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146.若きピートの思い悩み

 宿の一階まで下りていって正面玄関を出ると、綺麗に手入れされた庭園に向かって歩いた。晴れ渡った明るい陽気に、風に乗って微かに花の香りが漂ってきていて、とても素敵だと思った。


「だから!俺は、普通だって言ってんだろ!元気だ。普通だ。なにも問題ねえ。」


「単純明快、単細胞なあんたに隠し事は無理なのよ。面倒くさいから、さっさと話しなさい。」


 庭園の中に入ると、ピートさんは立ち上がっていて、さっきまでピートさんが座っていたベンチにはディアさんがいた。


「なにい~!俺は単純じゃねえ!俺は複雑な男だ!……複雑?か、どうかは分からんが、単細胞じゃねえ!」


「ディアさん、ここに居たんですね。ピートさんも、おはようございます。いいお天気ですね。」


「エミリア、おはようじゃねえよ。もう昼すぎだ。寝過ぎだろ。……体調が悪いのか?朝に何か変だったって聞いたぞ?」


「はい。朝はまだ眠かったんですけど、今はもうスッキリ起きてますよ。」


「ああ、……そう。元気なら、それでいいけど。」


 ピートさんは振り返ったままの姿勢で、まだ私の顔色を窺っていたけれど、私はもう本当に元気なので、ニッコリと微笑んだ。ピートさんと話しているうちに、ベンチにいたディアさんはふよふよと浮かび上がって飛んできていて、私の肩に乗った。ふわふわな羊の体のディアさんをなでなで撫でると、晴れた空にあるお日様みたいにほんのりと温かかった。


「私、ピートさんにお話があるんです。昨日の夜の事を謝りたくて、それに、ピートさんのお話を聞いてみたくて。」


「俺は、なにも、誰にも、謝ってもらうような事はないし、昨日は、その、ごめん。だから、俺のことは何も、気にしなくても、いいんだ。」


「はあ~、ピートのくせにモゴモゴと!うっとおしい話し方してんじゃないわよ。気に入らないことがあるなら、ハッキリ言いなさい!」


「ひでえ!くせにって、なんだよ!?俺はモゴモゴなんて、……してねえし。」


 ピートさんはなんだかモジモジしていて、なにかくねくねしていて、いつもと違っていた。気にしないでと言われても、私には、やっぱり話し合うことがとても大切で、必要なことに思えた。


「ピートさん、私、さっき階段を下りながら、ラリーさんの言っていた色々な言葉を思い出していたんです。ラリーさんは、話し合いで何でも解決できるって言っていました。話し合って、歩み寄ったら、みんなが我慢しないで仲良くできます。私はピートさんと、仲良しでいたいです。ノアも、みんなもきっとそう思ってますよ。だから、ピートさんの気持ちを聞かせてもらえませんか。」


「……師匠。そうだ、師匠が、そう、……言ってた。」


 ピートさんがそう呟くと、そのままストンとベンチに座ってうなだれてしまった。ピートさんが黙り込んでしまったので、もう一度お願いしようと口を開きかけたとき、ピートさんが静かに話し始めてくれた。


「……自分が、あんまり情けなくて。ホルコットじゃ、俺の歳ならもうとっくに働いているんだ。俺は、将来のことが何も決められなくて、何もしてないから、足に怪我をしたじいちゃんの手伝いをしていたんだ。……それで、エミリア達に会って、なんか面白そうだったから、ついて来たんだ。……楽しそうだったから。」


 ピートさんはもぞもぞしている自分の手を見つめながら、落ち着かない様子だったけれど、ちゃんと全部自分の気持ちを話してくれるつもりのようだった。


「俺は、子供の頃からずっと、強くなりたくて。強くなって、理不尽な悪い奴らから、弱い立場の人を守りたかった。だから、兵士になりたかったんだけど、今は……、兵士や騎士には、絶対に、なりたくないと思ってる。……戦うなら、自分の考えで戦いたいと思うから。……だけど、そうなると、また、俺はフラフラしたままの、何もしてない奴になってしまうんだ。」


 そこまで話すと、ピートさんはようやく顔を上げて私の顔を見た。ピートさんは困ったような、不安そうな顔をしていた。


「俺は、師匠に鍛えてもらって、自分でもちょっとは強くなれた気がしていたし、みんなで旅して、メイベルのこともあったし、他の事は考えてなくて、俺にとっては、夢中で生きてるって感じだったんだ。ノアと競い合って訓練すんのも、なんてゆうか、すげえ、……楽しかったし。だから、色々と解決していって、ノアはすげえから、全部上手いことやるんだろうし、そんで、それが全部済んだら、俺は、もう、みんなと旅をしてはいられないから……。俺は、この旅が、楽しかったから、その、……さみしい。とか思ったり、俺はまだ全然最強じゃないし、相変わらず何もしてねえから、情けなくなったり、そんなことを、ぐちゃぐちゃ色々考えてただけだから、ホント、俺のことなんて、気にしなくてもいいんだよ。」


