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145.話し合いと青い空

 朝起きた時からずっと、まだ眠たくて頭がぼんやりしていて、朝ごはんを食べていてもうっかりすると眠ってしまうので、時折、横に座っているノアが食べ物を口に入れたりしてくれていた。うつらうつらしていると、時々美味しい味がするので、モグモグ噛んで、ゴックンと飲み込んだりを繰り返した。


「……エミリアは、どうしたの?具合が悪いの?」


「いや、大丈夫。まだ寝足りないだけだよ。僕が、朝ごはんを食べて欲しくて、起こしちゃったんだ。ごめんね、エミリア。昨日はずいぶん頑張ったんだから疲れているよね。ごめんね。朝ごはんを食べたら、もう一度眠りに行こうね。僕は朝からまた話し合いに行かなくちゃいけないから、今日はピート達といてね。戻れたら、お昼にも戻ってくるし、いい?今日は、まだ外に出ないでね。」


 ノアに手を引かれて、歩いたり、上ったりした気がするけれど、気が付けばもう、フカフカの温かい布団の中にいて、ノアがおやすみと言っていた。私は布団の中に沈み込んでいくように、深い深い眠りの中におちていった。


 夢のなかは、ぽかぽかと心地よく温かくて、甘い花のような良い香りがしていた。そして、どこからか、深くすっては長くはきだす、誰かの呼吸の音が聞こえていた。


 耳を澄ませて、ずっとその落ち着いた呼吸の音を聞いているうちに、私は、とても穏やかな気持ちになっていた。そうして、ふわふわと心地よく漂いながらも、少しずつ引っぱられていくように、ゆっくりと次第に、意識がハッキリしてくるような感覚がしていて、そして、突然閃くように、この呼吸が私のものだと気がついた。


 私の呼吸。それは、私の、ほんとうの呼吸。正しい、正解の、……私の呼吸?そのリズム?その、波長?それがなにかと考えていて、あっ!と大事なことに気がついた。その、私の、波長に合わせるんだった。どうして?どうしてすっかり忘れていたんだろうと、不思議な気分になる。とても、とっても大切なことなのに。


「……どこにいくの?……ひとりでいくの?」


「え!?」


 もの凄く驚いて、パチッと目が開いて、ガバッと体が飛び起きた。鼓動がバクバクと飛び出しそうに激しくて、慌てて手で押さえた。しばらくそのままの姿勢で呼吸を整えながら周りを見渡すと、私はベッドの中にいて、部屋のなかには他に誰もいなかった。


 私は、今のいままでここで眠っていて、夢を見ていたようだった。ベッドの中で座り込みながら、私は夢のことを考えた。眠っているときにみる夢は、とても不思議だと思う。大抵は、起きた瞬間に忘れてしまうのに、まだこんなにも胸がドキドキとしていて、私が、私ではないような、とても不安な気分にさせられてしまう。深くすってはいて、ちゃんと呼吸をして、とにかく落ち着かなくては。……呼吸?


「あ、もう起きていたんだね。よく眠れた?……顔色が、良くないよ?もう少し横に……!!??」


 目を閉じて、深い呼吸を繰り返していると、だんだんハッキリと覚醒していくのを感じることができた。呼吸も鼓動も、もう穏やかに落ち着いていた。けれど、すぐ近くでは、バクバクバクと激しい音と温かい重みが、絶えず伝わっていてきていた。私は、抱きしめていた両手を離して、くっついているノアの体を少し押した。


「……ごめんね。また急に抱きついて。……私、まだ、寝ぼけていたみたいで。」


 私がノアに抱きついて、たぶんそのまま強引に寝転んだんだとは思うのだけど、真っ赤になって、火がついて燃えているみたいなノアは、とても驚いていて、私が謝っていても言葉が出ないようだった。


「…………!!…………!!」


「ホントにごめんね。ビックリしたよね?驚かせてしまって、ごめんなさい。」


 熱すぎる体が心配になってきたのでノアの肩に触れると、ビクッとしたノアが飛びのくようにベッドの端まで転がっていった。


「大丈夫!大丈夫だよ!全然!!僕は全然!!ホントに全然!!し、心配しないで。ビックリとかも、大丈夫だから。」


「……そう?」


 ベッドから体を起こして、ノアに近づいていこうとしていると、目線の先に見慣れない物があった。ノアの勉強机の上に、長くて大きな箒がのっていた。そして、また紙の束がうず高く積まれていた。


