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156.新しい学校とはじめての先生

 目を開けると、すぐ目の前にノアがいた。しばらくぼんやりしていると、甘い焼き菓子の香りがしていないことに気がついた。それで、ノアの提案で昨日の夜からまた荷馬車のベッドで眠ることになったことを思い出した。


「おはよう、ノア。」


「おはよう、エミリア。今日から学校だね。制服はもう用意してあるよ。」


 私は髪を綺麗にしてもらってから順番通りに制服に着替えて、最後にマントを羽織った。そして、みんなとお揃いの革の鞄を持つと、これでやっと準備万端になった。ハシゴを上って部屋と繋がっている鞄の中から出ると、甘い焼き菓子の良い香りがした。


「あ、エミリアおはよう。もう着替えたの?早いのね。朝ごはんもまだなんでしょう?汚しちゃわない?」


 窓辺でメイベルさんが髪を梳いていたので、私も窓辺に座ってしばらくお喋りする。ベリーさんが窓辺に小さなベンチを置いてくれてから、ついつい、いつもここでメイベルさんと話し込んでしまう。ノアがよく笑いながら、こっちの部屋に来てお喋りすればいいのにと言うけれど、私達はこの窓辺のお喋りがなんだか好きだった。


 朝ごはんを食べる為に1階の食堂に下りると、すぐにカレンさんが気がついて、制服が似合っていると褒めてくれた。カレンさんにお願いされてクルッと回転してみると、マントがフワッとなった。なぜかカレンさんがパチパチと拍手してくれる。


「あ、下りてきてたのね。二人とも、マントは出かける前でいいわよ。汚しちゃいけないから、隣の部屋のハンガーに掛けてらっしゃい。制服用のハンガーラックを置いたから、帰ってきたらまずそこに掛けたらいいわよ。」


 厨房から顔を出したベリーさんは、奥の部屋を指さしてからまた料理に戻っていった。私とノアがマントを脱いでから食堂に戻ると、メイベルさんが座って待っていた。


「ピートは?まだ起きてないの?珍しくない?寝坊?」


「どうだろ。見てくる。」


 ノアが階段を上り始めると同時にバターンと扉の開く音がして、ピートさんが厨房から現れた。なんだかもの凄くハアーハアーと息を切らしながら、大汗をかいている。


「やべえ、走り、込み過ぎた。学校、間に合った、な。良かった。」


「ちょ、汚い!なにその汗!先にお風呂に入ってきなさいよ!汚い!」


「な!?汚くねえわ!俺は腹が減ってんだよ。先に朝メシを食う!」


 メイベルさんとピートさんが汚いと汚くないの議論をしていた。ごはんを食べている時に汗がポタポタ落ちるのは汚い気がするけれど、そもそも汗が汚い物かといえば、汚くない気もした。私も二人の話しを聞きながら、うんうんと考え込んだ。


「ピート、いいから先に汗を流してきなよ。制服にも着替えなくちゃいけないんだよ。学校に遅れる。」


 二人の議論は白熱していたけれど、なぜかもう汗の話しではなくなっていたからか、ピートさんはノアに言われるとすぐにお風呂に入りに行った。メイベルさんがフンッと大きく鼻を鳴らすと、ドスンと椅子に座った。どうやら汗の議論の結論は出なかったようだった。


「ね?それより、エミリアは学校にもノアの髪色で行くの?別にノアのでなくてもいいんでしょ?なんでもいいなら、私とお揃いにしましょいうよ。私の髪の毛はいくらでもあげるから。」


「どうして?外出の時はもう僕の髪色で慣れているんだから、変えなくてもいいよ。ね?エミリアもそれでいいよね?」


 私は、外に出る時にはまだ変装をしていた。髪色を変えるカチューシャでノアと同じ色に変えて、ぐるぐる眼鏡もかけていた。もう変装をしなくてもいいんじゃないかなと思ったけれど、髪色でアビーさんと間違えられたら厄介な事になるらしくて、ノアの髪の毛をカチューシャに入れて、私とノアの髪色をお揃いにしていた。そして、ぐるぐる眼鏡のことは、ノアが虫除けに必要だと言っていた。


