129.再会 3
私とアビーさんはしばらくそのまま見つめ合っていた。私の望みを何でも叶えようとしてくれるアビーさんは、私のどんな表情も見逃すまいとしているようだった。私は、そんなアビーさんにドギマギしながら緊張してしまう。
「アビーさん、私達は、まだ今からすることがあって、だから、まだ、ここにしばらく居ないと、いけないし、それに、あの、まだ、なにも……。」
「妾は言ったはずじゃ。ここは穢れておる。そのような場所は滅びる。ここはもうすでに、生あるものの住まう場所ではない。歪んでおる。よいか、そのように望んでおるのは他でもない、ここに住まう者どもじゃ。見れば、その小娘は戻っておるではないか。まだ何か、ここに用があるのか。」
「おばあ様、エミリアが困っていますよ。僕達には、まだやることがあるんです。このまま、放っていけませんよ。」
「ノアよ、そなたは分かっておるのか?エミリアが本当にここに居たいと思っておると思うのか。」
「……放っては、おけません。」
ノアがそう言って、鞄から小さな包みを出した。テーブルの上に置いてから包みを開くと、少量の真っ黒い粉が入っていた。それを見て、アビーさんはもの凄く顔をしかめた。
「これが、この王都で色粉と呼ばれている物です。これで髪の色を変えるそうです。これを錬金術師が作っているそうですよ。おばあ様には、これが何か分かりますか?……ああ、ベリーさん、みなさんも、ちゃんと椅子に座ってくださいよ。落ち着きません。」
「これが……、何であろうと、そのような穢れた物……。」
アビーさんが不機嫌になってまっすぐに手を伸ばすと、その粉を消し去ろうとしていた。たぶん消し炭とゆうものにしようとしているんだと思った。
「あ!だめですよ!大事な証拠なんです。おじい様に調べてもらうんですから。」
「ノア、どうゆうつもりだ?そなた、何をするつもりなのだ。」
「おばあ様、エミリアはその海の指輪がなければ、ここには来られなかった。そして今その指輪を外してしまったら、大変な苦痛を味わうでしょう。……僕は、そんなことは許せない。自業自得で王都が穢れようが滅びようが、僕にはどうでもいいんです。エミリアを苦しめる物。自由に行けない場所。そんなものは到底許せない。……そう、思いませんか。」
「……たしかに。そのようなことは許せぬが、それが?」
「おじい様に調べてもらわないと、本当の所は分かりません。だから、これは僕の憶測ですけど、王都の穢れの原因は、これじゃないのかな。つまり、錬金術で作った物。色粉、街灯、……それらは人の暮らしの中で、異質ですよね。だからまあ、潰しておかないと。あと、行きがかり上、神殿も潰しますし。」
「ふむ。それは忙しそうじゃな。ならば妾も手伝ってやろう。さっさと潰して立ち去ればよい。」
「おばあ様が手伝ってくれるのは、有り難いんですけど、僕達は目立たないように、潰さなくちゃいけないんですよ?僕はちゃんと計画を立てているんですからね。」
「……計画か。では妾の出番があれば呼ぶがよい。……ふむ。ではまず、あの街灯とやらをなぎ倒しておくか。」
「だめです。調べてもらってからって言ったでしょう。おじい様は今どこにいるんですか。」
「ん?ラリーは、……宿じゃ。ふふん。そなたらは早う宿に行くがよい。驚くことがあろうよ。ふふふ。」
「なにか、嫌な予感がしますね。驚くことって、なんですか?」
「無粋なやつめが、先に言ってしまったら面白くないではないか。……いや、向こうから来てしまったか。ふむ。長居しすぎたようじゃ。」
アビーさんの言葉に、みんなが不思議そうに首を傾げていた。するとすぐにベリーさんのお店の扉が乱暴にこじ開けられた。走ってきたようで息を切らした髪の短い溌剌とした女性が店内を見渡していた。
「ママッ!!??」
「メイベルッ!!!!」
ハッと息を呑んだメイさんがメイベルさんを見つけると、一目散に駆け寄って、メイベルさんに飛びつく勢いで抱きついた。
「ああ!!メイベル!!メイベル!!メイベル!!私の娘!!無事で!!やっと!!メイベルッ!!!」
感動の、号泣の再会だった。その賑やかさに子供達も続々と起き出していて、いつの間にか誰ともなく手を叩いていた。あたたかい拍手に囲まれながらの、久しぶりの親子の再会に、事情が分からない人達もみんな涙を流していた。
「ママ、そろそろ痛い。そんなに締め付けたら苦しいわよ。もう!なんだか、凄く、……鍛えたの?筋肉が……、ずいぶん引き締まったのね?」
「あっ、ごめんなさいね。痛かったわよね。ごめんなさい。嬉しくて、つい。」
メイさんとメイベルさんは抱き合ったままで話していた。二人ともが再会をすごく喜んでいて、すぐには離れがたいようだった。本当に心から、良かったと思える光景だった。
「……おばあ様、メイさんに何をしたんです?なんだか体つきが変わっていますよ?僕は、記憶の中のメイさんと違いすぎて、……混乱しています。」
