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153.何度も何度も、何回でも

 ようやく、ようやっと待ちに待った朝がきた。私は昨日からずっと待ちきれなくて、眠る時にもドキドキしていて、朝起きた瞬間からソワソワしていた。私がまた飴の瓶を慎重に持ち上げて、色々な角度からリボンが乱れていないかを確認していると、ピートさんが私達を呼ぶ声がした。


「お~い!メイベルが食堂に現れたぞ!急げ!」


 私達は喜び勇んで、走って1階の食堂に向かった。もうワクワクが止まらなくて、メイベルさんの喜んでくれる姿が目に浮かんで、走って階段を駆け下りて息が切れた。ピートさんが勢いよく食堂の扉を開けると、なぜかメイベルさんは怒っていた。


「ちょっと!ピート!なんなのよ!私の顔を見たら急に逃げ出して!だいたい昨日からあんたは、私にお祝いの言葉ひとつ……。」


 ピートさんは息を整えながらメイベルさんに近づいていって、飴の入った瓶をメイベルさんに突き出した。私とノアもピートさんの横に並んで渡す順番を待った。


「これ、祝いの飴なんだ。メイベルは知らないかもしれないけど、祝いの時には欠かせないんだ。めでたい時に貰って、何年もかけて少しずつ食べるんだ。そしたら、この飴を食べるときに、祝ってもらった時の嬉しいことが思い出されて、ずっと何回も嬉しいんだ。祝いの飴は、みんなの祝う気持ちがこもってるから、いつでも、もし辛いことがあった時でも、食べると甘くて美味しいし、眺めてるだけでも、思い出して元気になる。それにこれは、箱じゃねえから、蓋を開けなくてもいつでも中身がよく見えるから便利だし、綺麗だし、ええと、それから、おめでとう。メイベルが頑張ってたから、すげえ頑張ったから試験に受かったんだから、おめでとう。それに、メイベルはすげえから、必ず夢を叶える。俺はそう信じてる。だから、そんときの分も合わせて、たっぷり飴を用意した。試験合格おめでとう。弁護士になった時のメイベルも、おめでとう。」


 メイベルさんは驚いた顔で固まって、ピートさんの顔を見つめていた。そうして黙ったまま、ゆっくりとピートさんの持っている飴を見下ろした。


「あ、祝いの飴?懐かしい。すごくいっぱい入ってるのね。私も結婚式の時に貰った祝いの飴がまだ残ってるわ。大事な記念日に1つずつ食べるの。あら、でもエミリアが持っているその飴は、果物が入っているから、日持ちしないかもしれないわね。でも、メイベルの為にありがとう。大事に食べるわね。それに、ええと、ノアくんのは、……綿?」


「あ、大丈夫です。この瓶はおじい様が作った長期保存が出来る瓶だから、いつまでも新鮮なままです。それに、僕が持っているのも飴ですよ。三人共それぞれメイベルの為に手作りしたんです。ピートが王都中探し回ったけど、祝いの飴が売ってなかったから。ピートがどうしても、メイベルに祝いの飴を渡したいって言って、おじい様に作り方を教えてもらって、昨日みんなで作ったんです。」


「おい。余計なこというな……、おお?」


 メイベルさんが感極まって、飴を受け取る前にピートさんに勢いよく抱きついた。顔をギュッと押しつけて泣きながら、ありがとうを繰り返していた。


「おお、いや、おお?気にすんな。こんぐらい、大したことじゃ、おお?うん、分かったから、ええと、その、泣き止め。」


 ピートさんが両手をあげてもの凄く焦っていた。その体勢のままアワアワしていると、メイベルさんが抱きついた時と同じ勢いでガバッと体を離した。そして、メイさんからハンカチを受け取って涙を拭きながら、怒っているように話した。


「なんなの!命令!泣き止めって!私がこんなにお礼を言っているのに、偉そうに!それにね!私が弁護士になったら、横着しないで、その時にちゃんとまた祝いの飴を持ってきなさいよ。一回で済まそうなんて、そんなこと許さないんだから。」


「おお、ああ、ごめん、なさい?……おい、俺はなんで祝いの飴を渡して怒られてるんだ?……しかし変だな、こっちのが落ち着く。」


 メイベルさんが堪えきれずにフッと笑うと、みんなもたまらずに笑いだした。食堂中に大笑いが響いていた。幸せな、とても幸せな笑いが充満して、キラキラ溢れている朝だった。


 この時を、この気持ちをいつでも思い出せるなんて、祝いの飴はなんて素敵な贈り物なんだろうと思う。私は、また誰かにお祝いの飴を贈る機会があったらいいのになと思った。


「それにしても、ノアの飴は変わってるよな。それも飴かよ。その大っきい丸い瓶も変わってるけど。」


「僕の飴は食感にこだわってみたんだ。ふわふわの飴はシュワッと溶けるし、瓶の真ん中にはパリパリの針金みたいな飴も入れてあるんだ。エミリアが作った果物の飴もすごく美味しいよね。」


