128.再会 2
ベリーさんは苦悶の表情を浮かべて、握りしめた自分の拳を見つめていた。そしておもむろに大きなため息をつくと、ゆっくりと呟くように話しだした。
「もう、察しているんでしょうけど、まず私のことを話すわね。私は、元々は騎士だったの。私の一族は騎士の家系で、今の騎士団長は私の父。兄たちはみんな師団長をしているわ。親族もみんな騎士。だから私も、私の双子の弟のロリーも、子供の頃から騎士になるために厳しい鍛錬をしていたわ。」
ベリーさんに双子の弟がいることに驚いていると、ベリーさんが私を見てフフッと笑った。そして、懐かしそうにロリーさんの話をしてくれた。双子の弟のロリーさんは、子供の頃から弟とゆうよりも親友のようで、とても心の優しい穏やかな性格をしていて、許されるなら騎士より料理人になりたいと言っていたことを教えてくれた。
「優しい、とて優しい、私のかけがえのない親友だった。大切な私の家族。……もう、この世にはいないけれど、鏡を見ながら優しく笑ったら、また会えた気がするのよね。まったく同じ顔をしているんだもの。」
「……ナレンスの話しと、どうゆう……?」
「まあ落ち着いて、順序があるのよ。私達は別々の部隊に配属されたの。顔が同じだからややこしかったんでしょうね。そこで私達は騎士になって初めて別々の生活環境になったわけ。もちろん宿舎も別よ。でもその頃の私はとても充実していたの。どんどん強くなる自分を実感していたから、訓練も楽しかったし、周りからも実力を認められて、私は誰にも負けない強い騎士だった。騎士の誇りもあった。まあ、だから出世コースまっしぐらよね。……でもある時、ロリーの様子がおかしくなって、部隊も辞めて部屋から一歩も出て来なくなった。それを聞いて私は、すぐに家に戻ってロリーに会いに行ったわ。」
そこまで話すと、ベリーさんは遠い目をしてから少し眉をしかめた。それから目を閉じると、心を落ち着けるように深呼吸をした。
「ロリーはまったくの別人のようになっていた。言葉を話さず、暴力的で、とても……、あの穏やかだった弟ではなかった。私は休暇を取って、何日も共に過ごしたわ。何度も話しかけて、暴れ出したら全力でぶつかった。そうして、やがて少しずつぽつりぽつりと話してくれるようになったの。……ロリーの所属していた部隊が、テロ組織の温床だった集落を壊滅させたのよ。騎士たちは、王族の暗殺を計画している組織が集まって作った集落だと説明を受けていた。……その集落の名前が、ナレンス。」
「そんな!?そんなわけがない!!そんな、わけが!」
「そう……、そんな訳がない。騎士たちもそう、すぐに分かったはず。……でも、女性も子供も老人も、すべての、善良なただの人達を、騎士が……。そうして、ナレンスとゆう集落が無くなった。……そのことに弟は苦しんで、自ら命を絶ってしまった。私が、そのことを、調べに行っている間のことだった。……それから、まあ、色々あって、私は騎士を辞めたのよ。」
ベリーさんはノアの顔をまっすぐに見ると、ありがとうとお礼を言って、頭を下げた。
「どれだけ調べても分からなかったことが、今日初めて分かったわ。なぜ善良な小さな集落が潰されたのか、誰が、どうして、……これで、ロリーの敵が討てる。ありがとう。」
「言っときますけど、敵討ちは許しませんよ。僕達の計画を邪魔しないでください。僕達は神殿組織ごと粛清して、合法的に賠償も含めて罪を償わせるんです。それが、攫われた張本人のメイベルの正義だからです。」
「え?……粛清?……賠償?」
「メイベルは弁護士を目指しているんです。攫われた当初から一人で証言を集めていて、神殿での式典に乱入して発表するつもりだったんです。僕らが助けに行った頃には、もうほとんどの証拠を集めていましたよ。ベリーさんは、そのメイベルの正義を邪魔したいですか。それより僕達に協力してもらえませんか。」
「なんて……、無茶な……。」
「もちろん、今はメイベル一人で乱入なんて考えていませんよ。王族が集まっている所に証拠を持って行く予定です。」
「それだって、十分無茶なんだけど?」
「じゃあ、僕達に協力してもらえませんか。僕達の護衛をしてください。それって、騎士っぽいですよね。それで、ロリーさんの敵討ちになりませんか?」
ベリーさんは私達の顔を順番に見ると、少し涙ぐんでいた。そして胸に手をあてて、誓いをたてるように厳かに言った。
「私、全面的に協力するわ。今日からしばらくお店も閉める。私の命にかえてでも、必ずあなた達を守るわ。私は決して正義を貫こうとする子供達を傷つけさせない。騎士として、ロリーもきっとそうしたはず。」
「ありがとうございます。すごく助かります。ベリーさんに、メイベルやエミリアと一緒に居てもらえると安心です。」
ベリーさんが協力してくれることになって、私達にまた心強い仲間ができた。ノアとの話し合いで、ベリーさんはメイベルさんや私と行動を共にすることになるみたいだった。それは本当に嬉しいことなんだけど、ベリーさんの話しが悲しくて衝撃的で、ロリーさんのことが頭から離れなかった。
