111.あらためて出発する私の覚悟
なんと驚くことに、ノアはテーブルの上の化粧道具を一瞥すると、すぐさまパパパッと自分に薄化粧を施した。あまりに自然でなにもお化粧していないように見えるけれど、たしかに、なんとなくさっきよりも女の子に見えた。
「か、完璧よ!!??どこでこんな高等な技術を!?しかもこんなに素早く!?」
「あ、合格ですか?良かった。おしゃれの本をたくさん読んでいたのが役に立ちました。……自分に化粧する日が来るとは思っていなかったけど。……じゃあ次は髪ですね。」
「待て!その前に着替えろ!お前にもむねが必要なはずだ!!」
「僕は、エミリアの服の中から良さそうなのを持ってきたからそれを着る。それでちゃんと少女に見えるはずだ。……それより、その派手な色の顔をはやく洗ってきなよ。」
「なにい~!遅れて来たくせに、俺の薄化粧に文句をつける気か!!お前も膨らませろ!」
「しつこい。その顔が薄いわけないだろ。さっさと洗ってこい。僕が見本に塗ってやるから。」
ピートさんが憤慨しながら、これ以上ないくらいにガニ股で顔を洗いに行った。ベリーさんがスカートが裂けると後ろから声をかけて止めさせていた。テーブルの方を見ると、レイさんもなかなか上手に薄化粧を終えていた。
「レイさん、お化粧が上手になりましたね。可愛い女の子に見えますよ。」
「ありがとうございます。私は必ずエミリア様のお役に立ちます。」
「様とは言うなと言ったはずだ。何度も言わせるな。おかしな態度をとるなら、エミリアの近くには居させない。今すぐ家に帰れ。」
「なっ!?私は……!!私は、エミリア様……、エミリアさんの側で役に立ちたい。エミリアさんの言う通りに、私は……」
「言う通りって、お前。エミリアは人に命令なんてしねえよ。ホントに言う通りにするなら、もう家に帰れよ。それぞれ別々に……、って言われたろ?」
ピートさんは速攻で顔を洗って戻ってきていた。この部屋の雰囲気がどこか張り詰めてしまっていて、みんなが黙り込んだ。レイさんが落ち込んだように俯いてしまっていて、私はなんだか気の毒になってしまう。王子とゆうのは何か偉いんだろうし、二人にお家に帰るように言われているのも、なんだか可哀想に思えてくる。
「レイさん、私は人数が多いと心強いですし、レイさんも協力してくれているのを有り難いと思っています。ノアもピートさんもそう思っていますよ。王都のことも神殿のことも、私達は何も知らないので、いろいろ教えてください。」
レイさんの手を取ってニコッと微笑む。出来ることなら、一緒にいる間はみんなが仲良くできたらいいと思う。……と思ったけれど、レイさんは真っ赤になってソファーにパタンと倒れてしまった。
「えっ!?ええ?……だい、じょう……、ぶ?ですか?」
「もうもう!言ったでしょ?急に触ったらだめなのよ?前にも言ったでしょ?笑いかけながらとか、普通に武器よ。危険よ。」
私はディアさんに怒られながら、ノアに手を引かれてレイさんから離れた。私はどうやら人にすぐ触ってしまう癖があるようで、それもまたディアさんに注意される。レイさんから距離をとって離れて窓際にいくと、ベリーさんが窓の外を見ながら深刻そうな顔をして、なにか考え事をしているようだった。
「ベリーさん?どうかしましたか?」
「え?ああ、エミリアちゃん……。う~ん。レイちゃんは一緒に行けないかもしれないわね。外に兵士がウロウロしてるの。たぶん、居なくなった王子殿下を探してるんだと思うわ。一緒に外に出たら、みんな捕らえられちゃうんじゃないかしら。……王子誘拐、とかね。あの人達には理由が必要だから。……犯人が必要なのよ。」
レイさんがガバッと体を起こして、急いで窓際にやってきた。隙間から外の景色を覗き込むと顔をしかめた。そして、そのまま暗い表情で黙って考え込んでしまって、長い沈黙が部屋中に流れた。
「私は、私は……、一旦城に戻ります。私の、勝手な行動が招いてしまった事態です。責を負うのは私だけのはず。……ですが、私も必ず神殿に向かいます。段取りをつけて視察に出向きます。私は私の出来ることをします。エミリアさんに救っていただいた命に報います。」
「あらあらあら、男になったわねえ~。それなら裏から出て、なるべく中心街の近くで発見されましょうね。途中まで案内するわ。」
決意した顔のレイさんと、ベリーさんが連れ立って階段に向かう。レイさんは怪我が治ってから、確かに顔つきも変わっていて、初めて会ったときのニヤニヤした印象とはずいぶん違っていた。
「あ、顔。レイさん、お化粧を取ってからでないと、少女と間違われますよ。」
「あ!ホントだわ!そのまま帰ったら大変なことになっちゃう。王子が王女になって帰ってきたら、ちょっとした騒ぎだわ。ワンピースも脱いで着替えないと。」
レイさんが元の服に着替えて、ここに来た時と同じ装いになった。服は汚れてしまっていたけれど、どこにも怪我をしていないので、派手に転けたと言い訳をすると笑ってから、名残惜しそうにベリーさんと一緒に裏口から出ていった。
