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137.雨夜の美しい星空

 ふいに叩き付ける雨と風が止んで、地面に丸い影が落ちた。見上げると長い柄の傘を持ったラリーさんが、ニッコリと微笑んでいた。そして私とノアの肩にぽんぽんと順番に手をおいてから、ノアに傘を持つように差し出して渡した。


「この傘は頑丈でな、どんな雨風にも負けんよ。しかし少々重いのが難点なんだ。危ないのでエミリアは持ってはいかんよ。……さてさて。」


 傘の中には、大雨も強い風も何も入ってこないようだった。透明で頑丈な丸い建物の中から外の嵐を見ているような、なんとも不思議な感覚だったけれど、心配がなくて安全で、ほっと安心することができた。


 ラリーさんはポケットの中から同じような傘を出してパッと開くと、長い柄をシュッシュッシュッとどんどん伸ばして、とても背の高い傘にした。そして透明に透けていて、白い靄のような煙を上げているアビーさんの居る方向に歩き出した。


「アビーや、どこに居る?アビーや、わしには見えんよ。アビー?」


 ラリーさんはアビーさんがまったく見えないように、キョロキョロ顔を動かしながら探していた。雨風のせいかヨロヨロしているように見えたけれど、雨脚はだいぶ弱まっていた。アビーさんは困ったような顔をして、ラリーさんを見ていた。


 そして気が付けば、アビーさんはもう透けていなくて、みんなにも見えているようだった。アビーさんはラリーさんの方を向いて、両手を下ろして握りしめていた。そして泣き出しそうに悲しそうな顔をしていた。


「アビー、心優しき魔女よ。何も心配はいらんよ。うちに帰って、みんなで温かいものでも食べよう。」


「ラリー……、この者はかつて妾の従者であった。妾が責めを負わねばならぬ。」


「アビー、早合点してはならんよ。この若者の話しを、詳しく聞かせてもらうことにしよう。真実はまだ何も分かっておらん。アビー、どんな時も、話し合うことはとても重要なんだ。どんなに難問だと思えることでも、話し合えば、最適な解決策を見出すことができる。」


「……そなたの話し合い好きは、承知しておる。」


 アビーさんはそう言うと、手をフイッとしてまた姿を隠してしまった。私には透けたようになって、空中に浮かんでいったアビーさんが見えていたけれど、ラキアさんが途端にキョロキョロして慌てだした。


「殿下!どうか!私は、命で報いる覚悟が出来ております。どうか!……御側でお仕えできない、私は……、私に、生きる意味など……、ううう……。」


 ラキアさんは話しているうちに途切れ途切れになって、やがて泣き崩れてしまった。とても深い絶望感が伝わってくるので、思わず一緒の気持ちになって、また涙が零れそうになる。隣に立っているノアが私の頭と肩を撫でてからラキアさんの方に歩いて行った。


「……どうして、ご褒美がもらえると、思えるのかなあ?……これだけの迷惑をかけているんだから、包み隠さず話を聞かせてもらいますよ。」


 ビクッと体を震わせたラキアさんがゆっくりと起き上がって、目の前まで歩いて来ていたノアのことを睨むように見ていた。


「先程から目障りな、貴様達はいったい……?その容貌、その物言い、……非常に小癪に障るのだが……。」


「気に食わないのはお互い様のようですね。僕は名乗りもしない相手に、自己紹介するつもりはありません。」


 ノアとラキアさんはなぜかすでに仲が悪くなっていて、ラキアさんはグギギと歯ぎしりする勢いでノアのことを見ていた。


「やめんか二人とも。ずいぶん小雨になってきたのでな、人が集まってくるやも知れん。早々にここから退散せんといかんぞ。初めては酔ってしまうかもしれんが、鷲に乗って行くことにしよう。……お前さんは魔法使いなのだろう。目立たんようにして、わしらの後をついてきなさい。カラス達から離れんようにな。」