どうしてここは、この王都には、こんなにも悲しい話がたくさんあるんだろう。どうにも沈んだ心で、可愛らしいケーキをぼんやり眺めた。店内には、満腹になった子供達がもたれ合いながら眠っていた。その満足そうな寝顔に少し心がほっこりとなった。けれどすぐに、この幼い少女達を閉じ込めていた神殿のことを思って、なんとも言えない苦い思いが私の心にまた広がっていく。
私は、本当に、まだ、ここに、いるのかな……、と不思議な気分になった。自分でもよく分からない心持ちに戸惑っていると、ベリーさんのお店の扉が開いて、カメオのお店の夫婦が店内に入ってきた。
「ああ、良かった。たしかに元気そうだ。良かった良かった。」
「食事中にお邪魔してごめんなさいね。主人も元気な顔が見たいと言うものだから、フフ、ごめんなさい。主人は自信作が出来上がると早く見せたくてしょうがなくなるの。あの、ごめんなさいね。お取込み中だったかしら。」
「いえいえ、フォルテさん、もう話は終わったのよ。どうぞどうぞ、座ってくださいな。今お茶を淹れてきますから。」
ベリーさんがお茶を淹れに厨房に向かって行くと、おじいさんは私の目の前のテーブルの上に小さな箱を置いて、ニッコリと微笑んだ。
「ご注文の品が出来上がりましたよ。さあご覧になってください。このカメオが、末永くあなたの友となりますように。」
私はドキドキと緊張しながら目の前に置かれた小さな箱を手に取った。どんな風に仕上がっているのか楽しみな気持ちも、もちろんあるけれど、とても特別な宝物が私の手の中にあるように思えて、手が震えてしまう。慎重にリボンを解いて、ゆっくりと箱を開けると、綺麗なテカテカした布が入っていた。その布を開くと、小さなカメオが2つ現れた。
私は両手に1つずつ持ってじっくりと見比べるように眺めた。まったく同じように見えるカメオは精巧でありながら、やわらかな温かさまで伝わってくるような、優しい表情をしたアビーさんと私が彫ってあった。二人はとても仲睦まじそうに寄り添っていた。アビーさん……、アビーさん、アビーさんだ。
なぜかスーッとほどけていくように、ほわっと体が温かくなった。やわらかい熱は全身の隅々まで行き渡っていった。そうして、やがてぽろぽろと涙が流れていた。あとからあとから留まることなく流れて、止まらなかった。
「ありがとう、ございます。とっても、素敵です。とても会いたい人に、会えた気持ちになりました。」
「気に入ってもらえたようで、安心しました。注文の品は1つだったんですが、これはどうしても一対のような気がしたんです。もちろんお代は1つ分で結構ですよ。彫り進めていくと、ごく稀に素材の声が聞こえるような気がする時がありましてな、そうゆう時には逆らわんようにしているんです。……大丈夫、ですか?」
私が泣き止まないので、お茶を淹れて戻ってきたベリーさんも含めて、みんなが心配してくれているのは分かっているけれど、なかなか涙が止まらなくて、えぐえぐしながらとても困ってしまう。
「……泣いておる。エミリアに不埒を働いたのは誰じゃ。何事か。」
とても聞き覚えのある、なぜか迫力が増している声がしたと思った途端に、私のお腹の辺りからアビーさんがグワッと現れた。私はその勢いで椅子から立ち上がって、後ろに押し出されてしまった。驚いてお腹を見ると、ベルトにつけていた小さな鳥かごが開いていた。
目の前の視界が全部アビーさんの背中になってしまったけれど、辺りがギュウッとなっているので、なにか怒っているのは分かった。アビーさん越しに周りを見渡してみると、睨まれている大人達全員が震え上がっていた。
「おばあ様、誤解です。それに、そこからは出ないって言ってませんでしたか?」
「なにが誤解じゃ!エミリアが泣いておる!号泣じゃ!非常事態じゃ!そなたは何をしておるか!」
私は慌ててアビーさんの服の裾を引っ張った。あれだけ止まらなかった私の涙はピタッと止まっていた。
「アビーさんアビーさん、私は誰にも何もされていません。これ、このカメオを見てください。私、素晴らしくて感動して、アビーさんに会いたくなって、泣いてしまったんです。今までどこに居たんですか。心配していましたよ。」
「おおう、エミリア。なんたる!おおっ!!??なんじゃこれは!?妾とエミリアがこの中に!?なんと!なんと!!」
「おばあ様、それならエミリアを泣かしたのはおばあ様じゃないですか。まったく……、長くどこかに行くなら先に教えておいてくださいよ。」
アビーさんは小さなカメオを手に取ると、夢中になって見つめていた。子供のように目をキラキラさせて、色んな角度からもの珍しそうに眺めている。
「アビーさんに、お土産を注文していたんです。その出来上がったカメオがあんまり素敵で、ブワッと涙がでたんですよ。2つも作ってくれたので、私と1つずつ持っていることにしましょう。とっても素敵ですよね。」
私がそう言うと、アビーさんは私に振り返ってじっと私の顔を見つめた。そして、なぜか悲しそうに私に近づいてくると、私の頬にそっと手をあてて触れた。
「……ずいぶんと疲弊しておる。……そうであろう?そなたは、まだここに居るつもりか?ここに、その価値があるのか?」
アビーさんが、私の目をまっすぐに見つめて問いかけていた。その真剣な問いに、私はすぐには答えられずにたじろいでしまう。ふと見ると震えていた面々はなぜか地面に跪いている。みんなが私を見ていて、部屋中が張り詰めたような静寂に包まれていた。