130.暗躍する人
静かなベリーさんのお店の中で、みんながノアのことを見ていた。ラリーさんに計画を反対されてから、ノアはずっと難しい顔をして考え込んでいた。みんなが見守る中、ノアがふとベリーさんに目を向けると、小さくため息をついた。
「おじい様に調べてほしい物があるんです。王都で色粉と呼ばれている物で、髪の色を変える為の物だそうです。錬金術師が作っているそうですよ。」
ノアがテーブルの上でさっきと同じように包みを解いて、黒い粉を見せた。ラリーさんが、ゴーグル越しにもハッキリ分かるほどに顔をしかめていた。さっきのアビーさんよりも、もっと嫌悪感をもっているようだった。
「これを錬金……」
「触るな!そんな物、触るんじゃない。」
ラリーさんは、良く見えるようにして説明しようとしていたノアを制して、色々なポケットに次々に手を入れてごそごそしていて、何かを探していた。そして内ポケットの中から透明の丸い玉を出すと、天に翳して中身を確かめるように見ていた。それから、その透明の玉を黒い粉に近づけると、ススーッと粉が透明の玉の中に吸い込まれていった。
すべての粉をきれいに吸い込んだ玉の中には、黒い粉が入っていた。ラリーさんはみんなが注目して見ているのにも、まったく頓着していない様子で、ずっと顔をしかめたままだった。玉の中の黒い粉に集中していて、揺らしたり、もの凄く顔を近づけて見たりしながら、またポケットを漁っていた。
そしてまた違うポケットから、長い筒のような物をだした。私達はずっと黙って、緊張しながらラリーさんのしていることを見ていた。その長い筒を更にカチャカチャして長さを伸ばしてから、透明の玉にピッタリとくっつけると、ゴーグルをとったラリーさんが長い筒を覗き込んだ。
透明の玉をくるくる回転させながら、じっくりと観察している間も、ラリーさんはとても嫌そうな顔をしていた。私は、それが何なのか聞きたいような、聞きたくないような気持ちになっていた。私の想像以上に深刻なことのようで、少し、恐ろしくなってきていた。
それからしばらくして、ラリーさんが長い筒から目を離すと、今度はゴーグルの周りをガチャガチャと回してからつけると、また透明の丸い玉の中身を見ていた。そして、シンと静まりかえった店内に、ラリーさんの大きなため息が響いた。
「ラリー、それは、なんじゃ?何か分かったのか?」
「はあ~……。もっと道具が揃っとる所で調べんと、ハッキリと詳しいことは言えんが……、これは、いや、うん。子供の知るべきもんではない……。」
「おじい様!ヒドイです。教えてください!」
「ラリー、それは無理があろうよ。今教えねば、ノアは自分で調べるのではないか?」
「おじい様、これは何ですか?良くない物なことはだいたい想像が出来ていますよ。王都は、これのせいで穢れているんじゃないんですか。違いますか?これは、錬金術師が錬金術研究所で作っているんですよ。」
「なんたる……。なんとゆうことだ……。」
ラリーさんはゴーグルを取ると、手で顔を拭くような仕事をして、どこか悲しそうにまた顔をしかめた。
「これは、人の、苦悩で出来ておる。耐え難い苦痛、人の苦しみや絶望が込められておる。おそらく、主成分は……、聞きたくない者は、耳を塞いでくれ。これは……、人の血液だろう。無理矢理搾り取っておるようだ。……それに、……なぜか、どうしてか、アビーの魔術が利用されているようだ。」
「なにい!!??妾の魔術!!??なぜ!?どのようにして!?」
「それは、分からんが……。微かに、アビーの魔術が混じっておる。それは、間違いない。お前さんの強大な魔力を、わしが見間違うと思うか。」
ラリーさんはそう言うと、今初めて気がついたように、テーブルの上の自分のカップを見て、ゆっくり一口お茶を飲んだ。
「アビーの魔術が利用されておるなら、捨て置いてはおけんな。さて、どうやって解決したものか……。」
ラリーさんはため息をついてから、お店の窓から外の街灯を眺めた。つられるようにみんながその街灯を見たけれど、私はヒッと悲鳴がでそうになった。尋常じゃなくギュウウウッと何かがアビーさんの辺りに渦巻いていた。
「ア、アビーさん、お、落ち着いてくださいよ?とんでもないことに、なってますよね?えっと、これは、あの、すみません、ラリーさん?あの、爆発って、しますか?」
アビーさんが何か今にも爆発してしまいそうで、怒りすぎて肩で息をしていたし、なにかもの凄く危機一髪な状況になっていた。
「妾の……、魔術が、勝手に……!!!」
「あ!!待てっ!!待て待て待て!!アビー、しっかり、するんだ!!エ、エミリア!!その、籠を、今すぐ開けてくれ!!早く!!」
私よりも早くノアが動いて、私のベルトにつけてある小さな鳥かごの扉を開けた。その途端に、ラリーさんが飛びつく勢いでアビーさんを担いで、私のお腹につけてある鳥かごの中に吸い込まれるように入っていった。ガチャンッと大きな音を立てて鳥かごの扉が閉まると、ベリーさんのお店の中の可愛い置物達が、バタバタと倒れた。
