149.はじめてのお祝い
私達はみんなで仲良くふわふわの雲に乗って、屋根の上からゆっくりと下りていって、私達の部屋のバルコニーまで戻ってきた。バルコニーの手すり近くでみんなが雲から降りると、ノアが丁寧に雲を鞄に入れていた。
なにか良い香りがしたので、部屋の中を見てみると、テーブルの上には山盛りのご馳走が用意されていて、アビーさんとラリーさんがニコニコしながらテーブルの向こう側に立っていた。
そして、部屋の中には色んな所にリボンや花が飾ってあったり浮かんだりしていて、そこら中にキラキラした色とりどりの小さな花火のような物が飛んでいた。私はその綺麗で可愛くて、華やいだ雰囲気に夢中で見とれてしまう。
「……これは、なにごとだ?……ノア?なにか祝い事でもあったのか?……なんか、入りずれえな。」
「いや、なんだろ?……入らないわけには、いかないだろ?」
「わあ~~!綺麗ですねえ~~!なんのお祝いですか?」
部屋の中に一歩足を踏み入れると、アビーさん達が私達を拍手で迎えてくれた。それと同時に、部屋中に浮いている花火がパンパンと派手な音を立てながら破裂していって、どんどん増えていった。部屋中が、もの凄くワクワクする部屋に仕上がっていて、おめでたさが炸裂していた。
「うるっせ!なんだこれ?なんだこれ!?」
「おじい様、これはなにごとですか。いったい、なにがあったんです?」
「おめでとう!ノア!まことに、めでたい!!」
「ほんにめでたい!まことに素晴らしい!!ノアよ、妾はそなたを誇りに思うぞ。」
「……僕でしたか。えっと、なにが、おめでたいんですかね?」
おめでたいことがあったのはノアだった。良いことがあったなら、私もすごく嬉しい。私もアビーさん達と一緒に、力いっぱい大きく手を叩いて拍手した。
「おめでとう!ノア!おめでとう!おめでとう!」
「いやいや、エミリアはまだそっち側にいくなよ。まだ何がめでたいのかも、分かってないんだろうが。おいおい、人の話を聞けよ。ちょ、待て待て、それは手が痛くなるぞ。加減ぐらいしろよ。」
「ありがとう。エミリア、拍手はもういいよ。ありがとう。手は痛くない?」
ノアが私の手をとって、そっと拍手をやめさせた。私はもっとおめでたさを表現したかったけれど、ノアが私の手を持ったままなので、もう拍手はできなかった。
「さあさあ、祝いの宴の始まりだ。どんどん作るからな。じゃんじゃん食べなさい。」
ラリーさんがシュワシュワした飲み物をコップに入れてから、階段の横に新しく出来ている扉に入っていった。
「おばあ様、王都の部屋は改造しないんじゃなかったんですか。あっちと繋げてますよね、あの扉。」
「なにを言うか。よく見よ。あれは枠じゃ。今だけラリーの使い勝手の良きようにつけておるだけじゃ。なにしろ急な祝いごとゆえ、ラリーが急いでおったのでな。」
「それなんですけど、いったいなんの祝いなんですか。今日が僕を祝う日だったなんて、初耳なんですけど。」
「ふふふ、こやつめ。なんて水くさい奴じゃ。そなたが新しい魔法の研究をしておったとは、妾達の方こそ初耳じゃ。妾達の前から一瞬にしてここに移動したな。あれは新しい魔法であろう。なんにしろ、めでたい!そのようにまだ若き身で新しい魔法を生み出すなど、まことにめでたい!これを祝わずして何とする!」
「ああ、あれですか。はあ、なるほど。」
「おお!やっぱノアはすげえな。研究か。新しい魔法か。さっきのあれか。なんかすげえじゃん。それはめでたい!祝いだな!盛大に祝おう!みんなで肉を食おうぜ!」
「ああ、いや、あれは、まあ、うん。……食べようか。」
「さあさあ!出来たぞ!丸焼きだ!!なかに香草もたっぷりだ、美味いぞお!アビーよ、テーブルをもっと広げてくれ。」
ピートさんがキャーと嬉しい悲鳴を上げると、広がったテーブルの上に大きな丸焼きがでーんと載った。ラリーさんはうんうん嬉しそうに頷くと、次はケーキだと言って、また厨房に入っていった。
