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161.眼鏡を落としただけなのに

 ピートさんの言うように、私がひとりで外に出たら迷子になってしまうと思う。ここがどこかも分からないのに、ピートさんのいる場所に辿り着けるとも思えない。それに、もし運良くピートさんの居る場所に着いても、ピートさんを怒らせてしまうような気がしていて、おまけに、私がなにかを解決できるような気もまったくしなかった。


 そう思っているのに、そうゆう色々な思いが頭の中を駆け巡っているのに、気がつけば私は、ひとりで外に出て走り回っていた。心配と不安の気持ちが膨れ上がって、ピートさんを止めに行こうとしたけれど、どこを走ってみてもピートさんはいなくて、そして、ここがどこかも分からなかった。


「あっ!」


 一度立ち止まって、今いる場所がどこなのか確認しようとすると足がもつれて、転け……、なくて空に高く飛び上がっていて、フワッと高い塔の上に着地した。


 転けない靴はまた進化していたようで、飛距離が飛躍的に上がっていて、私は初めて、自分の足で空にある雲まで手が届きそうなぐらいに高くジャンプした。運動神経がよくなった気分を味わえたことは良かったんだけど、困ったことに、塔の屋根はすごく傾斜していて、そのままでは落ちてしまいそうなので、私は一番上まで登って、真ん中にある長い棒のような物に掴まった。


 塔の屋根の上は、王都が一望できるぐらい高くて景色がよかった。意図せずジャンプしてここに来てしまったけれど、ここからなら、ピートさんを探し出せるかもしれないと思った。


「……エミリア?なにしてるの?……なに、ここ?」


「あ、ディアさん、おかえりなさい。もう今日の授業は全部終わってしまいましたよ。私達、図書棟に行ったんですよ。綺麗で可愛い本がいっぱいあったんですよ。」


 ディアさんは朝からずっと私のポケットの中から動かずにいて、ずっと一言も喋らなくて、途中からはどこかに行っていた。


「あ、そうなの?だってノアが学校では絶対に喋るなって言ってたし、私、人に見られてもだめなんだって、あの、いっぱい勉強してた子の為なんだって、すっごい脅してくるのよ。ひどくない?」


「そうだったんですか。メイベルさんの為に黙っていたんですね。それで、どこかにお散歩しに行っていたんですね。」


「お散歩……、じゃないのよ。まあ、暇だからぶらぶらしてよっかなって思ってたんだけど、なんかこの辺、変なのよ。なんか分かんないんだけど、な~んか変なの。だから、調査よ!ちょ・う・さ。色々調べに行ったんだけど、結局分からないのよね~。って!それより!なに!?ここどこ!?ここでなにしてんの!?」


「なにと言われると……、今は、ピートさんを探していました。」


「いや!だから!……いいわ、ノアはどこ!?あいつ何してんの!?授業が終わって、一人で、屋根の上って、説明して。全部、説明!」


 ディアさんは、久し振りにぴょんぴょんしていた。私は話せば長くなりそうなので、とりあえず塔の屋根の上で座ることにした。


「そうですねえ、なにから話せば……、ちょっと待ってくださいね。整理してみます。本がいっぱいで、あ、その前にノアがお手伝いに、それか先にハンカチだったかな?白いハンカチを貰って、あ、辞書も、あとは……、ああ、でもディアさん、私急いでいるんです。ゆっくりお話しするのは後でもいいですか。私、ピートさんを探さなくちゃいけなくて。」


「ううう!……どうして?」


「それが、ピートさんがたぶん、決闘?戦うみたいな所に行ってしまったのかもしれなくて、心配で、それで、転けてしまって、転けない靴がすごく高くジャンプして、ええと、ちょうどいいのでここから見渡して、ピートさんを探しているんですけど、見当たらないのでやっぱり降りた方がいいですよね?」


「ああ……、ノア、早く来て。あいつう!何してんのよまったく!役立たずめ!一瞬でパッと来れるんじゃなかったの?もお!」


「ディアさん?ディアさんはどう思いますか?ここからピョーンと飛び降りたら、またポーンとジャンプすると思います?それとも、手とかが先についたらだめなんですかね?」


「あああ……、待って、止めて、試さないで!お願い!」


「ディアさん、私、急いでいるんです。急いで、ピートさんを探しに行かなくちゃ。」


 私が立ち上がると、ディアさんが勢いよく私の顔に飛び込んできた。ふわふわして心地良いけれど、前が見えなくなってしまう。


「ディアさん、前が見えません。危ないですよ。」


「いいから、ちょっと座って、考えるから!ね!?対策を!考えるから、あ、そうだ!雲は?鞄に雲が入ってるってノアが……。」


「鞄ですか?……そういえば、外に飛び出して来てしまったので、鞄を忘れてきました。そうだ、マントも着ていません。たしか、外ではマントを着なくちゃいけなくて、違反になるって、……どうしましょう。」


