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148.不安で怖いわたし、たち

 ピートさんと一緒にバルコニーを出ると、そのまますぐに、ディアさんとピートさんは揃って端の手すりの所までいって、下の地面を見下ろしていた。


「……どうするの?ここ、けっこう高いわよね?……本当に、大丈夫なんでしょうね?」


「……なあ、今から諦めろって言ったら、諦めると思うか?この高さだぞ?危ねえことは止めろって言うのは、おかしくねえよな?」


「ちょ、男に二言!あんたはそれでいいわけ?それに、見てみなさいよ、あれ。」


 私はバルコニーの壁をくまなく観察してみた。ピートさんがどこから登ろうとしているのかは分からないけれど、バルコニーの壁についているこの小さな屋根から上に登ろうとするなら、この細い柱みたいな装飾を掴んで登るのかもしれない。所々が括れているので、そこに足をかけられたら、思っていたよりも安全に上に登ることが出来そうだった。


「この壁はとてもいいですね。ここから登るんですよね?はじめは担いでもらわなくて、自分で登ってみてもいいですか?」


 私が振り返って聞いてみると、ピートさんとディアさんが仲良く揃って私を見ていた。ピートさんはなぜか、美味しくない物を食べた時の顔をしていた。


「どうしました?……なにか食べましたか?」


「なに訳分かんねえこと言ってんだ。俺が担ぐって言ってんだろ。それ以外は認めねえからな。はあ~、あの崖登りの訓練、もっと真面目にやっておけばよかった……。師匠はやっぱすげえなあ。」


 ピートさんとディアさんが私に近づいてくると、同じように壁を調べ始めた。それから、ピートさんは入念に屈伸運動をすると、両手でバシンッと自分の顔を叩いた。そして、そのまま私に向かって両手を広げて見せた。


「よしっ!こいっ!!」


「あの、こいとは?私はどうしたらいいですか?おんぶですか?だっこですか?」


「ああ、もう、キマらねえな。」


 ピートさんがぼやきながら近づいてきて私を片手に担ぐと、そのまま屈伸するみたいに深く沈み込んで勢いよく飛び上がった。そうして、バルコニーの小さな屋根に手をかけてぶら下がると、弾みをつけてクルッと上に乗った。そして、ガチャンと大きな音がした時にはまた飛び上がっていて、一度だけ片手で壁の装飾を掴んでクルッと回転すると、もう屋根の上に到着していた。


「ちょっとお~!クルクル、クルクル回転してんじゃないわよ。私がエミリアの肩から落ちちゃうじゃないのよ!」


「それのなにが問題なんだ?そもそもお前は自分で飛んで上がれよ。」


 広い屋根の上を見渡してみると、私達の部屋のある場所からは一番遠い端の辺りに後ろを向いたクロがいた。


「あっ!いた!クロ、待って!」


 屋根の上を走って、みんなでクロに近づいていくと、クロは梟のラキアさんの首を足で踏んでいた。どうやら食べていないようだったけれど、ラキアさんはなんだかボロボロになっていた。


「クロ、ラキアさん!それは、ラキアさんなんだよ。食べちゃだめだよ。」


 クロがすごく嫌そうにグギャーと鳴きながら私達を見た。しゃがみ込んでクロに踏まれているラキアさんの様子を確認してみると、ぐったりしていて、気を失っているのか目を瞑っていた。


「あ、クロはラキアさんだって分かってたんだね。良かった。」


「なにが良いものか!この半端者が!さっさとこの乱暴なカラスをどかせないか!」


 クワッと目を開けたラキアさんが、私に向かって怒っていた。すぐにクロがラキアさんの首を足でキュッと締めて、もう片方の足で嘴も踏んだ。ラキアさんはまだん~ん~となにか言っていた。


「……おい、クロ。それは、その梟が苦しいと思うぞ?ほどほどで止めてやれよ?」


 半端者。ラキアさんは、私のことを半端者と言っていた。……半端者。私は、ストンと腑に落ちる感じがして、なにか、力が抜ける思いがして、ガシャンと屋根の上に座り込んでしまった。


 私は、混ざっていて、半端な、者だから、いまだに、たま、がだせないのかもしれない。だから、誰の役にも立てないかもしれない。そう思うと、私のなかで一気に不安が飛び出してきて、ヒュッと呼吸ができなくなった。


 私は、なに?私は、誰?私は、どうして半端者なの?体中の熱が急に無くなって、冷たくて寒くて、体がガタガタと震えた。


「えっ!?おい!?どうした!?エミリア!?おい!」


「エミリア!?しっかりして!エミリア!エミリア!?」


 ピートさんが両手で私の腕を掴んで揺らしていた。それが、どこか遠くの出来事みたいに思えて、私は、私の不安定さを、より実感してしまう。……ただ、何度も私の名前を呼んでくれる声だけが、恐ろしいほどの不安から、すくい上げてくれているような気がした。


「……な、な、まえ、を……。」


「エミリア、エミリア、エミリア、エミリア、エミリア、エミリア、エミリア。」


 突然パッと何処かから現れたノアが、目の前で何度も私の名前を呼んでいた。私の、名前を、もっと、呼んでほしい。そんな、ちゃんとも言えていない私の言葉にさえ、応えてくれるノアの存在にだんだん焦点があってきて、私はパチパチと瞬きを繰り返した。