「おじい様、ベリーさんとカレンさんも一緒につれて行くんですけど、その鷲とゆうのに全員乗れますか。その辺に避難してるはずなんです。……瓦礫の下敷きになってなきゃいいんだけど。」


 ノアが辺りを見渡して、カレンさん達を探していた。ラリーさんも私も一緒になって、崩れた神殿の周りを捜し歩いた。いつの間にかカラス達が大勢集まってきていて、屋根の上や、瓦礫の上に降り立っていた。神殿の建物の方からグギャーとクロの鳴き声がしたので急いで行ってみると、壁に寄りかかってベリーさんとカレンさんが抱き合って座り込んでいた。


「……気を失っているようだ。ふむ。見たところ大きな怪我はなさそうだの。二人は雲に乗せて運ぶとしよう。やはりわしらも雲で飛んで行くとするか。カラス達に隠してもらえば、まあ、大丈夫だろう。」


 カレンさんに怪我はなさそうだったけれど、ベリーさんは頭を打ってしまったのか、首筋に一筋血が伝っていた。私は二人の横にしゃがみ込んで、手を伸ばした。両手をそれぞれカレンさんとベリーさんにあてて、二人の無事を確かめてみる。すると、すぐに眩いばかりの光が私達を包んでいた。


「エミリア……、大丈夫でしょう?そんなに、大きな怪我はしていないでしょう?かすり傷よね?落ち着いて、ゆっくり確かめてみたら、分かるでしょう?もっと、少し、少しだけ。落ち着いてみたら、分かるわよね?二人は、ほんの少しだけ、その方が喜ぶはずよね?」


 ディアさんが少しずつゆっくり話してくれていた。私はディアさんの声を聞きながら、自分の呼吸を整えることに集中することにした。焦らず落ち着いて確かめてみれば、たしかに二人が緊迫した状態ではないことが分かる。ほんの少し……、ほんの少しだけの怪我が治るようにだけを思って、静かに目を閉じた。


「……ん?あら?エミリア?え?私、寝てた?やだあ~、恥ずかし~い。」


「……なにが、起こって……?あっ、すみません。え!?血が……!」


 目を開けると、カレンさんとベリーさんの意識が戻っていて元気そうに話していた。カレンさんが慌ててベリーさんの頭を触っていたけれど、怪我をした個所を見つけられないようだった。二人共が不思議がって首を傾げている姿を見ていると、やっとホッと安心することができた。


「良かった。体調に問題は無さそうだな。しかし、急かして申し訳ないのだが、お二人さんも急いで雲に乗ってくれないか。人が集まりだしたら面倒なことになる。」


 振り向くとラリーさんが大きな雲を地面出していて、雲の周りにカラス達が集まっていた。カレンさんとベリーさんはとても驚いた様子で、目を見開いて雲を見ていたけれど、二人で手を繋いで喜んで雲に乗り込んだ。


「雲!?雲に乗れるの!?キャー!!スゴい!!え~!?嬉しい!!」


「ふわふわ!!ふわふわです!!すごくふわふわです!!」


 ラリーさんも乗りこんでいて、カレンさん達は雲の触り心地に感動していて楽しそうにしていた。その様子を見ていると、濡れた服や体が一瞬でフワッと乾いた。そして、崩れていた瓦礫が浮かび上がって、元に戻ろうとしていた。


「あっ、待ってください。今は、元に戻さないでください。今となってはその方が都合がいいです。元通りに直すにしても、今はそのままにしておいてください。」


 ノアが大きな雲の横に立っていて、アビーさんの姿が見えないのでいろんな所に向かって話していた。そして、同じ場所に立ったまま動き出さない私を見て、こちらに向かって歩いてくる姿が見えた。私は思わず俯いて、また地面に置かれていく瓦礫をなんとなく眺めた。


