135.私の為に、ありがとう
カレンさんが頬を赤らめて、なにか話し出そうとしているのをノアと見守っていると、周りから一斉にザザザッと音がして、見ると真ん中にいるベリーさん以外の兵士の人達が慌てて壁際まで下がっていて、そこら中でガシャンガシャンと大きな音をたてながら、次々に膝をついて座り始めていた。
寝転んでいる人も足を崩して座っている人も一人も居なくなっていて、もう兵士の人達はみんな頭を垂れて、壁際を埋め尽くすように整然と並んでいた。見る間に先程までの賑やかな雰囲気とは一変してしまっていた。
突然の兵士の人達の摩訶不思議な変化に目が釘付けになっていると、私のすぐ隣から、とても大きくて深いため息の音が聞こえた。ノアが嫌そうな顔をして睨んでいる方向を見てみると、扉の近くで数人の大人達に混じって、さっきジョニーさんを担いで出ていった男の人が立っていた。
そしてその大人達の中に、小柄な金髪の少女がキョロキョロしているのが見え隠れしていた。周りの大人達の体で隠されているように見える女の子は、私達に目を留める突然、こちらに向かって無我夢中な様子で駆け寄ってきた。その素早い動きに後れを取った周りを取り囲んでいた大人達は、慌てたように少女の後を追いかけていた。
「聖っ!!じ……さま!!ゴホゴホッ、……エミリアさん!!よくぞご無事で!!ああ、よかった……、よかったです。ううう……。」
私の目の前まで来て、跪いて涙を流している少女はなんと、レイさんだった。なぜか分からないけれど、完璧に少女にしか見えない変装をしたレイさんは、なにか安心したようで、手をついて土下座のような形になって泣いていた。レイさんに追いついた大人達が全員ギョッとして、慌ててレイさんに倣って土下座をしていく。
そして私達が戸惑っているうちに、壁際に跪いていた兵士達が続々と同じ姿勢を真似ていた。頑丈そうな鎧を着ている人達には、その体勢は難しそうだった。ノアがまたとても長いため息をはいた。片手で額を押さえていて、うんざりしているようにも困っているようにも見えた。もしかしたら少し怒っているのかもしれなかった。私は慌てて少しレイさんに近づいて声をかけた。
「あの、レイさん、顔を上げてください。あの、泣かないで……、あ、良かったらこのハンカチを使ってください。ええと、私がなにか、心配をかけて、しまったんですよね?私は、見ての通り、元気です。大丈夫ですよ。あっ!こんなに変装しているのに、よく私だと分かりましたね?あれ?帽子がちゃんと被れていませんでしたか?」
私は帽子を脱いで、マフラーや眼鏡の変装道具を一旦外してみた。お菓子を食べたりしていたし、もしかしたらずれたりしてしまっていたのかもしれなかった。静まりかえっていた周囲は次第にざわめいてきていた。
「いえ……、いえ!あの、えっと前にその変装を見ていたので、私は、全然、気付きませんでしたけど、と、隣にノアがいましたから、それで、その、そうじゃないかと……。変装は、完璧です。何も、どこも、おかしくありません。」
「そうですか?良かった。安心しました。」
私がレイさんにニコッと笑いかけると、なぜか周りにどよめきが起こっていた。不思議に思って周りを見渡してからまたレイさんを見ると、もうすっかり泣き止んでいた。私はようやく安堵して、ついて来た大人の人達に目を向けると、屈強そうな大人の男の人達がみんな派手なお化粧をしていた。
短い髪の毛に何か所もギュッとリボンを結んでいる人もいて、変装に慣れている私でも、体がビクッとなって驚いてしまったので、これは確かにどよめきが起こっても仕方がないと思う。なぜかもの凄く迫力があってすごく目立つ集団だと思った。
「……つまり、僕が続々と渡している資料には目を通していない、とゆうことかな?僕は手紙にこちらの状況と、君が主体となっておこなってほしい道筋を示したつもりだったんだけど。伝わっていないとゆうことだね?」