「……ノアは、ちゃんと寝ていたの?」


「ああ、うん。少し、いや、ちゃんと寝ていたよ?まったく疲れていないし、大丈夫だよ。それより、箒を見たよね?すごいでしょ?魔法の箒だよ。すっごく面白いよね?」


 ノアがベッドから飛び降りて、机の上に置いてある箒を手に取った。ノアの身長よりもずっと長い立派な木の箒だった。


「すごく緻密なんだよ。初めて見るぐらいにすっごく細かくて、とっても美しいんだ。これは、この箒はね、たぶん僕の父上が作ったんだよ。あっちの羽ペンも、たぶん、そうなんだ。そうじゃないかなとは思っていたんだけど、こことか、ここの記号がね、僕には全部読める訳じゃないんだけど、筆跡が似ていて、それで、色々調べていたんだけど、ホントに面白くて、見てみて!」


 私には何か文字が書いてあるようには見えなかったけれど、ノアが楽しそうに笑いながら箒を縦に持ち替えて床につけると、箒の棒と穂の境目についている金具に足を乗せた。そして、片手で箒を持ちながら片足だけで完全に箒の金具に乗ると、箒ごと地面から少し浮かび上がった。ノアが私を見下ろしながら地面に円を描くように移動してみせた。ノアは、すっかり箒を乗りこなしていた。


「縦に立って乗る物だったんだね。なんとなく、横にして跨るんだと思ってた。」


「ははは。もちろん、そうやって横にも乗れるんだよ。でも、そうやって乗るとお尻が痛くて、だから、父上はこの金具をつけたんじゃないかな。たぶんだけど。どうして箒なのかは、聞いてみないと分からないけどね。」


 私は、楽しそうに部屋の中をスイーッと飛んでいるノアを見上げながら、ノアのお父さんとお母さんのことを思い出していた。ずっと眠ったままなので、ノアは二人が早く起きる方法を探すと言っていた。ノアは、ずっとひとりで二人が起きてきてくれるのを待っていたから、今でも、いつまでも待っているんだと思う。


「私、メイベルさんのお父さんを治したみたいに、ノアのお父さん達を治せないかな。私、修行もしているし、前よりも上手くなったかもしれないから、今なら、もしかしたら……。」


 ガタンッと大きな音がしたので見ると、ノアが箒を放り出して、私の目の前にきて手をとっていた。


「だめだよ!行かないよ。エミリア、やめて。お願い。……顔色は良くなったみたいだけど、体調は?まだ眠い?疲れは?どこか、おかしなところはない?」


「え?どうして?私は、大丈夫だよ。なんともないよ?だから、一度、試してみるだけでも……。」


「いいんだ。僕は急いでいないし。二人は大丈夫だし。それに、違う方法で起きるのかもしれないから。その方法が分かるかもしれない人に、会いに行くんだよ。……もうしばらくは王都にいて、ある程度片がついたら、次は、おばあ様の祖国に行くことになると思う。もちろんエミリアも一緒にだよ。」


「そうなの?アビーさんは、国には帰らないんじゃないの?アビーさんも一緒に、みんなで行くの?」


「そうだよ。おばあ様の、……お兄さんに会いに行くんだ。おばあ様も、おじい様も一緒だよ。魔法使いの国の、魔法に詳しい人達に会いに行くんだ。だから、きっと父上達のことも、全部分かるようになるよ。きっと、魔法で治す方法があるんだよ。だから大丈夫。」


「そう。……そうなんだ。……良かった。良かったね、ノア、お父さん達が治って、起きる方法があるんだね。良かったあ。」


 ノアの手を握って、二人で手を取り合って喜んだ。ニッコリと笑ったノアは安心したようで、とても嬉しそうだった。私もすごく嬉しい。


「でもその前に、王都で学校だよ。今メイベルが学校の編入試験の為に勉強しているんだ。エミリアもメイベル達と離れる前に、手紙を書けるようになれるよ。僕と一緒に学校に行こうね。」


 ノアが本当に嬉しそうに笑った。私も、なんの不安もなくなった気分になって、とてもウキウキして嬉しくなった。ノアと学校に行ったら、一生懸命に勉強しようと思った。


「……それで、僕はまた、これから出かけるんだけど、エミリアはどうする?しばらくは、宿の中か、こっちの部屋で過ごして欲しいんだけど、まずは、なにか食べる?」


「ううん。お腹は減ってないから、いいよ。ディアさんはどこにいるのか、知ってる?」


「こっちの部屋にはいなかったから、宿のほうかな?メイベル達のところかも。後で、あんまり単体でウロウロしないように言っておかなくちゃ。」


 私とノアは荷馬車の部屋を出て、鞄の中から宿の私達の部屋を出た。宿の部屋の方にも、誰もいなかった。メイベルさん達家族は違う階の部屋に泊まっていて、メイベルさんは会議室の一室を借りて、勉強部屋にしているそうだった。


