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113.会いたかった

 天井近くの窓からは細く月明かりがさしていた。けれど、広々とした廊下には所々にしか照明がついていないので、寒々とした廊下はとても薄暗かった。ふと、アビーさんなら嫌がってパッと明るくしてしまうんだろうなと思うと可笑しくて、私のなかに、ホワッと温かい熱が灯ったように感じた。


 ザムエルさんが歩調を緩めてくれていたので、ゆっくりと長い廊下をひたすら歩いていると、やがて大きな両開きの扉の前にやってきた。扉には金属の棒のような物が差し込んであって、それが鍵の役割をしているようだった。ザムエルさんが重そうに両手で棒を引き抜いて、扉の横に立てかけてから、分厚い扉を重そうに開けた。


 扉の向こうは螺旋状の階段になっていた。ザムエルさんが扉を押さえてくれている間に、ピートさんの後ろに隠れたノアが金属の鍵の棒をヒョイッと折り曲げていた。ピートさんも私も笑ってしまわないように、顔を引き締めて口をグッと閉じた。


「狭くて急な階段ですから、足下には注意してください。危ないですから、壁に手をつきながらゆっくり下りてください。」


 私達はザムエルさんについて、ゆっくりと階段を下りていった。やっぱり地下だったんだと悲しい気分になる。長い階段を目眩がするほどぐるぐる回りながら下りていく。ようやく一番下の階に到着すると、とても広いホールになっていて、分厚いはめ込み窓がそこら中にあって、たくさんの照明が点いているので、予想外にとても明るい印象だった。


 広いホールの真ん中にも大きな階段があった。近くの扉が開いたままの部屋の中にも、上の階に行く階段が見えた。上の階との行き来は自由に出来そうだった。この階の扉には外から閉める鍵がついていなくて、閉じ込めているのとは、少し違って見えた。


 大きな階段を迂回するように歩いて、たくさんある扉の中でも、一際大きな扉に向かってゆっくりと歩いていた。


「だから!カッチカチだったんだから!こんなんよ!こんなん!穴を掘るなんてムリムリムリ~。やっぱ正面突破でバリ~ンなんだってえ。脱獄って言ったら大脱走なんだから!アハハハハッ。」


「やだ~。バリ~ンってなによお~。アハハハハ~。」


 部屋の外まで、少女達が楽しそうにキャッキャと笑い合いながら騒いでいる声がよく聞こえてきていた。ザムエルさんはここで呼ぶまで待っていてくださいと言って、扉を2回コンコンと叩いてから、部屋の中に入っていった。そして手を叩きながらみんなの注目を集めているようだった。


「みなさんお静かに、もう夜ですよ。とっくに就寝のはずです。メイベルさんは机の上からおりてください。物を壊してしまったら、また畑仕事をさせられてしまいますよ?みなさんもベッドの上には立たないでください。飛び跳ねたら危ないので、下りてください。お話が……」


「ねえねえ、ザムはどうして夜に部屋に来たの~。お話を読んでくれるの~?」


「私も私も~王女様の本がいい~。」


「みなさんお静かに。遅くにお邪魔して申し訳ありません。本を読みに来たのではありません。ハンナさんは、もうすぐ自分で本が読めますよ。お勉強を頑張っていますね。とても偉いと思います。……今から、みなさんに新しい友人を紹介します。今日ここに来たばかりで心細い思いをしています。みなさんで親切にしてあげましょうね。分からないことは教えてあげてください。それでは、呼んできますので、行儀よく席に座って待っていてください。」


「友人って~。どうせ逃がすならつれて来なけりゃいいのに。」


「ああ!メイベルさん、だめですよ。その話は内緒です。みなさんも、うっかり口にしてはいけません。見張りの人達に聞かれたら大変なことになります。いいですね?気づかれてはいけないのです。脱獄とか脱走なんて話も外ではいけませんよ。みなさんも、気をつけてください。いいですね。」


 ザムエルさんが部屋から出て、私達を呼びに来た。待たせてしまってすみませんと謝って、私を見るとギクッと動きを止めた。


「ああ、やはり……。今日は、別の部屋で休みますか?隣の部屋も空いていますし、ベッドがある個室もいくつかあります。一晩心を落ち着けてから、みなさんに挨拶した方が……。」


「いえ、大丈夫です。この部屋に入るのが嬉しいだけなので、大丈夫です。」


 ノアが私のかわりにザムエルさんに答えてくれた。ノアがとても大きなふわふわのハンカチを鞄から出して、私の涙を拭ってくれる。涙を止めないと、ちゃんと顔が見られないから、早く涙を止めたいのに、どうしても、嬉しくて、安心して、涙が止まらない。ハンカチを握りしめて、ノアに手を引いてもらって、ザムエルさんに気遣われながら、私も部屋の中に入った。