「うおい!なんだ!?どっから来た!?おい!ノア!?急にどこから現れたんだ?」


 ノアがまだ不安そうな顔をして私を見ていた。すぐ近くにあるノアの瞳は、ただ私だけを映していた。今にも泣きそうなその顔にそっと触れると、ノアが手を重ねてきた。その温かさが伝わってくると、じわじわと、もう大丈夫だと思えた。


「……もう、……大丈夫。」


「エミリア、僕に話して。なにがあったの。どうしたの。」


「……私、なにもできない、かもしれない、ことが、……すごく怖くて、半端な、ことが、とても……。」


 私は想像するだけでも寒気がして、ブルッと震えた。私が自分を抱きしめるように縮こまると、ノアが私を守るように抱きついてきた。


「俺、俺だって!誰だって、不安なもんだ!みんな自分に何ができるか、できないか、不安で怖いもんだろ!?エミリアも!俺も!一緒だから!みんな一緒に見つけたらいいだろ!俺が!俺もついて行ってやるから!学校だって、魔法の国だって!みんな、一緒だ。同じだ。」


「みんな、一緒?みんな、……そうなんですか?みんな知らなくて、分からなくて、不安なんですか?」


 一生懸命に私に話してくれているピートさんを見上げると、ホッとしたような顔をしてから、ピートさんが得意げに話し出した。


「あったり前だろ!みんなそうだ!エミリアだけじゃねえよ!はじめっから、なんでも知ってて、なんでもできる奴なんていねえよ!」


 私がやっと、ちゃんと座ってピートさん見ると、私に抱きついていたノアの体が離れた。ノアもピートさんを見上げていた。


「……ピートも、一緒に来る気になったの?……あんなに、迷ってたのに?僕が何回話しても、学校には行かないって言ってたのに、どうして?」


「な!?そんなに何回もじゃねえだろ!俺だって、勉強はしなくちゃとは思ってたんだよ!それに!忘れてねえだろうな!?俺はお前らの常識担当なんだぞ。俺がいないと、途端に非常識の集まりになるんだからな。」


「い、い、い、今のは!?どこから、現れたんです?それは、魔法、ですか?それが?なんの、魔法ですか?魔術は、見えませんでしたけど?え!?私に見えなかっただけ?ですか?な、な、なん、です?い、い、いったい?」


 ぶるぶる震えながら突然話し出したラキアさんに、みんなが注目して、見ていた。ラキアさんはまだクロの下敷きになっていて、目を見開いてノアのことを見ていた。


「あ!ホントだ!そうだ。なんださっきの?突然シュッと現れただろ?魔法か?あんなの、見たことねえぞ?」


「……そんなの、さっきピートも自分で言ってたじゃないか。はじめから何でもできる奴なんていないって。その逆は、練習すればできる事が増える。だろ?」


「むーーー!!んーー!!」


 ラキアさんがなにか言っていたけれど、クロがまた嘴を踏んでいたので、話せないようだった。ジタバタしているラキアさんは、そういえばずっとクロに踏まれたままなので、気の毒に思った。


「あの、クロ、ラキアさんを……。」


「クロ。いい加減その梟を放してやったら?ここでいたぶってないで、目障りならその辺に放ってきたらいいんだよ。」


 ノアの言葉を聞くと、クロが大きく羽ばたいて、ラキアさんを足で掴んだまま飛び立っていった。クロの羽ばたきは凄く早くて、あっという間に遠ざかって、すぐに小さくなって見えなくなった。


「ところで、どうして屋根の上になんているのかな?飛べない人が、居ていい場所じゃないよね?」


 ノアがピートさんを見ながら、至極当たり前のことを言うと、私とピートさんは途端にアワアワして慌ててしまう。イタズラが見つかってしまった気分になって、焦って、どうしたらいいのかが分からなくなった。


「ヒッ!いや!そうなんだけど!そう、だよな!?なんでこんな危ねえとこに居るんだっけ?あれ?なんでだ?」


「私が、私が登りたいって言ったから。ピートさんは悪くないんだよ。それに、クルって登って、全然危なくなかったんだよ。」


「あ、そうだ!そうだぞ!エミリアめ!やっぱり俺が怒られるだろうが!屋根の上に登るなんて、危ねえんだよ。」


「ごめんなさい。クロはラキアさんに気付いてないと思って、慌てていたから。だから、ピートさんはホントに悪くなくて、……ごめんなさい。」


「エミリア、僕は怒っていないよ。とにかく下に、……部屋に戻ろう。ピートは、自分でクルっと、安全に下りられるんだよね?」


 ノアが鞄の中から、みんなが乗れそうな大きさの雲を屋根の上に出して、ピートさんを見ると微笑みながら話していた。


「やっぱ怒ってんじゃん!俺だけここに置いていく気じゃねえだろうな?鬼か!?俺はその雲のせいで、天井にもぶつかったんだぞ。」


 ノアがフッと笑うと、ポンポンとピートさんが乗る雲の場所をたたいた。そして、ピートさんの顔を見て堪え切れなくなったノアが吹きだして、盛大に笑いだした。


 すると今やっと、和やかに解きほぐれたような気がした。私は、いつものその雰囲気が嬉しくて、なんだか楽しくなって、みんなでしばらく屋根の上で一頻り笑い合った。


 そうして、みんなの笑い声を聞きながら、私は、いま確かに、不安も怖さも、みんな一緒なら大丈夫だと、実感して思えた。

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