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124.驚きの連発

 じっとその場に立ち尽くしているのも何なので、私はとりあえず、じじょの仕事と言っていたお茶を淹れてあげることにした。カレンさんが向かおうとしていた先に行ってみると、すぐに広い厨房を見つけることができた。


 カレンさんの為にお茶を淹れて部屋に戻ろうとすると、運ぶ途中でちょっと零してしまった。両手が塞がっているので、あとで拭こうと思う。ここは魔法の部屋ではないので、勝手に瞬時に乾かなくて、濡れたら拭かないといけないのが不便だと思う。


「カレンさん、お茶を淹れましたよ。じじょのお仕事をしてみました。一緒に飲みませんか?」


「あら、そうなの?一緒に?ありがとう。……ごめんなさいね。私ったら取り乱して、恥ずかしいわ。いただきま……!?ブフォオッ!ペッペッペ!オエエー!ゴホッゴホゴホゴホ。」


 カレンさんが盛大にお茶を吹き出して、噎せて激しく咳き込んでいた。飛び散ったお茶で室内が濡れてしまった。魔法の部屋じゃないので、ついでに後で拭こうと思う。


「あの、大丈夫ですか?あの、初めてお茶を淹れてみたんですけど、美味しくなかったですか?」


「ゴホゴホッ。は、はじめて?そうだったの、ってあなた、どうしてそんなにびしょ濡れなのよ!?」


「え?ああ、運ぶ途中でちょっと零してしまって、それに、厨房の食器を何個か割ってしまいました。すみません。」


「ええ!?ちょっとって……、いったい……?食器はいいけど……、ねえ、お湯って沸かした?このお茶すっごく冷たいし……、茶葉……?がごっそり入ってるし……。」


「すみません。あんまり美味しくなかったですか?そうか、お水を温めないといけないんですね。すみません。次は、もっと美味しく……。」


「いいの!いいのよ!!お茶なんて淹れなくて!ああ、そんな悲しそうな顔しないで!?お、美味しかったわ!とっても!ただ、ほら、お茶がね、すっごく辛かったから、どうしてかしらって……、ううん、いいの。これはこれで、美味しいわよ。」


「美味しかったですか?良かった。たしか茶葉は色々交ぜたら美味しくなると聞いたことがある気がしたんです。それで、お茶っ葉みたいなのと、香辛料みたいなのがいっぱいあったので、色々入れてみたんですけど、美味しく成功できて良かったです。次はあったかいお湯で淹れてみますね。」


「いいえ!!いいのよ!?私が!お茶は私が淹れるわ!そう言えば侍女の仕事って、お茶を淹れることじゃなかったかも!ね?お茶葉は淹れなくてもいいのよ。そうだ!私がお代わりを淹れてきてあげる。ね?あ!!待って!だめだめ!そのお茶は飲まないで!だめよ。そう、そのまま、テーブルにゆっくりおろして。そうそう。ふう~。」


 カレンさんが新しくお茶を淹れてきてくれると言って、サササッとお茶を片付けて厨房に向かっていった。けれど、床が濡れていたのでツルッと滑って、短い悲鳴とともに派手に転んでしまった。お皿もカップもすべて割れてしまって、カレンさんもびしょ濡れになってしまった。それでもカレンさんは器用に手と足をムンッ!と踏ん張っていたので、怪我をしないで済んだのは不幸中の幸いだった。


 割れたお皿で怪我をしないように、片付けが終わるまで長椅子から下りないでジッとしているようにと言って、カレンさんが厨房に入っていった。動かないで大人しく座っていると、厨房の方から、なぜか今までで一番大きなカレンさんの悲鳴が聞こえてきた。


 心配になって見ていると、笑顔で掃除道具を持って出てきたカレンさんに、決して、これから何があろうと決して厨房に入ってはいけないと何度も約束させられてしまった。聖女宮の厨房はとても、とっても危険な場所だとゆうことだった。


