108.二人の誤解
部屋の中は誰も何も言わないで黙っているけれど、静かな興奮が渦巻いていた。ベリーさんと男の子は私を見ながら拝んでいるし、ピートさんは凄く困った顔をしてその二人を見ていた。ノアはさっきからずっと難しい顔をして考え事をしている。
私は二人にすごく見られながら拝まれているのが、ものすごく気まずくて、それを止めてもらうにはどうしたらいいかを必死で考えていた。すぐ隣に立っているノアが顎にあてていた手をおろすと、私の手をそっと握って、優しく手を繋いでくれた。それだけで、私はなぜかホッとすることができた。
「二人は誤解しています。エミリアは、あなた達の言っている聖女、ではありません。」
ノアがきっぱりと言い切ってくれたので、私は本当に気持ちが楽になって、ああ、良かったと安心することができた。
「そんな、はずは……、だって、私は、……私の怪我を、聖女様が……。」
「……光って、聖女様が、光って、私達に祝福を……。」
ノアが心底嫌そうに首を振りながら、二人の前で繋いでいない方の手を大きく振った。いつもより大袈裟な仕草に思えた。
「ああ、違います違います。全然違います。大きな誤解です。全然違いますよ。全然。エミリアに変な役割を押しつけないでください。」
「そおよ~う。あなた達の聖女って、壁画で見たわよ?あれ、エミリアじゃないわよね~。」
ディアさんがフワフワ浮きながら私から離れると、ベッドの上にポスッと着地してトストス歩き回りながら話していた。ベリーさん達は目を見開いて驚愕しながら、今度はディアさんの一挙手一投足に注目していた。
「ぬ、ぬいぐるみ、が、しゃべって……?」
「えっ?かわ、……かわいい……けど、……えっ?なに?」
ディアさんがまた私の肩に戻ってきたので、二人の視線がまた私に戻ってきた。今はもう崇拝するような視線では無くなっていて、困惑したような顔をしていた。そしてノアが私の髪飾りを取って、髪の色が赤に戻ってディアさんと同じ色になると、二人がまた更に驚いた。
「魔女……?様?」
その小さな呟きにノアがニヤッと笑うと、私と繋いでいた手をギュッと握った。そして私とノアの二人で部屋の中に浮かび上がってグル~と一周してから、また元の位置に戻って着地した。ベリーさん達は、口をあんぐりあけたまま固まってしまった。
「……箒は、使わないのね……。」
「フッ。その箒とか、杖とか、本当に面白いですよね。誰が考えたんでしょうね。あ、そうだ、王都に来たら一度、魔女の絵本とゆうのを見てみたいと思っていたんです。本屋にはありませんでしたけど、もう売ってないんですか?」
「……魔女の本は、ううん、魔女、関連はずいぶん前に禁止になったから……。」
「そうですか。じゃあ、いいです。さて、誤解も解けたことだし、僕たちは帰ります。ああ、それと変な噂を流さないでくださいね。僕たちのことは、何も見なかった聞かなかったでお願いします。」
ノアがもう今すぐにでも帰ろうとしていたけれど、私はどうしても、まだしなければいけないことが残っているので、ノアの手をひいて止まってもらった。
「あの、私、金色の髪の人を探していて、もしよかったら、少し髪の毛を分けてもらえませんか?」
「え?私?……の髪の毛ですか?聖……、いや、エミリア様に貰ってもらえるなら、いくらでも差し上げますけど、……何に使うんですか?」
「……様はいりませんよ?……実は、私の友達が神殿に攫われて地下に捕らわれているんです。いろいろな人達が調べた結果、金髪の少女達が攫われて王都にいることが分かったので、町の大人達とみんなで来て探していたんです。それでやっと先日、神殿にいることが分かったんですけど、神殿の人には居ないと言われて帰してもらえなかったので、私が金髪の人になって、神殿の中に入れてもらって助けにいこうとしていたんです。それで金色の髪の毛の人を探していたんですけど、この王都に金髪の人がいなくて困っていたんです。他の町には割と普通に居たんですけど。この町ではなぜか全然見つからなくて、だから何本かもらえると、本当に助かります。」
「ちょ、ちょっと待ってください。待って……、神殿が……?」
男の子はベッドの上で頭を抱え込んでしまった。その姿を見ていると、ベリーさんが困ったようにぽつりぽつりと話してくれた。
「神殿は……、このエルドランに住む私達にとって神殿とは、……とても、神聖なの……。聖女様がおわします神殿から、この国は始まったのよ。……王家も。」
