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116.カエレ、キライ

 今日初めて神殿の中に入って、この廊下を通ったばかりなのに、ずいぶん印象が違って思えた。明るいところから暗いところに来たからなのか、まだこの暗さに慣れていないからなのか、その理由の分からない不気味さが不思議だった。


 しばらくそのまま歩き続けて、赤い羊のぬいぐるみを落とした辺りまで来ると、唐突に、その陰鬱な雰囲気の原因が分かった。廊下の先に見える荒れた中庭から、つい先ほどみていた夢の中のような、拒絶されている感覚がしていた。さっきよりもっと強く、ハッキリと追い返そうと拒絶している。どうやら私達は、ずいぶんと嫌われているようだった。


 私は急いでまっすぐ中庭に向かって、長い間手入れがされていないような、荒れ果てた中庭に足を踏み入れた。


「わわっ!?」


 ザムエルさんの大きな声に驚いて振り向くと、ノアと二人で転けてしまったように座り込んでいた。ノアがすぐに立ち上がってザムエルさんを助け起こすと、怪訝そうな顔をして中庭に向かって手を伸ばした。すると、見えない壁に阻まれているようで、手も足も体もすべて、何回試してみても跳ね返されて中庭には入れないようだった。二人が試している間に、私も中庭と廊下を繰り返し行き来してみたけれど、なんの反発もなくて、すんなり中庭に出入りが出来ていた。


「ひいい、こ、これは、何でしょう……。呪いか、なにか……?い、今すぐここを離れた方がいいのでは?ないで、しょうか?き、危険かもしれません。こ、これは?いったい?」


 ザムエルさんが恐ろしそうにブルブル震えながら、腰が抜けたように座り込んでしまった。ここまでついて来てもらって、怖い思いをさせてしまって、本当に申し訳ないのだけれど、私はこのまま引き返す気持ちがまったくない。私は、心配そうに私を見つめているノアの顔をまっすぐに見てお願いする。


「ここで、ザムエルさんについて居てくれる?私、この中に入って調べてくる。」


 ノアがとても困ったような顔になった。嫌だとか、行かないでとゆう言葉を必死で飲み込んでくれていた。一緒について行けないことが歯痒くて、心配でしょうがないけれど、私のしたい事を尊重しようとしてくれていた。


「もしなにか危険そうだったら、すぐに戻ってくる。」


「……信じてる。慎重に。気をつけてね。……僕はここで、待ってる。」


 私はしっかりノアの顔を見て頷いた。それから、ノアとザムエルさんに背を向けて中庭の中をずんずん歩いて、隅の方にある小ぶりな丸い人工の池のような場所で足を止めた。腰掛けるにはちょうどいい高さの縁に手をついて、浅い底を隅々まで覗き込んでみる。


 そこには水が一滴もなくてカラカラに乾いていた。底の真ん中辺りには丸く石が積んであって、そこだけ小さく山の形に盛り上がっていた。私はもっと近くで見てみようと、手をついている縁を跨いだ。


「……カエレ。……キライ。カエレ。」


 突然、石を積んだ辺りから声がして、後ろからザムエルさんのヒイイッとゆう悲鳴が聞こえた。振り返って見ると、ザムエルさんが座ったままもの凄く脅えているようでノアが宥めていた。私は石が積んであるすぐ近くまでいって中を覗き込んだ。


「あの、その話し方は怖がられてしまいますよ?……どうして嫌いなんですか?誰のことですか?」


 底の方からする気配が一層怒ったように変わってしまった。返答はないけれど、私は構わずに質問をかさねていく。


「すみません。ディアさんを知っていますか。さっきこの辺りで居なくなってしまったんです。なにか知りませんか。」


 なにを聞いてもまったく答える気がないのか、ただ沈黙が流れ続けていた。しばらくそのまま待ってみても何も話してくれないようなので、勝手に調べてみることにする。


「ええと、じゃあ、勝手に調べますね。私、急いでディアさんを探しているので。失礼します。」


 積まれている石の一つに手をかけて調べようとしていると、慌てているような複数の女性が、ヒソヒソと話す声が聞こえてきていた。


「え?なによ?どうして逃げないの?子供でしょ?」


「シッ!黙っていた方がいいって。諦めて帰るまで待てばいいだけよ。」


「あら、でも子供が触ってここが壊れでもしたら、あの子が悲しむわよ。」


「ね、ね、それよりどうしてここまで入って来られるのよ?その方が怖いわよ。」


「たしかに!そうだわ!それに、やっぱり渡る人じゃないんだって。あんな複雑な色おかしいもの。」


「あの~。お話し中すみません。私ディアさんを探しているんです。この辺で居なくなったんですけど、ご存じありませんか。」


「ま!なによ!名前をもらったからって!自慢!?あなたユヌマじゃないし!何も知らないし、何もしてないし、ニセモノよ。」


「そうよそうよ。あなたみたいな未熟者に大事な妹を渡さないんだから!さっさと帰りなさいよ!嫌いよ!渡さないわ!人と一緒に居たら、また悲しむことになるのよ!何世紀も閉じ籠っちゃって!見てられないんだから!絶対絶対!渡さない!」


 姿はまったく見えないけれど、キャイキャイ賑やかな声が積まれた石の中から聞こえていた。たまにディアさんのお話に出てくるお姉さん達なんだろうなと思った。近くに来てみると、廊下に居るときとは違って、なんだか楽しそうな雰囲気だった。