「エミリア?……大丈夫?……いったん、宿に戻ろう?」


「服が乾いても、崩れた建物が直っても、……怪我が治っても、もとに戻らないものは、あります。」


 私が震えながら話し出すと、ノアがその場で一歩踏み止まった。ポタッと地面に一粒涙が落ちるのと同時に、アビーさんが私の目の前で姿を現した。透けていなくて、私の前に跪いていた。遠くの方でラキアさんの悲鳴のような声が聞こえた。


「声が、……届きませんでした。何回も名前を呼んでいたんです。風が強くて、聞こえなくて、近づけなくて、すごく悲しくて、アビーさんも悲しそうで、……それで、だから、……悲しいです。」


 私はぽろぽろ泣いていたけれど、アビーさんも泣きそうに悲しそうな顔をしていた。アビーさんを困らせてしまっているのは、分かっているのに、涙が止まらなかった。


 辛くても、責任を果たそうとしていたアビーさんの気持ちは分かるけれど、そんなに悲しくて切なくて、そんなにも辛い責任からは逃げ出してほしい。そんな私の気持ちは無責任な我儘なんだとは分かっていても、アビーさんが誰の声も聞こえなくなるほど辛いのも、心優しい魔女のアビーさんが、別人のようになって私の声が届かないのも、いろんな事がどうしようもなく悲しくて、涙が流れ続ける。


「エミリア、妾はこの上なく愚かであった。そなたの涙……、なにやら胸が締め付けられるようで、耐え難い。……我誓う。エミリアよ、妾はこれよりそなたの意に沿い、そなたの願いを叶え、そなたの憂いを無く為すよう尽くす。」


 アビーさんがそう言い終わると、私の手をとって額につけた。どこか遠くでまた大きく息を呑んで唸る声が聞こえていた。アビーさんはまったく意に介さず、手を握ったまま私の顔を真剣な顔で見つめていた。


「……なにか、大げさな気がしますよ。誓うとかじゃ、なくていいですよ。今のは、なにか大げさなことでは、ないですよね?」


「エミリア、妾はそなたが悲しむと、泣いてしまうと、……悲しい。妾の誓いを受けてはくれぬか。妾は悔い改め、そなたに許しを請いたいのじゃ。」


「ゆ、許します。許してます。怒ってませんし、お受けしますし、私のわがままだから、な、泣いちゃって、ごめんなさい。」


 アビーさんはの弱ったような顔は、とても困った気分になるので思わず慌てて全部許すと、私の手を持ったまま、アビーさんはとても嬉しそうに笑った。とても素直な心からの満面の笑顔に、私まで嬉しくなって思わず微笑んでしまう。すっかり仲直りした気分になっていると、体が浮かび上がってアビーさんに抱っこされていた。もう透けて見えなくしているアビーさんは、みんなより先に宿に向けて飛び立とうとしていた。


「お、お、お、お待ちください!殿下!殿下は、グリシアの民の眷属なられるおつもりですか!?殿下は誇り高く尊き、ア……ああ!!」


「黙れ。」


 私達の方向を見ながら、ラキアさんがすごく焦ってなにか早口に捲し立てていた。アビーさんはとても低い声を出すと、顔をしかめながら指をピンッとして、ラキアさんを転かしたようだった。


「アビーさん、乱暴なことをしちゃだめですよ。」


「乱暴なものか、ただの戯れじゃ。」


「そうですか?怪我はしていないようですけど、いきなり転けちゃったら、ビックリしちゃいますよ。」


 アビーさんはラキアさんを一瞥してフンッと鼻を鳴らすと、一気に上空に飛び出してしまった。何羽ものカラス達が続いてついて来ていた。こんなにたくさんのカラス達がアビーさんの方に来てしまったら、ラリーさん達の雲を隠すカラス達がいなくなるんじゃないかなと心配になった。


 ずいぶん高く高く空を昇って、カラス達や薄い雨雲を見下ろす高さまでくると、空には驚くほどの輝く星空が一面に広がっていて、しばらく二人で静かに見とれていた。迫るように覆い尽くす夜の空は、どこまでも美しくて自由で、アビーさんのようだと思った。

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