ベリーさんの帰りを待つ間に、ノアがピートさんにお化粧を施した。するとピートさんは瞬く間に活発そうな女の子に変身してしまった。お化粧もしていないように自然なのに、ちゃんと女の子に見える。ノアの技術の高さにピートさんも感嘆していた。
「おお!すげえ!お前はいったい何なんだ。どうして何でもできるんだ?」
「何でもできるわけないだろ。それより、これ。」
ノアがリボンで結んだ一房のレイさんの髪をテーブルに置くと、鞄からカチューシャを2つ取り出した。お揃いに見えるカチューシャの飾りの中に金髪の髪の毛を一本入れると、ピートさんに手渡した。もう1つにも髪を同じように入れて、見本を見せるようにノアが頭にカチューシャを着けると、一瞬で金髪になった髪がギュンッと肩まで伸びた。
「おお!?なんだそれ?すげえ。」
「カチューシャを取ると元に戻るから気をつけろよ。頭から離れないようにしっかり差し込んで。」
ピートさんもノアと同じようにカチューシャをつけると、金髪になった髪が肩まで伸びた。まったく同じ肩で切りそろえた髪形になった二人は、なぜか姉妹のように見えた。改めてみると、ピートさんは初めて会ったときよりも身長が伸びていて、ノアよりも背が高かった。
「二人とも、すっかり少女になりましたね。仲の良い姉妹に見えます。」
「エミリア、それは誉め言葉だと思っているのか?まったく嬉しくねえ。」
ピートさんがため息をついて項垂れているうちに、ノアが鞄から小さな緑色の石がついたイヤリングを1つ取り出して耳につけていた。
「……忘れてはいませんよ。初めから、髪が伸びて目立たなくなってから着けようと思っていたんですよ。……ずっと喋っているなら取りますよ。うるさくて不便です。エミリアになにか伝言がありますか。……それは言いませんよ。エミリアはお転婆じゃありませんからね。……それなら出てきて自分で言ったらいいでしょう。……分かりました。」
「エミリア、おばあ様達が心配してるみたいで、潜入が上手くいかなかった時はぶっ壊して帰るって言ってるんだけど、それでいいよね?」
「え?それは?アビーさん達の声が聞こえるの?」
「鳥かごに繋がってるんだって、あんまり離れたら聞こえないらしいんだけど、エミリアと僕が離れることはないからね。」
「それは、私も着けたらだめなの?私も話したい。もう1つない?」
「これは、あんまりおススメしないよ。僕には便利に思えないんだよね。」
「そう……。じゃあ、アビーさん達に計画を秘密にしててごめんなさいって言ってくれる?心配かけちゃったから。」
「声は聞こえてるから伝わってるよ。……エミリアの好きにしていいんだって言ってるよ。それに、おばあ様達の都合で、何か起こらないかぎりその鳥かごから出ないつもりらしいいから、あまり気にしないでいいよ。」
それからノアが私の髪飾りにレイさんの髪を入れて、私もお揃いの金髪の髪になった。着替えもすませて、準備万端に整えてベリーさんの帰りを待った。窓から外を覗いてみると、見回りをしている兵士の人達は、まだまだたくさんいるので、レイさんはまだお城に着いていないのかもしれない。
やっぱりどうしても気持ちが逸ってしまって、落ち着かない気分だった。メイベルさん達がヒドイ目に合っていないか気になって、もう他のことは考えられないでいた。ピートさんとノアが潜入してからの打ち合わせの話しをしていたけれど、私の頭の中では、メイベルさん達を見つけてすぐに、みんなで走って逃げるとゆう案が浮かんでいて、転けないように気をつけようと決意していた。
それからしばらくしてから、ベリーさんがどこかで調達してきたのか古い薄汚れたローブを抱えて戻ってきた。
「ふう~。ただいま~。外は兵士だらけよ。もうしばらく待ってからじゃないと、外には出られそうにないわね。」
私達は日暮れを待ってから出発することになった。ベリーさんの借りてきてくれたローブをみんなが被ると、より目立たずに神殿まで行けるとゆうことだった。
「私が神殿まで連れて行くわ。途中には中心街の門も通るし、攫われた子達って、子供だけでは到着しないはずだもの。……となると、裏に回るのかしら?神殿に裏門なんてあるのかしらね。行ってみないと分からないわ。」
日が暮れるまでの長い間、私は時折窓の外を覗きながら待った。ノアは1階でベリーさんのお店の仕込みを手伝って、他の料理も教えてもらったりしていた。ピートさんは夜に備えて客間のベッドで昼寝している。私は窓の外を眺めながら、とうとう今日この日が来たことを実感していた。
じっと静かに座って待っていると、なぜか不思議と、心は次第に静かになってきていた。私は何があろうとメイベルさん達を無事につれて帰る。揺るぎない決意とゆうのは、不安や恐れを凌駕していくものなのかもしれないと、日常に戻ってきつつある窓の外の景色を眺めながら思っていた。