 私はしょぼんと座り込んだ。ここに来るまでに、マントを着ないで走り回ってしまったので、私は初日から違反してしまって、もしかしたら、もう学校には来れなくなるのかもしれない。それはとても、とても悲しい。学校の誰かに謝って、もうマントを忘れないようにしますと約束したら、許してもらえるのかな。違反してしまったら、どうなってしまうんだろう。すごく、悲しい。


「おまたせ、エミリア。遅くなってごめんね。」


 顔を上げると、目の前でノアが浮いていた。ニコニコしながら、私のマントを手に持っていた。


「……マントを着ていなかったから、学校を辞めさせられる?」


「泣かないで。大丈夫。そんなことにはならないよ。マントを着忘れても、学校を辞めさせられないよ。大丈夫だよ。さあ、先にマントを着せてあげるね。鞄も持ってきたから、なにも心配いらないからね。」


 ノアが私の頬を撫でてからマントを羽織らせてくれた。そして、ノアの小さな鞄の中から大きな雲を出して、いそいそと広げ始めた。


「ちょっと!おっそい!おっそいのよ!危うくここから飛び降りる所だったのよ!?どこに行ってたの!?なにしてたのよ!?」


「分かってる。僕が悪かったよ。分かってるから、ちょっと静かにしてくれる。いろいろと、明日からの段取りをつけて来たんだ。遊んでいたわけじゃないよ。」


「あの、あの、ノア、あの、私、ピートさんの所に急いでて、ディアさんも、ちょっと待ってください。お話は後にしてください。早くピートさんを探さないと。」


「うん。大丈夫。ピートなら、ここに来る前に見かけたよ。ピートの所に行ったらいいんだね。」


 ノアが綺麗に雲を整えて、私の手をとって乗せてくれた。ディアさんも静かになって、いつものように私の肩に乗ってくれる。


「ああ……、そうなの?よ、良かったあ……。」


 私は途端に、何もかもが心配いらないような気持ちになった。ノアが戻ってきてくれたら、もう全部が解決したような気がして、不安な気持ちが何もなくなった。


「それでね、なるべく目立たないように行こうと思うんだけど、ここに横になって、潜り込んでみてくれる?布団みたいにしてみたんだけど、どうかな。」


 ノアが雲を布団みたいにしてくれていたので、私はふわふわの雲の中にもぞもぞと潜り込んだ。かくれんぼみたいで、なんだか楽しくなってくる。私が寝転がると、ノアが雲の布団の隙間を埋めてくれて、私は完全に雲の一部になった。それから、ノアは腕輪を付け替えて、丸くて白い可愛い鳥の姿になった。


「じゃあ、行こうか。あ、羊も地上に降りるまではなるべく雲から出ないように。」


「ディアさん、かくれんぼみたいですね。見つからないように静かに行きましょうね。ふふふ、なんだか楽しいですね。」


「フフッ、楽しそうね、エミリア。良かった、安心したわ。」


 雲に降りたって、私のすく隣にちょこんと座ったディアさんを雲で埋めてあげる。二重にもこもこになったディアさんはとても可愛い。私達が乗った雲は、ふわふわとゆっくり浮上しながら動き出した。もっともっと高く昇ったら、きっと私達は空にある他の雲と見分けがつかないと思う。


「すぐに着くよ。でもゆっくり降りていくから、僕がいいって言うまで動かないでね。」


 私は強い風に吹かれながら、眼下に広がる学校の数々の建物を眺めた。私には、立派な建物がたくさん建っている街に見えた。ここに見えているのが全部学校なのが信じられない思いがするけれど、王都には、メイベルさんのように一生懸命に毎日勉強したい人達がたくさんいるのかもしれない。それは、とても凄いことだと思う。


 メイベルさんのように夢があって努力している人達なのか、それともノアのように勉強が好きな人達なのか、ジョアンナ先生のように本が大好きな人達なのかは分からないけれど、そのどれであっても、ひとつの街のまるごと全部の人がみんな学ぶ人なのは、とても不思議で、そして、あらためて見下ろして見渡す学校が、なんだかとても尊い場所に思えた。


