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134.騎士達の楽しい訓練

 ベリーさんが片手で軽く2、3回ノアに借りた鉄棒を振ると、なぜかくるっとノアの方を振り返って軽く睨んでから、また前を向いた。それから腰に手をあてて、ため息をついていた。


「はあ~。随分硬い棒みたいじゃないの。これは、ちゃんと加減しないと怪我させちゃうわね。もう、可愛い弟相手に、なんて物を持たせるんだか。」


「兄上、なにをブツブツ言っているんです。神聖な真剣勝負の前ですよ。集中してください。私が勝っても、弔いはちゃんとしますから、安心してください。私は兄上達と違って、母上を悲しませたりはしません。」


「母上ねえ。知ってた?あの人、一人でもいいから娘が欲しかったのよ?私がこうなってからは喜んじゃって、今じゃ一番の私の支援者なのよ?すっごく可愛い物好きなんだから。心の中はいつまでも少女なのよ。可愛いわよね。」


「くっ!母上まで愚弄するとは!兄上!許しません!」


「いや、だからその思い込み、なんとかしなさいよ。ま、いいわ。口喧嘩する為にその剣を構えてるわけじゃないんでしょ?さっさとかかって来なさい。言っとくけど、私が勝ったらロリーのことは、ちゃあんと謝ってもらいますからね。」


 ベリーさんが手のひらを前に突き出しておいでおいでをすると、ジョニーさんは怒ったようで、いきなり勝負が始まった。騎士の鎧は重そうなのに、ジョニーさんは軽やかに前に踏み込むと、剣を大きく振りかぶってベリーさんに襲いかかった。見ていてヒヤッとしたのはその一瞬だけで、あとはベリーさんが避けたり、軽く剣を往なしたりするのをみんなで見ていた。


 一方的にジョニーさんの息だけが上がっていくのを見ていると、なんだかラリーさんと、ノアやピートさんの訓練風景を見ているようだった。剣のことや決闘のことはよく分からないけれど、途中から明らかに、勝負とゆうよりよく見慣れた訓練の様子に変わっていた。


「踏み込みが浅い!脇はいつでもしめる!次の手はもっと素早く出しなさい!間合い!次!もう一度!顎は上げない!出来なかったら、すぐ動く!失敗しても次!」


「ハイッ!ハアハア……、すみませ……、ハアハア。」


 ジョニーさんは次第にフラフラしていたけれど、ベリーさんの息はまったく上がっていなかった。着けている鎧の重さだけの問題でもなさそうだった。


「構えが甘い!しっかり剣を握りなさい!騎士なら何があっても剣を離すんじゃない!次!右!左!次々打ち込みなさい!」


「ハアハア、ハイ……、ハアハア、ゼーゼー。」


 それからしばらく見ていると、ジョニーさんが立っているのもやっとのように、ヨロヨロとしていた。顔色も悪くなっていて、私達はジョニーさんのことが心配になってきていた。すると突然、ジョニーさんがガクッと膝をついた。