「すみません!すみません!ちょっと!すみません!少しだけ静かに……!?なにこれ!?えっ?なにこれ!?」
メイさんが扉を叩く姿勢で、突然勢いよく扉の方から入ってくると、部屋中の、飛んで弾けて浮かんでいる花火に驚いていた。
「あ、メイさんお久しぶりですね。この花火ですよね。綺麗ですよね~。」
「あ、ええ、そうね。あの、それで、申し訳ないんだけど、少しその、わっ!パンって弾けたわ!?あらあら、綺麗。あらあら、可愛い。」
「おお、ちょうど良い。ノアの一世一代初めての祝い事じゃ。そなたらも参加せよ。娘共も呼んでこい。ノアの知り合いには披露目をせねばならぬ。祝いが始まる。さっさとゆけ!」
「いえ、あの、受験が……、一世一代!?初めて!?それは!大変!まあまあ!大変!急がないと!い、急いで呼んできますから!ちょ、ちょっとだけ待っていてくださいよ!!」
メイさんが慌てて走ってメイベルさん達を呼びに行った。メイさんはすこぶる元気で、すっかり健脚だった。
「じゃ、じゃあじゃあ!ベリーさん達も呼んでこよう!俺、肉が冷めないうちに、ちょっと行ってくる!!」
「あ、ピート、待って。ベリーさんにはカラスに手紙を届けてもらう。カレンさんはたぶん部屋だろうから、呼んできてくれる?」
部屋の中がにわかに慌ただしくなって、ピートさんが飛び出すように走っていった。ノアが手紙を書いて、窓際にいるカラスに手渡していると、メイベルさん達家族がお祝いを言いながら部屋に入ってきた。
「わあ~綺麗!ああ~!可愛い!!リボンが、わあ~あ!最高!!」
メイベルさんは、少しやつれた様子で目の下にクマができていたけれど、部屋の中の可愛い装飾に目を奪われていて、キラキラにうっとりした顔をしていた。
「メイベル、来てくれてありがとう。たまには休憩して、しっかりご馳走を食べてね。僕は応援しているよ。」
「ありがとう、ノア。それに、おめでとう。ごめんね。誕生日とは知らなくて、なんにもプレゼントを用意していないの。」
「ああ、大丈夫。誕生日じゃないんだよ。でも、大事なお祝いだから、来てくれて嬉しいよ。」
それからすぐにみんなが席に着いて、楽しいお祝いの宴が始まった。みんなで賑やかにお喋りしながらご馳走を食べて、途中からバートンさんが豊かな声量で陽気な歌を歌って、メイさんが踊って、みんなが笑顔で楽しくて、ベリーさんがとっておきのお酒とゆうのとお菓子を持って現れた時には、みんなが満腹だったけれど、みんなで踊ると、またお腹が減って食べられると言うので、メイさんに教えてもらってみんなで踊ったり、みんなで歌ったりした。そしてまた食べたり飲んだり、みんなで盛大に笑い合った。突然始まったノアのお祝いの宴は、みんなが大笑いして楽しそうで、とても幸せなひとときだった。
「はあ~。愉快な宴であった~。美酒であった~。まこと、めでたい~。」
「アビー、酔っ払ってる時は飛んでいってはいかんよ~。むにゃ~、めでたいが~。」
ふと気がつくと、ソファーで眠っていたようで、起き上がると部屋の中は静かになっていた。窓の外はすっかり夜になっていたけれど、部屋の中には、いくつかの灯りがついていたので、ほんのりとした明るさがあった。
なにかが動いたので見上げると、天井近くでアビーさんがふわふわ浮かびながら眠っていた。目をこすってから部屋の中を見渡してみると、椅子やソファーや床の上や色んな所に、みんなが横になって眠っていた。私の体には毛布がかかっていて、すぐ側の床に眠っているノアと同じ毛布を使って眠っていたようだった。
「ふわあ~あ、眠っちゃった。エミリア、おはよう。あ~あ、大人はみんなもう朝まで起きないんだろうな。ずいぶんお酒を飲んでいたからね。あ、すごい。メイベルはもう部屋に戻っているみたい。さすが、偉いなあ。エミリアも、目が覚めちゃったかもしれないけど、部屋に戻ってベッドで眠りにいこうか。」