 カレンさんは素早く割れた食器を片付けて、掃除も手際よく終わらせて、私の濡れた体もタオルで拭いてくれて、あっという間に美味しいお茶を淹れてくれた。そうしてすっかり綺麗になった部屋で二人で美味しいお茶をゆっくり飲んだ。


「ところで、お茶を淹れないなら、じじょのお仕事ってなにをするんですか?」


「そうねえ。私のお話し相手かしら?私って、ここで自分でなんでもするし、掃除も洗濯も、ごはんだって全部自分で作ってるし。ここには誰も来ないから。まあ、私が誰も部屋に入れないんだけど。」


「それは、どうしてですか?ずっと一人はさみしくないですか?」


「……一人の方が、さみしくならないことも、あるのよ……。」


 カレンさんはお茶を一口飲んでから、遠い目をして黙り込んでいた。悲しそうにも、どこか怒っているようにも見えていた。その時、ふいに遠くからカンカンとゆう音が聞こえてきた。私がここに入る前に鳴らしていた音のようだった。カレンさんを見ると、また無表情になっていた。


「あの、音が鳴っていますけど、たぶん呼んでいるんですよね。私が出てきましょうか?」


「いいえ。出なくていいの。いつものことよ。私ね、ここで、な~んにもしないって決めてるのよ。礼拝?お祈り?式典?フッ。私はもう何もしないのよ。」


 そう言ってニッコリ笑うと、また一口お茶を飲んだ。ふとその笑顔が誰かに似ているような気がして、カレンさんを見つめながら、私はその誰かが誰だったかを不思議な気持ちで考えていた。


「……だからね、エミリアも、ここでは何もしなくていいのよ。池でずぶ濡れになっていたけど、なにかよほどの事情があるんでしょう。いいの。なにも、話さなくてもいいのよ。私はね、……誰も救えないけど、あなた一人ぐらいの居場所だけなら、あげられるかなって、ちょっと思っただけなのよ。だから、もしあなたが嫌なら、ここから、もう帰ってもいいのよ。ここには、何にもないし。」


「……なに、も?」


「そう。フフッ。なんにも。今にすぐ分かるわ。一日が何にもなく過ぎていく。朝に空が明るくなって、ずーっとそのまま明るいの。でもそのうちにまた夕方がきて暗くなって、長い長い夜が始まるのよ。ただその繰り返し。毎日ずっと繰り返すだけ。毎日毎日、眠るまでの間に起きているだけなの。フフッ。ね?なんにも、ないでしょ?」


 その時突然小さな白い鳥の姿のノアが私のフードの中からコロッと落ちてきた。そしてトットットッと可愛く歩くと、私の隣にチョコンと座った。それから、くちばしと足で器用に組紐を外すと、すっかりノアの姿になった。


「あら、可愛い鳥、……えっ!?ええっ!?なに!?えええ!?」


 カレンさんは突然白い鳥からノアになった姿を見ると、もの凄く驚愕して、ノアを見たり、私を見たり、立ち上がったり座ったり、驚きすぎて狼狽していた。ノアはそんなカレンさんに何も言わず、ただ行儀よく落ち着いて座っていた。


「……さて、そろそろ落ち着いて座ってもらっていいですか?お話を聞きたいので。」


「ちょっと!乱暴!それはあんまりにも配慮がないでしょ!?こんなに驚いてるのに。あんたは!ちょっとは!エミリア以外にもちゃんと気を遣いなさいよ。」


 そう言いながら、ディアさんも私のフードの中からふわ~っと出てきて、私の膝の上に降り立った。


「えっ!?ええ!?えええ~~!!??」


「僕のことより、ぬいぐるみが喋ったり飛ぶ方が驚くんじゃないか?」


「そんなわけないじゃん!あんたの方が絶対驚かせたわよ!ね?あなた、そうでしょ?鳥から人の姿になる方が驚いたわよね?」


 ディアさんがカレンさんに意見を聞いていたけれど、まだまだ驚いている途中のようで、アワアワしながら言葉を発せないでいた。


「ちょっと、あなたとりあえず座りなさいよ。話しにくいでしょ。落ち着いて見てみなさいよ。子供とぬいぐるみが増えただけでしょうが。つまり可愛いが増えただけなの。ほら、さっさと座る!」