「私は、どちらでも……、それじゃあ、毎日髪色を変えるのはどうですか?」


「それじゃ、逆に目立っちゃうわよ。ね?私とお揃いにしましょうよ。そしたら姉妹みたいになって、私、とっても嬉しいんだけど。」


「そうですか。それなら今日からメイベルさんとお揃いの色にします。メイベルさんと姉妹みたいになったら、もっと仲良しですね。」


 メイベルさんがとても喜んでくれたので、私も嬉しい。ノアにカチューシャを取ってもらって、中の髪の毛をメイベルさんの髪と入れ替えてもらった。ノアにもう一度髪を綺麗にしてもらって、私の髪色はメイベルさんと同じ金色になった。


「髪色ぐらいで姉妹に見えるかよ。顔立ちが全然違うじゃねえか。」


「ピートはうるっさいのよ。似てない姉妹だって、いっぱいいるでしょ。ちゃんと髪を拭いたの?全然濡れてるわよ。」


 ピートさんが着替えて戻ってきたので、みんなで朝ごはんを食べた。それから、カレンさんとベリーさんが見送ってくれて、私達は揃ってお店の入口から外に出た。大通りからなら、広い道を通って近道で学校に行けるとゆうことだった。


 朝の風はまだ冷たくて、初めての制服で、初めての鞄を持って歩いていると、朝が早くてまだまばらにしか開店していないけれど、顔見知りになった大通りのお店の人達がいってらっしゃいと声をかけてくれた。メイベルさんは期待がいっぱいでとても嬉しそうで、元気よくみんなに挨拶しながら先頭を歩いていた。


 その後ろ姿を見ていると、私もすごく嬉しくなっていた。メイベルさんは、とうとう今日から念願の学校に通うことになって、夢に向かって、ずんずんと前に進んでいた。私はメイベルさんの自信や情熱を本当に尊敬している。私も、メイベルさんのようにしっかりと勉強をしようと改めて思った。


 しばらくそのまま歩いていると、立派な高い塔や大きなお城のような建物が見えてきていた。ちらほらと私達と同じ制服を着た人達にも会うようになった。みんな同じ方向に歩いていた。どうやらあの立派な塔やお城が学校のようだった。そのまま歩いていると、いくつかの建物に制服の人達が入っていった。周り全部が立派で大きな建物ばかりで、私は、新しい町に来たような気分になった。


「じゃ、私はあっちの棟だから、お昼は一緒に食べましょうね。」


「あ、メイベル、一緒にって、食堂だけでも何棟もあるんだよ。どこで食べるつもり?どこで待ち合わせするの?」


「あ~。じゃ、この辺で。またお昼にね。じゃあね~。」


 メイベルさんは飛び跳ねる勢いで、校舎の方に走っていった。勉強が楽しみで仕方がないといった様子が、とても微笑ましかった。


「メイベルのやつ浮かれすぎだろ。あれ、大丈夫か?周りから浮かないかな。」


「大丈夫だよ。メイベルなら、きっとうまくやるよ。心配なら、お昼に様子を聞けばいいよ。」


 私達はメイベルさんと別れてまた歩き出した。ノアの説明を聞いて初めて知ったけれど、なんとここにある建物全部が学校だった。習う学問によってそれぞれ棟が分かれていて、大小様々な食堂や図書館やお店が何ヵ所にもあるらしかった。ここから見渡しただけでも、私の知っている村や町よりも、もっと広大な広さに思えた。私とピートさんは全部が学校だなんて信じられない思いで、キョロキョロしながらノアについて行った。やがて、ノアが窓がたくさんある大きな館の前で立ち止まった。


