140.黒く燃え立つ炎
ラキアさんは話し終えると、厳重に包まれた布をまた首から提げた袋の中に入れて、大事そうに服の中にしまった。あの細い枝を、いつでも肌身離さず大切にしていることが伝わってくる。そして、ラキアさんは服の乱れを確認して整えると、私のことをジッと見下ろした。
「それで、私に聞きたい事とは、それだけかな。これで、わたしが君達の言う誘拐とやらに関係が無いことが分かったはずだ。君達がエルドランの王族と揉めようが、神殿と遣り合おうが、私には何ら関係がない。私は私の使命を全うするまで。くれぐれも私の邪魔をしないでいただきたい。」
そう言うと、ラキアさんが私から目を離して、ゆっくりとノアの方を向いてから睨むようにして話し出した。
「君達が素性を明かす気が無いことは、よく分かった。私は、もう何も聞く気はないし、君達に何も協力する気はない。たとえ君が同胞の魔法使いであっても。……殿下は去ってしまわれた。私では、殿下をお探しすることは不可能だ。ならば私はまた、元の通りに大賢者として活動するまで。私はこれで帰らせてもらう。なにしろ老人なのでね。それらしく振舞わなければ怪しまれてしまう。」
ラキアさんがノアとピートさんを人睨みしてフンッと鼻を鳴らすと、部屋を出て行こうとした。そして、お茶の用意をしていて、お盆をテーブルの上に置こうとしていたラリーさんを一瞥すると、なぜか嫌そうに顔をしかめた。
「……卿とは、どうゆう意味じゃ。」
出て行こうとしていたラキアさんが、ビクウッと震えて、もの凄く驚いたように辺りをキョロキョロ見渡していた。
「殿下!?まだこちらに!?この部屋の中におられる!?なぜっ!?」
「妾に二度同じことを言わせるつもりか?……兄上が卿とは?どうゆうつもりじゃ。妾の兄上を愚弄するつもりか。」
ラキアさんがその場でベシャッと勢いよく土下座をした。それから、ブルブル震えながら顔を上げると、視線を彷徨わせながら震える声で話し出した。
「お、恐れながら、ウィルギウス様は弟君にあらせられます。お、弟君は、いつも殿下のことを姉上と仰っておられます。た、た、たとえ双子であらせられましても、優れた者が長子でございます。皆もそのように……。申し訳、ございません。この場に居られるとは思わず、お耳汚しを!申し訳ございません。」
ラキアさんは気の毒になるほど、ビクビクと震えていた。アビーさんはすぐ目の前の天井近くに座って浮いているけれど、姿を現すつもりはないようだった。
「ご、ご報告を申し上げます。ウィルギウス様は、まだ王の試練をお受けになっておられず、また、お受けになるおつもりはないと、議会の場で発表されたそうにございます。それにより、今まで通りに執政されておられますが、皆がウィルギウス卿とお呼びしている次第でございます。ご本人様が、殿下ではなく、そのようにお呼びするように手配されたと聞き及んでおります。……私はしばら国に帰っておりませんが、恐らく状況は変わっていないと考え、そのようにお話しさせていただきました。私などのせいで、殿下にご不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ございません。」
ラキアさんが再び深く頭を下げていた。透明になって透けているアビーさんは、もの凄く驚いた顔をしていた。話の内容が思ってもみないことだったようで、なにも言葉が出ないようだった。
「ちょっと、いいかな?ラキアさんと言ったか、すまんが、その枝を返してくれんか?まさかそのおもちゃが、王都にあるとは思わなんだが、それは、ここにあってはいけない物だ。」
ラリーさんがラキアさんに近づいていって手を差し出すと、ラキアさんは飛び上がるように立ち上がって後ずさると、袋がある胸元を押さえた。
「なにを!無礼な!下の者が!おもちゃとは!!お前達のような乱暴な種族の者が、力ずくで奪おうとしても!私は!命に代えても決して渡しはしない!!」
「いや、力ずくで奪うつもりはない。誤解しないでほしい。それは、わしらが作った物なんだ。本当にそれは、ほんのおもちゃのつもりで作った物なんだ。それが、なぜここに……、あるのかは、分からんが、まさか、そんな、それでは……、この王都の有様はすべて、わしのせいではないか……。なんと……ゆうことだ。」
話しているうちに、ラリーさんはどんどん元気がなくなっていった。ひどくショックを受けているのが、端で見ているだけでも強く伝わってきていた。
「そなた……!!よくも、ラリーのことを下の者などと……。許せぬ。」
急激にギュウッとなる辺りの様子にビクッとして振り返ると、アビーさんが姿を現して地面に降りてきていた。そして、ラキアさんを見ながらわなわなと激しく怒っている。
「ヒイイッ!!」
「アビー!待ちなさい。いいんだ。わしのことはいいから、とにかく、落ち着きなさい。」
ラリーさんが慌ててアビーさんに近づいていって、手をとって宥めていた。アビーさんはそんなラリーさんを悲しそうに見つめると、そのまま二人はしばらく見つめ合っていた。アビーさんはすっかり落ち着いたようだったけれど、二人の憂いに沈んだ様子に、私は、堪らない気持ちになる。
「あの……、下、……いや、その、ドワーフ族の方は、いったい……。」
アビーさんの激しい怒りに驚いて、尻餅をついていたラキアさんが、しょげ返っている二人のことを困惑した顔で見ながら、思わず呟いたように聞いていた。
