110.怖いほど本気の変装
ノアが飛び立ってから、まもなくしてベリーさんも変装道具を調達しに出かけて行った。私達三人は、ベリーさんが用意してくれたおやつを食べて待っていることになった。けれど、なんだか落ち着かなくて、私は、私の修行をして待つことにした。
「エミリア、どこに行くんだ?」
「2階に、客室を借りて、修行して待ってようかなと思って。」
「ああ、だめだめ。ノアから頼まれてんだからな。俺から見える所に居てくれ。修行ならここでしてたらいいだろ。」
ピートさんがおやつを頬張りながら、テーブルを指さした。すると、ディアさんが私の肩からフワッと浮いて、テーブルの上に降り立った。
「あんたはいくら何でも食べ過ぎよ!ムシャムシャ、バクバクうるさいのよ!こんな所で集中して修行出来るわけないでしょ!」
「あ、あの、大丈夫ですよ。ここで、修行できますよ。」
ピートさんとディアさんの言い合いが始まってしまって、もう私が何を言っても止まらなかった。レイさんは黙ってぽつんと隅の方の席に座って静かにしていた。私は反対の一番端の席に座って、集中することにした。神殿に着くまでに、加減や調節が出来るようになるかは分からないけれど、出来るだけのことはしておきたかった。
深呼吸してから、まず、私の流れをゆっくりと確かめてみる。ひとつひとつ巡ろうとしても、気持ちが逸ってしまって、なかなか落ち着けなかった。私は気持ちを切り替えようと、首から提げているお守りを取り出して見つめることにした。お守りのカケラはいつも通り、キレイな虹のような複雑な色合いがゆったりと流れて、絶え間なく揺蕩っていた。ゆったり、ゆっくりと漂うさまを見ていると、呼吸まで整っていくようだった。
「そっれに!修行してるエミリアなんて見ちゃったら、ど~んと崇拝しちゃって、ず~と離れないのよ!?あ~んな神々しい姿なんて見せたら、どど~んと人が群がっちゃって、がが~んって大変なことになるのよ?」
「ど~んとか、が~んとか、意味が分からん。なにが言いたいんだ?」
「ほんと、あんたってアレよね。みんながあんたみたいに単純で雑な性格してる訳じゃないのよ。あれ、見てみなさい。」
ピートさんとディアさんの話しが耳に入ってきて、二人の視線の先を辿っていくと、そこにはレイさんが泣きながら、私を拝んでいた。ビクッと驚いて体が震えるほど、もの凄く私を見ていた。そおっと横目でピートさんを見ると、ガタっと焦ったように立ち上がって、慌てて私の前に立ちはだかった。ピートさんの体で遮って、レイさんが見えないようにしてくれていた。
「悪りい、エミリア。修行はまた今度にしてくれ。あっちで菓子でも食うか?」
私はピートさんに促されて隠されながら、お菓子の置いてある席に移った。ピートさんがレイさんに見るなと話しをしにいくと、拝むのを止めてくれたので、少しホッとした。
「ディアさん、私、まだ修行していたわけではないので、どど~んとなんて、ならないですよね?落ち着かなくて、お守りを見ていただけなので、なにか大変なことにもならないですよね?」
「……だといいわね~。」
なにか得も言われぬ不安な気持ちでいると、手のひらの上にディアさんがトコトコ歩いて乗ってきてくれたので、よしよしと撫でた。ふわふわのディアさんを撫でていると、ようやく気持ちが落ち着いてきていた。
「たっだいまあ~!バッチリよ~。究極に!完璧に!可愛くしてあげるから~。」
ベリーさんが布に包んだ大荷物を両手に幾つも持って帰って来た。とてもご機嫌に荷物を振り回しながら、お店の中でくるくる回っていた。とても楽しそうだった。
「さっ!もう本格的にお店閉めちゃうから、先に2階に上がってて~。居間の方で待っててちょうだい。すぐ行くから~。」
ピートさん達が荷物をいくつか持って2階に上がると、広い居間にはソファーや椅子がたくさんあって居心地が良さそうだった。お店と同じく部屋の中もとても可愛い装飾になっていて、可愛い小物がたくさん並べてある。清潔に掃除もされていて、部屋の中からはなんだかいい香りがしていた。可愛い陶器の置物をディアさんと見ていると、ベリーさんが足取りも軽く2階に上がってきて、さっそくお茶の用意をしてくれていた。
「エミリアちゃんは、しばらく待機ね。お茶でも飲んでちょっと待っててね。フフッ。一番楽しいのは、あなた!」
ベリーさんがピートさんをビシッと指さして、とっても楽しそうに笑った。ピートさんがうえっ!?と変な声を出して後ずさる。ベリーさんが大荷物の中から袖のない薄い服を取り出してピートさんに渡した。
「まず、ピートちゃんにはこの下着を着てもらうわね。先に服を全部脱いじゃって、合わなかったら縫わなきゃだから、早く着替えて。その後はお化粧よ。」