「な!?なにを!?……怒って!?わ、私は、……私と側近達は、すべての資料に目を通しているし、言われた通りにすべて書き写させているし、保管もちゃんと……。そ、それに噂話の聞き込みも続けさせているし、だから!神殿に暴徒が押し寄せたと聞いて、私は……、神殿用の、目立たない変装をして潜入を……、これでも、騎士団が暴徒を制圧するまで、大人しく待っていたんだ。聖女宮に赤い髪の美少女が召されていると聞いて、私はいてもたってもいられず、本当に、無事で、……良かった。」
「その情報は誤りだ。僕達は暴徒が飛んで、んん!……押し寄せた時にはもう神殿の外に居た。今ここに居るのは、……たまたまだ。それに、誰も言いづらくて教えなかったのかもしれないけど、その女装、すごく目立っている。集団の存在自体がまるごと全部もの凄く目立っている。なにか誤解しているようだけど、妙な思い違いをされないように、その変装は二度としないようにお勧めするよ。」
変装しているレイさん達は激しく動揺していた。レイさんは可愛い少女に見えるから変装は成功していると思うけど、ノアの話しがまだまだ終わっていないようなので邪魔しないように黙っていることにした。後で機会があれば教えてあげようと思う。
「……はあ~、側近の騎士ねえ……。ふう、ああ、そこの、ジョニーさんをつれて行った人、ちょっといいですか。どれぐらいの規模で神殿を取り囲んでいるんですか。ジョニーさんの部隊だけじゃないですよね。」
「……恐れながら、発言させていただきます。私は第8師団の副官を任されております、キリウス・デンサと申します。神殿制圧部隊は第8師団と第12師団の2部隊。外に第6師団が待機しています。応援部隊はただいま待機中です。」
「そう……、じゃあ、悪いんですけど、僕達はカレンさんをつれて出て行くので、ならず者の人達をつれて、騎士団の人達を全員撤収させてください。あと、教皇の居場所は把握しておいた方がいいですよ。レイ達は……、その顔を洗って変装を止めてから帰った方がいいよ。僕が後で打ち合わせに行く。あとは、そうだなあ、事はもう起こってしまったんだから、キリウスさん達も、とりあえず神殿に聖女様はいなかった、とゆう感じにしておいてください。」
「おっ!?恐れながら……!聖女様を、お連れに!?それは!?私の判断では……、我々の部隊の任務は神殿奪還と聖女様の保護です。それで……、あの……。」
キリウスさんはベリーさんを見たり、レイさんを見たり、ノアを見たり、ものすごく狼狽えて困っていた。考えてみれば、私はカレンさんを誘拐しようとしているので、カレンさんを守ろうとしている兵士の人にとっては、迷惑な話だと思った。
「キリウスさん、すみません。兵士の人達にはご迷惑をかけてしまうと思うんですけど、カレンさんは聖女様にされていただけなんです。ここに居ては危険みたいなので、私達と一緒につれて行きます。」
「聖女様に、されて……?ええ……!?」
キリウスさんは信じられないと言うように目を見開いていて、なぜかレイさんと一緒にきた変装した人達も、もの凄く驚いているようだった。改めてみるとレイさんも絶句していた。どうゆう伝わり方をしているのかは分からないけれど、手紙ではちゃんと理解されていないようだった。
ふと振り向くと、カレンさんが俯いて震えていた。ベリーさんが隣に寄り添っていたけれど、胸の前で手を握りしめていて、今にも、泣いてしまいそうなのを必死で我慢しているようだった。私はその姿を見て、カレンさんは自分も騙していた側だと思っていたことを思い出した。
私は、私の言葉でカレンさんの気持ちを傷つけてしまったことに気が付いた。口をつぐんで、カレンさんに近づこうとして、私は、もう一つ気付いてしまった。カレンさんはベールを被っていなくて、髪を隠していなかった。そして髪の色が根元も全部、前よりも明るい金色になっていた。
私は改めて今更思い知ってしまった。カレンさんは私達を助ける為に、本気で聖女様として生きていくつもりだったんだ。だから今日、髪をまた色粉を使って染めたんだと思うと、何とも言えないような、言葉で何と言ったらいいのか分からない心の震えが止まらなくて、カレンさんにゆっくり近づいて、思わず髪に触れていた。
