125.聖女様のお話し
向き合って座っている私達の間に、長い長い沈黙が流れていた。目を瞑って胸に手をあてていたカレンさんは、やがてゆっくりと手をおろして目を開けると、私達を見渡した。そしてまた一度目を伏せてから私達を見ると、意を決したように話し始めた。
「私は、聖女様ではありません。私は偽物なのです。……あなた達の期待を裏切って、……ごめんなさい。」
カレンさんはギュッと手を握りしめて、涙を堪えていた。とても辛そうな姿に、私もつられて泣きそうになっていた。
「どうゆうことか、始めから話してもらえますか。僕は急いでいないから、ゆっくりでも構いませんよ。僕達は、本当のことを知りたいだけなんです。」
ノアが穏やかにカレンさんに聞いていた。急かさないで、ちゃんとカレンさんを気遣っているようだった。
「始めから、そうね。始まりは……、もう、ずいぶん昔の話しになるわ。私がまだ子供だった頃、私は、王都から少し離れた村……、その頃はほんの小さな集落が集まっただけの村だったけど、ナレンスとゆう村に住んでいたの。親戚しか居ないような、本当に小さな村だった……。だけど!今はもっと大きな町になって、栄えているんですって。私は、まだ見たことはないんだけどね。」
カレンさんは暗い雰囲気にならないように、胸を張って明るい笑顔で笑っていた。ノアがなぜか渋い顔になって、ハーブティーを飲んでいた。
「それで、その頃はまだ教会もなかったから、洗礼式はみんなで王都に来ていたの。7歳の歳は、みんなのお祭りなの。み~んなで王都に来て、一晩王都に泊まるのよ。村の子供の一番の楽しみよ。子供だった私も、すっごく楽しみにしていたの。王都はすごく都会だし。なんでも揃っているし。美味しそうなものがいっぱいあって、お菓子もたくさん売っていて、本当に夢のような町だと思ったわ。」
笑顔で話していたカレンさんは、懐かしむように遠い目をしていた。ひととき本当にキラキラしていた瞳は、スッと色を無くしたようにまた無表情になった。
「でもその日から、私の洗礼式の日から、なにもかも……、何もかもが一変してしまったの。その日……、私が、聖女様の生まれ変わりだと分かったのよ。フッ。」
フフフッと、カレンさんが可笑しそうに笑っていた。しばらくは可笑しくて堪らないとゆうように、笑い続けていた。
「そうして私は、喜んでその日から神殿に入って、聖女の修行に明け暮れていたとゆう訳なのよ。みんな聖女様を信仰しているでしょう。私の家も敬虔な聖女様の信者だったの。あの日から一度も、会っていないけれど……。子供だった私は、さみしい時も、家族に会いたい気持ちも、それはあったけれど、でも私は聖女様で、みんなを癒して、救うことができる。そう信じて、必死で修行したわ。行儀作法や、お祈りや、儀式のことも。聖典を読めるように文字も覚えて、毎日、必死だった。みんなに慕われる聖女様に、なりたいと思っていた。」
そこまで話すと、カレンさんはしばらく黙り込んだ。そしておもむろに、被っていたベールがついた帽子を脱いだ。金髪だと思っていたカレンさんの髪の根元の方は茶色い色をしていた。
「私が、初めておかしいと思い始めたのは、この髪なの。私は元もと、茶色い髪色をしているの。家族もみんなそうだった。でも修行を始めて何年も経っていたある日、この、髪色になる粉を渡されたのよ。それで、髪の色を変えるようにって……。聖女様は輝くような金髪で、私の……、修行が足りないから、まだ金色の髪に変わらないんだって……。」
そうして手に持っているベールがついた帽子をギュウッと握りしめた。口をつよく結んで、激しい感情に耐えているようだった。
「私は、より一層努力した。もっと、もっと……、頑張らないと……、人前に出るようになってからは、いつも笑顔で、いるようにして、私は本当に心から、辛い境遇の人に、癒しを与えてあげたかった。病気を治してあげたり、してあげたかった。でも、私は、いつまで経っても、髪の色が金色にはならなかったの。ほんの少しでも髪が伸びたら、すぐに粉を使って、髪が伸びるのが怖くて、いつもビクビクしていた。怖くて、……たまらなくて。」
カレンさんは、握りしめた帽子をしばらく見つめてから、テーブルの上に置いた。そうしてまた話を始めてくれた。
「あるとき、そのベールがついた帽子を渡されたのよ。普段から被っているようにって、何種類も。その頃から神殿の聖女の侍女達も、ベールを被るようになったの。私、その頃から時々、考えるようになっていた。私、私は、もしかしたら……、私は……。だって……、病気の人が頼ってくれても、誰も救えないもの。聖女様みたいに、なにも癒せないもの。私、たくさん、お祈りしたけど、心から本当に、祈ったけれど……、私は。」
そこまで言って、カレンさんは慌てて口を手でおさえた。ギュッと目を閉じて、嗚咽を堪えようと我慢していた。それでも、とうとう咽ぶように泣き出してしまった。私はもうたまらなくなって、カレンさんの隣に行ってしがみつくように抱きしめた。
どうして?だれが?なんのために?そんな、そんなことを……、ああ、でも今は、カレンさん、カレンさんが泣いている。こんなに辛そうに、カレンさん、泣かないで、そんなに悲しい涙を流さないで。私はカレンさんを抱きしめて、どうか、どうかと祈った。すると辺りがホワッと温かくなって、柔らかく光りはじめた。なんだかキラキラしたものが二人の周りを回っていた。
