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142.暮れていた

 昨日はいつもより夜遅くまで起きていたせいか、どうやら寝坊してしまったよで、パチッと目が覚めると、部屋の中にノアがいなかった。けれど、しっかり眠ったおかげで、布団から上半身を起こしてみると、スッキリとしていて、なんだか体がすこぶる元気になっていた。


 なにやら力がみなぎっている気がするし、気分も良くて、寝起きでもシャキシャキ動ける気がした。それで私は、元気よく布団の上でん~っと伸びをすると、勢いよくベッドから飛び降りてみた。体は羽のように軽く感じていたけれど、着地と同時に足がつんのめって転けそうになってしまった。


「あ、起きたのね?起きたら、まずごはんよね。昨日の部屋に用意してあるって言ってたわよ。」


 声がした方に振り向くと、ディアさんが私の枕元からモゾモゾと出てきていた。そして、ポンポンポーンと布団の上を飛び跳ねながら可愛く近づいてきて、私の肩にとまった。


「ディアさん、おはようございます。ノアは戻ってきましたか?ちゃんと眠ってました?」


「戻ってきたけど、また出かけて行っちゃったわよ。眠って……、てゆうか、横になってエミリアの寝顔を見てたわよね。」


「……寝顔?……なぜ?」


「もうもう!そんなのいつもでしょ。それよりごはん!起きたら、ごはんを食べなきゃだめなんでしょ!?早く早く!急いでごはん!」


 私はディアさんに急かされながら荷馬車の部屋を出て、宿の箪笥の中に置いてある鞄から、宿の中の私とノアの部屋に入った。箪笥から降りると、目の前の大きな窓から見える空が、夕方のように見えた。眩しいぐらいに赤い夕日が部屋中を包み込んでいた。


「あれ?もう夕方ですか?お昼とかでもなくて、もしかして私、もの凄く寝坊してませんか?」


「なにか問題なの?しっかり眠って起きたら元気になるんだから、いいことでしょ?」


「そう、でしたか?寝坊はよくないことだった気がするんですけど……。」


 ディアさんと話しながら階段を下りていくと、昨日みんながいた大きなテーブルの上は、色々な料理や食べ物で埋め尽くされていた。それどころか、横に台が増えていて、そちらにも鍋や飲み物が山のように置かれていた。


「あっ!やっと起きたな!?もう夕方なんだぞ!一日が終わるだろうが。いくらなんでも寝過ぎだろ。大変なことになってんだぞ。……なんか、寝癖すげえぞ?」


 テーブルの前まで来ると、外のバルコニーにいたピートさんが走って部屋の中に入ってきた。やっぱり寝坊することは、怒られるようなことだった。


「あ、ほら、やっぱり怒られましたよ。やっぱり寝坊はだめなんですよ。」


「そんなの、ピートはいつも何かしら怒ってるじゃないの。関係ないわよ。」


「おい!聞こえてんぞ!関係ないってなんだ!?……それより、それ、いいのか?その頭、いつもはほら、ちゃんとしてんだろ?櫛、持ってきてやろうか?」


「なに言ってんの。まずはごはんでしょうが!起きたらごはんなのよ。今、櫛なんかいらないのよ!」


「え?まあ、そうだけど、……いいのか、それ?それは、わざとか?そうゆう髪形か?……外に出ていいやつか?人に見られてもいいのか?」


「??別にいいですけど……?なにか変ですか?」


「え?だから……、寝癖が……、寝癖ってゆうか、すげえ、独特な形ってゆうか……。」


「もお!ピートはモゴモゴうるさいのよ!いいから!さっさとエミリアのごはんの用意をしなさいよ!エミリアが病気になってもいいの!?」


「羊は大袈裟なんだよ。まあ、いいなら、いいんだけど、俺は、その辺、詳しくねえし。」


 私が席に着くと、ピートさんがテキパキとお皿に食べ物をのせて持ってきてくれた。飲み物も何種類もある中から、温かい飲み物と冷たい飲み物をそれぞれコップに用意してくれた。私はピートさんにお礼を言ってから、山盛りになった食べ物をどんどん食べていく。ピートさんがお鍋から温かいスープを入れてくれてから、私の横に座った。


「朝から王都中が大変なことになってるらしいぞ?今日急に、王様が変わったんだって!朝から号外が何回もでてるって。大変なんだって。王都中がてんやわんやなんだって。」


「……そうなんですか。王様が変わったら、大変なんですね。」


 もぐもぐ美味しいごはんを食べていると、横にいるピートさんは、なんだかそわそわしていた。チラチラ窓の方を見たり、部屋の扉の方を見たりして、落ち着かない様子だった。


「俺、ちょっと外の様子を見てきてもいいか?エミリアが起きたし、メシ食ってるし、ちょっとだけならいいよな?暗くなる前には帰ってくるし。あ、ベリーさん達はあのまま!下の階だから。」


 ピートさんは返事を聞く前にもう立ち上がっていて、部屋の扉の方に走っていた。私が食べ物をゴックンと飲み込んで、いってらっしゃいと言う頃には、もうピートさんは部屋の中から居なくなっていた。