 ノアが私にお茶を淹れてくれて、いつでも食べていい軽食とゆうのを用意してくれてから、また話し合いに出かけて行った。ぽつんと部屋の中にひとりになると、しばらくソファーに座ってお茶を飲んでいた。温かくて香りが良い甘いお茶は、美味しくて穏やかな気分にしてくれた。


 ふと窓の外を見ると、バルコニーの手すりの上に一羽のフクロウが留まっていた。フクロウはジッと私の方を見ていた。私は誘われるようにバルコニーから出て、変わった感じのフクロウに近づいていった。


「ラキアさん?その姿は、どうしたんですか?なにか変わった感じがしますね。ほとんど梟だから、目は疲れませんけど、なにをしているんですか?」


「本当に気にくわない少女ですね、あなたは。これは、私のケジメです。」


「ケジメ……って、なんですか?」


「フンッ。分からないことは、何でも聞いていいってもんじゃないんですよ。……まったく。どうして殿下は、こんな小娘に……。いやいや、失敬。はあ~、ケジメはケジメです。私は、ノア様と王宮に行ったんですよ。ノア様の横にいて、大方の話しを聞いていたんですよ。……だから、これは、私なりのケジメなんですよ!」


「はあ、……そう、ですか。」


「まったく!あなたは、よほどニブいですよ。なんだか色々と混ざってるからですかね!?まったく。私はね!私のしたことを、ちゃあ~んと反省しているんですよ。いくら人族の事とはいえ、私は!私の責任を!私なりに!鑑みた結果の契約なんですよ!少しは察してほしいものです。」


「はあ、……そう、なんですか。すみません。」


 私はまだよく分からなかったけれど、もっと怒られそうなので、それ以上聞かないことにした。ただ、いつもの変化の魔法や姿を変える紐とは、なにかが違っていて、目が疲れないことだけはよく分かった。


「それで……、あ、そうしたら、その姿のままで、一緒に魔法の国に行くんですか?ええと、ラキアさんも自分の国に帰るんですよね?」


「まったく、何も、分かっていないですよね?あなたは本当に、あのノア様の半身様なんですかねえ。はあ~。私はね、たとえどんな事があろうとも、殿下のお側を離れない決意をしているんです。一朝一夕の決意ではないのです。たとえどんな姿になろうとも、なにがあっても。お側にさえいれば、たとえ魔力の一筋分でも、お役に立てる日が来るかもしれないでしょう。分かりますか?」


「えっと、絶対に離れないとゆうことは、よく、分かりました、はい。」


「そうです。ですから私は、あなたから目を離さないことに決めたのです。」


「え?なぜ、ですか?……私?」


「なぜとは?それは、あなたが一番、分かりやすいからに決まっているでしょう。あなたは、私に……、私やカラス達に気付かれずに、どこかに行けると思っているんですか?」


「ああ、なるほど。空を飛べたら便利ですよね。」


 私はバルコニーの手すりに手をついて空を見渡した。とても天気が良くて、清々しい青い空が広がっていた。それから景色を見て、宿の庭を見渡すと、お花が咲いている庭園にピートさんがいた。庭園のベンチに座って、ぼんやりしているようだった。なんだか元気がなさそうに見えたのが気になって、私は、メイベルさん達の所に行ってみる予定を変更して、ピートさんのいる庭園に行ってみることにした。


 ラキアさんのいるバルコニーから出て、一階に向かう階段を下り始めていたときに、私は、昨日の夜ごはんの時のピートさんを思い出して、次の一歩の、足が止まった。なんだか急に、私が近づいて行ってもいいのかなと思ってしまう。


 けれど、そうしているうちにふと、なんでも、話し合いで解決できると言うラリーさんの言葉が聞こえた気がして、私はまた一歩一歩階段を下り始めた。


 私の頭の中には、ラリーさんの言う大切な言葉たちが、次々に浮かんでいた。話し合いで解決できる。話し合いで、一番いい真ん中を選ぶことができる。種族が違っても、考え方が違っても。


 その言葉たちは、なんだかホワッと温かくて、暗い道を明るく照らしてくれる、きれいな青い空のようだと思った。

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