目が覚めて起きてしまったけれど、この部屋で、このままみんなでごっちゃになって眠ることの方が、なんだか楽しく思えた。
「ううん。ここでいいよ。……ノアの魔法でいくの?」
起き上がって床にいたノアが、ハッと困ったような顔をして、ゆっくりとソファーの私の隣に座ってきた。私の顔を見つめているノアの顔はなんだか悲しそうで、深刻さがにじみ出ていた。そのまま黙っているノアのことが、だんだんと心配になってくる。
「……どうしたの?」
ノアは一度顔を伏せてから、小さくため息をついていた。私はいつもと違うノアの様子に、なにごとが起こったのかと、鼓動がドキドキして、不安な気持ちになる。思い切ったように顔を上げたノアは、私の手をとって、まだ何か言いにくそうにしていた。
「……ごめん。できたらどうか、僕のことを嫌いにならないでくれたら、嬉しいんだけど……。」
ノアが不安そうに、私の手を握っていた。私は、ノアのことを嫌いになるようなことが、なにも思い浮かばない。そんなことは、想像もできない。
「ごめん。……たぶん、僕のせいなんだ。エミリアは、あんなに、一生懸命に修行しているのに、ああ、本当に、そうなら、僕は、……どうしたら。」
とても辛そうにしているノアのことが、どんどん心配になってきて、私はノアの手を撫でて励ました。なんの事かはよく分からないけれど、鼓動はドクドクと激しく脈打っていた。
「……あれは、魔法じゃない。僕があそこに、屋根の上に現れたのは、僕の魔法じゃない。だから本当は、祝ってもらうようなことじゃ、……ないんだ。僕が使えるようになったのは、新しい魔法じゃなくて、……エミリアの力、能力、それは、本来はエミリアが使えるはずのもの、なんだと思う。僕のじゃない、ことはよく分かるんだけど、……なぜなのか、混ざっているからなのか、僕にも、それは、……分からない。……だけど、僕のせいで、……僕が、エミリアから、奪ってしまったのかも、しれない、から……、ごめん、なさい。嫌いに、……ならないで。」
ノアの瞳から、涙が零れていた。ノアの辛さが、私に刺さるようにビシビシと伝わってきていた。
「はああ~~、なんだあ~~、良かったあ。」
いったい何ごとかと思っていたので、思わずホッとした、大きな長い安堵の声がでた。ノアはキョトンとした顔をしているけれど、私のなかには、どんどん安心する心が広がっていった。謎が解けたような、正解が見つかったような、スッキリした気分が染み渡っていって、な~んだなんだ、そうかそうかと、心の底から隅々まで弾んでいくようだった。
「そうなんだ。良かった。良かったよ。あ!それなら、ノアのお祝いで間違いないよ!新しく出来ることが増えたんだよ!?お祝いだよ!良かったあ。おめでとう。あとそれに、嫌いになるわけないよ。どうして嫌いになるの?大丈夫だよ。嫌いじゃないよ。」
「え?……だって、僕が、僕のせいで……。」
「どうしてノアのせいなの?そういえば、半分ずつだった!よね?そうだよ。それに、これから、魔法使いの人がいっぱい居る国に行くんだから、ちょうどいいよ。混ざってるのも、きっと治してくれるよ。だから何も心配いらないし、おめでたいしお祝いだし、安心してもいいんだよ。」
心から安心すると、眠くなってきて、ふわあ~と欠伸がでた。もうしっかり夜で外は暗いので、明るくなる朝までちゃんと眠った方がいいと思う。私はまだ不思議そうな顔をしているノアの体を引き寄せて、ソファーに寝かせて私も隣に横になった。大きなソファーは十分に二人が眠れる広さがあった。
横になると、もうすごく眠たくなってきたけれど、ノアをもっと安心させてあげたくて、私は、大丈夫、大丈夫だよと繰り返した。それに、夢じゃなくて、おやすみなさいも、たぶん、ちゃんと言ったような気はした。