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151.あなたに、幸せになってほしい

 カレンさんの話してくれるナレンスの話しは、とても興味深くて、ディアさんと一緒に夢中になって聞いた。朝は可愛らしい鳥の鳴き声で目覚めて、だんだんと日が差していく光景がとても美しくて、夜がゆっくり、ゆっくりと入れ替わるように、新しい澄んだ朝がきたこと。


 寒い朝に食べる、温かくて甘いお粥が好きだったこと。季節ごとの森の恵みはどれも美味しくて、食べること、生かしてもらっていることに感謝しながら、みんなで畑や森の手入れをしていたこと。走り回って遊んだ森の中の香りを今も鮮明に憶えていること。


 小さな集落では美しい豊かな森がとても身近な存在で、みんなが仲良く寄り添い合って暮らしていたこと。冷たい寒い夜には、姉弟でくっ付き合って眠ったこと。冷たい手足を包み込んで温めてくれた家族のこと。


 集落のみんなで笑い合って、わくわくしながらお祭りの準備をしたこと。そして、楽しいお祭りでは、みんなが神聖な気持ちで森に感謝を捧げていたこと。様々な儀式の作法のお話は、厳かな緊張感の中に人々の尊ぶ心が溢れていて、夢中になって聞いていると、私もそのお祭りに参加したような気持になった。


 カレンさんが教えてくれる何気ない日常の話しには、善良な人々の、心が満ち足りた優しい暮らしがあった。何もなくて不便なことが、足りなくて不幸なこととは、誰も思っていなかったように思えた。


 顔を合わせると話しが止まらなくなる陽気な人達の話しは面白くて可笑しくて、カレンさんとディアさんと一緒に笑いあった。ナレンスの人達はみんな陽気で、歌や踊りが好きで、毎日が賑やかで、日々を楽しんで生きていた。


 カレンさんは子供の頃によく歌っていた歌を口ずさんでくれた。お話しだけでは伝わらない時には、絵を描いてくれたりして、私の知らないナレンスの話しをたくさん話してくれた。とてもたくさんのナレンスの人達の話しや、カレンさんの家族や、子供の頃の話しは、涙が出るよりも、笑ったり、三人で笑い合ったりして、カレンさんも楽しそうに話していた。


「ああ、懐かしい。私は、子供の頃しかナレンスに居なかったのに、こんなにも色々な事を憶えているわ。次から次に思い出すの。それに、……すごく楽しいわ。」


「カレンさん、私もすごく楽しいです。ナレンスの思い出は、どれもとても素敵ですね。」


「……そうだった。そう、だったのに。私、こんなに大事なことを、どうして……。」


「我慢していたんでしょ。あなたは我慢して、頑張っていたんでしょ。頑張ったんだから、ちゃんと褒めてあげなくちゃね。褒めてご褒美をあげなくちゃだめよ。そうそう、ご褒美ってなんにする?なにか買う?なにか食べる?あ、どこかに旅行にでも行く?」


「え?いえ……、ご褒美、……なんて、そんな、私なんかが、そんな……。」


「そうよね。そう思うのよね。でも、それを一度、考えてみてほしいの。だから、嫌がっても押し付けてでも、ノアはあなたに大金を渡すのよ。ノアは……、ノアもきっと、これからはあなたに、したいことをして欲しいのよ。」


「私の、したいこと?……それは、考えたことも、ありませんでした。」


「じゃあ、考えて。自分で自分を幸せにするには、どうしたらいいのか。なにをするべきか、しないのか。それは、あなたにしか出来ないの。とても重要なことだから、よ~く考えて。自分のことを幸せにするために、誰よりも何よりも、大切にしなさい。」


 ディアさんとカレンさんが見つめ合っていた。なにも言葉を交わさなくなって、しばらくじっと二人で見つめ合っていた。


「……考えます。私、その言葉をずっと忘れないで、大切にします。……私、自分のことを、大切に……、幸せに、してあげます。」


 そう呟くように言ったカレンさんの瞳から、一筋の涙が流れていった。カレンさんはディアさんの言葉を、とても大切な宝物のように抱きしめているようだった。


「そう。ま、励みなさいな。それよりそれより!エミリアになにをくれるのよ?私は早く見てみたいの。はやくはやく、見に行きましょうよお~。」


「ディアさん、まだカレンさんに髪飾りを見てもらっていませんよ。まだ選び終わっていません。」


「え?そっちが先なの?……後でよくない?」


 ディアさんがはやく隣の部屋に行きたがっていたので、私達はとにかく隣の部屋に行くことになった。扉を開けて廊下に出ると、ベリーさんが壁にもたれて座っていた。見るとノアとピートさんも一緒に座り込んでいた。


「あれ?三人とも、もう帰っていたんですか。早かったですね。」


「別に、早くはねえ、けど……。」


「……ああ、えっと、大人数になってきたから、私達、先に帰ってきたのよ。だから……。」


「そう!だから……、思ってたほど、訓練にはならなかったな。……別に、いいけど。」


「なんだか、みんな元気がありませんね?疲れていますね。お茶を飲みますか。ベリーさんの美味しいクッキーがまだ残っていますよ。」


「ありがとう。エミリア。……そんなに全部、……気にしなくてもいいんだよ。それより、僕はエミリアの服を一緒に選びたいな。僕も一緒に隣の部屋に行ってもいい?」


 ノアが立ち上がって近づいてきて、私の手をとった。ノアもやっぱり、なんだかしんみりして元気がないように思えた。


「食う!クッキーも、お茶も飲む!俺は腹が減った。服とかはどうでもいい。」


 私達は二手に分かれて、3つの部屋をいつでも行き来できるようにしてから、カレンさんの隣の部屋に入った。部屋の中には、天井まで積み上がった箱や袋で埋め尽くされていた。人がやっと一人通れるぐらいの隙間をみんなで通っていくと、その先にも空きがなく荷物が山のように積み上がっていた。


