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126.勝ちとる正義

 図書室に到着して中に入ると、ノアが急いで私のフードの中から飛び出して、ポンッと音がするぐらいの勢いで元の姿に戻った。そして瞬く間に私の目の前にきて両手を握ると、私の顔を正面から見下ろした。


「大丈夫!大丈夫だよ。」


「…えっ?」


 突然のことに驚いて、私は目を瞬いた。そして予期せずぶわっと私の目から涙が溢れでた。大丈夫?ホントに?どうして?聞きたいことは、たくさんあったはずなのに何も言葉にならなくて、ただ大量に涙がでて、息が苦しくて、ただただ、わあわあ泣いた。


 いつの間にか、メイベルさんやピートさんが近くにいて、私をさすってくれたり、抱きしめたりしてくれていて、そしてみんなが私を心配そうに見ていた。


「とりあえず、テーブルの所まで行って、座ろうか。」


 ノアに手を引かれて、もう片方の手をメイベルさんと繋いで図書室の中を歩いた。私達はテーブルを囲んで、ザムエルさんも一緒にみんなで座った。私の涙はもう落ち着いていて、ノアがハンカチで優しく涙を拭いてくれた。それからノアがみんなの方に向き直って、カレンさんの話を始めた。


 私も初めからノアと一緒にいたのに、ノアが説明してくれている話を聞いていると、分かりやすいように補足しながら話してくれていて、より詳しく理解することができた。すべての話しが終わると、部屋の中がしんと静まりかえった。ザムエルさんもショックを受けている様子で、手で口を押えて震えていた。


「……ひでえ。」


「……そんな、どうして、その、カレンさんとゆう人が……?金髪の人じゃないなら、どうして?」


「……ハアー。……あの壁画、この神殿の周りの、壁画の絵の女性に、少し、似た顔立ちをしていた。あの古い壁画に似ていたから……。」


「くっそ!!ふざけやがって!ゆるせねえ!!」


 ピートさんが突然、ダンッとテーブルを殴った。怒りが我慢できないようで乱暴に立ち上がって、ああー!!と言いながら席を離れていった。


「そうか、だからエミリアが着られる子供服があったのね。」


 子供服……。そうか……、私が借りた服は、カレンさんがまだ子供の頃に着ていた服だったんだ。今のカレンさんの服を借りていたとしたら、私にはブカブカだったと今更ながら気がついた。


 そして、そんなにも着ている服の大きさが変わってしまうほどに長い長い間をずっと……、ずっと立派な聖女様になれるように、努力し続けていたんだと思うと、私は、すべての力がスッと抜けていく不思議な感じがして、体の感覚がなくなった。座っているのか立っているのかも分からなくなって、ぐにゃりと椅子から崩れ落ちていく。


「エミリアッ!!!」


 名前を呼びながらノアがすかさず支えてくれて、私はようやく地面に足がついている感覚が戻った。よく分からないけれど、私は一瞬だけ意識が遠のいていたようだった。


「エミリア、エミリア、大丈夫?部屋に休みに行く?」


「ううん。大丈夫。……どうして?カレンさんはどうして、私達を……。私の、せい、だよね?」


「違う。違うよ。僕のせいなんだ。僕がちゃんと説明できなかったから。僕がもっとちゃんと説得できていたら、こんなことには、ならなかった。」


「エミリア、しっかりして。真ん中にいて。頑張ってちゃんと、真ん中にいてよ。」


 ディアさんが私の肩から、悲しそうな声を出した。そして私のひざの上におりると、私の右手の上に乗った。私は、ゆっくりノアの肩から離れて座りなおすと、ディアさんを両手にやわらかく包み込んで、ふわふわの感触を撫でた。


「エミリアのせいでも、ノアのせいでもないと思うわ。あの人は、そうやって自分を犠牲にして生きてきたんでしょう。……今までずっと、長い間。」


 図書室の中は悲しい静けさに包まれていた。どこにも救いがないような暗くて重い雰囲気に押しつぶされてしまいそうになる。


「関係ないわ!そんなの関係ないもの!たとえそうやって私達をかばってくれようが、守ってくれようが、私は!私の信じることをするだけよ!私は、初めっから危険かもしれないなんて、そんなの!ハッキリ分かってる!安全無事だなんて初めから思ってないもの!私は、証拠や証言を突きつけて、真実の正義で戦って勝つのよ!聖女にされた可哀想な人が私達を信じてくれなくても、私は被害者であるその聖女ごと全部!助けるだけよ!私は負けない!私は必ず!正義を勝ち取るんだから!!」


 メイベルさんは勢いよく立ち上がって、大きな声でみんなの前で宣言した。私にはまるで、火花のようにパチパチしたものがメイベルさんからほとばしったように感じた。強くて揺るぎないメイベルさんの正義が、この図書室全体に広がっていって、まるごと全部を一変してしまったように思えた。


「そうか!そうだよな。俺達のやることが変わる訳じゃねえ。大人しく従う必要もねえ。」


「私、私も。絶対。このままがいいなんて、思えません。」


 気がつけばみんなが立ち上がっていた。私はしっかり地面に足をつけていた。メイベルさんが力強くうなずいて、それからみんなで座っているノアを見た。私達はみんなノアの計画を信じている。


「もう証言は揃った。でも、今からはたぶん、状況が変わる。とりあえず自分の荷物があるなら整理しておいて。それに、これからはこの図書室じゃなくて、あの子供達と一緒にいるようにしよう。なるべく同じ部屋にいるようにして、食堂も……、そういえばもうお昼をすぎてるんじゃないかな。」


