139.ラキアさんの長いお話
ノアと手を繋いで窓からみんながいる部屋の中に入ると、ピートさんが一人でテーブルの席に座っていてた。私が話しかけようとすると、シーッと口に指をあてて制すると、ノアに怒った顔を向けて、なにか大きな身振り手振りをしながら窓の方を指さしていた。
「……落ちてないし。ふう~、エミリア、おじい様のお手伝いをしに荷馬車の方に行ってみようか。」
ピートさんはまだ激しく動いていたけれど、ノアは気にせず私の手をとって窓から飛び立つと、宿の裏手に停めてある荷馬車に向かった。私たちは荷馬車の荷台の扉から部屋に入った。なんだかずいぶん久し振りに帰ってきた気がしたけれど、思えば確かに久々に戻ってきたのだった。
私達がまっすぐ食堂に向かうと、ラリーさんが大きな鍋をかき混ぜていて、部屋中に美味しそうな香りが漂っていた。
「おお?おかえり。ちょうど良い時に戻ったな。アビーは、どこに行った?」
「屋根の上にいますよ。呼んできましょうか。」
「いや……、いい。腹が減ったら帰ってくるだろう。アビーは夜空を飛ぶのが好きなんだ。好きにさせてやろう。」
私達が手をきれいに洗ってからテーブルの席に着くと、ラリーさんがすぐに大きな深いお皿を人数分運んできてくれた。それは、温かい湯気が立った熱々の美味しそうなスープで、中には野菜やお肉だけじゃなくて麺も入っていた。トロッととろみのあるスープにはコクがあって麺に味がよく絡んで、お肉も柔らかくて、とっても美味しかった。
みんなで熱々のスープをフウフウ吹きながらもりもり食べていると、いつの間にか、ほっこりと人心地が付いていた。体が温まって、お腹がいっぱいになってくると、急に眠気が襲ってきていた。もうすっかり夜だから、いつもなら、もうとっくに布団の中に入って眠っている頃なのかもしれないと思った。
「エミリアは、もう部屋で休んだらどうかな?今日は色々あって疲れただろう?明日ノアから話し合いの結果を聞いたらいいんじゃないかな?」
「大丈夫です。ノアと一緒に行きます。アビーさんも参加するみたいですし、私もみんなの話し合いに参加したいです。」
「……そうか。まあ、無理せんようにな……。」
ラリーさんは心配そうにしていたけれど、私はお腹がいっぱいになって元気になったし、気合いを入れたら起きていられるだろうし、なにより私には、ラキアさんに聞いてみたいことがあった。ラリーさんとノアが手早く食器の後片付けをして、私達三人は荷馬車の部屋を鞄の方の扉を開けて外に出た。
宿の部屋からみんなが集まっている部屋に下りていくと、大きなテーブルには、さっきと同じようにピートさんが座っていて、部屋の隅の方の棚の上にラキアさんが窓の方を向いて座っていた。なにか小さな、ネズミのような動物に姿を変えているようだった。
あまりにも大きさが違う動物に変化しているからなのか、なぜかより見え方がバチバチした感じになっていて、余計に奇妙な見え方になっていた。アビーさんはその反対側の天井近くに透明になって寝転んで浮いていた。ふわふわ揺れていて眠っているようだった。
「ピート一人か?他のみんなは?」
「ん?もう喋ってもいいのか?メイベルとメイさんはもう先に寝るって。ベリーさん達はあのままだし、まだ誰も集まってきてねえ。それより!さっきの!ビックリすんだろ!なんで上から降ってくんだよ!?完全に落ちてたろ!あれ!」
「しつこい。下までは落ちてないだろ。……次からは気をつける。」
「次があると思うなよ。窓辺で気を静めていた俺の身にもなれ!どんだけ驚いたか分かるか!?二度とするな!トラウマになるわ!」
「トラウマって、そんな大げさな。」
ノアとピートさんが盛り上がって話していたので、私は窓辺に行って、ラキアさんにまた同じことを話しに行った。
「すみません。ラキアさん、元の姿に戻ってもらえませんか?小さい動物になっていると、みんなが気付きにくいですし、その、すごく、変な感じに見えるんです。」