「カレンさん、この荷物を一人で整理するつもりですか。まだ隣もあるんですよね?1つずつ中身を出して確認しているんですか。」


「ええ、そうなの。ひとつひとつがとても丁寧に作られた物だから、私には小さくて着れなくても、もったいなくて、とても捨てられないわ。」


「ここにある物は、全部服ですか?」


「ええと、服飾品って言っていたと思うわ。どこかの箱の山は靴だったような気がするし、装飾品とか、色々だと思うんだけど、たぶんほとんどが服なんじゃないかしら。とてもたくさんあるんだけど、どれも一生懸命に作った物だと思うの。」


「それで、カレンさんは、この部屋と隣の部屋にある物の中で必要な物や欲しい物はありますか。」


 カレンさんは困った様子で、部屋を埋め尽くしている荷物を見上げて、周りを見渡していた。箱に手を添えたりして考え込んで、とても迷っていた。


「……私には、なにも、必要じゃないかも、しれないんだけど、捨てるのは、可哀想に思えて。私、どれも、何も使ってあげていないの。」


「分かりました。それではエミリアが全部貰います。エミリアの部屋は果てが見えなくて、危険なぐらい広いので、心配しなくても大丈夫ですよ。いる物があったら途中で言ってくださいね。今日一日で終わらせますから。」


「一日で?この量を?……どうやって?」


「良い訓練になるし、ピートにも手伝ってもらって1階に全部降ろして、おばあ様達に手伝ってもらいます。一日で終わらせないと、たぶんおばあ様は飽きて手伝ってくれなくなる。さあ、忙しくなるよ。とにかく一旦廊下に出よう。」


 狭い荷物の通路を一人ずつ戻って廊下に出ると、ノアが急いでピートさんを呼びに行った。さあ、訓練だ!と言っているノアの声が聞こえていた。


「アホか!どんだけ!無理だ!なんだこれ!なんだこれ!?」


 ピートさんが部屋を素早く行き来しながら文句を言っていたけれど、いつの間にかノアとベリーさんとピートさんの勝負になっていて、気がつけばみんな、走りながら一遍に何個も積み上げた荷物を運んでいた。


「エミリア!邪魔だ!どけ!ああ、あと!1個も触んなよ!絶対俺が勝つ!」


「ええ~、なにあれ~、こわ~、あ~あ、あんなに一遍に持っちゃって、子供ねえ~。」


 ディアさんとカレンさんの三人で応援しながら見ていると、ピートさん達三人は走って、荷物を取りに上がって来てはまた下りていく、とゆうことを繰り返していた。けれどなんだか途中から、全員が腰をくねくねさせた妙な走り方に変わっていた。私は気になって、ちょうど手ぶらでまた1階から戻ってきたノアに声をかけた。


「あの、みんなのその、走り方はなに?」


「ああ、なにか、競歩とかって、メイベルが、うるさいって言うから、これなら、静かで、走ってないって、ああ、ごめん、ちょっと急いでるから、ごめんね。」


 ノアが急いで部屋に荷物を取りに行って、話しながらまた積み上げた荷物を持って下の階に行ってしまった。腰をくねくねさせながら走っていると思っていたけど、どうやらあれは歩いている部類に入るらしかった。歩いているにしては凄く早いので、走ると歩くの違いが分からなくなる。けれど、急いでいるときにあの歩き方が出来たらとても便利だと思う。試しに真似してくねくねしながら歩いてみたけれど、難しくて足がもつれそうになった。


「エミリア、危ないわよ。転けちゃうから真似しちゃだめよ。こんな室内で転けちゃったら、……どうなるのかしら?」


「あ、……ホントですね。どうなるんでしょうね?」


 私は自分の履いている靴を見下ろした。私の靴は、アビーさん達が作ってくれた絶対に転けない靴なので、外で転けると、そのまま大ジャンプしてぶつからないようにフワッと着地するように出来ている。それは何度か経験したので知っているけれど、室内ではどうなるのかを、まだ試したことがなかった。


 もしかしてここでは、この廊下の端と端でビョンビョンと跳ね返って止まらないことになるのではと思い付いて、想像するとちょっと面白そうだった。そお~っとディアさんを見ると、ニヤッと笑っているように見えた。


「……だめだめ、だめよ。ふふ、いくらちょっと面白そうだって、そんなわざとそんなこと……、ふっ、たまたまね、たまたま転けちゃうのはしょうがないけどね。」


「おい!なんか、また二人で、悪巧みしてんな?よけいなこと、してんじゃ、ねえよ!」


 ディアさんと二人で思わずヒイッと声が出た。振り返るとピートさんが睨みながら、歩きばしりして階段を下りていくところだった。歩きばしりは音も立たなくて凄いと思う。ディアさんと顔を見合わせながら、なんだか、前にも同じようなことがあった気がした。やっぱり、悪いことは出来ないものだなと思った。

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