「ずっりいな。お前らだけ交換して。俺の分は?」


「ピートさんも今日帰ってきたら飴の交換をしましょう。昨日はたくさん作ったので、まだまだいっぱい残っていますよ。」


「俺は1つも残してねえから、交換じゃねえけどな。後でもらう。」


 宿の食堂でみんな一緒に朝ごはんを食べて、その後に、予定通りに学校の制服を買いに行くことになった。中心街にある制服屋さんまでは遠いので、私達は馬車に乗ってお店に行くことになるらしかった。昨日のうちにメイさんが馬車の手配をしてくれていて、もうそろそろ馬車が宿に到着するとゆうことだった。


 私達は急いで朝ごはんを食べ終えて、みんな揃って宿の外に出ると、もう馬車が停まって待っていた。ちゃんと御者の席に人が二人も乗っている豪華な馬車は、ピカピカした黒い色で大きな窓が全面についていた。


「おばさん、張りきり過ぎなんじゃないのか?あんな高そうな馬車、借りるのにいくらしたんだよ?調子に乗ってると、金なんてすぐ無くなるぞ?」


「だいじょう~ぶよ~。ピートは心配性ねえ~。わりと割安にしてもらえたのよ?御者の席をよく見て?とっても素敵な紳士が乗っていると思わない?あの御者の制服が凄く似合ってて素敵なのよね~。」


 ピートさん達と一緒に馬車の席を覗き込むと、ニコニコした顔で正装したバートンさんが小さく手を振ってくれた。バートンさんは御者の席から降りてきて、丁寧な仕草で馬車の扉を開けてくれた。


「とっても素敵~。すごく似合ってるわ。バートンが元気になったんだから働きたいって言って、仕事を見つけてきたのよ。まだ日雇いなんだけど、あの制服が素敵でしょ~。」


「ねえ~。パパの制服姿、すっごく似合ってるわよね。格好いいわよね。」


「ん?うん?ああ、ちょっとパツパツだけど、まあ、あんなもんだろ。」


 私達が全員馬車に乗り込むと、馬車はゆっくりポクポクと動き出した。馬車の中はそんなに広くなくて、窓が大きいので外の景色がよく見えた。ピートさんとメイベルさんは馬車に乗り込む前から、ずっと賑やかに話していた。


 初めて乗る王都の馬車には、椅子の上にクッションがのせてあったけれど、私は乗り慣れていないせいか、馬車の揺れに何回も椅子から落ちそうになった。


「エミリア、危ないから僕の膝の上に乗ったらいいよ。普通の馬車って、思っていたより揺れるよね。おいで。」


 ノアが重くなるからと断ったけれど、結局私はノアの膝の上に座っていた。ノアがお腹も持って支えてくれるので、私は全然揺れなくなった。そうすると、馬車の窓から外の景色がよく見えた。見覚えのあるような、ないような街並みの景色だった。


 そういえば、私はずっと宿の中にいたので、今日久し振りに王都の町に出たことに気がついた。いろんな色のお店がひしめき合って建っていて、人がたくさんいて、みんながどこかに急いでいるみたいだった。物珍しくてずっと窓の外を見ていると、いつの間にか周りは見覚えのある同じ色の似たような建物だらけになっていた。この色はたしか中心街の建物の色だったような気がする。まだ門を通っていないはずなのに、周りの景色は、まるでもう中心街にいるみたいだった。


「もう門を通り過ぎた?ここは中心街じゃない?」


 振り向くとすぐに目が合ったノアは、ニッコリと微笑んでいた。隣に座っているピートさんや、前の席に座っているメイさん達を見ると、馬車の中はいつの間にか静かになっていて、みんなが黙っていた。


「門は大方壊して、無くなったみたいだね。」


「門がなくなったの?あんなに大きくて立派だったのに、どうして壊しちゃったのかな。」


「さあ、邪魔だったからじゃないかな。」


「そうなんだ。そういえば門がなかったら、行き来が楽になるね。」


「だよね。風通しが良いのは、いいことだよね。」


 そうしてまた窓の外を見てみると、中心街は前見たときよりも、ずいぶん賑やかそうだった。ひっきりなしに荷台に木材や石を乗せて運んでいる人達がいるし、そこら中で大人の人達が集まって工事していた。一生懸命に作業している職人の人達に目を奪われていると、しばらくして馬車がゆっくりと止まって、とても大きなお店の前に着いた。


