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155.お引越しとお隣さん

 ある日明け方の朝早くに、メイベルさん達の家族が新しく借りた家に引っ越していった。バートンさんのお仕事の都合らしくて、慌ただしく出ていってしまった。元気なメイベルさんが居なくなると、宿の中がなんとなく寂しくなった。


 ノアの話しでは、私達もベリーさんの家の改装が終わり次第この宿を引き払って、ベリーさんのお家に居候させてもらうことになっていて、メイベルさんもカレンさんも凄く近くてご近所さんになるらかった。毎日誘いあって一緒に学校に行くことが出来るそうで、私はその時を楽しみにしていた。


「はあ~、だめだ。今日も手紙はそのままだな。おじい様達は、よっぽど素材採集に夢中になってるみたいだ。」


 ノアがテーブルの上に置いてある箱の中を覗き込んで、ため息をついた。それは、ここ最近のノアの朝の日課みたいになっていた。ラリーさんとアビーさんは、新しい魔法の道具を作る為に、素材を採取する旅に出かけていて、いつでも手紙のやり取りができると置いていった箱には、もう何日分もの手紙が溜まっていた。


 私がジャムたっぷりのトーストをかじりながら箱を覗き込むと、ノアが新しく書き上げた手紙を箱の一番上に置いて、しばらく睨んでから、またため息をついた。


「ベリーさんの所に行ってくる。もう今日にも僕達も引っ越してしまおう。学校が始まる前に環境にも慣れておかないとね。」


 ノアがお茶を飲み干して立ち上がると、急ぎ足で食堂を出ていった。私はもう一度テーブルの上の箱を見た。箱の横には、ディアさんがゴロンゴロンと遊びながら寝転がっていた。


「アビーさん達に、何かあったと思いますか?」


「あの魔女に?ないない!ハッチャけて遊んでる姿しか想像できないわ。希少な素材を探して取りに行くのって、よっぽど楽しいのよ、きっと。」


「……そうですよね。前にも同じことがあったんですけど、すごく楽しそうでした。」


「でしょ?あの最強の魔女が苦戦してる姿なんて想像もできないわ。だってもう神じゃん。最強じゃん。なあ~んにも苦労なんてしてないわよ。絶対。」


「ディアさん、もしかしたら今日がここの宿とお別れかもしれませんよ。あの、地下の井戸に、もう一度行ってみたらだめですかね。」


「なにしに?浄化?なんかあそこ、隠してるんでしょ?……やめとけば?ほら、人様のお家の地下になるわけでしょ、あそこ。」


「そう、ですか。そうですよね。勝手には入れませんよね。」


 私はこの宿から引っ越す前に、地下にある井戸を綺麗にしてあげたかったけれど、バレないように黙って侵入できない場所にあるので、こっそり綺麗にしてあげるのは難しそうだった。秘密のお水なので、たぶん誰にも知られたくないんだろうし、私がその場所を知っていることも、黙っていた方がいいんだと思う。


「そっとしておいてあげたら?そのうちバシャーって一遍に綺麗になるわよ~。それよりそれより、制服っていつ出来上がるのよ~。私がいろんな所に入れる服なんて楽しみすぎるんですけど~。」


「ディアさん、それは毎日言っていますよ。ノアが制服の絵も描いてくれたでしょう。ポケットに工夫がしてある服だって言っていましたよ。」


「お~い!ノアいるか~?訓練すっぞ~。」


 荷馬車の扉からピートさんの声がしたので、ディアさんと一緒に荷馬車の扉に向かう。最近、ますます仲良くなった様子のノアとピートさんは、毎日、一日に何回も一緒に訓練をしていた。


「うるさいわね!大きな声で!ノアはいないわよ。あの子はずっと勉強してたのに、あんた達は訓練ばっかりしてて大丈夫なの?ちっとも勉強しないで学校に行けるの?」


 ディアさんを追って階段を上っていくと、荷馬車の荷台の中にピートさんがいた。もう訓練を始めていたのかほかほかしていて、タオルで汗を拭いていた。


「ノアはベリーさんの所に行きましたよ。今日に引っ越しをするって言っていました。」


「あ、そうなんだ。やっべ。俺、ちょっと部屋の片づけしてくるわ。」


 ピートさんは荷台からパッと降りて、宿の玄関の方に駆け出していった。そうして、急に決まった引っ越しだったけれど、私はほとんど荷造りするような物がなくて、みんなの用意もすぐに済んだようだった。