「そうであろう。強そうになったであろう。すっかり健康そのものじゃ。ラリーと妾で鍛えてやったのじゃ。母たるもの、強くあらねばのう。」
「ほうほう、もう着いておったか。走り込みの成果だな。ハハハッ。」
開け放たれた扉から、長袖のローブを被ったラリーさんが笑いながら入ってきた。そうしてキチンと扉を閉めていた。
「おじい様!どうしてメイさんがあんなに強そうになっているんです?何をしたんです?」
「何を?それはもちろん、メイ殿を鍛えておったのだ。アビーが、健康になったら娘の所につれて行ってやると約束してな。すこぶるやる気を出したメイ殿がよく食べ、よく運動し、すっかり健康を取り戻したとゆう訳だ。母の愛情とは、まことに偉大なものだな。」
「とにかく、一度落ち着きましょう。すみませんベリーさん、図らずも貸し切りになってしまったんですが、みんなにお茶をお願いできますか。とにかく今までのことをおばあ様達に説明しておかないと。」
頷いたベリーさんが緊張した様子で立ちあがって、大急ぎて厨房に向かって行った。それから、おもむろにピートさんも立ち上がった。
「子供達が起きたからな。俺が子供達を先に宿につれて行ってくるわ。外に先生達もいるしよ。外がまだわちゃわちゃしてる間に行った方がいいだろ。よお~し、子供達。今からすっげえでっかい宿に行くぞ!みんなさっさと歩かないと、置いてくからな。」
「それなら、私も。私とママも一緒に行くわ。ね?ママは今来たばっかりだけど、いいでしょ?」
結局ピートさんと子供達や、メイさん達も先に宿に帰っていることになった。それぞれ好きな部屋を選んで、しばらく滞在することになるようだった。子供達がお店を出て出発すると、外がまた賑やかになって、町の大人達がぞろぞろと一緒について行った。それから、カメオのお店のおじいさん達も、まだノアが注文した品が出来上がっていないそうで、大急ぎで仕上げるとノアに言ってからお店を出て行った。
「なんじゃ、あの行列は?あの、子供達は?」
「あ、あの、魔女様、あの、お口に合いますかどうか、あの、お茶でございます。それに、あの、こちらのお菓子なども良かったら、召し上がってください。」
ベリーさんがもの凄く緊張しながら、アビーさん達にお茶をだしていた。アビーさんは少し嫌そうにしていたけれど、ノアのことをチラッと見ると、憮然とした様子で黙って席についた。
「なになに、美味そうな菓子じゃないか。ほうほう、これはこれは、ささ、アビーもいただこう。わしは料理人が作る店の菓子も好きでな。楽しみだ。」
ベリーさんはラリーさんに嬉しそうに少し笑いかけたけれど、まだ緊張した面持ちで、少し離れた席についた。全員が席に着くと、ノアが始めから神殿の話しや、メイベルさんや子供達の話しや、カレンさんのことも、全部を順序立てて話した。そしてこれからメイベルさん達としようとしている計画の話しもして、アビーさん達にも手伝ってほしいとお願いをした。
「……ふむ。思っていたよりも大冒険だったようだな。周りの大人達の協力も多かったようだ。礼をせねばいかんな。……しかし、わしはその計画に反対だ。」
「な!?なぜです!?今言ったように教皇達がメイベルや子供達を誘拐したんですよ!?聖女にされている女性や、人生を歪められている人達がたくさんいるんです。」
「わしらは、わしとアビーは、事情があってな、極力他国に関わらんことにしておる。権力と言われるものの近くには特にな。お前さん達にも、そうあってほしいと願っている。」
ラリーさんはそう言うと、私とノアの顔を交互に見た。そして、なぜか申し訳なさそうな顔をすると、ため息をついてから、また顔を引き締めて話しだした。
「今のノアの話しは、すべて人族の者達の間のことだ。ここは人族の国で、人族のみが住み、人族がルールを決めて治めておる。悪を正すのもまた、人族の者のはずだ。ノアよ、お前さんは少々この国に踏み込み過ぎておる。なぜ、この国の者ではない、まだ子供のお前さんがすべてを背負うのだ。それは、心の正しい人族の大人がやればよい。ゆえにわしは、その計画には賛成できん。許可もな。それが聞けぬのなら、わしはお前さん達にこの国に関わるなと禁じねばならん。」
ノアが言葉を返せずに、困ってアビーさんを見た。それに気づいたアビーさんはゆっくりと首をふると、静かに諭すように話した。
「残念じゃが、ラリーが反対なら妾も協力できぬ。捕らわれている子供達は戻ったのであろう。ならば速やかに立ち去った方がよいのではないか。復讐しても何も良いことはないぞ。」
今、ノアのすべての計画が崩れ去ろうとしていた。私も、悪い人達が罰せられる良い計画だと思っていたけれど、確かにラリーさんが言うように、この国の大人の人達が実行するのが一番良いような気もした。
けれど、そう思っても私は、メイベルさんや、カレンさんが悲しんだり、残念がったりしている顔が頭に浮かんでしまって、どうにも諦めきれない気持ちを持て余していた。