 バートンさんがとても良い笑顔で馬車の扉を開けてくれて、私達を順番に手助けしながら馬車から下ろしてくれた。お店の前に馬車を停めたままにしておくので、バートンさん達はここで待っていてくれるらしかった。バートンさんはニコニコ手を振って私達を見送ってくれた。


「パパも一緒にお店に入れたらいいのに。」


「お仕事中なんだから、しょうがないわよ。馬車から離れるわけにはいかないでしょ。ここの大きな窓からなら、バートンにも試着した制服を見せられるんじゃない?……離れた所から見ても、あの制服姿とっても素敵よね~。」


「もお~。ママったら、ノロケすぎ。そりゃ、パパはすっごく素敵だけど。」


 広いお店の中には綺麗に整頓された布がたくさん置いてあるだけで、洋服が一着も置いていなかった。メイさんがお店の人と少し話すと、みんな揃って店の奥の部屋に案内された。奥の部屋の階段を上ると、長い廊下を歩いて、ノアとピートさんとは違う部屋に入った。


 メイベルさんと一緒に赤いカーテンがずらりとかかった部屋の中に入ると、すぐにそれぞれ何人もの女の人に囲まれて、体のあちこちに紐を巻かれたり解かれたりした。お店の人は、もの凄く段取りよく入れ替わり立ち替わり動いていた。その後は、上着を着たり、また脱いで着たり、スカートを穿いたり脱いだりを何回も繰り返して、言われるままに目まぐるしく動いて、フラフラになった。


「お嬢様、お疲れ様でした。大体の計測は終わりました。最後に、お嬢様ご自身のご要望はおありでしょうか。……シャツに目立たないように刺繍をお入れすることも可能でございます。レース等につきましても、もちろんご相談させていただけます。私共は、お嬢様のお望みになるままに、完璧な制服を仕立て上げることが出来ると自負しております。」


「完璧な制服、ですか?それは、ええと、要望とゆうのは、学校の制服を、私の好きなように作ってもらえるとゆうことですか?」


「もちろんでございます。」


 先頭にいる白髪の優しそうな女性が、ニコッと笑って私を見下ろしていた。手にはいくつもの紐みたいなレースをたくさん持っていた。


「そうですか!それなら、この辺にポケットをつけられますか。ポケットは幾つ付いていてもいいですよね。たくさんあったら便利そうだし、あの、このぐらいの丸いぬいぐるみが入る大きさのポケットをつけてください。今日はついて来ていないんですけど、一緒に学校に行く予定なんです。それで、ふわふわなので、あまり窮屈じゃない方が嬉しいです。あと、あまり目立つとだめみたいで、……できますか?」


 周りを取り囲んでいる女の人達は、なぜか私が話している途中から、みんな笑顔が引きつっていた。先頭に立っている白髪の女性だけは、にっこりと笑顔を深めただけだった。


「あの、……やっぱり、できませんか?無理なら、あの、普通のでいいです。」


「いいえ!いいえ、お嬢様。もちろんお望みのまま可能でございます。ええ、可能ですとも。ご安心ください。ですが、恐れ入ります、お嬢様。あちらのテーブル席にて、デザインを書きながらご相談させていただいてもよろしいでしょうか?私共は、必ずやご満足いただける最良の制服をお作りさせていただきます。」


「あ、はい。よろしくお願いします。」


 私は椅子に座って、お店の人が出してくれたお茶を飲みながら、ディアさんが入ることになるポケットの相談をしていた。そのうちにメイベルさん達も一緒に座って、私の制服の話しで盛り上がっていたけれど、大きなポケットを付けることも、たくさんのポケットを付けることも、なかなか難しいようだった。


 私は無理ならいつも通りディアさんには肩に乗ってもらおうと思っていたけれど、なぜか途中からいたノアとお店の人で、いつの間にか熱い議論が交わされていた。


「エミリア、最高の制服を作ってもらおうね。一番可愛い制服するからね。」


 ノアがそう力強く宣言すると、またお店の人との話し合いが始まった。私はてっきりもう終わったと思っていたのに、実は今からが始まりらしかった。隣の席を見ると、メイさん達がたくさんの刺繍の見本を見ながら話し合っていた。やっぱりまったく終わりじゃなかった。


 後ろを見ると、部屋の隅のテーブルにピートさんが座っていて、お茶を飲みながら大量に置かれたお菓子を食べていた。私も、そっちがいいなと思ったけれど、目が合ったピートさんにシッシと手で払われてしまった。


 ノアとお店の人の迫力のある接戦のような、熱のこもったちんぷんかんぷんな話しを聞いていると、ピートさんに嫌がられても、やっぱり私はあっちに行こうかなと思って振り返ると、ピートさんはお菓子を全部食べ終わっていて、テーブルに足を上げて寝ていた。あのバランスで眠るのはすごく難しいと思う。私には真似できそうもないので、とても残念に思った。

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