 私達は鞄を1つだけ持って、ベリーさんの家に歩いて行くことになった。他の荷物は荷馬車の中に積めたけれど、そのほとんどがピートさんのおやつだった。荷馬車は路地の幅が狭くて通れないので、夜になってからベリーさんの家の倉庫の中に空から運び込むそうで、暗くなるまで宿に荷馬車を置かせてもらえるらしい。


 思えば王都に来てからずっとこの宿にお世話になっていたので、引っ越しをするのが少し寂しい。お別れの時にはアリウスさんや従業員の人達がたくさんお見送りをしてくれた。あまり顔を合わすことがなかったので、こんなにたくさんの人達がこの宿に働いていたことを初めて知った。そして、それぞれ心を込めてさよならの挨拶をしてくれたので、よけいに別れがたく思った。私が気付いていなかっただけで、こんなにもたくさんの人達に見守られていたんだと思うと、胸が熱くなった。


 宿を後にしてから、なんとなく物悲しい思いでとぼとぼ見慣れない道を歩いていると、まったく見たこともないような入り組んだ路地にいた。細い道を挟んで家がくっ付いて並んでいたり、たまに道の上にアーチ型の天井が現れて、家と家が繋がっていたりしていた。


 窓を開けている家は、家の中にいる人と目が合って、話し声も身近に聞こえて、どこも賑やかで、外にいるのに家の中にいるような、誰かの家の中庭を歩き続けているような不思議な感覚だった。そこに住んでいる人達の生活が身近にあって、とても興味深くて楽しそうで、キョロキョロしながらノアに手を引かれて歩いた。そうして、一際狭い短いトンネルのような道を抜けると、四角く開けた場所に出て、真ん中に小さな噴水がある場所に着いていた。


「さあ着いたわよ。右手の階段を上ったらメイベルの家よ。2階と3階を借りているの。左手の階段の先がカレンさんの家。まだ表札も無いから、間違えないようにしてね。そして、この正面が私の店の厨房の裏口。あっちは倉庫ね。入り組んでるけど、みんながご近所さんで安心でしょ。路地は迷路みたいだから、学校には、私の店の入り口の方から大通りに出るといいわよ。」


 ベリーさんに促されてお店の裏口から家の中に入った。目の前にある階段を上ると、すぐ右手がピートさんの部屋で、奥の部屋が私とノアの為に用意されていた。向かいの部屋は一番広くてリビングになっていた。3階にはベリーさんの部屋があって、空いている部屋もまだまだあるようだった。それに、地下室も屋根裏部屋もあるらしくて、案内されてみると十分広い家だとゆうことが分かった。


 それぞれの荷物を部屋に置いてから1階の食堂に集まる約束をして、私とノアが同じ部屋に入ると、正面に大きな窓があって、ベッドが2つとテーブルが2つ並んでいた。家具やシーツやカーテンもみんな可愛らしくて、人形やぬいぐるみが棚の上にたくさん並べてあった。ウキウキした気分で窓を開けると、心地良い風が部屋の中を吹き抜けていった。


「あ、エミリア、やっと引っ越してきたのね。そこがエミリアの部屋?私の部屋はここなのよ。今日からお隣さんね。よろしく。」


「メイベルさん?すごく近くですね。窓からお話しができますね。」


「でしょ?だってこの建物繋がってるもの。壁の向こうはお隣さんよ。同じ家みたいなもんよね。今からこっちに来ない?私の部屋に大きな本棚があるのよ。」


「それは後で、だね。今ベリーさんがお茶を淹れてくれているから、1階に下りていく所なんだ。メイベルも来たら?お菓子もあるよ。」


 窓を開けると、すぐ隣にある左側の窓にメイベルさんがいて、身を乗り出していた。お互いが手を伸ばしたら届きそうな距離だった。ベリーさんのお家は、窓越しにお隣さんとお喋りできる部屋になっていて、私はとてもこの部屋が気に入った。いつでも、宿にいた時よりも頻繁にメイベルさんとお話ができるので、とても嬉しい。


 1階に下りていくとベリーさんにカレンさんもいて、ピートさんはもう席についていた。すぐにメイベルさんもやってきて、みんなで賑やかにお喋りしながらお茶を飲んだ。ベリーさんがなるべくここで一緒に、みんなで集まって食事をしようと提案して、これからもここでみんなが頻繁に顔を合わせることになりそうだった。まるで同じ家に暮らしているようで、私は今日から始まる新しい暮らしが楽しみになった。


