表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
123/174

122.食堂と図書室にて

 思いがけず図書室で文字の勉強をする事になって、最初は戸惑っていたけれど、私は早く読み書きを覚えたいので、一生懸命に文字の練習をした。集中して紙に文字を書いて練習していると、目の前に座っているメイベルさんに呼びかけられていた。


「あ、やっと気がついたわね。もうそろそろ片付けて食堂に行かないと、晩ごはんに遅れちゃうわ。今日から食堂で食べるのよね?」


「僕はどっちでもいいけど、エミリアはどっちがいい?一回ぐらいは食堂に行ってみる?」


「みんなと、食堂で食べることにする。」


 気がつくとノアが私の隣に座っていて、窓の外は眩しいぐらいの茜色に染まっていた。急いで机の上を片付けると、私達はみんな揃って食堂に向かって歩いた。


 天井が高くて大きな窓が並んだ明るい食堂は、細長くて広々としていた。もうすでに同じ神殿の服を着ている人達がたくさん座っていて、端の方にはトレイを持っている人達が一列になって並んでいた。


 私達も一人ずつトレイを受け取って列に並んだ。列の先頭の方を見てみると、前の人から順番に、食べ物を次々にトレイに載せてくれる仕組みになっているようで、初めてのことで、なんだか楽しかった。順番が来たら何を載せてくれるのか、ワクワクしてしまう。


「……なんだか、今日はやたらと見られるわね。やっぱり私達、子供達と一緒の食堂の方にした方がいいんじゃない?」


「ええ?めんどくせえ。こっちでいいじゃん。いちいち誰も見てねえよ。俺達だって、ちゃんと見習いの服着てるじゃん。」


「……エミリア、眼鏡をかけ忘れてるよ。持ってきてる?」


「あっ、さっき勉強してたから……、鞄に入れたんだった。」


「僕がかけてあげるよ。ちょっとじっとしててね。」


 すぐに私達の順番になって、トレイの上に手早くパンとスープを載せてもらった。食べ物をもらったら好きな席に座るようで、私達四人はなるべく空いているテーブルを選んで席に座った。座ったらまず、みんなお祈りをするようだった。私達も見よう見まねで、お祈りする真似をしてみた。


「また豆のスープか。なんでみんな同じものばっか食って飽きねえんだ?量も少ねえ。」


「ピートさん、私のパンを半分食べますか?大きいですよ。」


「エミリア、そのパンは見た目より食べ応えがないぞ。しっかり食べとけ。」


「ピートは文句言いすぎ。足りなかったらお代わりしたらいいでしょ。」


「……豆をか?」


「なにか?豆のスープのなにが悪いのよ?美味しいじゃない。」


「そうですよね。あっさりしてて美味しいです。いろんなお豆が入ってますよね。」


「いろんな、豆って……、豆は豆……。いいよな、エミリアは。なんでも美味しいんだから。羨ましいよ。」


 ピートさんがため息をついてから一瞬で食べ終わると、お代わりを貰いにまた列に並びに行った。どうやったのか分からないけれど、トレイを2つ持っていた。


「エミリア、パンをスープに浸して食べたら、柔らかくなって食べやすいみたいだよ。」


「そうなんだ。そう言えば、みんなそうやって食べてるね。一緒に食べた方が、もっと美味しくなるのかもしれないね。」


 私は、久しぶりにみんな揃ってごはんが食べられたことが嬉しかった。ピートさんとメイベルさんは相変わらず、ずっと言い合いをしながらモリモリごはんを食べていた。


 ふいに卒業遠足の時のことを思い出した。大勢の人がいて、今と同じように四人でお弁当を食べたのだった。お花畑がとても綺麗で……、なんだか、もうずいぶん前の出来事のように懐かしく思えた。


「卒業遠足の時のことを思い出します。ここにいるみんなでお弁当を食べて、とってもお花がきれいでしたよね。」


「ああ、そうねえ……。ジェイドの卒業遠足のときよね。みんなで花輪を作って、エミリアにあげたのよね。……懐かしい。あのとき、ああ、そうか、懐かしい。もうずいぶん、前の出来事みたい。」


 楽しかった思い出の話しなのに、なんだか四人共がしんみりと黙り込んでしまった。なんとなく、みんなが同じことを思っているような気がした。あのまま、あの場所にいれば……。サビンナに居るままだったらメイベルさんは、今頃はたぶん、メイさんとも離ればなれには、なっていなかったのかもしれない。サビンナでは、金髪の人は割と普通に何人もいて、珍しくなくて当たり前だったから……。私は、メイさんのことを思い出してしまって、よけいに悲しい気分になってしまった。


「私は、後悔なんてしてないわよ!していないの!全然。だって、私はもっと勉強がしたいもの。あそこに居たままなら絶対、もっと勉強がしたいのにって、私のしたい事は縫い物じゃないのにって、思ってたもの。絶対。ここに居るのだって、ずっとじゃないし、エミリア達にも会えたし。私、私はね、たくさん本を読んだから知ってるのよ。いつでも後悔しないように、思う通りにしてたらね、ああすれば良かったかもって、後悔することなんてないのよ。たとえ失敗したって、後悔はしないんだから。……本当、なのよ?」


 メイベルさんが私の手をとって握ってくれていた。だからそんな顔しないでと言っているようだった。私の方が励まされているようで、私は、メイベルさんの優しさに胸がギュウッと熱くなって、溢れそうに一杯になった。その気持ちに応えたくて、絶対に涙を流さないように我慢して、微笑んだ。