「立ちなさい、ジョニー。訓練は、まだまだこんなものでは終わらないわよ。」


 剣を地面に突き立てて、立ち上がろうとしたジョニーさんは、膝を少し浮かせた瞬間に倒れて、何かを呟くとそのまま意識を失ったようだった。


「やっぱり、……兄上は、最強……、……で……す。ロリー……の、ごめ、なさ……。」


「ホント末っ子って、可愛いわよね~。素直ってゆうか、可愛げがあるのよ。……ちょっと、キリウス!あんた副官ならさっさとジョニーを起こしなさいよ。」


「阿呆か。完全に伸びてんだろ。スタミナ切れだ。起こしても起きるもんじゃねえだろ。ったく、育ち盛りな騎士団長を軽々伸しやがって、バケモンが。」


 ベリーさんに呼ばれて近づいていった背の高い男の人は、鎧を着たジョニーさんを軽々と担いだ。そしてベリーさんと親しげに何か話しているようだった。


「キリ、悪者は教皇よ。あんた達、割を食わないように立ち回りなさいよ。せっかくやる気になってるみたいなのに、私の弟を降格なんてさせたら許さないからね。」


「チッ。なんだよ。貧乏くじか。しょうがねえなあ。ちょっと体制整えてくっから、こいつら適当に相手してやっててくれ。大怪我はさせんなよ。」


「いいけど。ジョニーが起きたら、ちゃんと謝るように言っといてよね。」


「……奴さん、ロリニエールのこともちゃんと尊敬してんだぜ?寂しがってるだけだろうよ。若者の戯言なんざ、聞き流してやれよ。了見が狭えぞ。」


「そうなんだ。でもそれとこれとは別なのよ。ケジメはちゃんとつけさせないと。ジョニーもその方がスッキリするでしょ。」


「たしかにな。じゃあ、ちょっくら行って来るか。はあ~。大物じゃねえかよ。裏は取れてんだろうな。ああ~、面倒くせえ。」


「ちょっと、あんたジョニーの前ではちゃんと副官らしくしてるんでしょうね。心配になるわ。」


 ジョニーさんを担いだ人がそっと後ろに下がると、ベリーさんが周りの兵士の人達を見渡して、一際大きな声を上げてみんなに向かって呼びかけた。


「よお~し!興が乗ってきたわよ~。あんた達、まとめて鍛えてやるからかかってきなさい!一人ずつでも、数人がかりでもよし!」


 周りの兵士の人達は、ベリーさんの言葉に一気に色めきだって盛り上がっていた。男の人達の野太い声で騒いでいるのに、なぜか女の子達がキャーキャー盛り上がっている時のようで楽しそうに感じた。次々にベリーさんに向かっていく兵士の人達は、次々に返り討ちに遭っているのに楽しそうだった。


「お前らあ~!弛んでんじゃねえのかあ~!オラオラア!一人で無理なら、連係とって来いやあ!!休んでんじゃねえぞお~!!」


「ハイイッ!!」


「お願いっしゃあす!!」


 ベリーさんはとても男らしい話し方になっていて、全員を相手に訓練してあげていた。わんぱくになったベリーさんはとても生き生きとしていて、笑いながら大きな兵士の人をぐるぐる回して投げたりしていた。周りの兵士の人達は次第に座り込んでいる人や、隅で横になっている人達が目立ってきていたけれど、なぜかみんな楽しそうだった。座って見ていた私達も途中から、ベリーさんの応援とゆうより楽しいピクニックのように、みんなでワイワイお喋りしながらお菓子を食べていた。


「この果物、甘酸っぱくてとっても美味しい。それに、手で皮をむいてそのまま食べられるなんて凄いわ。こんなに瑞々しいのに、全然手が汚れないんだもの。なんて万能な果物なのかしら。いくらでも食べられそう。」


「まだまだありますから、たくさん食べてください。おじい様が美容にも健康にも凄く良いって言っていましたよ。それに、このミカオンは本当に万能な果物で、食べ終わった皮も干して料理やお茶に使えるんですよ。ベリーさんのお店では、この皮を甘く煮詰めたジャムが出てきました。それもまた美味しかったですよ。カレンさんもきっと気に入ります。」


 ノアが話しているうちに、カレンさんはなぜか元気がなくなったようで、手の中にある食べかけの果物を見ていた。一口分ずつ外して食べられるのも、すごく便利だと言ってパクパク食べていたのに、手が止まったままで、動かなくなってしまっていた。


「カレンさん?あの、ベリーさんのお店はすごく可愛いんです。今度一緒に行きましょうね。他にも楽しそうなお店はたくさんありますよ。」


「……私は、知らないことばかり、なんでしょうね。もし私が外に出られたとしても、ナレンスにいる家族にも周りの人にも、きっと、たくさん迷惑をかけてしまうわ。」


 私はあっと思って、慌てて口をつぐんだ。カレンさんは、ナレンスの集落が本当はどうなってしまったかを知らないのだった。たぶん、カレンさんのおかげで凄く発展していると聞かされていて、だから、カレンさんはきっと、そのことを心の支えにして聖女になる為の修行を頑張っていたんだと思った。


 私は、つぐんだ口をギュッとかみ締めて、涙を零さないように堪えた。カレンさんが本当のことを知ったらと思うと辛すぎて、みんながしばらく俯いて、敷物の上の果物やお菓子を見ていた。そして、ノアがふと顔を上げるとベリーさん達の方を見た。それから、カレンさんの顔を正面から見据えて、静かに話し始めた。


「僕は……、閉ざされた場所から、一歩外に踏み出す不安を知っています。外の世界には、信じられないぐらい悲しいことがあるかもしれませんけど、同時に、信じられないほどの喜びもあるのかもしれません。その先に何が起こるのかは誰にも分かりませんけど、でも、もう、好きな人と離れて生きることなんて、想像もできない。そう、思いませんか?」


 カレンさんは驚いたように顔を上げると、ベリーさんの方を見た。そしてまたノアに向き直ると、真っ赤な顔をして恥ずかしそうに微笑んだ。私はその美しい笑顔に、また泣きそうになってしまった。


 きっとベリーさんが、カレンさんにナレンスの話しをするんだと思った。その時にはどうか、部屋中に、楽しい物や面白い物や可愛い物をたくさん置いて、美味しい物をいっぱい並べて、そのどれか一つでも少しでも、カレンさんをなぐさめてくれたらいいのにと思った。

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