「ディアさんはここに居るんですよね?迎えにきました。ディアさんにそう言ってもらえませんか。」


「え?なにこの子?人の話し聞いてる?渡さないって言ってるでしょ?私達はね!認めてないの!あなた、この泉がどんだけ大事か分かってる?それなのに、こ~んなに穢れてても何もしないんだから、ニセモノじゃない!」


「そうよそうよ!ここだけじゃないじゃん!巡礼だってしてないじゃん!」


「巡礼?ってなんですか?王都が穢れているのは聞いたことがありますけど……。私がなにか、するんですか?」


「いい!いい!しなくてもいい!私達もうあの子をつれて出て行くし!もういいし!だから帰ってって言ってるでしょ。あなたには関係ないの!全然!無関係!」


 お姉さん達は話を切り上げて、もう行ってしまいそうだった。このままどこかにディアさんをつれて行かれてしまったら、もう二度と会えない気がした。たとえあのサビンナの泉に行っても、これからはもうディアさんはいないと思う。


「待って、待ってください!」


 思わず手を伸ばして、丸い石に両手をついた。そのままの状態で、私の流れだけでお姉さん達を追いかけた。広げるのではなく一点だけに集中すると、細長い光がもの凄い早さで駆け巡って、あっという間にお姉さん達を追い越していた。勢いよく飛び出してしまったので、急には止まれなかった。お姉さん達の短い悲鳴が遠ざかって聞こえていた。


「えええ?なにあれ?早っ!え?なんなの、これ?」


「なにあれ?なにあれ?どうゆう状態!?」


 できるだけゆっくり緩やかに速度を落としていくと、微かにその先の方にディアさんの気配を見つけた。私はその方向に進んで、慎重にゆっくりとディアさんを探した。


「あれ?エミリア?ここで何してるの?どうしてここに?まさか、助けに来たの?え?どうやって?」


「ああ、良かった。心配しましたよ。さあ、一緒に帰りましょう。……この分厚いのは何ですか?」


 ディアさんが何か分厚い良くない感じのする物の中に閉じ込められていた。まったく気配が掴めなかったのは、これのせいかもしれない。


「私も何か知らないんだけど、出られないの。なんか良くないわよね?お姉さん達もなんだか変なのよ。ずっと怒ってるし、機嫌が悪いし、私の話しも聞いてくれないのよ?なんだかおかしいの。お姉さん達は私を閉じ込めたりなんて、絶対しないもの。いつも心配しながら、変わってるわねって言いながら、私の好きにさせてくれるのよ。」


 ディアさんはとても悲しそうだった。お姉さん達の話しはどこかノアに似ていると思った。心配してくれて、本当に大切にしているから、時には手を離してくれる。ディアさんのお姉さん達は、とても優しい人達なんだなと思った。


「穢れてるって言ってましたから、そのせいかも知れませんよ?なにか悪い影響があるのかも。ここを浄化してみましょうか。すごく濁っていますよね?」


「そうねえ……。ここは私の大事な泉だから、綺麗になったら嬉しいけど、でもエミリア調節できるの?ここだけ、ちょっとだけなんて、できる?」


「ちょっと、じゃないと、やっぱりだめですか?全部ガッと一遍に綺麗にしちゃだめですかね?」


「だめに決まってるでしょ!?ここに住んでる人達が居るんでしょ?一番いっぱい居るんでしょ?急にこの前の森みたいなことになったら、困るでしょうが!あの魔女と同じようなこと言わないで。せめてノアに聞いてみてからじゃないとだめよ。」


 私は、あうあうと項垂れてしまう。加減や調節は、まだまだ全然上手く出来ない。やっぱりちゃんと出来るまで修行しておくべきだった。こんなに困ることになろうとは、後悔先に立たず。本当に心から反省する。


「……これからは真面目に修行します。とにかく、今はディアさんをここから出すことに集中します。なにか方法を考えないと。どうしましょうね。綺麗にするのは無事に脱出できてからですね。」


「そうよね……。それならその細いの使えるんじゃない?その光ってるの。それでぐるぐる巻きにしたらどうかしら?そこだけ綺麗になったりしない?」


「やってみます。思い通りにぐるぐる動かせるのかな……、紐みたいに……、柔らかくして……、これ、なんですかねえ。」


「さあ?まあ、ゆっくりやったらいいわよ。だめなら他の方法を試したらいいだけよ。」


「そんなこと言って。私すっごく急いでいたんですよ。急に居なくなったから、すっごく心配したんですから。もう二度と会えないかもなんて、思っていたんです。」


「まっさか~。そんな~。私とエミリアはいつも一緒なのよ。それが、当たり前の普通なんだから。」


「そうですね。お姉さん達にそう言ったら良かったんですね。ディアさんはいつもそう言ってくれていたのに。私、次はちゃんとお話ししますね。」


 ディアさんと話していると、落ち着いて穏やかな心になっていた。話しながら試してみると、光っている紐のようなものは、難なく思ったように動かすことができた。ディアさんを覆っている分厚いものをどんどん、ぐるぐる巻きにしていくと、シュワッと解けてやがて何もなくなった。なんだか周りの濁りも薄くなったようだった。解き放たれたディアさんは、当たり前のように普通に、私のもとに戻ってきてくれた。

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