109.怖いほど固い決意
みんなで厨房に入って、手を綺麗に洗ってから野菜を洗ったり切ったりと、楽しくお手伝いをしていたけれど、いつの間にか私とピートさんは客席に座ってお茶を飲んでいた。
「エミリアは、あんまり厨房に入らない方がいいぞ?怪我しそうで怖いんだよ。俺は野菜を振りかぶって切る奴をはじめて見たぞ?」
「なにかおかしかったですか?教えてもらった通りに切っていたつもりだったんですけど、違いましたか?」
「……え?いや、……どんだけ?、まあ、いいや。料理はノアに任しとけよ。野菜が飛んでって人にぶつかるのも危ねえしな。俺の親父はよく邪魔しないのが一番の手伝いだって言われてるぞ?」
「邪魔は、しませんよ。」
「おまたせ~。あ、みんなで食べるんだから、こっちの広いテーブルにしましょう。」
「エミリア見て!僕がオムレツを作ったんだ!ハーブとチーズが入ってるんだよ。すごく美味しいよ。食べてみて。」
ベリーさんが手際よくテーブルのセッティングをして、次々に料理が運ばれてきていた。ホホ肉の煮込みの他にもパンも焼きたてで、たくさんのケーキも並べられていく。
「さあさあ、食べましょう。嬉しいわあ。こんなにたくさんで食事ができるなんて、いつぶりかしらあ~。とっても嬉しい!さ、冷めないうちに食べちゃいましょう。」
ノアが教えてもらって作ったとゆうオムレツは、コクがあるのにハーブの風味が爽やかで、とても美味しかった。ホホ肉もトロッと柔らかくてしっかり濃厚に煮込まれていて、甘いデザートもどれもすごく美味しかった。ベリーさんとノアはずっとハーブや調味料の話しをしていて、途中からノアはメモをとって熱心に聞き入っていた。ノアはとても勉強熱心で努力家だから、すぐに全部覚えてしまうと思う。
ピートさんも濃厚なホホ肉の煮込みを気に入ってたくさん食べていた。私は素朴で甘いプディングがとても美味しいと思った。楽しくて美味しいお昼ごはんをみんなで食べていると、2階から男の子がよろよろしながら下りてきた。どこにも怪我はなさそうだけど、もしかしたらお腹が減っているのかもしれない。私は立ち上がって男の子に席を用意してあげようとしていると、突然男の子が私の目の前で胸に手をあてた格好で跪いた。
「私は、とても、愚かでした。」
「えっ?レ、レイモンド?さん?どうしました?」
「私のことは、どうかレイとお呼びください。」
レイモンドさんは跪いたまま立ち上がろうとしなかった。その格好のままで、私を真剣な顔で見つめたまま話し続けていた。
「私の、あなた様に対する数々の無礼な行いを改めて謝罪いたします。申し訳ございませんでした。私はエミリア様に救っていただいた命に厚く深謝し、私、レイモンド・ド・エルドランは、ここに誓言いたします。一生涯あなた様のしもべとなり、決して敵対いたしません。エミリア様の言を最上としすべて従います。あなた様の良き友となれるよう努力を惜しまず精進し尽くします。」
「えっ?ええ?あの?レイ、さん?」
突然跪いてなにか難しそうな、深刻そうな事を言っていた。……友達はいいとしても、一生涯とか、しもべとか言っているし、どうしたらいいか分からない。お断りするにはどうしたらいいのかアタフタしてしまって、とりあえず立ってもらおうと肩に触れると、ベリーさんが歓声をあげた。私はビクッとしてベリーさんを見ると、涙ぐんでパチパチ手を叩いていた。えっ?と思っていると、レイさんが肩に置いていた手を握っていた。
「ありがとうございます。ありがとうございます。私は一生涯あなた様のしもべです。」
「えっ?え!?」
満面の笑顔でとても嬉しそうに私の手を握ったまま見つめられているけれど、なにが?どうなって?どうして私のしもべに?決定?どうして?頭の中がはてなだらけで、なにがなにやら、分からないうちに決定していた。もの凄く焦っていると、ベリーさんがレイさんの横に同じように跪いた。
「私も、誓言いたします。私、ベリルヌーイ・ド・メディデスは、決してエミリア様に敵対いたしません。あなた様のことは、あなた様の望むまま、むやみに他言いたしません。」
「えっ!?メディデス!?なぜメディデス家の者がここに?」
レイさんが驚いて問いかけても、ベリーさんは真剣な顔で私を見つめたままじっと動かなかった。ノアが私の横にきて、耳元でそっと肩に触れた方がいいと教えてくれた。私はベリーさんを見つめたまま、そっと肩に触れた。
「私の誓言を受けてくれて、ありがとう。私の誠意をあなた様に捧げます。」
もうなにがなにやら、そもそも誓言とは何ですかとは、やり切った顔で嬉しそうにしている二人には、とても聞ける雰囲気ではなかった。どうしたものか、しもべとは、いったい何なのか、あまりいい事には思えないので、今からでもお断りしてもいいものか悩んでいると、ピートさんが口の中をモゴモゴさせながらのん気そうに聞いてきた。
「誓言ってなんだよ?なんか、約束か?」
「なに!?私の誓言を愚弄するつもりか!?私の聖なる誓いを!!」