「あれ?まだやってる。どうしたんだろう。」


 ノアの言葉にハッと我に返って、ノアの見ている先を覗いてみると、丸くて屋根の無い建物の中心にピートさんがいた。ピートさんとお昼に見た人が円形の舞台のような場所にいて、その周りを昼間に見た時よりもたくさんの男の人達が取り囲んでいた。


 ピートさんは鉄棒を持っていて、相手の人は剣を持っていた。二人は、よくノアとピートさんが訓練しているような打ち合いをしていた。けれど、私の目でも追える速さなので、いつもの打ち合いよりもゆっくりとしたものだった。


「まあ、余裕そうだし、いいか。エミリア、背後に回って観客席に降りるから、少しの間だけ静かにしていてね。」


 ノアが慎重にゆっくりと雲を動かして、徐々に高度を下げていた。私はずっとピートさん達を見ていたけれど、誰も私達に気づいていないようだった。ピートさん達を取り囲んでいる赤い上着を着た人達は、声援を送ったりして賑やかにしていて、まったくこちらを見ていなかったので、たとえ私が喋っていたとしても気づかれなかったと思う。


 私達の雲はゆっくりと観客席に到着して、ノアの指示で私は椅子の後ろに隠れるようにしゃがみ込んだ。ディアさんは私のマントの襟の内側に潜り込んで隠れた。そこはとても良い隠れ場所だと思った。


「ディアさん、ぴったりの隠れ場所ですね。制服って凄いですね。いろんな所にディアさんの隠れ場所がありますよ。」


「そうなのよ~。いいでしょ~。でもここにずっといたら、私の可愛いふわふわがペッチャンコになっちゃうのよ。あとで櫛で梳いてね。」


「分かりました。私はいつも鞄にディアさんの櫛を入れていますから、いつでも梳けますよ。」


「……そろそろ終わりみたいだよ。」


 ノアを見ると、いつの間にか変化の腕輪を外して元の姿に戻っていた。さっきみたいに透明になる腕輪も付けていなくて、私と同じように椅子の後ろに隠れていた。ノアが指さす方向を見ると、ピートさんと打ち合いをしていた人が膝をついていた。剣を支えになんとか立とうとしているけれど、とても疲れているようだった。ピートさんは後ろから見ているだけでも平然としていたので、なにも心配いらないように見えた。ここからは二人が何か話しているのが聞こえないので、打ち合いが終わったのかどうかが分からなかった。


「打ち合いが終わったみたいだから、ピートさんを迎えに行く?それとも、まだ見つかっちゃだめ?」


「そうだね。見つからない方がいいかな。このまま終わるなら、僕達はピートにも見つからないようにして帰ろう。」


 ノアと話していると突然大きな怒号が聞こえて、ピートさんを取り囲んでいた人達がピートさんに向かって押し寄せていた。あんなに大勢がピートさんひとりに向かっていくのは、とても疲れる訓練だと思う。もしかしたら、訓練じゃ、ないのかもしれない。


「あ~あ、何人でもたぶん一緒だけど、ちょっと僕も行ってくるよ。大丈夫だから、エミリアはここに隠れていてね。」


 そう言うとノアも鉄棒を出して、椅子の上に立ってから飛び出していった。大丈夫と言われても、やっぱり心配で恐々と覗き込んでみると、ちょうどノアが

赤い上着の人の頭の上に降り立った所だった。そして何か喋って、勢いよく蹴っていた。なんだかいつもの訓練よりも乱暴そうで、私は思わずディアさんと目を見合わせた。


「……終わるまで、あんまり見ない方がいいんじゃない?」


 ディアさんはそう言ったけれど、やっぱり気になってチラッともう一度覗き込むと、ノアはちょっと楽しそうだった。楽しそうなので、やっぱり訓練なのかもしれない。


「そういえば、初日にどうしてこんな事になってんの?」


「それが、本当に不思議ですよね。」


 あらためてディアさんに聞かれたので、本当に、なにがどうなって今ここに居るのかを考えてみたけれど、さっぱり分からなかった。唯一思い当たる事といえば、眼鏡を落としてしまった事だけれど、眼鏡を落としたのは私で、ピートさんではないし、やっぱり不可解だった。


 ディアさんに話して意見を聞いてみても、ちょっと意味が分からないとゆう答えが返ってきた。とりあえず二人で、これからは眼鏡を落とさないようにしようねと話し合った。学校は本当に尊いけれど、不可解で不思議な場所だなと思った。

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