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112.いざ、神殿へ

 夕暮れ時になると、兵士の人達は一人も居なくなっていた。景色が茜色に染まり始めると、続々と大通りの住人達が日課のようにランタンを街灯に掛けだしていた。窓からその様子を眺めていると、無数のランタンが灯す明かりを、うっとり見つめている人達がそこかしこにいて、その物珍しい光景は好意的に受け入れられているようだった。


「綺麗でしょ~?夜になるとまた幻想的になって綺麗なのよね~。ついつい見とれちゃう。」


「……みなさんのおかげですね。……少し、安心しました。」


 私達はベリーさんが作ってくれた晩ごはんを食べて、すっかり日が暮れて暗くなってから、全員がローブを被って店の裏口から目立たないように外に出た。大通りの裏の道は思いの外狭くて、ベリーさんを先頭に一列になって迷路のような路地を通って、中心街の大きな門の近くに到着した。


 昼間は広く開け放たれていた門は細く閉ざされていて、数少ない通行人は一人一人詳しく調べられているようだった。ベリーさんは被っていたローブのフードを取ると、歩きながら門番の人に声をかけていた。私達はベリーさんの後ろを離れないようについて行くと、なぜか特に何も調べられることもなく、すんなり門を通過することが出来た。


 夜の中心街は昼間とはまったく印象が違っていた。そこら中にある街灯が煌々と町を照らしていて、まるで日中のように明るかった。その爛々とした灯りに、一瞬ゾッと身を刺すような寒気を感じて、思わず足が止まってしまう。すると、すぐ後ろを歩いていたピートさんにぶつかってしまって、慌てて謝ってから焦ってまた歩き出した。


 気のせいだったのかもしれないけれど、恐ろしいほどの悪寒だった、……ような気がする。私は違和感を振り切るように、ギラギラと眩しいほどの夜道を急ぎ足で歩いた。走るように歩いていたので、神殿の壁画の前に到着する頃には、息が上がっていた。ベリーさんが神殿の正面玄関を調べに行ってくれている間に、私は立ち止まって息を整えた。


「エミリア、大丈夫?ここに座って待っていようよ。」


「うん。ありがとう。」


 背の低い柵のような所に腰をおろして、入り口付近を覗いたりしているベリーさんを見ながら待った。ドキドキと脈打つ音が耳に響いていて、私は手のひらを広げて海の指輪を確かめてみた。深い海の輝きはいつもと変わらなくて、ホッと一息をつく。


「だめね。やっぱり夜は閉まってるし、正面からは入れないみたい。他に入口がないのか、探してみましょう。」


 駆け戻ってきたベリーさんと一緒に、壁画を見て回っていた時と同じように、神殿の周りをみんなでぐるっと一周するつもりで歩いた。どこまでも続く壁画を眺めながらゆっくり歩いていると、しばらくしてベリーさんが小さな扉を見つけた。壁画の絵の一部になっていて、言われて近づいて見ても、すぐには扉があるとは気がつかなかった。


 ベリーさんが深くフードを被りなおして頷いて合図をしたので、私達はベリーさんの後ろについて隠れた。周囲を確認してから、ベリーさんが扉を何度も強めに叩いた。なにも反応がなくて、静まりかえったままだったので、違う扉を探しに行こうかと顔を見合わせた矢先に、分厚い扉がギイーと音を立てて薄く開いた。


「……誰だ。何の用だ。」


 赤ら顔をした不機嫌そうな大きな中年の男の人が、隙間からベリーさんを下から上までじっくりと見ていた。ベリーさんは平然としていて、低い声で答えた。


「……金髪を……。」


「そんな連絡は入ってない。なんでこっちに来た。……馬車はどうした。」


「道が暗くて、馬が動かなくなった。」


 大きな男の人はチッと大きな舌打ちをして、ちょっと待ってろと言うと、扉を閉めてしまった。しばらくそのまま待っていると、再び扉が開いて何人かの男の人達と一緒に、赤ら顔の男の人が扉の外に出て来た。ベリーさんにジャラッとお金が入った袋を渡すと、私達の方を向いて顔を覗き込んできてた。近くに来ると、お酒の匂いが強く漂っていた。


