118.望みを叶えたい
部屋に戻ってきてベッドに潜り込むと、ノアが帰って来たのにも気がつかずに、朝までぐっすり眠っていた。寝坊してしまったようで、朝ごはんはノアと二人で、荷馬車の食堂で食べることになった。アビーさん達はまだ戻って来ていないようだった。
「エミリアは王都をまるごと全部、浄化するつもりなの?全部一遍に?それは、簡単そうなの?」
「やり方は分からないんだけど、そんなに難しくない気がする。気のせい、なのかもしれないんだけど。」
「そう……。エミリアは、これからも王都で暮らしていくつもりなの?メイベルはここを出たら、王都の学校に行きたいって言ってたよね。一緒に学校に通う?」
「それは、どうなるのかな……。文字は覚えたいけど。ずっとここで暮らすとは思ってないよ。ここでは私達の為に、混ざっているのを治せる魔法使いの人を探さなくちゃいけないし、ノアのご両親のことも相談したいし、アビーさん達は錬金術師の人を探してるみたいだし、それに、メイベルさんのお父さんを探すのも手伝いたいし、たくさんすることがあるから、まだしばらくは王都に居ることになるんだろうけど……。」
ノアが真剣に私の話しを聞いてくれていた。私の為に、一番良い方法を選ぼうとしてくれていることが分かる。私はなんだか胸がドキドキしてきていた。私が何をしたいか、何をしたくないか、そうゆう大事な話しをしているんだと思う。
「あの、上手く言えないんだけど、みんなが仲良く繋がっているのが良い気がするの。えっと、開墾のときね、村人の人と土の色の幼精が一緒に、楽しそうに土を耕していたんだけど、それが本当に素敵な光景で、こうやって繋がっていたんだと思って。それで、もしかしたら、水や土や色んなものが、そうなのかもしれないなって思ってて。」
私は自分でも、確信をもっている訳じゃないので、もしかしたらの話しになってしまって、上手に分かりやすく、話しが出来ていないのが分かっているけれど、どうしても伝えたいことがあった。
「ディアさんのお姉さん達は、水が濁っていたから、すごく困って、なんだかおかしかったって言ってて……。私、浄化の修行をしてて、まだ加減は上手じゃないんだけど、ディアさんのお姉さん達や、幼精の子達や、みんな。みんなが元気で、仲良くできた方が良いと思うから。だから、困っていたり、弱っていたりしていたら、みんな、まるごと全部、綺麗な状態に戻してあげたいなって思ってる。」
「……分かった。それで、あまり目立ちたくないんだよね?今言ったこと全部叶ったら、感謝されたり、称えられたりすると思うんだけど、どう思う?もしかしたら、女神様!みたいな感じで崇拝されたりするかも。それも、いいかもしれないよ。」
「称えられ??……女神様!?い、いやいやいやいや!!そんな!?いやいや!!そんなの!変だよ!私は女神様じゃないのに!私の、出来ることをするだけなのに。お料理したり、彫刻したりするのと一緒だよね!?ど、どうしよう!?崇拝って……、怖いよ。こっそりとか、できるのかな?」
「うん。出来るよ。大丈夫。みんなそれぞれ、したい事をするだけだよね。僕は美味しい料理が作れる人を本当に尊敬するよ。一緒のことだよね。それじゃあ、やっぱり、こっそり目立たないように綺麗にしていこう。みんなが困らなくなるのは、良いことだよ。」
「良かった。そうだよね。……良かった。」
私は心底ホッとしていた。なにか大袈裟なことになってしまうのかと思ったけれど、どうやら大丈夫そうだった。
「……全部ねえ。……壮大な話しねえ~。」
ディアさんが、テーブルの上でゆらゆらと寝転びながら呆れたように話していた。そして、くるんっとひっくり返ると、とてとて可愛らしく歩いてくる。
「本当に全部は、難しいのは分かっていますよ。できるだけ、なるべく、とは思っていますよ。」
「ふ~ん。ま、じゃあ、修行を頑張らないとねえ~。」
「はううう。そうですよね?加減ですね?調節が出来ないとだめですよね。……頑張ります。ちょっとずつが出来ないと困るのは、思い知りました。」
「ふふ。じゃあ、エミリアは今日一日、修行の日だね。実はこれ、お昼ごはんなんだよ。」
「ええ~!!??」
私はガクッと項垂れる。少し寝坊しただけだと思っていたら、もうお昼だった。夜更かしすると、朝に起きられないとゆうのは本当だった。朝一番にザムエルさんにお礼を言いに行こうと思っていたし、メイベルさんと朝ごはんも食べようと思っていたのに、いろんな予定が過ぎ去っていて、もうすでに遅かった。
「それで、ちょっとお願いがあるんだけど、僕は予定を変更して、神殿を先に調べたいんだよね。安全も確認しておきたいし。だからエミリアにはその間、この部屋の中に居てほしいんだ。今日か、明日中には終わらせようと思ってるんだけど、だめかな?」
「いいんじゃない?いいじゃないの。その方がいいわよ。エミリアも、修行、したいわよね?」
「……はい。修行、します。」