「ハッ!いま気づいたけど俺、すっげえ腹が減っている!!」


 私達は気づけばお腹が減っていたので、お昼ごはんを食べに行くことになった。この間4人でごはんを食べた食堂じゃなくて、私達は子供達が居る方の食堂に向かった。図書室からさほど遠くない食堂は、部屋に入る前からもう、賑やかな少女達の笑い声が聞こえていた。それは耳を欹てて、ずっと聞いていたいような楽しそうな音楽のようだった。走り回らないでと注意する声にさえ思わず笑みがこぼれてしまう。


「あいかわらず、うるっせえなあ。ホントに今日からこっちで食うのか?……しゃあねえなあ。」


 ピートさんが文句を言いつつも、扉を開けて中に入っていった。部屋の中は賑やかさと一緒に美味しそうな香りで満たされていた。少女達はもうほとんどみんなお昼ごはんを食べ終わっていて、食堂のなかで遊んでいるようだった。


「あっ!!メイベル達!今日はこっちで食べるの?食べ終わったら遊べる?」


「食堂で遊んだらだめなのよ。これからは私達、みんなと一緒にいることにしたの。」


 メイベルさんの説明に、幼い少女達は歓声を上げて喜んでいた。メイベルさんはみんなにとても慕われているようだった。この間の神殿の食堂よりも部屋の広さはこじんまりとしていたけれど、混んでいないので並ばなくてもいいし、優しいクリームの味のスープもとても美味しかった。


「甘い……。すっげえあっまい。なんか、何もかもがあまくねえか?パンも小せえ。」


「ちょっと!あんたは文句ばっかりね!足りなかったらパンをもう1つもらえばいいのよ!ごちゃごちゃ言わずに黙って食べなさいよ。うるっさいのよ。」


「ひでえ。そんなに怒ることないだろ!?俺は腹が減ってんだ。……パンもらってくる。甘いけど。」


「甘いものは美味しいですよね。辛いのも美味しいですけど。みんなでごはんを食べるとやっぱり賑やかで楽しいですね。」


「はあ~。俺は心底エミリアが羨ましいよ。なんでも美味いって最強だよ……。」


 ピートさんがお代わりのパンをもらいに行った。すると歩いていったピートさんのすぐ横を小さな女の子がカーテンにしがみついて登っていた。とても器用だと思うけれど、落ちてしまったらと思わず立ち上がってしまう。ピートさんがすぐに気づいて女の子を抱きかかえておろしていた。女の子は先生のような神殿の人に注意されても、気にせずまた走り回っていた。


「女の子って、思っていたよりわんぱくなんですね。小さな女の子は走り回って遊ぶんですね。すごく、元気ですよね。」


「そうね。前より元気が有り余ってるかんじ。地下じゃなくなったから喜んで走り回ってるのかも。日の光ってやっぱり元気がでるじゃない?」


「だからって元気すぎだろ。そのうちがケガ人がでそうだ。」


 戻ってきたピートさんは、お皿に山盛りのパンをのせていた。それではあんまり多すぎて、とても食べきれないような気もする。


「……ここから出たら、とりあえずあの子供達はみんな、あの宿につれて行くことにしよう。ピートは引率。それが一番安全だし、あそこは入口が限られているから、出入りも分かりやすい。……良いこと思いついた。宿の代金も全部請求しよう。」


「出たらって、まだ先の話しでしょ?もう仕掛けるの?洗礼式だってまだ先だし。神殿に王族とか貴族とか役人が集まってないと、意味がないのよ?すぐに握り潰されちゃうんだから。」


「うん。だから、王族に直談判に変更しようと思って。たぶんもう僕達はみんなここから追い出されるだろうから。まあ、少し不便になるけど、問題ないよ。」


「ああ、それで、一か所にいんのか。しっかしどんな名目で追い出すんだよ。俺達は存在しないはずなんだろ?……それ、ちゃんと帰してくれんのか?」


「だから、引率だよ。そうだな……。まずみんなをつれてベリーさんのお店に行こうか。ケーキとか、子供達は喜ぶんじゃないかなあ。その間にピートと僕は見回りになるね。邪魔な人達がいたら拠点を知られる前にさっさと帰ってもらわないと。あ、ベリーさんにも手伝ってもらおうかなあ。あの人相当腕が立つよね。」


「……急展開ねえ。直談判って、どうするのよ。」


「え?だから王子に無理してもらおうかなって。まだ話してないけど。そうだな、お城のパーティーとかないのかな。それか、一同に集まる会議とかあったら楽だよね。」


「ベリーさんのお店に行くの?みんなで美味しいケーキを食べるのはいいですね。お店もすっごく可愛いので、メイベルさんも気に入ってくれると思います。」


「……はあ、なんだかまだ実感が湧かないけど、とうとう外に出るのねえ。」


「……頑張ったな。」


 ピートさんがメイベルさんの肩をポンと叩いて笑っていた。驚いたメイベルさんは一瞬で顔を真っ赤にして、目に涙が滲んだように思ったけれど、すぐに大きくフンッと鼻をならしてピートさんを睨んだ。


「何言ってんの!まだ何もしてないわよ。これからでしょうが!気が早すぎんのよ。」


 どうやら私達は予定より早く外に出ることになるらしかった。たしかにまだ何も解決していないけれど、それでも、私達はメイベルさんを迎えに来たので、その日が近いことが本当に嬉しかった。ここにいる子供達も、外で思いっきり走れたら、とても喜んでくれるような気がして、私はその光景を早く見てみたいなと思った。

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