「ごめんなさい。カレンさん……。私達を助けようとしてくれて、ありがとう。でも、もう……、無理をしないで、ほしいです。カレンさんは、本当に優しい素晴らしい女性です。もう、聖女様にならなくても、いいんです。」
私はカレンさんに抱きついていた。震えて泣いているカレンさんを、優しいぽかぽかした温かさでなぐさめてあげたくて、清らかな泉のように綺麗なカレンさんの心に気付いてほしくて、抱きしめた。
震えていたカレンさんが元の茶色い髪色に戻って、辺りのキラキラした光がおさまる頃には、カレンさんの表情も穏やかになっていた。
「……ありがとう。私のために。また私をもとの私に戻してくれて、ありがとう。私をなぐさめてくれて、ありがとう。……ありがとう。」
私とカレンさんは手を取り合って、しばらく見つめ合っていた。大切な心が通い合った気がして嬉しくて、二人でフフフッと思わず微笑んでいた。
ハッと息を大きく呑む音がしたのでそちらを見ると、キリウスさんの横にベリーさんが立っていて、何か話していたようだった。
「あの集落の?そんな……、な、何年前だと……、くそっ!……なんてこったよ。……資料があるって言ってたな。……第8師団!!総員撤収!!急げ!!モタモタしてる奴はぶっ飛ばすぞ!!」
キリウスさんが何かブツブツ言ったあと大号令をかけると、兵士の人達全員が、嵐のように慌ただしく、あっという間に居なくなった。キリウスさん達はレイさん達を半ば強引に引きずってつれて行ったんだけど、後で怒られなければいいなと思った。
「エミリア、大勢が集まっている場では、あまり派手な事はせぬ方がよいぞ。」
「派手なこと?私、派手……でしたか?」
アビーさんはいつの間にか私の隣に立っていた。透けたままなので、まだみんなには見えていないと思うけれど、アビーさんは気にせず話していた。
「ふむ……。アレは、羊の奴はどこに行ったのじゃ?あやつに聞いてみねば分からぬが、割と目立っていた気がするぞ?」
「そうなんですか……、目立つのはよくないですよね。ディアさんは今ちょっと出かけているんですけど、もしかしたら、ディアさんに怒られてしまうかもしれません。」
池の畔でアビーさんと話していると、池の水がふるふる波打って震えだした。そうして、水がうみょんと上に伸びて女の人の形になった。
「なんか近くに居るみたいだから、近道しちゃった~。はあ~、疲れた疲れた。私すっごく頑張ったんだから~、撫でて撫でて~。」
久しぶりに女神様の形になったディアさんがそう言うと、水がパシャンと水面に落ちて、ディアさんが羊の中に戻ってきた。フードの中からもぞもぞ出てきたディアさんは私がだした手の中に降り立った。ディアさんは自分で言っていた通りすごく疲れているようだった。
たぶん私の為にこんなに疲れるまで頑張ってくれたんだと思うと有り難くて、私はなでなでディアさんを撫でながら、ふう~と息を吹きかけた。頭の中でなぜか、痛いの痛いの飛んでいけ~とゆう言葉が浮かんだ。それは、すごく便利な魔法みたいな言葉だと思った。私は飛んでけ、飛んでけと思いながらディアさんを何回も撫でてあげた。
「あら~、なんだか上達してるじゃな~い。日頃の修行の成果かも!」
「えっ!?本当ですか?修行の成果が出ていますか?やった!自分では全然気付きませんでした。ディアさんのおかげですね。」
「ん?なにあれ?今どうゆう状況?」
ディアさんが体を動かした方を見ると、ベリーさんとカレンさんが揃って、腰を抜かしたように座っていて、目を見開いて私とディアさんを見ていた。そういえば私も、いきなり水が手の形になった時にはすごく驚いたし、二人も同じようにビックリしてしまったんだと思った。それに派手さで言ったら、ディアさんの方が派手で目立っていたと思うので、私は怒られないですむと分かって、一安心した。