「ここが僕達の校舎だよ。まあ、他に誰もいないから、僕達専用校舎だね。」


「……ノアも一緒でいいのか?ノアは、何を習うんだよ。」


「僕は今度こそ、エミリアと一緒のクラスになるんだ。一緒に学校に通って、一緒の教室で勉強するんだよ。」


「それで、いいなら、別にいいけど。」


 私達は両開きの大きな扉を開けて中に入ると、長い廊下を歩いて一番奥にある部屋の扉を開けた。すると、部屋の中に女の人が一人いて、俯きながら座っていた。私達に気付くと、一瞬ビクッとしてから立ち上がった。立ち上がってもノア達とそう背が変わらない、小柄な女の人だった。


「あ、お、おはよう、ございます。き、今日からこの、特別クラスの担任になりました、ジョアンナ・ヴァン・サリフィードと言います。よ、よろしく、お願いします。」


 私達が近づいていってそれぞれ自己紹介すると、少し笑いかけてくれたけれど、なんだか気の毒なほどビクビクしていて、落ち着かない様子だった。


「あ、あの、実は私は、先生をするのが、初めてでございまして、あの、至らない所もあるかと存じますが、あの、どうか、よろしくお願いします。そ、それで、その、どうしましょう?あ、まずは席に座りましょうか。え、ええと、じゃあ、お好きな席に、どうぞ。」


「おいおい、なんだよ、先生よ。緊張しすぎだろ。もっと気楽にいこうぜ。俺達ただの生徒だぜ?あ、違う。ただの出来の悪い生徒だな。だから適当にいこうぜ。言っとくけど、俺ら、勉強はからっきしだからな。期待すんなよ。」


「ピートさん、私は一生懸命勉強しますよ。私は文字を全部覚えるつもりです。手紙を書けるようになりたいんです。先生、いえ、ジョアンナん先生、私、一生懸命勉強します。よろしくお願いします。」


「あ、え?あ、はい。こちらこそ、あの、不慣れでございますが、そのよろしくお願いします。」


 私達はそれぞれ近くの席に座った。そして、困った顔をしているジョアンナ先生としばらく無言で向き合った。私達はお互いに、次は何をするべきか知らないようだった。


「すみません、ジョアンナ先生、僕からの提案なんですけど、まずそれぞれの学力を確認してはどうでしょう。エミリアは今覚えている文字を紙に書いてきましたし、ピートには、後ろの本棚から教科書を選んでもらって、好きな教科から始めてみてはどうかと思うんですけど、どうですかね。」


「え?あ、そうですね。ええと、確認ですね。それは、素晴らしい提案をありがとうございます。それでは、えっと、まずエミリアさんの紙を見てみましょうか。」


 私は喜び勇んで鞄から紙を出した。ノアに言われて、予習がてら文字を書いた紙を持ってきていた物が、さっそく役に立って嬉しかった。


「あ、エミリアさん、ありがとうございます。では、拝見しますね。……ええと、なる、ほど。……ええ、いえ、……丁寧に、文字を書けていますね。上手ですよ。ええ、はい。分かりました。ええと、それでは、一緒に、文字のお勉強をしましょうか。」


「ジョアンナ先生、私、すごく、文字を書けるようになりたいんです。ずっと願っている、私の目標なんです。」


 ジョアンナ先生は驚いたように胸に手をあてて、私の顔を見つめていた。やがて私の隣に座ると、そっと私の手をとった。ジョアンナ先生は、少し涙ぐんでいた。


「大丈夫です。一緒に、頑張りましょう。誰もがみんな、最初は読み書きなんて出来ません。私も、子供の頃、本が読みたくて、もっとたくさん色んな本が読みたくて、文字のお勉強をしました。エミリアさんも、きっと、文字を書けるようになります。私は、そのお手伝いをします。私も一生懸命に頑張ります。私、一生懸命に、先生になります。」


 ジョアンナ先生は、とても親切で優しい先生だと思った。私はジョアンナ先生と手を取り合って、固い決意を約束しあった。きっと、きっとやり遂げると、二人の意志がメラメラと熱く燃えていた。

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