 ディアさんが座るように急かしながら、テーブルの上に降り立って、足で座るように促していた。たしかにその動きはとても可愛かった。


「ヒイッ。そ、……そうか、可愛い……、ですよね?えっ?でも、ええ?」


「まあまあ、お茶でも飲んで落ち着きなさいよ。あ、もう冷めてるんじゃない?ノア、お茶を淹れてきてあげたら?自分のもないでしょ?」


 ノアがため息をつきながら、厨房の方に歩いて行った。カレンさんはビクビクしながら、歩いて行くノアやディアさんのことをチラチラ見ていた。そうしてノアがお茶を淹れて戻ってくる間は、頭や胸に手をおいたりして、落ち着かない様子だった。


「ハーブティー、少し甘めにしたから、落ち着くと思う。」


「あ、ありがとう、……ございます。」


「どういたしまして。……僕は配慮ができる。」


「あら、根に持ってるの?やあねえ、器が小っちゃいわよ?」


 ノアが私のひざの上戻ってきていたディアさんを睨んでいた。みんなが席に着くと、三人でノアが淹れてくれたハーブティーを飲んだ。甘くて、お花のような香りがして、とても寛いだ気持ちになった。今まで飲んでいたお茶ともまた違った風味で美味しかった。


「……お、いしい。……とっても美味しいい。」


 カレンさんはハーブティーの美味しさにとても感動していて、静かにジッとお茶を見ていた。


「そういえば、私、人にお茶を淹れてもらったのも久しぶりだわ……。あ、エミリアも、ね?……その、フードの中からは、もう何も出てこないの?」


「あ、えっと、そうですね。フードの中からは、もう出ないですね。」


「そう……。」


 カレンさんはカップをソーサーに戻してテーブルに置くと、しんみりしながら、ぼんやりとハーブティーを見ていた。


「フフッ。……楽しい。今日はいろんなことがあって、一生分の出来事が一度に起こったみたい。これは、もしかしたら、私の夢かしら……。」


「夢ではありませんよ。ノアは鳥に変化する組紐を持っていますし、赤い羊のぬいぐるみのディアさんは、お話しできます。二人とも、私の友達なんです。」


「そう、なの。お友達が、いるのね。良かった。あなたは一人じゃないのね。そう……。」


「それじゃあ、落ち着いたみたいなので、話しをき聞かせてもらっていいですか。あなたは、聖女ですか。」


「ちょっと、だから!配慮!待ちなさいよ!明らかに今元気がないじゃないの!もうちょっと落ち着くまで、待ってあげたらいいでしょ?」


「……どうして羊はそんなに待つんだ?僕はまだ行く所があるんだけど。」


「あんたの都合なんて知らないわよ!気持ちの整理がつくまで、ちょっとは待ってあげたらいいでょう?あんなにビックリしてたんだから。もとはと言えば、あんたがいきなり……。」


「あの、すみません。羊さん、ありがとう。私を気遣ってくれて。私はもう大丈夫。もう何ともないわ。私の話しを聞きに来たのよね?私が聖女かどうか。話せば長くなるから、ひとつだけ。私は……、本物の、聖女様じゃ、ないの。」


 それだけ言うと、カレンさんは辛そうに俯いてしまった。今にも泣き出してしまいそうで、胸に手をあてて、いろいろな感情を抑え込んでいるようだった。その姿があんまりにも辛そうで、私はなにがあったのかを聞いてみたかったけれど、何も言えなかった。ノアも今度は黙って、カレンさんが落ち着くのを見守っていた。静かな、しんと静まりかえった聖女宮は、なぜかとても、さみしい雰囲気だった。

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