 ピートさんがそう話し終えると、私はピートさんの隣に座った。ピートさんは私の顔を見てから、また前を向いて話し出した。


「メイベルはすげえよ。頭もいいし、まったくブレずに自分の目標を持ってる。今も、その為に朝からずっと勉強してるんだ。メイベルはきっと立派な弁護士になる。金もたくさん稼げるようになる。……俺には、そんな目標が何もないんだ。」


 ピートさんはまたうなだれたようになって、私から顔をそむけ続けていた。私はそんなピートさんを見ていると、なんだか切ない気持ちになっていた。これから行く予定の学校にも、魔法の国にも、当たり前にいつもいると思っていたピートさんが居ないかもしれないと思うと、とてもさみしい。


「ピートさんも、私達と一緒に王都の学校に行きましょう。」


「はあ?なに言ってんだ。王都の学校に通うのに、いくらかかるか知ってるのか!?」


「知りません。そして、魔法の国にも一緒に行きましょう。」


「はあああ~~!?なんで?なにしに?」


「分かりません。観光?旅行ですかね?」


 はああ~ああと深い深いため息をついたピートさんは、小さい子に話すみたいに親切に、丁寧に、私に説明してくれた。


「いいか、エミリア、学校に行くにはな、金がいるんだ。この王都の学校に通うには、それこそ莫大な金がかかる。生活費に学費に、きりがないぐらい際限なく金がかかるんだ。それに、当たり前だけど、旅行だってそうだ。俺は、自分の将来のことはまだ何も決められんけど、稼ぎもないのに、チャラチャラ旅行してるような、遊び人にだけはなりたくねえ。」


 そういえば忘れていたけれど、お金とゆうのは大事な物だった。それがなければ、普通はどこにも行けなくて、食べ物も買えないので困るのだった。私はまったくお金を持っていないから、すっかり、そんな大事なことを忘れていたみたいだった。


「……じゃあ、エミリアの騎士になったら?エミリアを守ったらいいのよ。」


「はあ!?」


「ディアさん、ピートさんは騎士にはなりたくないんですよ。……私の騎士ってなんですか?」


「なんだそれは?なんの職業だって言うんだそれは!?どっから給金が発生するんだよ!」


 ピートさんとディアさんの言い合いが始まってしまったけれど、二人はいまいちかみ合っていないようだった。その時、木の上にいたラキアさんが花壇の上に降り立ってきた。


「ハッ、その赤いぬいぐるみは、おかしな事を言うものですね。そのグリシアの民は巡礼の旅をしていないじゃないですか。フッ、そして全知全能等とはあまりにもほど遠い。……そもそも、そんな古代の伝承こそが、真実味に欠けるただの作り話なのですよ。……つまり、グリシアの民など存在しない。そう、それはおそらく、我が魔法族のことだったのです。なにしろ我が魔法族の魔法は、人族共にとっては、奇跡のみわざなのですから。」


「なんですってええ!!」


「喋ってる!梟が喋ってる!!なんで梟が喋ってんだ!?今喋ったの、その梟だよな!?え?違うのか?カラスは喋らんだろ?クロは喋んねえよな?梟なら喋んのか?」


 ディアさんは私の頭の上に乗ってポンポンと跳ねながら怒っていて、ピートさんはひどく混乱していた。なんだか、ピートさんとの話し合いの場がこんがらがっていた。


「ピートさん、あの梟はラキアさんですよ。梟だけど、ラキアさんだから、お話しができますよ。ディアさんも、そんなに怒らないで、下りてきてください。」


 私の手のひらの上に降りてきたディアさんは、まだぴょんぴょんと飛び跳ねながら怒っていた。


「だってだって!あいつなんかムカつくわ!なんか嫌なやつよ!絶対よ。」


「ディアさん、グリシアの民ってなんですか?前にもどこかで聞いたことがありますよね?」


「知らない知らない!他の誰かがなんて言ってたかなんて、知らないわよ。魔法使い達がなんて伝えてたのかも知らないし、そんなのいちいち調べないもの。だってそんなの誰が何て言ってようが、どうでもいい事じゃない?それにしても、あいつムカつくわ。なんてゆうか、喋り方がもう、イ・ヤ!」


「ラキアさんは、これからずっと、私の見えるところにいるそうですよ?」


「は!?どうして!?嫌!!無理!!なんか嫌!!」


「……そうですか。あの、ラキアさん、すみません。ディアさんが嫌みたいなので、近くにいないでください。すみません。」


「はあああ!?なぜそのぬいぐるみの!!??わっ!?わわ!?」


 ラキアさんが話している途中から、カラス達の大群が続々と庭園に降り立ってきた。そして、黒い塊のようにも見えるカラス達の大群でラキアさんが見えなくなった。みんながまた飛び立ってカラス達が一羽もいなくなると、ラキアさんも居なくなっていた。どうやらカラス達がラキアさんを一緒につれていったようだった。