「……なにあれ?ホント、落ち着きのない。エミリアのことを、一人で残しちゃってさあ。」


「さっき、ベリーさんが下の階にいるって言ってましたよ?食べ終わったら行ってみましょうか?メイベルさん達も他の階なんですかねえ。」


「あんまり、一人でウロウロしない方がいいんじゃない?ノア達が帰ってくるまで、この部屋の中にいた方がいいわよ。」


 ピートさんがお皿に入れてくれた分のごはんは、全部食べようと頑張っていたけれど、山盛りになったおかずが、小盛ぐらいに減っただけで、もうお腹がいっぱいになってしまった。残してしまうのは心苦しいのだけれど、とても一人では食べきれる量ではなかった。手に持っていたフォークがピタッと止まってしまう。


「どうしたの?なにかあった?」


「お腹がいっぱいになってしまいました。とても全部は食べられそうにありません。」


「そうなの?じゃあ、食べなきゃいいんじゃない?」


「そうなんですけど、こんなに残していたら、もったいないですよね。もうみんなは、ごはんを食べ終わったんでしょうか?」


 テーブルの上には、溢れるほどに食べ物が置いてあるので、残してしまったらどうなるのかが、とても気になった。これは、もっと大勢用のごはんな気がした。かといって今は誰もいないので、部屋から出て行って、みんなを探しにウロウロと歩き回るのも良くない気もする。


「下の階にだけ、行ってみましょうか。それで誰も居なかったら、そのまま戻ってきます。」


 ディアさんは言葉を濁していて、部屋からは出ない方がいいような事を言っていたけれど、この部屋で一人で、じっと座って誰かが帰ってくるのを待っているのにも、残るごはんのことが気になり過ぎるので、やっぱり下の階のベリーさんの所に行ってみることにした。


 大きな部屋の扉を開けると、広い廊下はシンと静まりかえっていて、誰もいなかった。ゆるいカーブになっている階段を下りていって下の階に着くと、廊下の先の、部屋の扉の前でベリーさんが壁に凭れて天井を見上げて立っていた。


「あ!ベリーさん。もうごはんを食べましたか?カレンさんは一緒じゃないんですか?」


 私がベリーさんに近づいていくと、こちらに気が付いたベリーさんは、少し困ったような顔をして私を見下ろした。ベリーさんはなんだかやつれていて、表情も暗かった。


「どうしました?上の階にごはんがいっぱいあるんですけど、一緒に行きませんか?」


「エミリア、……ありがとう。でも、いいの。私、カレンさんが出てきてくれるまで、ここにいるつもりだから……。エミリアあの、……髪が、その、どうしたの?」


「ああ、寝癖ですか?そういえばピートさんも何か言ってましたね。それより、カレンさんがどうかしたんですか?」


 ベリーさんがまた、なにか言いにくいような困ったような顔になって、黙り込んでしまった。ジッとベリーさんを見つめて待っていると、戸惑いながらも、カレンさんがずっと部屋から出てこないで、閉じ籠っていることを教えてくれた。たぶん食事もなにも取っていないとゆう事だった。


「え?なにも食べないのは、すごく体に悪いそうですよ。」


「そうなんだけど……、私が、本当のことを言っちゃったから……。ナレンスのことは、もっと時期をみて、話すべきだったかも、……しれないわ。すごくショックを受けていて、あれから何度呼びかけても、返事もないの。……当たり前よね……、あんな惨い、……こと。」


 ベリーさんが俯いて、また黙り込んだ。ベリーさんも憔悴していた。たぶん、カレンさんと同じように、ごはんも食べていないような気がした。私は思い切って、カレンさんのいる部屋の扉の取っ手に手をかけた。鍵は掛かっていないようだった。


「あ、エミリア、待って。無理には……、カレンさんが落ち着くまで、もう少しだけ……。」


「ごはんを食べないと、病気になってしまいますよ。ベリーさんは中に入りたくないなら、廊下で待っていてください。先に上の部屋でごはんを食べていてもいいですよ。」


 私は扉の取っ手をグッと握って、扉を開けた。部屋の中は誰もいないように静かだった。もしかしたら眠っているのかもしれないし、お風呂に入っているのかもしれないし、私は勝手に部屋に入ってしまったので、部屋の中にいるカレンさんをビックリさせないように、慎重にゆっくりと歩いた。ベリーさんはまだ廊下にいて、中には入ってこなかった。


「カレンさん……、カレンさん、いますか?ごはんは食べましたか?」


 なるべく静かに、部屋の中の様子を窺いながら歩いて進んで、一番奥の部屋までくると、そこにカレンさんがいた。窓際で両膝をついていて、肘を曲げて両手の平を上に向けた姿で、目を瞑っていた。窓に向かって黙って祈っているような様子のカレンさんは、静かに涙を流し続けていた。


 暮れていく夕日に照らされたカレンさんは、輝いているようにも見えて、美しくて、そして、悲しみで溢れていた。私は、何も声をかけられなくなって、ただ、深い悲しみに溺れるままに、ぽつんと立ち尽くした。

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