私が話しかけると、ラキアさんは見つめていた窓からこちらを向いて、もの凄く嫌そうな顔をして私を見た。なんだか睨まれているような気もする。
「お嬢、……様は、いったい何なのですかね。……それにあなた様は、なぜ私を愛称で呼ばれるのでしょう。」
「ホント、ムカつく喋り方するよな。エミリア気にするな。こいつの名前は、……ラルキミア、なんとかなんだって、ったく、ネズミなんかになって隠れてやがって、いい性格してるよな。」
振り向くと、すぐ後ろにノアとピートさんが来ていた。二人共が怒っているようで、とくにノアがラキアさんをずっと睨んでいるので、なんだか知らないうちに益々仲が悪くなっていたみたいだった。
「なんとか……、フンッ、名前ぐらいは一度で覚えて欲しいものですね。本当に人族とゆうのは記憶力が……。オホンッ、私の名前は、ラルキミア・ニレ・スクワウェト・カロモロス。少しでも敬意を払うおつもりがあるなら、略さないでいただきたいものです。」
「わ、やっぱり長いんですね。ラル、ラリ、ラロ……さん?すみません、もう一度教えてもらえませんかか?」
「ブハア~ッ!ぜんっぜん!いっこも言えてねえ。ヒヒッ。いや、もう、ラロさんでいいんじゃね?アハハッ。」
「あ、そう?じゃあラロさんに、聞きたいことがあって……、」
「待て!誰がそれでいいと言った?ラロって、誰だそれは!ラリラロ、言えなすぎだろう!」
「え?それじゃあ……、ラ、ラ?ラル……さん?すみません。ラキアさんで覚えてしまったみたいなので、ラキアさんにします。」
「……許可を出すのは、私のはずだが?……はあ~、もう、ラロでなければ、何でもいい。」
うんざりしたようにため息をついたラキアさんは、棚の上から飛び降りて、ゆっくりと元の青年の姿に戻っていった。
「ラキアさんは、どうやって国から出てきたんですか。アビーさんが空けた穴から出てきたんですか。」
「アビーさん……?君は本当に、いったい……。」
「あ、エミリアでいいですよ。それで、どうやって出てきたんですか。ふつうの時は、結界ってゆうので出られないんですよね。
「君は、……エミリア、さんは、いや、君は、失礼なことを言っている自覚はあるのか?まず、我々は閉じ込められてなどいない。王国を守る結界とは、長い間私達魔法使いが大切に守り続けているものだ。王家が管理するあの強固な結界があればこそ、我々は野蛮な者共からの脅威に晒されずに済んでいるのだ。人族を見てみるがいい、奴らはうじゃうじゃと際限なく増え続け、どこまでも欲が深く、そして平気で嘘をつく。フンッ、それだけではない、下の者や海の者や、そのように下等な、種族も違う者共から身を守る高貴な結界を、伝統のある芸術的なまでに精巧な結界を、君は見たことがあるのか。」
「見たことはないです。そんなに凄い結界なら、一度は見てみたいです。目に見えるんですか?何色ですか?国をまるごと全部覆っているなんて、すっごく大きいんですよね?すごいなあ~。」
「フンッ。そうだろう。すごいだろう。君はなかなか物分かりがいいようだ。何も知らずに、子供が口にしたことだ。失礼な発言は許してやろう。」
「そうですか。ありがとうございます。それで……、」
「分かっている。何度も同じことを聞くものではない。まず、なによりも初めに教えておかなければならないのは、結界とは、簡単に破られるものではないとゆうことだ。それを、殿下はお一人で、一瞬にて破られた。どれほどの強力な魔力、強靭な魔術、まさに魔女の中の魔女。王の中の王。一番優れた一番強い魔力を持った魔女が王になるのだ。それは建国以来の歴代の王と歴史が証明している。私は、殿下が山を吹き飛ばす所を見たことがあるが、その魔力は素晴らしく強大で強力で、一瞬にして粉砕した山は跡形もなく、綺麗さっぱりと無くなったのだ。私は震えるほどに感動した日の事を、今でも鮮明に憶えている。あれほどの魔法を、簡単にフイッと、何の魔法陣も描かずに!殿下は詠唱も為さらない!しかも!地形を変えて弟君に叱られた殿下は、一瞬にして元通りに戻されたのだ!それを!それだけの大規模な魔法を!平気な様子で!平然としておられて!!ウッ、ゴホゴホッ!!」
