろんお昼休憩にも利用できますよ。塔は完全に独立した物らしいので、この中に料理人もいて、食堂もありますけどね。」


「あの、でも、あの、私は、教授では、ないですし、あの、なぜ、あの。」


「そうだ。大事なことをお伝えするのを忘れていました。実は昨日の図書棟の本を総て、ここの一階の部屋に移動させてあるんです。騎士科と、騎士団の人達が昨日のうちに全部運び込んでくれたらしいんですけど、なにしろ本の素人ですから、きちんと分類が出来ていないようなんですよね。親切にも一晩で終わらせてくれたことは有り難いんですけど、困ったものですよね。まだ本を選んでいないんですけど、まずは本棚に種類ごとに並べ直さないといけませんよね?それは大変な作業ですよね?」


「あらあらあら、まあまあ、分類を?まあまあ、それはそれは、種類ごとに分類されていない本棚など、それはもちろん大罪ですけれど、素人の方では、それはね、仕方がありません。大変困ったことですけれど、心配いりませんよ。実は私は本の分別が得意なんです。きちんと分類通りに本棚に収める作業はこの上なく楽しいものですからね。大変大変、それではすぐに作業を始めないと。図書室はどこですか。今すぐ始めましょう。」


「それなら、騎士の人達に作業を手伝ってもらいましょう。大丈夫。騎士ですから、体力がありますよ。手足のように使ってくださいね。ああ、すみませんが、ジョアンナ先生を先に図書室に案内してもらえますか。」


 ウキウキしたジョアンナ先生と二人の兵士の人が、慌ただしく走るようにして図書室に向かっていった。私とピートさんはジョアンナ先生に朝の挨拶をしそこなってしまった。


「ノア……、よくないぞ。なんでも思い通りに動かすなって、師匠に言われていただろ。忘れたのか。」


「そうか。どうやら僕の悪い癖のようだね。ありがとうピート、教えてくれて。これから気をつけるよ。」


「無意識かよ。それはやっかいだな。しょうがない。俺がいちいち教えてやるよ。いいか、俺の言うことを素直に聞けよ。俺の言うことは正しいんだから、なんでも、俺の言うことを聞け。」


「それは、横暴だよ。」


 ノアとピートさんが楽しそうに大声を出して笑っていた。ピートさんが言った冗談がよほど面白かったようで、二人はしばらく大笑いしていた。私には、二人の親密な雰囲気がすごく伝わってきていて、なんだか私まで嬉しさがこみ上げてきて、ニコニコと笑顔になる。


「なんだなんだ、騒がしい。ああ、ノアくん。全員揃ったのかね?」


 ノアとピートさんの大きな笑い声で、誰かが近づいて来ていたことにまったく気がつかなかった。ピートさん達の向こう側を覗き込んでみると、白髪で長身の、ずいぶん痩せた老人が立ったままの姿勢で近づいてきていた。足下を見ると、小さな車輪がたくさんついた板のような物の上に乗っていて、片手をその板に取り付けてある杖の上に乗せていた。その長い杖のような物で板のような乗り物を操作しているようだった。


「ああ、騒がしくしてすみません、ポルガ教授。ジョアンナ先生にはもう図書室に行ってもらったんです。」


「なんだそれ!?なんだそれ!!カッケー!俺も乗ってみたい!」


「ピートうるさい。すみません。こっちがピートで、こちらが……。」


 ノアとピートさんが私の前から離れて、ポルガ教授と私が正面から向き合う形になった途端、ポルガ教授が目を見開いて、大きく息を呑んだ。それは、どこかで見覚えのある驚愕している人の顔だった。


「……ミ、ミランダ様。」


 ポルガ教授がやっとの事のように、ポツリと呟いた人の名前は、私の知らない人の名前だった。この赤い髪のおかげで、アビーさんに間違えられた事があることを思い出していた私は、てっきりまたアビーさんと見間違えられたのだろうと思い付いていたので、驚いてしまって、すぐには言葉が出てこなくなってしまった。そうして、しばらく私とポルガ教授は無言で見つめ合っていた。

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