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136.荒れ狂う嵐の悲しい夜

 しばらく放心していたベリーさんが、カッコよく膝を立ててカレンさんに手を差し伸べて、立たせてあげようとしていた。ポッと赤くなったカレンさんが恥ずかしそうにその手をとって、二人は器用に見つめ合いながら立ち上がっていた。


 そして、二人ともが頬を赤く染めて、手を取り合ったまま見つめ合っていた。二人はいつの間にかとっても仲良くなっていたので、頻繁に顔を見合っているみたいだった。


「あら?あらあらあら!?なになになに?いつのまに?そうなの?ええ~、楽しい!いつから!?聞きたい聞きたい!」


「ディアさん?なんのことですか?」


「ちょっと!?なにって!恋よ!恋仲よ!始まってるでしょ!芽生えちゃってるじゃないのよ!いつからよ?私にも教えてよ~。」


「うるさい羊めが。無粋なことで騒ぐでない。」


「そうだ。どうでもいいことを聞いている暇はない。早く宿に戻らないと、エミリアの晩ごはんが遅くなる。おじい様も心配してるかもしれないし。……騎士団の人達はもういなくなったのかなあ。飛んで帰るにしても、街灯が明るいから、人通りが少なくなってくれないと目立つんだよね。」


「どうでもって……、あんたねえ。」


 ノアがディアさんと話しながら敷物や余った食べ物を手早く片付けていた。その間に、少し離れた所にいたベリーさんとカレンさんも、恥じらいながら私達のもとに近づいてきていた。


「……不思議な気持ちです。神話や聖典のなかでも、めったに起こらないような事が目の前で起きているのに、なにか、とても身近に感じて、私は、もしかしたら、聖女様を神聖視しすぎていたのかも、……しれません。」


「ああ、なるほど……。そうゆう、ことなのかも……、私はまだ、頭が混乱していて、ちょっとよく、分からないんだけど。」


「あら?そんな、どんどん神聖視してくれちゃっても、いいのよ~。あなた達の聖女様って、ホントにとっても賢くて、何でも知ってて、信じられないぐらい優しくて、本当に美しくて、みんなに、本当に心からみんなに慕われていたもの。だから……、だからもう、あの壁画は……、消しちゃってもいいのよ。」


「……ディアさん?」


「どんなに似せても、そっくりに見えるように描いていたって、違うもの。……もっと楽しそうに笑っていたし、もっと優しい笑顔だったし、……好きに、してくれてもいいんだけどさ。あの壁画が悪用されたのを知ったら、きっと、すごく、悲しむもの。本当に、本当にキレイで優しくて、一人一人の悲しみに寄り添っていたから、聖女様って言われるようになったのよ、……きっと。」


 カレンさんは神妙な顔をして、ディアさんを見ていた。そして片手を胸にあてて、少し膝を折ってお辞儀のような仕草をした。


「私は聖女様を崇敬しております。その気持ちは微塵も変わっておりません。……聖女様は本当に、素晴らしいお方だったのですね。お話を聞かせていただけて、本当に嬉しく思います。」


 カレンさんが感激したように涙ぐんでいたので、側に寄り添っていると、後ろからドンッとベリーさんがぶつかってきた。背中を向けたベリーさんは大きく手を広げて、緊張しているようだった。


「なにかが、もの凄い速さで……来るわ。ノア!エミリア達を……。」


 突然の事態の急転に戸惑っていると、開け放たれた扉から黒いローブの服を着た老人……、がヒョコッと顔を出した。特に走ってきた様子ではなかった。


「……え?大賢者様?……なぜ、ここに?」


「えっ?なに?……やだ!私ったら、勘違いしちゃって。あんなに腰の曲がったご老人に……えっ!?」


 大賢者様と言われている人が、地面をスススーと滑るように私の前まで来て、……土下座した。……今日は、もうなんて日なんだか、どうしてみんな私の前で土下座をしていくのか、困って隣にいるカレンさんやベリーさんを見ると、私から少し離れて、事の成り行きを困惑した顔で見守っていた。