「知るか。王都で神殿がどう思われているかなんて、知らん。どうでもいい。メイベル達が攫われて、神殿に捕らわれているのは、本当の話しだ。メイベル達が何才か知っているのか?まだほんの子供だ。親がどれだけ心配していると思ってる?髪はくれるのか、くれないのか?俺たちは忙しい。一日でも早く助けてやりたいんだ。さっさとしてくれ。」
ピートさんの言葉に男の子がビクッと揺れた。俯いて、深刻な顔でなにか考え込んでいた。髪をもらうので、詳しく話した方が良いと思って私の秘密の計画も含めて全部話したけれど、ずいぶん衝撃的な話しだったようで、ベリーさんも含めて、信じたくないとゆう思いが伝わってくる。もうあまり関わり合いにならない方がいいのかもしれない。ノアと繋いでいる手を握りなおして、一歩踏み出そうとすると、男の子が私を見上げて話しだした。
「私も一緒に、神殿に連れて行ってください。私は、私の名前は、レイモンド・ド・エルドラン。末端ですけど、この国の王子です。……神殿の責任者は私の叔父です。神殿に何か起きているなら、私も知りたい。聖女様をお守りする神殿で、何が起きているのか、私は知りたい。」
「断る。僕たちは目立ちたくない。ここで、魔女と明かすつもりもないんだ。知りたいなら自分で勝手にすればいい。君が誰であろうと、僕達には関係ない。関わり合いになるつもりもない。神殿には、こっそり潜入して、大事にならないように助け出したら、すぐにこの王都を離れる予定なんだ。君達に、なんの政治利用もさせない。そんなことは、絶対に許さない。」
「……なる、ほど。」
男の子は凄く苦そうな顔をしてから、また俯いてしまった。手を握りしめてふるふる震えている。そうしながら、恥ずかしそうに顔を赤らめて唇を噛みしめていた。
「……少しでも、死にかけていた命を助けてもらった感謝の気持ちがあるなら、僕たちのことは誰にも話さず、放っておいてくれ。」
ノアが私の手をひいて、部屋を出ようとしていた。ピートさんも私達に続いて部屋を出ていこうとして扉に手をかけると、ベリーさんが大声を出した。
「お腹!!空かない!!??お昼食べていかない!?そういえばうちって、飲食店なのよ!?店はもう閉めちゃったからお客は誰も来ないし、今日の食材が余っちゃうから!!ねっ?そうしましょ?エミリア様もお腹空いたわよね?」
「……様は、いりませんよ?」
そう言われてお腹に手をあてると、ぐう~とお腹が鳴った。言われてみると、なんだかすごくお腹が空いてきた気がする。
「もうね、今日のホホ肉はトロットロに煮込んでるから、すっごく美味しくできたのよ!?なのに誰にも食べてもらえないなんて、泣いちゃう!」
「食う!!絶対食っていく!!な!?ノアも食いたいよな!?」
ピートさんがすごく食べたそうにしているし、私もできれば食べてみたかった。怒っていそうなノアの顔を覗き込むと、ピートさんに向かってやれやれとゆう顔をしていた。もう怒りは治まっていそうだった。
「私もお腹が空いちゃったし、お昼ごはんはベリーさんのお店で食べていこうよ。ノアはお腹が空いてない?」
ノアが私の顔をジッと見つめていた。その瞳から、もの凄く私のことを心配してくれていることが伝わってくる。私は大丈夫だよと気持ちを込めて手をギュッと握る。私を心配して守ろうとしてくれている事が、痛いほど伝わってきていた。もっとノアに近づいてコツンと頭を肩にのせた。そして小さくありがとうと呟いた。ノアがフウッと息をついて私の髪を撫でていた。
「あらあらあら~。そうだったの~。そうなのねえ~。いいじゃな~い。もうすぐに出来上がるから、みんなで下におりましょうよ。厨房を手伝ってくれるなら、自慢のレシピを教えてあげてもいいわよ~。」
「えっ!?本当ですか!?手伝ってもいいんですか?トロットロの煮込みを教えてくれるんですか?」
「あら、料理が好きなの?いいじゃない!なんでも教えてあげるわよ。」
「やった!!ノア!肉の煮込みをいっぱい教えてもらえよ!やったな!早く厨房に行こうぜ!」
ピートさんに自分で憶えろと注意しながら、みんなで厨房に下りていくことになった。一人ベッドに残される男に子には、ベリーさんがお昼ごはんを部屋に運んであげると言っていた。ノアが料理を教えてもらえるのを凄く喜んでいた。その姿を見ていると、私まで嬉しい気持ちになってきていた。