 そうして、失敗なんてしないから、絶対に、なにがあっても、メイベルさんの計画を、失敗なんてさせないからと心の中で誓っていた。ノアの顔を見ると、ウンと小さく頷いてくれた。神殿の中にいる悪い誰か、犯人の一番悪い人、神殿の偉い人達の中にいる悪い人達、その全員を、私達は必ず見つけ出す。ノアとピートさんと私達は顔を見合わせて、決意を新たにしていた。


 気がつけば食堂には人がまばらになっていて、ほとんどの人達はとっくに食べ終わって居なくなっていた。私達も急いで食べ終わって、片付けてから食堂を後にした。就寝までは、いつもだいたい図書室にいるそうなので、私も一緒に図書室に戻って文字の勉強の続きをすることにした。


 重厚な扉を開けて図書室に入ると、私達が使っていたテーブルの上にカラスが一羽留まっていた。足下には大きめの白い封筒が置いている。ノアがその封筒を開けて、分厚い手紙を読んでいた。


「明日は朝から城に行って来るよ。エミリアは僕が居ない時には、ピート達から離れないでね。ちょっと、今からこの手紙を箱に入れてくる。すぐ戻ってくるからね。」


 ノアが急ぎ足で図書室を出ていった。手紙を届けてくれたカラスは、また窓から飛び立っていった。いつもの光景のようで、メイベルさん達は気にしていないようだった。


「ノアはよくお城に行っているんですか?」


「ん?そうねえ、よく行ったり来たりしてるわね。カラスが頻繁に手紙を持ってくるし。」


「でも、初めはずっと図書室にいたろ?ここの本を全部読んだって言ってたぞ?」


「全部な訳ないでしょ?あんなパラパラ高速で捲るだけで頭に入る訳ないじゃないの。見ると読むは違うんだから。」


「私が部屋を出ないでいる間も、ノアはすごく忙しくしていたんですね。みんなの為に、一生懸命努力している姿が目に浮かびます。ノアはとっても優しいですよね。」


「えっ?そおう?私には黒幕って感じで、お城でも平然と暗躍してる姿がバッチリ目に浮かぶけど?」


「任せてたら大丈夫って安心感はあるよな。逆に敵だったら、すっげえ怖えよ。この神殿も、内部からぶっ壊すつもりなんだろうし。」


「……壊しは、しないと思いますよ?ノアは乱暴な人じゃないですよ。」


 その時、図書室の扉の方からガッタンと大きな音がして、ピートさんがすぐさま立ち上がって厳戒態勢をとった。そして小声で私に囁いた。


「この部屋は誰も入ってこないはずなんだ。二人で本棚の後ろに隠れてろ。早くっ。」


 私がメイベルさんをつれて、本棚の方にそっと移動しようとしていると、ガタガタと本棚や机にぶつかりながら、フラフラしたザムエルさんが私達の前に現れた。


「ああ、……良かった。こちらに、いらっしゃい、ましたか。良かった。ご無事で。……逃げて、今すぐ逃げてください。」


 遠くから走ってきたようで、ゼーゼーと肩で息をして苦しそうだった。元々とてもか細いザムエルさんは顔色も悪くて、呼吸もままならないようで、今にも倒れてしまいそうだった。


「おい!大丈夫か?とにかく、ここに座れよ。なにがあった?」


「わ、わたしは、大丈夫、です。それより、早く、逃げて、たっ、大変な、ことに……!」


「まず、そこに座ってください。とにかく、話しを聞いてみないと。」


 図書室の入口の方から、ノアが歩いてきていた。手には水差しとコップを載せたトレイを持っていた。


「ここは飲食禁止だけど、大目にみてくださいよ。本に零したりしませんから。さあ、ゆっくり飲んで。」


「す、すみません。お手数を、ゴホッ、ゴホッゴホ。」


 咳き込んだザムエルさんは、椅子に座ってノアが用意したお水を飲むと、一息ついた様子で呼吸を整えたいた。


「聖女様が、赤い髪の少女を探しています。赤い髪で赤いぬいぐるみを持っている、美少女を探しているそうです。……どこから、なぜ……?私の、勘違いなら、いいんですが。私は、直接お会いしたことはありませんが、なんとゆうか、評判が……、良くないのです。何人も侍女がいなくなったとか……。無理矢理、聖女様のもとにつれて行かれる前に、この神殿から逃げてください。……危険かもしれません。」


「……いったい、この神殿はどうなってんだ?なんで聖女が危険なんだよ?たしか下町では、聖女は慕われてたぞ?」


「……本当に、申し訳ない、です。私は、町で暮らしたことはありませんが、聖女様が顕現なされてから、神殿は、……変わりました。けれど、ここは神殿で、聖女様は、実際に、……いらっしゃる。聖女様の慈悲深い、すべてを慈しむ教えを、私は、信仰しております。聖典の、ままに……、おお……、なんと……、尊い……。」


 ザムエルさんは話の途中から泣き出してしまって、そのまま涙を流しながらお祈りをしていた。私達はみんな、しばらくそのままザムエルさんが泣き止むのをまっていた。しばらくすると、ザムエルさんはすっかり落ち着いて涙を拭うと、私達をまっすぐに見据えた。


「あの聖女宮にいらっしゃる、聖女様は、に、に、ニセの聖女様なのでしょう。ですから、エミリアさんは、掴まってはいけません。決して、見つかってはいけないのです。何をされるか……、想像も、……ああ、とても恐ろしい。」


 いきなり深刻な状況になってしまったようで、ここにいる全員が黙り込んで、沈黙の時が流れていた。いつも陽気なピートさんまで眉間に皺を寄せて、なにか考え込んでいるようだった。メイベルさんは、力が抜けたようにストンと椅子に座って、不安そうに私を見ていた。誰も何も言わずに、ただ静かにそれぞれの考えに没頭していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