 そうして始まった新しい部屋での新しい生活は、朝は甘い焼き菓子が焼き上がった香りで目覚めて、起きてすぐにノアに髪の毛を結んでもらいながら窓越しにメイベルさんとおはようのお喋りをして、ベリーさんとカレンさんが作ってくれた朝ごはんを食べて、その後はみんなで片づけをしたり、お菓子の作り方を習ったりした。


 それに、近所に出かけて買い物をしたり、メイベルさんの部屋で一緒に勉強をしたり、みんなで晩ごはんを食べた後に、お茶を飲みながらゆっくりとお喋りをしたり、たまに女子会を開いて、みんなでベリーさんにおしゃれのことを教えてもらったりした。


 毎日が楽しくて穏やかで充実していて、一日は瞬く間に過ぎた。ベッドに入って眠る前には、明日になるのが待ち遠しかった。このままずっと、ここにはいられないのが分かっているから、私はこの毎日が、よけいにかけがえのない日々に思えた。


 そうして、学校が始まる前日になってやっと制服が届いた。ベリーさんとバートンさんが大荷物を抱えて帰ってくると、大きな箱の中には何着もの制服が入っていた。2階のリビングに制服を広げて、メイベルさんと制服を着る練習をすることになった。ベリーさんが仕切りを持ってきてくれたので、ピートさんとノアも一緒に着替えた。


 学校の制服は、驚くほど着る物が多かった。シャツにベストに短い上着に長い上着にマントに、スカートの下にはタイツに靴下。それにリボン。毎日必ず首にリボンを結ばないといけないらしくて、とても覚えられそうにないし、すぐに順番を忘れてしまいそうだった。そして、帽子は正装の時にだけ被る。正装の時がいつか分からないけれど、これは……、たしかに練習が必要だった。


「上着はどっちかだけでいいけど、マントは毎日必要だから忘れちゃだめよ。あ、ピート、シャツのボタンは上まできっちり留めなきゃだめよ。タイを忘れないようにね。ああ、上着のまま腕まくりもだめなのよ。制服には色々と決まりがあって、正しく着こなしていないと、品位がどうとか言われちゃうのよ。」


「なんだか、面倒くさそうだなあ、これ全部着ていかないといけないのも、鬱陶しいし、王都の学校かあ……、俺やっぱり……。」


「学校ってね、もちろん騎士科もあるんだけど、体が資本でしょ?それで、いつでも学食が食べ放題なの。朝からずっと、もちろん全部無料でね。」


「無料!?マジか!?全部!?なんで!?」


「フフフ、マジよ。飲み食い全部、無料なの。スイーツだって、充実してるのよ?寮生もいるからね。三食おやつ、どれだけ食べても全部無料!!」


「な、なんてすげえんだ!王都の学校は!?最高じゃねえか!」


「ね?しっかり、たんまり食べてきなさい。」


「分かった。俺、全種類制覇してくる!」


 ピートさんが俄然やる気を出していた。ピートさんもメイベルさんも明日から始まる学校が楽しみでしょうがない様子だった。それにひきかえ私は、少し憂鬱な気分になっていた。


「エミリア、大丈夫だよ。制服の着方は僕が全部覚えたよ。組み合わせはある程度好きにしていいらしいいから、僕が毎日用意するよ。それより、エミリアの制服は特別製なんだよ。羊の入るポケットはもう見た?」


「あ、そうだった。ディアさんディアさん、来て見てください。ディアさん用のポケットですよ。ええと、どこに……。」


 私の制服を改めて確認してみると、マントにも上着にもベストにも、スカートにも、なんと帽子の中にも、制服のありとあらゆる色んな個所に、目立たないようにポケットがついていた。それを探すだけで楽しくなって、ディアさんとキャーキャー言いながらポケットを見つけあった。


 私はふと完璧な制服、とゆう言葉を思い出した。制服を作ってくれたお店の人達の顔も一緒に思い浮かんだ。この制服は、私の望む完璧で、最高の制服だと思った。そして途端に嬉しさが込み上げてきた。


「エミリア、見てみて、このポケットからこっちのポケットに移動できるわこれ。すごい!あ、マントも!?ええ、すごい!見てよ見て。」


「ええ!?あ、なんだかモゾモゾしますよ?わあ、迷路みたいですね?」


「でしょでしょ?これからは私が四方八方見張りをしてあげるから!危機管理もバッチリよ。」


 私とディアさんも、明日からの学校生活が俄然楽しみになっていた。それに私には、大きな目標がある。今度こそ、離れていても手紙のやり取りが出来るように、王都の学校で一生懸命に勉強して、文字を全部覚えるつもりだった。私は最高の制服を着て、明日から始まる学校に向けて、決意も新たに燃えていた。

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