「ほお~、えらく美形ぞろいじゃないか。……ん?なんで縛ってないんだ?」


「……大人しいから。」


 大きな男の人はフンッと大きく鼻を鳴らすとベリーさんに何か悪態をついていた。そしてつれてきた男の人達に合図をすると、私達三人は、男の人達に促されて扉の中に入ることになった。扉が閉められる寸前に後ろを振り向くと、ベリーさんが心配そうに私達を見ていた。


 バタンッと勢いよく扉が閉められると、私達の前後を男の人達が挟むように歩いて、小さな扉から神殿の中に入った。そして長い廊下を歩いて、窓のない狭い部屋に私達を押し込むように入れると、男の人達は外から鍵を閉めてどこかに行ってしまった。


 埃が舞う部屋の中には、テーブルも椅子もベッドも何もなくて、隅の方に毛布のような布が何枚か転がっていた。私達三人は狭い部屋を見渡して、一言も何も言葉が出なかった。突然、扉の近くに立っていたピートさんがドンッと壁を叩いたので見ると、拳を握ってブルブル震えていた。ノアと近寄っていくと、扉やその辺りの壁には、爪で引っ掻いたような跡が無数についていた。ただただ、全員が無言でその汚れた扉を見つめていた。


 そうして、どれぐらい経った頃なのか、どこか遠くの方から、近づいて来ている足音にノアが気づいて、私とピートさんを部屋の隅に引っ張って行った。部屋の隅で三人が固まって、廊下に響く足音に注目していると、私達のいる部屋の前で足音が止まったようだった。


 ノアがピートさんの服を引っ張って、飛びかかるなよと囁いていた。そのまま立って待っていると、しばらくの間があって扉を2回叩く音がした。そして、そうっと扉が開くと、痩せこけた若い男性が大きな籠を持って入ってきた。やつれて覇気のない悲しそうな顔をした男性は重そうな籠を床に置くと、しゃがみ込んだまま、お腹は減っていませんかと聞いてきた。


「チーズとパンとお水を持ってきました。もしお腹が減っていたら食べてください。」


 しゃがみ込んだまま籠の中を見つめている若い男性は、なぜか今にも泣き出しそうな表情をしていた。予想外に弱々しそうな人物の登場に、私達は三人とも戸惑っていた。ピートさんもさっきまでの雰囲気とは打って変わっていて、今にも倒れそうな男性を心配しているようだった。


「……食べたら?」


「えっ?」


 思わずピートさんが呟いた言葉に、男性は驚いて初めて私達の顔を見た。そして目を見開くと、一瞬ええ?とゆう顔をしてから、慌ててピートさんにお礼を言った。


「え?あ、いや、ありがとう。いいんだ。お腹が減っているわけではないのです。すみません。いや、私が謝ったぐらいでは、とても、ううう……。」


 とうとう若い男性は泣き出してしまった。ぽろぽろと流れる涙を拭いながら、必死で泣き止もうとする男性を見ていると、どう声をかけたらいいのか悩んでしまう。袖でぐいぐい涙を拭いて無理矢理泣き止むと、すみませんと何度も謝ってから、決まり事のように長々と説明を始めた。


「私の名前はザムエルと言います。皆さんのお世話係です。ここは神聖な聖女様が御座します歴史ある神殿なのです。ですがここは前室ですので、部屋の中には見た通り何もありません。みなさんが泣いたり騒いだりせず、静かに大人しくここでの生活が出来るようにならないと、この部屋から出ることはできません。この部屋を出たら、みなさんは聖女様にお仕えする為に必要な、様々なことを学ぶことになります。共同部屋ですが広い部屋に移れますし、図書館もありますし、自由時間もあります。ごはんも、ここにいるよりもマシな物が食べられます。私はみなさんが一日も早く、ここでの生活に慣れるように尽力いたします。……最後になりますが、この部屋にいる間は、みなさんの質問には何も答えられない事になっております。それでは、私はまた明日の朝にまいります。」