「間に合った、みたいだね。……良かった。」
「あの?今のは、えっと、魔女様は、大丈夫、なのかしら?」
「さあ?おじい様が爆発しても大丈夫な所につれて行ったんだろうし、大丈夫じゃないですか。それより、ちょっと手紙を書きたいのでテーブルを借ります。あ、書き終わったらベリーさんも一緒に宿に行きますから、用意しておいてくださいね。」
「あの、でも、あなた達は関わっちゃだめになったんじゃないの?さっき……、そんな話をしてたわよね?」
「ええ、だから作戦を変えますよ。レイモンドに頑張ってもらいます。それに、また状況が変わりましたからね。おじい様達は錬金術師をこのまま放っておかないだろうし、たぶんまだしばらく王都に居ることになりますよ。……なにより、メイベルは、……僕達は、許さないって決めてるんです。ベリーさんだってそうでしょう。表に出ない裏方だって、いくらでもやりようはある。むしろその方が都合がいいぐらいだ。」
「……それって、暗躍ってゆうのよ。なぜかしら、あんまり正義っぽくないのが不思議だわあ。はあ~、なんだか、あっちもこっちも、大変そうね。」
「ホントですよ。王都はいったいどうなっているんだか……。おかしな町ですよね。歪んでるって言ってたのは、ああ、おばあ様だったか……。」
それからノアは高速で何枚も手紙を書いて、ベリーさんが長期の旅行に行くように、大きな鞄を何個も用意してパンパンに荷物を詰めていた。
「自分で持つんだから別にいいですけど、いや、ま、いいです。」
ノアが書き終えた手紙を折りたたんで、外にいるカラスに渡しにいった。カラス達はいつもよりも慌ただしく飛び交っていて、なんだか忙しそうだった。ベリーさんはまだまだ荷造りが終わりそうになかった。
「どうしようかしら、乳液はしっとりだけでいいかしら。クリームも必要だろうし。迷うわあ。」
「ベリーさん、本当のことを教えてください。カレンさんは、これからどうなるんですか。私達は、どうして神殿から突然出されたんですか。私の、せいなんですよね。」
ベリーさんがギクッと動きを止めて、困ったような顔をして私を見た。それから窓の外を眺めたけれど、ノアはいつも手紙を届けてくれるカラスを呼び出しているようで、まだ戻ってこないみたいだった。
「エミリアのせいなわけがないでしょう?悪いのは神殿の偉いさん達でしょう?他の誰のせいでもないわよ。」
ベリーさんは困った顔のまま、小さくため息をついた。私はベリーさんを困らせてしまっていることが分かっていたけれど、どうしても、本当のことが知りたかった。
「ベリーさん。本当のことを教えてください。お願いします。」
「……エミリア。あのね、本当に、エミリアのせいじゃないわ。それは、分かってほしい。誤解しないで聞いてほしいんだけど。……聖女様は、いいえ、カレンさんは、これから、言われるままに聖女様を演じていくつもりなんだと思う。……このエルドランではね、聖女様は偉大で、信仰の対象なのよ。ただ、そう言われてみれば、何年も人前に出ていらっしゃらなかったわ。……だから、子供達の誘拐のことを、自分のせいだと思ってしまったんでしょうね。それで、あなた達を助ける為に、神殿側と取引したんでしょう。これからは、聖女様が式典や祭礼なんかにたくさん出席することになって、神殿の権威は益々高まるって寸法なんでしょう。一人の、可哀想な女性が犠牲になって……。」
「そんなことには、決してならない。そんな未来はこない。たとえ、おじい様に反対されても、僕達はあきらめない。……それに、カレンさんがこのまま無事だとは思えない。」
いつの間にか、ノアがお店の中に戻ってきていた。憮然とした表情で、店内をつかつか歩いてくる。
「ああ、まあ、そうね。頭のおかしな権力者のやりそうなことよね。」
「あの?それは?カレンさんは、どうなるんですか。」
「ああ、エミリア、仮定の話しなのよ。これからどうなるかなんて、誰にも分からないわ。だから、みんなで全力を尽くすって話しなの。大丈夫。ノアがちゃんと悪者を懲らしめてくれるわよ。」
「それなら、カレンさんが危険なら、私達でカレンさんを誘拐しちゃいましょう。内緒でこっそり神殿から奪います。私、ラリーさん達に話してみます。だから、ええと、宿に急いで行きましょう。」
「ん?誘拐?なぜ、そう?えっ?」
「そうか、それもいいね。ベリーさん、荷造りはまだ終わらないんですか?」
「ホント、なんだか無茶苦茶よね。……お肌の乾燥は一大事なんだから、もうちょっと待ってちょうだい。」
ベリーさんがもう1つ鞄を増やして荷造りをしている間に、ノアはまたテーブルに座って手紙を書いていた。その顔がなにかやる気に満ちていて、自信がみなぎっているようだった。私はそんなノアの側に居るだけで、何もかもが上手くいくような気がしてきていた。
ノアの隣に座ると、手紙から顔を上げてニコッと私に笑いかけてくれた。私はなんだかドキッとなって、ほわほわと温かい心地に包まれていた。