「……なんだあれ!?こっわ!カラス怖っ!おいおい!エミリア、めったなこと言うと大変なことになるぞ?あいつら、あの梟をどこにつれていったんだよ!?」


「どこでもいいじゃないの。しばらくカラス達に阻まれたらいいのよ。あの梟、反省が必要じゃない?そうよね?……ノアが帰ってきたら聞いてみるけど。」


「まあ、ノアに聞くなら間違いないからいいけど。……なあ~んか、喋ってたら腹減ったなあ~。今から食堂に行って、何か食べねえか?」


「あ、それなら、ノアがいつでも食べられるごはんを部屋に用意してくれていますよ。一緒に食べましょう。私もなんだかお腹が減ってきました。」


「お!いいじゃんいいじゃん!それにしよう。ノアは何を用意していったんだ?肉はあるのかなあ~。」


「中身はまだ見ていません。ラリーさんのお料理が冷めないお皿を使っているので、蓋がしてありましたよ。」


「ああ、あれか。考えたら急激に腹が減ってきた。エミリア、急いで部屋に戻るぞ。走れ走れ。遅かったら置いていくからな。」


 ピートさんの早足はとても早くて、私は途端に置いてきぼりになって、ピートさんを追いかける形になった。ピートさんの後ろ姿は、さっきまでと違って元気そうだった。階段の手前で待ってくれているピートさんは、もうなんだかスッキリしたような顔をしていた。


 私は頑張って走りながら、ラリーさんの好きな話し合いとゆうのは、やっぱり凄いなと思った。ピートさんの話を聞いていただけで、なにかが解決したわけじゃないけれど、もうなぜか大丈夫な気がした。私とピートさんは二人でまた話しながら階段を上って、一緒に宿の部屋に入った。そして、ノアがごはんを用意してくれている所まで来てみると、テーブルの上に、さっきまではなかった白い封筒が置いてあった。


「あれ?俺宛の手紙だ。俺の名前が書いてある。誰からだろ?」


 ピートさんが訝しげに辺りをキョロキョロ見渡してから、封筒の中の手紙を取り出した。そしてゆっくりと手紙を開いて読みだすと、どんどん顔色が真っ青になっていって、もの凄く眉間にシワを寄せていた。


「どうしました?なにが書いてあるんですか?私が部屋を出る時には、その手紙はありませんでしたよ。なにごとですか?」


 手紙から目を離すと、なぜかピートさんは私を上から下までシゲシゲと見ていた。そうしながら、とても嫌そうな顔になっていった。


「なんですか?どうかしましたか?」


「ノアは……、エミリアの話しが聞こえるようになってるのか?そうゆう道具があるのか?」


「道具?私の話しがノアに、聞こえる?いいえ、知りませんけど……?」


 ピートさんが深いため息はいてから、手紙を封筒の中に戻した。それから、テーブルに手をついてうなだれてしまった。私は、なにがなにやら分からないので、ピートさんが教えてくれるのを待った。


「恥ずい……。恥ずすぎる……。俺は、すっげえ弱音をはいていたんじゃないか?……油断した。人畜無害そうな顔してるエミリアのせいだぞ。うう、人の良さそうなその丸いデコのせいか?うう、失敗した。俺、すげえ、恥ずいじゃん。」


「な?なんでしょう?私がなにかしましたか?なんのことですか?その手紙は誰からだったんですか。」


 ピートさんが私の方を向くと、もの凄く顔が赤くなっていた。そうして、ピートさんが手に持っている封筒に再び目を落とすと、静かに話し出した。


「手紙は、ノアからだった。俺の……、今回の俺の働きの報酬だから、サインしておいてくれって……。すっげえ金額が書いてある。……そんで、もう俺も一緒に学校に行く手筈なんだって……。こんなん、こんな金額の金、受け取れねえよ。ノアが帰ってきたら、……話し合う。」


「そうですか。話し合いは、とっても素敵なことですよね。私も今日、ラリーさんの好きな話し合いがとっても好きになりました。それに、ピートさんと一緒に学校に通えるのも嬉しいです。」


 ピートさんはまた私の顔を見ると、なにも言わずに近づいてきて、指でピンッとおでこの真ん中を弾いた。痛くはなかったけれど、手でおでこを押さえてピートさんを見ると、ピートさんは照れたように顔をそむけてしまった。


「……腹減った。さっさと食べようぜ。エミリアは不器用だからな。俺が全部用意するから、何も触らずに座って待ってろ。」


 ピートさんと私は、二人でお菓子や、パンやスープや、お腹が温まる食べ物をお喋りしながらたくさん食べた。ピートさんが淹れてくれたお茶は、ノアが淹れてくれるお茶よりもとても甘くて、いつもと違う香りだった。これはこれで美味しいけれど、私はノアのことを思い出していた。それでなんだか会いたくなって、早く帰って来てくれたらいいのになと思った。

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