「……殿下、お会いしとうございました。」


 顔を上げた老人……らしき人は、感極まったように泣いていた。私は目をパチパチ瞬いてギュッと目を閉じた。それでもやっぱり目が疲れるので瞬きを繰り返した。


「……人違い、だと思います。私は、デンカさんではありません。」


「再び、お目に掛かれる時を、夢みておりました。殿下の高貴な芳香を御前にして、もう何も思い残すことはございません。……ですが、このようにお早く御代変えなされていたとは露知らず、ご不自由なご様子とお見受けいたします。これよりはどうか、御身の新生の一助を担わせていただきたく存じます。」


 まったく何を言っているのかは分からないけれど、また頭を下げてしまった姿をみていて、ハッと気が付いた。前にも似たように人違いされたことがあった。その時も、私の髪と目の色が同じだから、年齢は大きく違うのに間違われたのだった。


 私はななめ後ろに立っているアビーさんを振り返って見た。眉間にしわを寄せて、土下座をしている人を凝視しているアビーさんは、この方が誰なのかを思い出せていないような顔をしていた。


「すみません。……人違いなんですけど、とにかく、その、……元の姿に戻ってもらえませんか。」


 バッと顔を上げた老人と若者の姿がチカチカした人が破顔一笑すると、泣き笑いのような顔になった。


「とうとう殿下に見破られました。私の得意とする魔術は、変化の魔術のみでございますが、もう何一つ殿下には遠く及びませんね。本当に嬉しく思います。」


 とても嬉しそうな笑顔になって、チカチカしたものがだんだん薄くなってくると、濃い茶色い髪の色をした青年が現れた。目の色は老人姿の時と同じで深い茶色い色をしていた。


「ラキア……、妾は、二心なく兄上に仕えるようにと、そなたらに命じたはずじゃが?」


 目を見開いて、震えるほどハアッと息を呑んだラキアさんは、もの凄く動揺した様子でキョロキョロとアビーさんを探していた。そうしているうちに、空がゴロゴロと鳴り出して突然ピシャーンと雷が鳴り閃いた。そして唐突に嵐のように激しく雨が降りだした。荒れ狂う雷雨の中で、ノアが勢いよく私に抱きついてきた。みるとベリーさんもカレンさんを抱き寄せて避難させていた。


「エミリア!!こっちへ!!おばあ様、落ち着いて!!マズい……、おじい様に……!!」


 立っていられないような暴雨のなかでも、ラキアさんは同じ格好のまま、座り込んでいた。神殿の一部からどんどん崩れ始めて、渦を巻いている竜巻のような風に巻き上げられていく。


「……お……じい……おじい様……す……ぐに!!……!!」


 すぐ近くにいるノアの声も聞きとれないほど、破壊された瓦礫と暴風雨の音が激しくて、すべてのものが崩れていく様は、まるでこの世の終わりが始まったような恐ろしい光景だった。その中で、アビーさんの透けた体の周りから煙のような靄が立ち上っていた。ラキアさんは膝をついて行儀よく座ったまま微動だにしないで、その煙が上がる様子を見つめていた。


「この王都の穢れは、そなたの仕業か。」


 威厳のあるアビーさんの声は、なぜかこの雷雨のなかでも、響くようによく聞こえた。静かで、なにも声を荒げていないのに、沸騰するような怒りと、そして、深い悲痛な色が漂っていた。


「覚悟はできております。願わくば、殿下の手に掛かる誉をいただきたく存じます。」


 雷鳴がとどろく惨禍のなか、状況はどんどん良くない方向に進んでいるように感じた。とにかく、なんとかアビーさんの怒りを静めないと、とんでもない結果になることが、身につまされて分かった。抱きついているノアのびしょ濡れになった上着をぽんぽん叩いてから、私は渦巻いている向かい風と叩きつけてくる雨に立ち向かって、なんとか一歩ずつ歩き出した。


 今にも、取り返しのつかない悲劇が起こってしまいそうで、寒さからだけではない身体の震えが止まらなかった。激しく降る大雨の向こうで、透明に透けたアビーさんが、ゆっくりと大きく手を振り上げていた。


 ああ、やめて。そんなことはしないで。そんなことはして欲しくないのに、何度声を上げても、名前を呼んでも、私の声は豪雨にかき消されて誰にも聞こえないようだった。


 こんなにも何もできない無力な自分が悲しくて、とても悲しくて、足が止まって一歩も動けなくなった。後から後から頬を伝っていく水滴が、雨なのか涙なのかも、もう何も分からなくて、暴風に吹き飛ばされそうになりながら、ただ呆然と立ち尽くしていた。

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