「ちょっと大丈夫?泣いてるじゃないの~。……え?エミリア?」


「うん。」


「え?どうして?ここに?あ、こないだの?え?でも、まさか、……助けに?」


「うん。」


「え?でも、どうして……?いつ……、まさか、オルケルンから?……ここまで、来たの?」


「うん。」


「なに……、なにしてるの、なにしてるのよ。エミリア、まさか、そんな、嘘でしょ。危ないでしょ。そんなことしたら……、わ、私の、ため……に、う、うわ~~ん!!」


「……うん。」


 返事をしながら、ゆっくりゆっくりメイベルさんに近づいて、やっと、ようやく、メイベルさんに辿り着いて、ギュウッと強く抱きしめた。もう離さないように抱き合って、二人でわんわん泣いた。


 ずっとずっと、会いたかった。元気な姿をずっと見たいと思っていた。ここに、メイベルさんが、元気いっぱいな、メイベルさんがここに、私の腕の中にいる。……ありがとう。いてくれて。元気でいてくれて。ありがとう。ありがとうや、嬉しいや、……他にも何か、たくさんのありがとうが、溢れた。


「うわあっ!!」


「わわっ!!!」


「きゃっ!!??」


 ビカッと一瞬眩しく派手に光ったようで、部屋中が驚きに包まれた。メイベルさんの涙も一瞬で引っ込んだようで、目をまん丸にしていた。


「なに!?今の!光ったの!なに!?エミリア!?なにしたの!?」


「え?私?ですか?すみません……、目を瞑っていたので、よく……?」


「ああ!!髪!戻ってる!?みんな元に戻ってるよ!?」


「ホントだ!色粉が取れた!?え?なんで?」


 部屋の中がすごく騒がしくなっていた。小さな女の子達がみんなキャーキャー言い合っていて、それから途端にふざけ合って楽しそうに笑いながら遊び始めていた。


「静かに!みなさん静かに!走り回らないでください。部屋の中で追いかけっこはいけません。危ないですよ。止まって、止まってください。……なにが、どうなったのかは分かりませんが、……照明の故障でしょうか。」


 ザムエルさんが子供達に注意しながら、天井についているたくさんの照明を眺めて不可解そうに調べていた。照明に危険がなさそうだと分かると、走り回る子供を抱き上げた。


「困りましたね。みんな色粉が取れてしまったようです。最近の色粉は質が悪くなっていると聞いたことがありますが、そのせいかもしれません。明日は予定を変更して、朝から色変えですね。……お友達が助けに来てくれたのなら、メイベルさんは今夜にも出ますか?助ける方法が決まっているなら、教えてもらえませんか?お手伝いします。」


 ええ~。メイベル行っちゃうの~。と少女達が騒ぎ立てていた。ザムエルさんが静かに、騒がないでとみんなを宥めてくれる。


「待って待って!どうゆう計画なの?私、今すぐならちょっと困るんだけど?」


「はあ!?なんでだよ!?」


 思わずピートさんが大きな声を出した。みんながギョッとした顔でピートさんを見て固まってしまった。声が、女の子の声じゃないと、こんなに目立つとは思わなかった。メイベルさんが驚いて、もの凄く嫌そうな顔でピートさんを見た。


「えっ!?ええ?ピ、ピ、ピート!?な、な、なにしてんの?なにその格好!?え?じゃあ、隣はノア?は?ピート、あんた、それ、むね……。」


「こ、こ、これは、……しゅ、趣味だ。俺の、趣味で。好きで、好んで、だから、……泣くなよ。」


「……アホか。そんな、わけ、……ないじゃん。……あんたが。みんなして、そんな格好して、私の、為に。……あ、ありがとう。みんな、ありがとう。」


「……分かったから。いいから。もう泣くなよ。……メイさんも心配してんだぞ?だから、今すぐ、オルケルンに帰ろう。」


 メイベルさんは、今度はピートさんに抱きついて、ピートさんの胸で泣いていた。とても感動的な光景だったけれど、なぜかすぐに言い合いが始まってしまった。


「かったい!固いのよ!なによそのむね!むねならちょっとは柔らかくしなさいよ!痛いでしょ!」


「な!なんだと!?俺のむねに文句つける気か!ムキー!ヒドい!私のむねは最強なのよ!!」


「きっもち悪いしゃべり方しないで!最強のむねってなによ!バカッ!!」


 二人の間に割って入ったザムエルさんは二人を宥めていた。静かに、仲良くしてくださいと、焦りながら仲裁している。それは、なかなかに大変そうだった。ふとノアの方を見ると、眠ってしまった小さな女の子をベッドの布団の中に入れてあげていた。


 たぶん、もうすっかり夜は更けているんだろうなと思った。なんとなく、先は長くなりそうな、そんな気がしていた。

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