話しているうちに、興奮して大声になってきていたラキアさんは、急に咳き込んでしまった。ゴホゴホとしばらく咳き込んで、最後にオホンッと咳払いしてからまた話し始めた。
「失礼。……それで、ああ、結界の話しだったな。殿下が悲劇にも国をお一人でお出になられ、私達従者が、いや、すべての魔法使いが悲観に暮れているさなか、ウィルギウス卿は元老院に結界の見張りと修復を命じられた。……元老院が何十人集まろうと、幾日かかっても、結界は完全には修復されず……、我々は更に、悲しみの日々を過ごしていた。あまりにも大きな、王国にとって、あまりにも大きすぎる損失だ。殿下は、弟君に王位を譲られて、……ああ、そんな悲劇があろうか。私達は、陛下とお呼びする日をどれほど……待ちわびて……、うう……、しかし、陛下は弟君に従うようにと、私は、血を吐くような思いで、毎日……泣き暮らしていた。だが、ある時私に光明がさしたのだ。ウィルギウス卿が、変化の魔術が得意な者達を集めて命じられたのだ。人族の、エルドランの都に行って、城の一画の修復と、賠償金を渡してくるようにと。……殿下が、人族の城を壊したらしく、……殿下が城を破壊するなら当然理由があり、過ちなどでは決してないのだが。私は、たとえ人族の国であっても、どのような地の果てであっても、再び殿下の御側にお仕えしようと、……意気揚々と、小さき者に変化できる者達数人と共に、元老院の方々のお力をお借りして、結界の外に出たのだ。」
そこまで話すとラキアさんは、長いため息をはいて、悲しそうにまた窓の外を眺めた。そして、ぽつりと零すように呟いた。
「……しかし、殿下はおられなかった。」
それだけ言うと、長いローブの胸元をゴソゴソしだして、長い紐で首から提げた袋を引っ張り出した。その中から、綺麗な布で何重にも厳重に包んだ物を取り出した。ラキアさんがその綺麗な布を、とても大事そうに丁寧に解いて出てきた物は、枝だった。
みんなで注目して見てみても、何の変哲もない、ただの枝のように見えたけれど、ラキアさんは愛おしそうに、大切そうに私達に見せてから、また丁寧に布に包んだ。
「私は、エルドランに滞在している間に、この、殿下の魔術が込められた品物を見つけたのだ。このように貴重な宝物を、この人族の、強欲者共が、魔力も持たぬ者共が、……利用していたのだ。……決して許せることではない。聞くところによると、他にも箒やら、羽ペンやら、まだまだあるようだが、エルドランの王族共が、どこかに隠し持っているらしい。あの、強欲な人族共は、廃墟と化していた使ってもいなかった城を、自分達で片付けられるものを、わざわざ私達に撤去させて、膨大な金を当然のように受け取り、殿下の作られたこのような品々を勝手に使い込んでいた。」
ラキアさんの激しい怒りが伝わってきていた。それでも、ラキアさんにはまだ話したいことがあるようで、目を瞑って深呼吸を繰り返してから、心を静めるようにゆっくりとまた話し始めた。
「私は殿下の残された品々を回収するべく、帰国していった同胞とは別れて、密かにこの国に残ったのだ。そして錬金術などと大層な名前をつけて、その実、殿下の残された品を扱いあぐねていた奴らの中に潜入し、信用させ、いずれは総ての品々を手中に収める為に、私は、大賢者様として今日まで錬金術師と自称する者共と共に過ごしてきた。」
ラキアさんのお話は、思ったよりも入り組んでいた。私はなんとなくアビーさんの空けた穴から一緒に出てきたのかなと、簡単に考えていたのだけど、知らない人の名前も出てきたし、ちゃんと全部理解するのは難しそうだった。話を聞いていた全員がそう思っているのか、ラキアさんが話し終わっても、みんなが考え事をしているように、静かに黙り込んでいた。