ノアが出かけてから、私とディアさんは荷馬車の部屋に戻って、加減の修行をすることにした。なんだかずいぶん久しぶりな気がする。心を落ち着けて集中して、私の流れを確かめていく。出来ないことがあると、いざとゆう時に困るとゆう事が身に染みて分かった。早く加減や調節が出来るようになりたい。そう思って、勢い込んで修行を始めたけれど、気になることがあって、だんだん集中できなくなっていた。
「あらあら、最初の勢いはどうしたの?気もそぞろじゃないの。ノアはすぐに戻って来るわよ?」
「……どうして穢れているんでしょうね?」
「えっ?」
「どうして王都はこんなに穢れているんでしょう?他の村や町は、まったくそんな事ありませんでしたよね?……思い出していたんです。私がここに来るまで、王都に近づくごとに気持ちが悪くなっていたのは、たぶんそのせいなんですよね?」
「そうねえ。そうなんでしょうねえ。」
「なんてゆうか。それは、浄化するだけで元に戻るのかなって、気になったんです。綺麗になっても、また穢れてしまうんじゃないかなって。心配になって。」
「ああ、原因のこと?それはノアが調べるんでしょ?神殿の、……掃除がおわったら、お城に行くってみんなに言ってたわよ。私、エミリアがぐっすり眠っていたから、朝にノアについて行ったのよね。」
「ノアがお城に?原因がお城にあるんですか?」
「それは、分からないけど。あのノアよ?なにも心配いらなくない?無罪の人だって、あっとゆう間に有罪に出来ちゃうわよ~。」
「それは、……どうゆう??」
「いい加減なこと言うな。エミリアに、適当にありもしない事を吹き込むな。」
「あ、ずるい!気配を消していたわね!」
「言いがかりだ。僕は今、髪留めを取りに来ただけだ。」
ノアが部屋に戻ってきていて、箱の中からたくさんの髪留めを出していた。小さめの物を選んでいるようだった。
「エミリアの髪留めを何個か借りていくね。しばらくの間だけだから。」
「それは、全然いいんだけど、何に使うの?」
「髪が染まらないらしくて困っているんだ。髪を染める粉みたいなのが不良品なんだって。……おかしいよね。金髪の少女を攫ってきておいて、わざわざ違う髪の色に染めさせているなんて。……人をなんだと思っているんだ。賠償金は、国が傾くぐらいふんだくってやる。」
「こわ~。その国って、お気の毒~。……でもないか。あの子達を見ちゃうとね。」
「どうして?違う髪の色に染めないといけないなら、どうして金髪の少女達を攫って来ているんだろう?」
「聖女は金髪なんだって。あの壁画みたいに。……ふうう。それで、金髪の少女を秘密裏に何人も攫っているなら、今の聖女は金髪じゃないんだろうね。次の……、いや、もういいよ。そんなことは許さない。それだけだよ。」
ノアがなるべく感情を込めないように気をつけながら話していた。ノアの辺りがギュウッとなっているので、本当はすごく怒っていることが伝わってきていた。
「ノアには、王都がなぜ穢れているのか分かる?原因があるの?」
「まだ、分からないけど……。」
そこまで話して、チラッと私のベルトの鞄に取り付けてある鳥かごを見た。つられて私も視線を移すと、アビーさん達はまだ帰っていないようだった。
「王都の街灯、髪の色を変える粉、どちらも王都にしかないよね。そしてそのどちらにも、錬金術師が関わっている。……調べてみないと何とも言えないけど、濁っていないなら浄化はできない。僕はそう思ってる。」
ノアが髪飾りのお礼を言って、部屋を出て行った。なんだかややこしい言い方だったので、ノアの言葉を頭の中で繰り返した。
「……つまり、怪しいのは錬金術師、ですか?」
「さあ?まだ分からないって言いたかったんじゃないの。なにか考えがあるんでしょ。そ・れ・よ・り!加減の重要性が分かったわりに、ずいぶん、のんびりなんじゃない?」
「あううう。そうでした。今度こそ、集中します。」
「そうよねえ?ノアはノアのやる事をして、エミリアはエミリアのするべき事をするのよねえ?メイベルやピートも、み~んな、そうよねえ?」
「はううう。ごめんなさい。します。ちゃんと修行します。ごめんなさい~。」
私は反省して、途中でディアさんにおやつに誘われても食べないで、集中して修行に励んだ。心を落ち着けて、少しずつ、とゆう事について考えていた。そうしてふと、あの時、ディアさんが閉じ込められていたあのとき、もしもあの光る紐が出ていなかったら、とゆう考えが頭に浮かんだ。もしかしたら、今ここに、こんな風に、一緒に居られなかったのかもしれない。
その想像をするだけでも、胸がギュッと締め付けられたようになった。……そんなことには、ならない。そうならないように、私は、もっと修行して、もっと私のことを知らなければならないと思った。みんな、誰もがみんな、自分に出来ることや、するべき事のために、一生懸命に努力しているんだと思う。
そう思って、私の出来ることについて考えてみた。今は、そう多くないし、あの紐が何かも未だに分からない。それでもとにかく今は、あの光る紐に心から感謝して、たくさん、心を込めてたくさんお礼を言った。そうしながら、やわらかく温かく光って、じんわりと周りを綺麗にしていた光景に思いを馳せていた。