「ま、ま、待て!な、なんだこれは!む、むね!俺は、スカートは穿くと言ったけど、この、この!膨らんでるやつを着けるとは、聞いてねえ!!」
「そんなこと言ったって、ピートちゃんの体格だと、そのぐらい膨らんでないとおかしいのよ?レイちゃんはペッタンコでもいけるわね~。華奢だから。」
「そんな!?そんなの!!差別だ!俺だって、膨らんでなくても女に見える!」
「ベリーさん、私は完璧な少女になりたいのです。私も膨らんでいた方が少女に見えるなら、その下着をつけます。私の分もありますか。」
「いや!お前!!やめろ!ちょっとは嫌がれ!マジで!おかしいから!この王子!俺だけ我儘言ってるみたいになるだろうが!やめろ!」
すったもんだの末に、ピートさんとレイさんが膨らんだ下着をつけてワンピースに着替えた。ピートさんは凄く疲れた顔になっていた。
「ちょっとちょっと、ピートちゃん、がに股はだめよ。仕草で男ってバレるわよ。もっと優雅に!背筋も伸ばして!ささ、こっちに座って、次はお化粧よ。」
ベリーさんはテーブルの上にたくさんの瓶や粉や筆や刷毛やお化粧道具を広げてひとつひとつ使い方を説明しながら並べていた。
「今からお化粧を教えるから、自分で出来るようになるのよ?何日潜入することになるか分からないんだから、自分で出来ないと困るのよ?薄化粧の極意を伝授してあげるんだから、しっかり覚えなさい。」
「はい!頑張ります!」
レイさんはやる気満々だったけれど、ピートさんは深い深いため息を吐いていた。そして、なにかブツブツ呟きながらうつろな顔をしていた。二人がまずパシャパシャと顔になにか馴染ませて、クリームをぬりぬりと塗っていた。多すぎてもだめなようで、テカテカになったピートさんは怒られてやり直しさせられていた。
「お化粧って難しそうですね。あのテーブルの上に置いてあるのを全部顔に塗るんですかね?」
「全部なわけないんじゃない?だって何種類あるのよ?あれ。顔はひとつなのよ。いくらなんでも、ねえ?」
ベリーさんの薄化粧に対する指導は凄まじくて、ピートさんは何回もやり直しさせられていた。どうやっても、こってりと塗る以外が難しいようだった。
「薄化粧よ。薄さが勝負なの!していないようで実はしっかりキッチリ化粧してるのよ!まだよ!まだ頬紅が濃いの!やり直し!違う!影が濃いの!影をぼかすのよ!ほら!やり過ぎると顔が黒くなるんだから。」
レイさんは一か所お化粧する度にいろんな角度から顔を確認していて、メキメキお化粧の腕前が上がっているようだった。ピートさんも負けじと気合を入れて、パンパンと顔に粉をはたいていた。すっかり燃えているようで、負けないわよ!と言っていた。ディアさんが呆れたように、なんの勝負だよと呟いていた。
「これは?……なんだその顔は?……なんのつもりだ?」
窓から白い鳥になったノアが入って来ると、すぐに組み紐をはずして降り立った。ピートさん達の化粧風景を見て、気色悪そうな顔をしていた。
「遅いぞ!ノア!お前もさっさと着替えて化粧をしろ!お前も全然女に見えないんだからな!さっさと膨らませろ!」
喚いているピートさんを無視して、ノアが私の所に歩いて来た。鞄から色々な物を取り出していて、手のひらの中には、長い房の付いたとても小さな鳥かごを持っていた。その中になぜかアビーさんとラリーさんが入っていた。その鳥かごを私の鞄に取り付けてから、シーッと指で口を押えた。
「……見えない、筈だから。」
それからジッと私を見つめると、両手で私の顔を挟んだ。ノアは、なにかとても深刻な表情をしていた。なにかを教えて欲しくて私もノアを見つめる。
「……絶対に、エミリアを危険な目に合わせない。誰にも渡さない。僕とエミリアは離れない。僕が必ず君を守る。僕のエミリアを奪うなら、この王都を潰すから。……僕の誓いだ。」
潰すとゆうのは大袈裟な比喩だと思うんだけど、ノアがなにか不安になっていて、そして、なにか覚悟を決めて決意した顔をしていた。なにか分からないけれど、私は安心させてあげたくなって、大丈夫だよと言う代わりに、そっとノアの肩に触れた。……ノアと私が離れることなんて、ないんだから。
ノアが肩においた私の手を握ると、心底嬉しそうに笑った。私まで嬉しくなって二人で笑い合っていると、ベリーさんがノアのすぐ後ろに立って、ポンと肩を叩いた。ゆっくりノアが振り向くと、ベリーさんがニッコリと笑って顔を近づけていた。
「おかえりなさい。ノアちゃん。完璧な金髪の少女になりましょうね?」
遅れて来たノアにも、少女になる特訓が始まろうとしていた。ふと奥のテーブルの二人を見ると、ピートさんがとても派手な顔の人になっていた。薄化粧とゆうのは、なんだかとても難しそうだなと思った。