「……え?えっ!?こ、……これは?この光は?」
なんだろうなとは思ったけれど、光はすぐにふわっと溶けて消えてしまった。もう何も回っていないし、光っていなかった。
「え?エミリア?ええ?あ!?……か、髪が!?髪の色が全部戻ってる……?」
カレンさんの髪の色が綺麗な茶色い色に変わっていた。元々の髪色に戻ったようで、光を放っているように美しい髪になっていた。
「エミリア、あなた、あ、なた様は……。」
「なんだったんでしょう?私も初めて見ました。綺麗でしたねえ。カレンさんの髪の色もとっても綺麗ですね。」
「え?ああ、ありがとう、あの……?」
「カレンさん、もう大丈夫ですよ。ノアやメイベルさん達が、すっかり解決してくれます。たくさん情報を集めていますし、証拠もたくさんあるはずです。子供達も、カレンさんも、みんな、全部まるごとノアが解決するって言ってます。」
「メイベルさんって……?子供達って?」
「私のお友達のメイベルさんと、もっと小さな金髪の女の子達が攫われて、この神殿につれて来られて隠されているんです。私達はメイベルさんを探していて、この神殿を見つけて、助けに来たんですよ。今メイベルさん達やザムエルさん達や、ノアとピートさんも、みんなで悪者を見つけ出して、懲らしめる計画を立てているんです。だから、カレンさんもお家に帰れるようになりますよ。ね?ノア……。」
振り返って見たノアは、なぜか頭を抱えていた。隣に座っているディアさんはベシャッと座り込んでいた。なにか、悪いことが起こってしまったような、そんな反応だった。
「……ノア?……どうしたの?……ディアさん?」
私が声をかけると、ノアはすぐに普通に戻って、まっすぐにカレンさんを見つめながら、胸を張って姿勢を正してから話し始めた。
「僕達は、必ず成功させます。もう証拠も証言も、ほとんど揃えました。……この計画を立てたのは、教皇ですか?その側近達ですか。他の王族も関わっていると思いますか。」
「教皇、……なんでしょうね。それに神殿の上層部。そして私も同罪だわ。だって私は、私が聖女様ではないことを知っているもの。……教皇は王弟らしいけど、他の王族が関わっているかどうかまでは、分からない。……でも、子供だけで、そんな権力を持った大人達に太刀打ちできるとは、思えないわ。とても、……危険だわ。」
「カレンさん、僕達には一人、王族の王子も協力してくれています。レイモンドとゆう王子です。もうほとんど準備はできています。あとは纏めて機会を待つだけなんです。」
「レイモンド……。ああ、たしか末端の王子と言われている……、あの……。」
そう言うとカレンさんは立ち上がって、早足で別の部屋に入っていった。そうしてしばらく待っていると、カレンさんがとても長いベールがついた帽子を被って私達のもとに戻ってきた。髪も顔も、まったく見えなかった。カレンさんは私に近づいてくると、私の髪を撫でて、それからゆっくり頬を撫でた。
「カレンさん?」
「エミリア。私を抱きしめて、一緒に泣いてくれてありがとう。私のもとに現れてくれて、本当にありがとう。あなたは、私の侍女なんてしていては、いけないわ。」
そう言うと、部屋の隅まで行って、そこにあった金属製の棒を打ってカンカンと鳴らした。そしてその場所からノアに向き直った。
「早くそのフードの中に隠れないと、つまみだされちゃうわよ。」
「待ってください。僕達には、大人もついています。信頼できる大人も味方にいます。」
するとすぐに入口の扉がガチャと開く音がして、カレンさんが入口の二番目の扉の方に歩いて行った。部屋の中に、あの短いベールを被った女性達が入ってきたようだった。ノアとディアさんは急いで私のフードの中に入った。入口の方から、カレンさんの声が聞こえていた。
「あの侍女の子はいらないわ。もとの場所に戻してきて。」
私達のいる部屋の中に入ってきた短いベールを被った女の人達は、屈んで下を向きながら近づいて来て、私を部屋の外につれ出していく。カレンさんは私の方を見向きもしないで、また違う部屋に入っていってしまった。訳が分からなくて、カレンさんに声をかけようとすると、フードの中からノアが小声でシッと言った。
「今は、話さないで。」
私は短いベールの女の人達に囲まれて、聖女宮の中を来た道通りに戻っていった。やがて最初に入った部屋に到着すると、座って待っているようにと言われて、部屋の隅にある椅子に座った。私の隣にははじめに聖女宮の中を案内してくれた背の高い女の人がずっと黙って立っていた。
話さないでと言われたので、なにも聞かずただずっと座っていると、それからしばらく経ってザムエルさんが現れた。そしてなにも言わず、二人でまたもと来た道を通って神殿の中を歩いた。
またあの図書室に向かっていることは分かったけれど、私は不思議で、なぜ追い出されたのかを考えていた。カレンさんは、ありがとうとお礼を言っていたのに、さっき犯人が教皇だって分かったのに、これでもっと詳しいことが分かったのに、どうしてか私は、どうしても失敗してしまったような気がして、私が、なにか間違ってしまったような気がして、しょうがなかった。
ここでは聞いてはいけないなら、図書室に戻ったら聞けるなら、早くノアに聞いてみたくて急いで歩いた。昼間の神殿はたくさんの人が行き来していて、夜のしんと静まり返った雰囲気とはまったく違っていた。どこか賑やかにも思える神殿の長い廊下を、私はとても心細い心地で足早に駆けていた。