「フッ、そんなこと。本当はもう気付いているんでしょう。でも、本当のことを知りたくない。だから、さっきはもう帰ろうとしていたんですよね。」
ノアがラキアさんのことを見て笑いながら話していたけれど、私にはとても怒っていることが伝わってきていた。いつになく荒ぶる怒りが渦巻いていて、どうしてそんなに冷静に話していられるのかが不思議なほどだった。
「そうですよ?あなたの想像通りです。でもひとつだけ、たぶん見当違いしてるでしょうから教えてあげましょう。僕は、息子ではなく、孫です。二人は僕のおじい様であり、おばあ様です。ああ、それに、まだ帰すわけにはいきませんよ。あなたには聞きたい事がまだまだあります。魔法使いは確かに、嘘は嫌いなんでしょう。でも、嘘をつかなくても、意図的に話さない事はできるみたいですね。潜入して信用させた、でしたか。あなたが肝心なことをわざと話さないから、おじい様達が落ち込んでしまったじゃないですか。……どうしてくれようか。僕は、本当にあなたが気にくわない。」
ノアがラキアさんの目の前までいって、脅すように見下ろしながら話していた。私はノアの沸騰しそうな怒りが心配になって、とぼとぼ近づいていくと、ノアの肩に触れてみた。ハッと正気に戻ったような顔をしたノアが、私を見つめて困ったような顔をしてから、小さく吐息をついた。そして一度目を伏せて、ラリーさん達の方を見ると、気持ちを切り替えたような声で聞いた。
「おじい様、空を飛ぶ箒を作りましたか?」
「空を飛ぶ、箒?どうして箒が空を飛ぶ必要があるんだ?わしは、そんな物を作っておらんよ?」
「ですよね。これで分かりました。……話をする前に、おばあ様にお願いがあるんですけど、あの枝を今完全に消滅させることは可能ですか?」
「造作も無い。」
アビーさんがそう言うと、ラキアさんの首から提げている袋を宙に浮かばせて、アビーさんの手元まで引き寄せると、一瞬にしてゴワッと黒い炎が燃え上がった。激しい黒い炎の塊にに包まれた袋は、やがて全部が黒い靄のようになって消えていった。
「うん。これで万事解決です。」
「わけが分からぬ。そなた、説明をせぬか。」
「はい。今から話しますけど、とりあえず、立ち話もなんですからそこに座りましょう。……言葉が出ないほど、ショックを受けているあなたもご一緒に。おばあ様達が作った物を、おばあ様がどう処分しようが、まさか、あなたに文句はありませんよね。」
ノアが途中からラキアさんを見ながら話していたので見ると、ラキアさんの顔が青ざめていた。ノアが勧めるようにみんなが揃って大きなテーブルの席につくと、最後にラキアさんも一番離れた席にちょこんと座った。それを見届けたノアが、みんなを見渡してから話し出した。
「僕はピートから魔女の絵本の話しを聞いたことがあります。空飛ぶ箒や、書き続けられる羽ペンや、他にも色々、それに、……魔法の杖。その魔法の杖とゆうのが、今燃やした枝のことでしょう。それが、今無くなりましたから、もうこの王都では不穏な物が作られなくなりました。色粉、街灯、他になにを作っていたのかは聞かないとわかりませんけど、もう今からは新しく作ることは不可能でしょう。すなわち、大賢者は力を失ったので、もうこの王都では不要で、錬金術研究所も意味をなさなくなり、いずれは無くなるでしょう。不相応な便利な物が無くなったので、これからは、なにかを不便に感じたら、ここの人達が知恵を絞って、身の丈に合った物が生まれるでしょう。」
そう言うと、ノアはラキアさんの方をチラッと見てから、ラリーさんの方を向いた。ノアの怒りは、まだ静まってはいないようだった。
「おじい様、あの枝を、あの、おばあ様の魔力がたっぷりと、深い愛情のように込められたあの枝を、……いや、魔法の杖、でしたか。あの愛情たっぷりのおもちゃを作って、回収しなかったのはイケなかったかもしれませんが、それだって、持ち主がおじい様だった訳じゃないですよね。……王都を離れる時に、うっかり忘れていったのか、盗られてしまったのかは分かりませんが、この王都の穢れは、おじい様達のせいではありませんよ。おばあ様の強力な魔力がこもった魔法の杖から、欲の深い人達が欲しがるような物を作り、邪な方法でねじ曲げて使っていた人物に責任の大半があると、僕は思います。更に付け加えると、空飛ぶ箒や羽ペンを作った人と、街灯を作った人は別人です。作られた年代も違いますし、おじい様なら、現物を確認すればすぐに分かると思います。そして、その街灯を作った人物は、嫉妬からでしょうか、わざと残忍な方法で人にも道具を使えるようにしたのでしょうね。……人の血液。それは、搾り取られたら苦痛でしょうし、怨念や呪いの類に変換されたとしても、なんら不思議はありませんよね。その穢れが長い間垂れ流され続けて、王都は穢れてしまったんでしょう。このままでは王都が滅んでしまうことなんて、何とも思っていなかったんでしょうね。だって、さすがに気付いていたはずですよ。植物が枯れて木が生えなくなり、水はどんどん穢れていった。……ねえ、知っていましたよね?ラキアさん。」
ノアの話しが終わると、何も言わずに沈んだ顔で俯いているラキアさんを、みんなが一斉に見た。怒りで思わず立ち上がりそうになっていたアビーさんを、ラリーさんがそっと手で制していた。そして私達みんなが、ラキアさんが話しだすのを静かに固唾を呑んで見守っていた。