 説明が終わると、そそくさと出て行こうとするザムエルさんをノアが呼びとめると、一瞬ビクッとしたザムエルさんは、そお~っと振り向いてノアを見た。


「……ここでは、質問には……」


「あ、違います。ええと、私達は、今すぐにでも聖女様にお仕えする為に学びたいので、この部屋を出て、今から共同部屋に行きたいんですけど、それは可能ですか?」


「え?今から?……え?」


「そうそう、お、いや、私達はずっと聖女様にお仕えしたいと思っていたんですよ。念願がかなって嬉しいです。」


「聖女様に?あなた方は信仰をおもちでしたか……。そうですか、聖女様に……。みなさんは聖女様を尊ばれているのですね。……分かりました。みなさんは落ち着いて話も出来るようですから、そうゆうことでしたら、今から共同部屋にご案内します。……みなさんにとって、悲しい毎日にならなくて良かったです。」


 ザムエルさんは少しだけ笑って籠を持ち上げると、私達に喋らずについて来るように注意してから、扉を開けて廊下に出るように促した。廊下には所々にランタンの照明が点けてあって、外の街灯とは違うようだった。天井は高くて丸い形をしていた。薄い色の装飾も何もないとても長い廊下を、ザムエルさんについてずっと歩いて行くと、前方に中庭のような場所が見えてきていた。


 中庭は上部に装飾が施された太くて長い柱に囲まれていて、開けた広い中庭は、あまり手入れがされていないようで、所々に草が生えていた。隅の方に何段かの階段状になった丸い人工の池のような物が見えていた。けれど、日頃から捨て置かれているようで、広い割には廃れたような印象の中庭だった。ザムエルさんに続いて早足で通り過ぎると、また長い廊下が続いていて、私達は遅れないように歩き続けた。


「ええっ!!??」


 突然、閑散とした静か廊下にディアさんの叫び声のような大きな声が響いて、私のローブの中に隠れていたディアさんが、ボトッと床に落ちてしまった。慌てて両手で拾い上げると、羊のぬいぐるみの中にはディアさんが居なかった。いつものどこかに行っている感覚ではなくて、ハッキリと完全にディアさんが居なくなっていた。


「……ディアさん?……ディアさん?……どこに、行ったんですか……。」


 手のひらの中の小さな赤い羊のぬいぐるみに問いかけても、なにも返事は返ってこない。ただの動かないぬいぐるみだった。初めての事態に、サアーッと血の気が引いて、その場にしゃがみ込んでしまう。私と、いつも一緒にいると言ってくれていたディアさんの身に、なにかが起こって、居なくなってしまった。ついさっき聞いたディアさんの悲鳴が思い出されて、私のなかに、不安がじわじわと一面に広がっていく。


 心細くて答えてほしくて、小さく何度も名前を呼んでも、羊のぬいぐるみは黙ったままだった。突然ポツンとひとり取り残されたような寂しさに呆然となっていると、ノアが私に呼びかけていた。顔を上げて見ると、とても心配そうな顔をしていた。そして、ぬいぐるみを乗せている私の手を、両手でそっと包んだ。


「ディアさんが、突然、居なくなったの。ここに居ないの。私の側に居ないの。どこに居るのかも、分からないの。」


 言葉にすると、泣き出しそうになる。私の大事な、私の、友達?親友?相棒?先生?……そのどれも全部な、私のディアさん。私の、大切な、いつも一緒にいるはずの、……私の、きれいな泉。


「どうしました?私に静かについて……、ああ、ぬいぐるみを落としてしまったんですね。すみません。少し早く歩きすぎたようです。共同部屋までは、まだまだ遠いのですが、もう少しゆっくり歩きましょう。気がつかなくて、すみませんでした。」


 先に進んでいたザムエルさんが、私達の元に戻ってきながら話していた。そして私に目線を合わせる為にしゃがんで謝ってくれた。言う通りについて行かなかったのに、怒りもしないで、謝られてしまった。ザムエルさんは、とても優しい人なんだろうなと思った。私は、赤い羊のぬいぐるみを撫でてから、足に力を入れて立ち上がった。


 なぜか突然居なくなったディアさん。この先の共同部屋にいるかもしれないメイベルさん達。とにかく、今は足を止めないで歩き続けるしかないと、私は私を励ましながら長い廊下を歩き続けた。

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