「まあまあ、落ち着いて。冗談を言っているのよね?騎士にとって誓言は、……命よ。」
ベリーさんの顔は笑っているのに、もの凄く迫力があった。もうそれ以上、誰も何も聞けなかった。ピートさんがゴクッと飲み込む音がやたらと大きく響いた。
「さあさ、お腹が空いたわよね?みんなでお昼を食べましょう。すぐに温めてくるから。そこに座ってて。」
ベリーさんはすぐに温かい料理をレイさんの前に持ってきて、みんな揃ってお昼ごはんを食べることになった。レイさんは終始物珍しそうにしていた。
「なんだかな~王子とか、気を遣ちゃってやりにくいんだけど、ずっとついて来る訳じゃないよな?」
「ピート……、気を遣ってるようには見えないけど?でも、エミリアに誓言したからって、僕たちの仲間に入る訳じゃないよ。一緒に旅をするわけでもない。」
「私はエミリア様に従う。すべてエミリア様次第だ。私の命は捧げたんだ。」
「え!?ちょっ!?ちょっと待ってください。命は自分のものですよ。自分の命は大事にしてください。そのしもべと言うのも、なんとゆうか、困ります。お友達なら、いいんですけど……。レイさんは、私達のことは気にせず、今まで通りに過ごしてください。私達は神殿に行きますけど、それが終わったら王都を離れますから、それぞれ別々なんです。レイさんは自分の居場所に戻ってください。ご家族も心配してしまいますよ。」
「それぞれ、べつべつ……。」
レイさんはショックを受けたようになってしまったけれど、私はしもべ、と言う人にはなんだか怖いので近くにいてほしくないし、王子は王都にいるもののような気がするし、ここは、きっぱりお断りしておかないといけないと強く決意して、私はグッと拳を握った。
「……では、神殿に一緒に行きます。その私の働きを見ていただきたい。私も目立たないように、誰にも気づかれないように変装して潜入します。私はエミリア様のお役に立ちたいのです。決して利用などしません。」
「残念だったな、王子。潜入できるのは金髪の少女なんだよ。ノアは女装して潜入するって言ってんだぞ?」
「なにが問題なんだ?私は誰よりも完璧な金髪の少女になれる!」
「マジか……。この国はどうなってんだ?おかしいだろ?……俺がおかしいのか?あれ?」
「あら!あらあら!!そうなの!?み~んな可愛い子ちゃんになるのね!?はいはい!!それなら私、お役に立てるわ!!薄~いお化粧をして、スカートに、カツラにする?ああ!!楽しいわ。腕によりをかけて、みんな美少女にしてあげるから!!」
「ああ!?待て待て!?スカートって!!俺はやるとは言ってねえ!!」
「愚かな……。幼気な少女達が捕らわれているのだろう?両親がひどく心配していると言っていたのは誰だ?それが、スカートや化粧に負けるなど、笑止千万。」
「ぐぬぬぬ!!やっぱり俺か?俺が間違ってるのか?分かった!分かったよ!俺だって、メイベル達を助けたい!おばさんに、メイベルをつれて帰るって約束したんだ!スカートだって何だって!穿いてやる!!」
なぜか全員が、金髪の少女になって神殿に潜入することになった、……ようだった。大勢の方が心強いとはいえ、嫌がっているピートさんにスカートを穿いてもらうのは気が引ける。
「ピートさん、私達だけで潜入するので、ピートさんは無理にスカートを穿かなくていいですよ?もともと私だけが潜入するつもりだったんです。」
「エミリア……、俺、おばさんの車椅子を押してる時に決めたんだった。……おばさんの肩がビックリするぐらい薄くなってて、痩せこけてて……、俺が、最速で最短でメイベルをつれて帰るって、決めてたから、俺。だから!俺が助けに行かないなんてことは、絶対にありえない!なんとしても!絶対!スカートを穿いても!男だけど、俺!穿いてやる!俺は!男らしく!いくらでもスカートを穿く!!」
ピートさんの固い決意をみんなで聞き終わると、部屋の中がシンと静かになった。私は、メイさんが車椅子に座って、泣き出しそうなのに無理に笑っていた顔が思い出されて、胸が熱くなっていた。私も、メイさんのもとにメイベルさんをつれて帰る為なら、なんでも出来ると思った。
それからみんなで食事の後片付けを始めて、あらかた片付けが終わると、ノアが一人で人数分の変装道具を取りに行くことになった。
「どうして一人で取りに行くんだ?俺も荷物持ちぐらい出来る。」
「ピートは、エミリアについていて。僕はまだあの王子を信用していない。それに、最短なんだろ?僕が一人で飛んでいく。その方が早い。もう、今日中に潜入する。流石におじい様達に話しておかないといけないから、さっさと行ってくる。カラス達から伝わってるだろうけどね。」
ノアが鞄の中から組み紐を出して、白い鳥に変化すると窓から飛んでいった。私はその姿を見送りながら、なぜか心細いような不思議な気持ちになっていた。すぐに帰ってくるのに、そう分かっているのに、飛び立って離れて行くノアに、早く帰ってきてねと呟いていた。